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第9話〜高橋恵琉(1)

 うーん……なんか寒い。
 ごろんっと布団を抱える。
 カーテン、閉めてないせいだよね、多分。
 ったくもう、まだ目覚まし鳴ってないのよ。なのに目ぇ覚ましちゃって、睡眠時間がもったいないじゃないの。
「あと三分……」
 なんつー微妙な時間に目を覚ましたんだ、私は。
 このくらいあなら起きちゃったほうが良いような気もするんだけど、まだ寝れるのに起きるってのもなんだか悔しい。
 ……あ。うだうだ考えてる間にあと二分。
「寝とこ」
 布団に入りなおして目を閉じた――あれ?
 真っ暗な中に、誰かの姿が見えた気がした。夢、にしてはおかしい。頭はハッキリしてる。
 たんなる気のせい?
 いやいや、霊現象かもっ!
『やっほー。あのさあ、ちょっと頼みがあるんだけど良い?』
 え?
 あれ?
 マジ?
 人の姿が見えたのはホントーに一瞬で、顔どころか体格すらもよくわかんなかったんだけど、声ははっきりと聞こえた。
 声変わり前の男の子と言うべきか、女の子と言うべきかは微妙。
「あんた誰?」
『ボクはねー』
「あ」
 ちょうどその子の自己紹介を遮るように、目覚し時計がけたたましく起床時間を告げた。
 さて、目覚ましが鳴ったし。起きるか。
「んーっ……はふ」
 はあ、思いっきり伸びすると目が覚めるわー。
『ねえ』
「うん」
 とりあえず手を抓ってみる。
 ……痛い。夢じゃない。
 ってぇことは……
「幽霊っ!」
『なんでっ!』
「えー、だってそうでしょ? 声はすれども姿はせず。しかもここは私の部屋で、誰かが潜んでる可能性はほぼゼロ。となれば、おのずと答えは決まってくるじゃないの」
 適当にウロウロしながら解説して、びしっと人差し指を……あ、向ける相手がいない。
 ちっ。ここでビシっ! とかやったらなんとなくサマになって面白いのに。
「あなた、幽霊ねっ!」
 しょーがないから腰に手を当てて宣言した。
『いや。違うから』
 その子は妙に冷静に淡々と返してくる。
「じゃー、なに?」
 幽霊だのそうじゃないだのという議論は平行線を辿りそうな予感がして、とりあえずこっちから折れておくことにした。
『神様。ただし、別の世界の』
「……」
 デンパな幽霊?
 まあ世の中デンパな人なんていくらでもいるし、そー言う人が死んだらデンパな幽霊ってものになるんでしょう。
 うん、まあ、あり得ないことじゃあない。……でも珍しいものに会ってしまった。
『あーっ。信じてないでしょ』
「うん」
 だって、ねえ?
『……マリエルって名前に覚え、ある?』
「いくらでも」
 だってよくある名前じゃないの。私の友達――当然日本人ではない――にもマリエルって名前の子、いるし。
『……万里絵瑠(ばんりえる)は?』
「知らない」
『…………』
 あ、沈黙した。
 まあそれはそれで置いておいて。
 こーいう場合ってどうしましょう?
 オカルト同好会会長としてはある意味喜ぶべきことかもしれないけど――幽霊と会話なんて、できそうでなかなかできない体験だ――ずっとこのままじゃあ困ってしまう。
「そろそろ降りてこないと、朝御飯の時間がなくなるわよ」
 トントンっと軽いノックのあとに、母さんの声がした。
「はいはいっ。今行きまーす」
 答えてちゃっちゃと着替えて階下に向かう。しっかり朝御飯を食べて、家の外に出てから数分後。
『あーのさー』
 さっきの声が聞こえてきた。
「なーに?」
『ちょっと手伝って欲しいんだけど』
 手伝って欲しいという割に、なんかこー、下手に出るって態度じゃないな、この子。
「どんな?」
 でもまあ、成仏させる方法を探さないとまずいわけだし。心残りを解消すれば成仏するってのはよく言うじゃない?
『人探し』
 ……あらやだ。王道?
 これなら案外簡単に解決するかも。
「どんな人?」
『蒼い髪に金の瞳、十三歳くらいの男の子。名前は結城』
「居そうな場所の心当たりは?」
『本のたくさんある場所』
「ふーん。じゃあとりあえず学校の図書室でも探してみる?」
『ならそれで』
 読書好きな子なのかしら。
 でもまあ、蒼い髪に金の瞳ってめっちゃくちゃ目立つから探すのは簡単そう。
 ……とりあえず、学校の図書室にはいなさそうだけど。


 お昼だーーーーっ!
 ちゃちゃっと手早く昼を食べて、私は早速図書室に向かった。
 探し人の特徴を聞く限り、ものすっごく目立ちそうだし、すぐ目撃者も見つかりそうな気がするんだ。
 ほら、図書室に出入りする人はそれなりに本が好きな人が多いし、だったら、図書館とかに行ってる可能性も高いでしょ。
「こーんにっちわー」
「あ、高橋先輩」
 中に入って声をかけると、本日の図書委員……じゃないはずなんだけど、何故か貸出カウンターの中に佐藤麻美ちゃんがいた。なんと言うか、本の虫をそのまま体言したような子だから、もちろん図書館も常連。
 ついでに言うと、私は図書室常連。さすがに図書館まで足を伸ばすのは面倒だからあんまり行かないけど。ちなみに、借りるのはもっぱら超常現象に関する本ばっか。
「ねえねえ、ちょぉっと聞きたいんだけど、いい?」
「はい?」
 いつもと少し違う私の様子に、麻美ちゃんは不思議そうな顔をした。
「蒼髪に金目の、結城ちゃんって男の子、知らない?」
「え……?」
 あー……驚いてる。まあ、イキナリそんなこと言われてもねえ。
 しかも探してる男の子の特徴がまた普通じゃない。どこの不良を探してるんだかって感じだし。
「あ、知らなきゃ知らないでいいんだ。他あたるから」
「……はあ……」
「それじゃ、またっ」
 さーって。図書室関連だったら麻美ちゃんが知らなきゃいないってことだと思うんだ。毎日図書室に入り浸り、朝一番に入って夕方最後に出て行くような子だから、図書室で珍しいことがあったら絶対知ってるはず。
 となると、次は図書館かあ……メンドイ。


 放課後。
 私は部室の方に向かっていた。
 本当はテスト前で昨日から部活動停止になってるんだけど……まあ、運動部と違って部屋に入っちゃえば結構わからないからねえ。こっそり部室に集ってる人ってのは多いんだ。
 ……そういえば、朝以来喋らないな、あの幽霊。まあここで話しかけたら私が変な人だから、なにはともあれ部室に行こう。
 ガラッと扉を開けても中には誰もいない。うちってば幽霊部員ばっかなんだわ。
 この状況下ではそれも都合がいいけどね。誰にも気がねなく幽霊に話しかけられる。
「ゆーれーさーん、返事してもらえますー?」
 誰も居ないから恥にはならんけど、答えが返ってこなかったらそれはそれで気まずいよね、これ。
『だから、幽霊じゃないってば』
「じゃーえっと、名前は?」
『マリエル』
「外人さん?」
『ある意味』
 ……微妙な物言いだなあ。それになんで私なんだろ。通りすがりの浮幽霊ってヤツ?
「なんで私に憑りついたんだか聞いていい?」
『聞くだけならいくらでも』
 それ、気が向かなかったら答えないってことですか。まあいいや。
「じゃあ教えて」
『他の世界から、人を探しに来たんだよ。でもなんでか道が開けられなくて、しょーがないから多少でも接点のある場所に意識だけ飛ばしたらキミの中に出たの』
「接点?」
『いくら意識だけって言っても、まったく道の痕跡すらない所には飛べないの』
「幽霊じゃなくて異次元の人ってこと?」
 おおおお。うーん、異次元人? それともパラレルワールドの人?
 どっちにしても、オカルト同好会としては歓迎できるお客サマってことかねえ。延々居座わられるんじゃなければって注釈付きで。
『まあそういうコト』
 その時だった。
 私は、突然視界に飛び込んできたモノに言葉を失った。
「………」
 っと、放心してる場合じゃない。
 なにこいつ、どこから出てきたの!
 どこからともなく現れたのは、見るからに化け物化け物した怪物だった。
「ちょっと、何コレっ!?」
『ボクたちの世界の物だよ』
「道、閉じてるんじゃなかったのっ!?」
『そんなことボクに言われても』
「神様なんでしょっ!」
『魔物はボクの範囲外だから』
「理由になってなーいっ!」
 ああ、どうしませう。
 どう見ても友好的って感じとは程遠い。
『なってるよ。普通の生物と魔物とじゃあ、そもそも発生の根源からして全然違うんだから』
「は?」
 今そー言うこと講義してる場合じゃないと思うんですけどぉっ!
『普通の生物は神様が創ったけど、魔物は神様の予測の外で生まれた存在なんだ』
 いや、それを聞きたかったわけじゃないから!
 でもまあ、彼……だか彼女だかの言いたいことはわかった。
 それはそうと、こんだけ大騒ぎしてるっていうのに、向こうは今のところまだ動く気配を見せない。もしかして向こうも事態を把握してないとか?
『キミ、戦える?』
 んなことできるわけがない。首を横に振る。
『困ったなあ。ボクも戦闘能力ないんだよね』
 爽やかに笑うなあああああっ!!
「ちょっと、神様て言うならパパッとどうにかできないのっ!」
『ボクが神様の力を使えるのはボクの世界の中でだけなの』
 ああもう。役に立たないっ!
 とりあえず逃げよう。
 あれを放置するっていうのも問題な気がするけど、でも、戦っても勝てないしなあ。
 ジリジリと、後ろに下がる。
 目線は絶対外さない――獣に相対する時は視線を逸らした方が負けっていうけど……この怪物にもその法則は当てはまるんだろうか?
 まだ襲ってくる気配がないから、一応役に立ってるってことかな。
『ま、頑張ってね。応援だけはしてあげるから☆』
「なっ」
 うわヤバっ。
 思わず声を出したら、それをきっかけとしたのか、怪物が動き出した。
 一直線にこっちに向かってくる……けど、幸いなことに、もう扉に手がかかっていた。
 ガラリと扉を開けて、すぐさま廊下に駆け出した。
「あんたなんでそんなに余裕なのっ!」
『だってキミが死んでもボクには関係ないし。接点がなくなったら向こうに戻されちゃうけど、そしたらまた新しく接点を探せばいいだけの話だもん』
「……」
 神様がこんなんでいいんでしょうか?
 私は無神論者だけど、思わず言いたくなったわね。
 でも納得もしてしまった。だって、世界を治めるのに生物の個体一つ一つにまで気を配ってたらやっていけないでしょ。
 でも今はその辺の神様論議はどうでもいい。
 とにかくどっかに逃げないとっ!


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