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第8話〜春日雄哉(4)

 あのあとまっすぐ家に帰ってきたおれは、とりあえず夕飯とか風呂とかをひととおり済ませて、あとは寝るだけって状態にしてから話をする体勢にはいった。
 いろいろと込み入った話になりそうだし、どかっと落ち着ける状態になってから話したほうが良いと思ったしさ。
『で、どっちから話す?』
「別にどっちでもいいけど……。おれとしてはまずあのモンスターのことを聞きたいかな」
『なら、オレからだな』
 そう言ってラシェルが話してくれた事は、にわかには信じ難いものだった。
 この世界とは全く違う、いわゆるファンタジー世界ってのが存在してて、その異世界を創ったのはこの世界で生まれたやつで。しかもその異世界とやらは現実に存在する本を媒介に創られていて、その媒介となってる『本』を読むことで異世界の様子を知る事ができるだなんて。
 でも普通は信じないよな。おれだって今ここにラシェルっつー存在がいなかったら笑い飛ばして終わってたと思う。ラシェルのこと含めて、人に言ったら、おれの頭がおかしくなったんじゃないかって言われるよ、きっと。
 だってさ、本を読んでその物語は異世界で実際にあった出来事です――なんて言われても「ああそうか、そういう設定の話なんだ」で終わるだろ、普通。
 んで、どうやらその異世界にいるモンスターが、何故だかこっちに出てきていたらしい。ラシェルにも原因はわからない――まあ、自分がなんでここにいるのかもわからないって言うんだ、他のヤツのことなんてわかるはずもない。
『オレが知ってるのはこの程度かな…。でさ、この世界のことも聞きたいけど、それよりさあ……さっき、なんかオレの名前に反応してたろ。あれ、なんでだ?』
「……多分、おれ、その『本』……読んだことある」
 おれは、ラシェル・ノーティっつー名前を知っていた。
「一ヶ月くらい前に国語の課題で読書感想文を書けってのがあったんだ。おれは本とは相性悪いし、適当に短いのを読むつもりでいたんだけど……。クラスのやつと張り合ってるうちになんかいつのまにか分厚い本借りるハメになっちまってさあ」
『そこに、オレの名前があったってことか』
「そういうこと。ラシェル・ノーティ、職業はトレジャーハンター。だろ?」
『うん。そういや……その『本』にはどこまで載ってたんだ?』
 ゔっ。
 そりゃまあ、自分のことをどこまで知られてるかは気になるだろうし、多分聞いてくるだろうとも思ったけど。
 あんまり話したくないんだよなあ。
 多分、ショックだと思うから。いや、今のこいつ――ラシェルが何歳で、どの辺までの記憶を持っているかは知らないけど、少なくとも自分がどうやって死ぬか、なんてのは知らないのが普通だよな、うん。
 オレが読んだ『本』には、ラシェルが死ぬ瞬間までの物語が綴られてたんだ。
「結局全部は読まなかったからなあ……。でもまあ、えーと、他の星旅して、帰ってきたとこまでは知ってる」
 適当に、キリの良い場面を告げて答える。
『ふーん……』
「ラシェル?」
 なにか不満げな雰囲気だ。しばらく不機嫌そうな様子が伝わってきてたんだけど、ふいにラシェルはその雰囲気を変えて、妙に軽い口調で言った。
『でもま、ひとつ、原因の予想がついた』
「へ?」
『だからあ、オレがおまえの中にいる原因』
「え? 今の話でわかったのか?」
『なんでオレがこっちの世界に出てくることになったのかはわからないけど、なんでおまえのとこにいるのかはなんとなく予想がついた』
「どういう理由なんだ?」
『接点ができたから、だろ。多分』
「接点?」
 そりゃ理解してるラシェルはいいけどさあ、おれはなにがなんだかわからないんだ。もうちょっと順序立てて説明してくれてもいいだろうが。
『雄哉がオレの『物語』を読んだことで、本の外の世界にいた雄哉と本の中の世界にいたオレとの間に接点ができたんだ』
「で?」
『で。なんらかの原因でオレの精神がこっちに出てきた時――接点を持つ雄哉の身体に引き寄せられたってことなんじゃないかな……と思うんだけど』
「つーと、結局大元の原因はわからないっと」
『……まあ、そういうことだけどさ』
 ぷいと、拗ねたような雰囲気が伝わってくる。
 とりあえずラシェルがここにいる原因のひとつはわかったけど、結局、どうやったらラシェルが帰れるのかはわからないままなんだよな。
 ……いや、待てよ?
 さっきラシェルは言ったよな。『本』を読んだから接点ができたって。それじゃあその大元になってる『本』はどうなんだろう?
 『本』そのものも、世界を世界を繋ぐ接点になってるのなら。
「なあ、ラシェル」
『ん?』
「あのさ、『本』を探してみるっていうのはどうだ?」
『……良い案だとは思うけどさ。探すもなにも、おまえが持ってるんじゃないのか?』
「え?」
『早く返せってせっつかれてたじゃないか。最後に『本』を持ってたのはおまえってことだろ?』
「……いや、その…なくしちまってさ……。探してるけど、見つからないんだ」
 沈黙。
『どっかに持ち出したのか?』
「いや。持ち出した覚えはない」
『んじゃ、家の中のどっかにはあるはずだろ?』
「そのはずなんだけど……」
『今度の休みに、家捜しでもするか。オレ、探しものは得意だぞ』
 得意っていうか……慣れてる、の間違いじゃないか?
 あえて口にはしないけどさ。『本』で読んだラシェルの部屋の中って、けっこうものすごい惨状なんだよな。発掘品で溢れ返ってて。まあ、本人にはどこに何があるのかわかってるってヤツなんだろうけど。
「んじゃ、明後日だな」
 明日は金曜。明後日が土曜で休日だ。
「あ、そういえば」
『ん?』
「そういやさー、おまえって今何歳?」
 いや本気にどうでもいいんだけどさ。なんとなく気になったっていうか……。
 例えば、十三歳くらいまでの記憶しかないなら、異世界がどうのって話は知らないはずなんだ。
 いや。
 オレが読んだ『本』の中でのラシェルは、他の星の存在は知っていたけど、現実世界の存在は知らなかった。ラシェルの住んでる世界にはいくつもの宇宙があって、それぞれの宇宙に神様がいることは知っていても、その全ての宇宙を統べる創造者――ラシェルの話からすると、こいつが現実世界で生まれた人間ってことになるんだろうけど……やっぱ微妙に信じられないよなあ。ラシェルっていう証拠があってもさ――の存在は知らなかった。
 だから当然、ラシェルの視点からの『物語』を読んでたおれも、そういう事までは知らなかったわけで。
 んでもさっきからのラシェルの話を聞いてると、どうもその辺おれの知ってる『ラシェル』とは微妙にずれててさ。
『さあ……。数えてないし』
「……」
 そうだった。こいつ、異星を旅してる間に年齢わからなくなってたんだ。星ごとに暦なんて違うからさ。統一した暦の中でないときちんとした年齢なんて数えられるわけがない。
『でも、昨日なにしてたかは覚えてるぞ。昨日は遺跡調査の仕事が終わって、久しぶりに家で寝てたんだ』
 と、すると。ここにいるラシェルは、異星の旅から帰って来て、故郷の星でトレジャーハンターをやってた頃までの記憶を持ってるってことだろうか。
『でもさあ、おかしいんだよな』
「ん?」
『だってオレ、とーっくの昔に死んでるのに。自分が死んだのはしっかり理解してて、その後転生した時の記憶だってちょっとだけどあるのに。なんで昨日の記憶がそんなことになってるんだか。まあ、時間感覚なんて曖昧なもんだし、何年も前のことが昨日のように感じられるなんてのもよくあることだし。その辺で納得しとこうかなあとは思ってるけど』
「え゙っ」
 ニヤリと、ラシェルが笑う気配がした。
『オレに気ぃ使ったろ、さっき』
「……あー…うん……」
 どんな顔をすればいいんだかわかんねえ。……おれが嘘をついたのがわかったから、不機嫌になったのかな、さっきは。
『ま、正しいっちゃあ正しい選択だけどさ』
「なんだよ。わかってるならなんで不機嫌になったんだ」
『気を使ってくれてるのがわかってても、嘘つかれるのがイヤな時ってないか?』
「そりゃ、あるけどさあ……」
 別にいいけどさ。ラシェルももう気にしてないみたいだし。
「よしとりあえずもう寝るぞ。だいたいのところはわかったし」
『あ、ちょっと待った』
「ん? なんだよ」
『学校の、図書室にあったんだよな、『本』は』
 なんだよ、急に。
 いろいろ頭使ったし、とっとと寝たいんだけどな。
「ああ」
『おまえの他にも、読んでるヤツ……いるんじゃないか、もしかして』
「だから?」
『だから、いまのオレたちと同じ状況に陥ってるヤツって、いないのかなあと思って。その中に、原因わかってるやつがいるかもしれないだろ?』
「どうやって確認するんだ、それ」
 …………。
 二度目の沈黙。
 見かけだけじゃあ、そいつが二重人格かどうかだなんてわからないし。誰が本を読んだのかわからないんだから、目星のつけようもない。
『図書室で貸出の手続きやってるヤツに聞けばわかるだろ、誰が『本』を借りたのか』
「ああ、そっか……」
 でも。
「実物を見つけてからにしような」
 だって、会ったら絶対またなんか言われるぞ。それに、いきなり前にこの本借りたヤツを教えてくれなんて言ったら訝しがられるだろうが。
 誤魔化し笑いで言ったら、ラシェルはその理由をきっちり読み取ってくれたらしい。呆れたような様子で頷いた。
 くそう。だって仕方がないだろう。見つからないもんは見つからないんだから!
 ホント、どこにやっちまったんだろうなあ……。


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