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第10話〜高橋恵琉(2)

 なにはともあれここはまずい。
 今の時間みんな食堂か自分のクラスでおしゃべりしてるから廊下には案外人は少ないんだけど……。
 とっととどっか人気のないところに連れていかないと、被害が出るのは時間の問題。
 っていうか、なんで私がこんなメに遭ってんのっ!
 くっそう。それもこれもこの幽霊のせいだ。
「あーもうっ。追い掛けてくるしーーーっ!」
 この際周りの迷惑は放っておいて、こいつを撒いて逃げようか。
 そうすれば、とりあえず自分は逃げられる……って思考が出来たら楽なのになあ。
 だけどさすがに人間としてそこまで堕ちたくはない。
「えーっと……人が少ないところ……」
 走りながらもきょろきょろと周囲に目をやって。ふと、窓の外の特別教室棟に目が向いた。
「屋上っ!」
 あそこは基本的には生徒立ち入り禁止。だけど特に鍵がかかったりしているわけではなくて、中にはそこに入り浸る生徒もいる。
 誰もいないとは言いきれないけど、他の場所よりはまだ生徒が少ないはず。
 それに、あそこなら上手くやればこの怪物を倒せるかもしれない……空を飛ばれたりしなければ。
「いよっしっ!」
 自分に気合を入れて階段を駆け登る。
 途中何度か他の生徒とすれ違ったけど、なぜか怪物は他の人には見向きもせずに、私ばっかり追い掛けてきた。
 ある意味では助かるんだけど……私何かアンタを怒らせるようなことした!?
「きゃあっ!?」
「何これっ」
 え……?
 後ろから聞こえてきた声に、私は思わず振り向いた。
 怪物が腕を振りまわして走ってくる――どうやらその腕が階段の手すりにでもぶつかったらしい。手すりの一部が壊れていた。
 けど。
 誰も、怪物を見てない。
 怪物はまだすぐ傍にいるのに、人が見るのは壊れた手すりだけ。
 ……もしかして……見えてない……?
 私以外の人にはあの怪物が見えてないってわけ?
「ちょっとカミサマっ」
『なーに?』
「あれってアンタたちの世界の物だって言ってたわよね」
『うん』
 まさかとは思うんだけど……。
 あれはマリエルの世界の物だから、マリエルの世界と接点を持つ者しか見えないとか……。
 なんて言うか……そう。微妙にずれた異次元にいるってやつ、かな。
『……逃げなくていーの?』
「え」
 あ゙。
 まずい。
 考えてる間にあいつ、こっちに走ってきてるぅーーーーっ!!
 一旦止まってたからついつい安心しちゃってたわ。
 私は急いで上へと駆け出す。
 後ろから「きゃあっ」とか「うわっ!?」なんていう声が聞こえてくるけどもう振り返らない。
 あいつは多分私だけを狙ってる。もしかしたら、マリエルの世界と接点を持つ者の姿しか見えてないのかもしれない。
 なんていうんだっけ、確かむかーしそんなゲームがあった。
 建物とかの物体は同じように触れる見れるんだけど、人間や生物に関しては向こうの世界の者が見えない。……一部の例外の者を除いて。
「よし来たっ!」
 バタンっと大きな音が立つのも気にせずに、私は屋上への扉を開けた。
 幸い人はいないらしい。
 すぐに扉上の屋根へと上がる梯子に足をかける。これで少しは時間が稼げるはず……。
「ここ、おれの指定席」
 ひょいと屋根の上に顔を出した途端、そんなコトを言われた。
 そこにいたのは見た事のある顔。といっても面識があるわけじゃない。こっちが一方的に知ってるだけのやつ。
 一年生にしてバスケ部のエースと噂の実力者。一年ゆえに練習試合にしか出てこないけど、こいつが出た試合に負けはなし。
 名前は確か……。
「春日雄哉くん?」
「おれの名前知ってるの? やだなあ、おれってばゆーめーじんっ」
 にへっと嬉しそうに笑っているのは、多分有名になった原因を自覚してるから。好きでバスケをやってるんだろうし、そのバスケで有名になれたら嬉しいのは当然の反応でしょう。
「すぐにここから逃げてっ!」
「へ?」
「いいから早く。急がないと出るに出られなくなるから!」
「だから、なんで?」
「なんでって……」
 怪物が出た、なんて言っても信じてもらえないよね、きっと。
 なんて説明したらいいんだろう……。
 と、その時だった。
 大きな足音が、階段を昇ってくる音――まずい、もう逃がす暇がない。
「仕方ない、アンタはそこにいてっ」
「え?」
 じっと屋根から下を見る。扉から飛び出してきた怪物は、きょろきょろと辺りの様子を探っている。
 多分私を探してるんだろう。
 ここにいれば雄哉くんも巻き添えになってしまう。
 本当はスキを見て飛びかかるなりなんなりして突き落とそうかと思ってたんだけど……。
 降りるしかないやねえ。
「そーゆーことね」
「え?」
 軽い調子で呟いた雄哉くんが、ひょいっと下に飛び降りた。
「ちょっと!」
「あれから逃げてたんだろ、オレにまかしときなって」
「雄哉くん!?」
 怪物の前に飛び出したのも驚きだけど、それ以上に驚きなのは、雄哉くんにあの怪物の姿が見えてたこと。
 私のさっきの仮定が正しいとしたら、雄哉くんも私と同じような状態にあるってことだ。
 つまり、私の中にマリエルという異世界の人がいるのと同じように、雄哉くんの中にも誰かがいるってこと。
「まあ見てなって」
 雄哉くんは余裕の表情で私に向かってブイサインをした。
 そして真剣な表情で怪物に向き直る。
 突進してくる怪物を軽々と避けて、通りすぎざまに怪物の背中に思いっきり蹴りつけた。
 多少よろけたけれど、ガタイのよい怪物がそれくらいで倒れるわけもなく、すぐさま振り返って雄哉くんに向かってくる。……手の先についた鋭い爪を振りかざして。
「今度は爪飛ばしたりしないのか?」
 軽口を叩きながら、雄哉くんはひょいと怪物の手を避けた。
 今度は?
 それって、前にも遭ったことがあるってこと?
 だからこんなに余裕なわけ?
 でもそれにしたっておかしい。いくら前に遭遇したことがあるからって、こんなに戦い慣れているのは絶対におかしい。
「んー……武器がないとちょっと辛いかな」
 言いながらも、表情は余裕。
 でもこのままでは雄哉くんの方が不利になるのは目に見えてる。
「武器……武器になりそうなもの……」
 ぐるりと辺りを見てみるけれど、すっきりとして物がない――物置じゃあるまいし、雨ざらしになるここにそうそう物が置いてあるわけがない――屋上には武器になりそうなものなんてない。
「……」
 幸いながら、怪物と雄哉くんの戦いはすでに入口の扉から離れてる。
 一旦中に入って、モップでも箒でも持ってくれば……多分、素手よりはずぅっとマシなはず。
 屋根から飛び降りた私は、そのまま校舎内へと飛び込んだ。
 階段を降りればすぐまえには教室がある。
「ちょっと借りるねっ!」
 人様のクラスに飛び込んでいって、ロッカーから掃除用具を出して、すぐさままた屋上に戻る。
 クラスにいた子たちが唖然としてたけど、今はそれどころじゃない!
 ……う〜……あとで言い訳するの大変そう……。
 屋上に戻ると、予想通り、雄哉くんが劣勢に陥っていた。
「雄哉くんっ!」
 声をかけると、雄哉くんが振り返る――
「こんなんでもないよりはマシでしょ!」
 あ。
 投げようとして迷った。
 普通に投げて受け取れる……かなあ?
 床を滑らせた方がいいかな。
「投げろっ!」
「っ!」
 言われて、反射的に手にしていたモップを投げた。
 くるくると回りながら弧を描いて飛んだモップを、雄哉くんは、見事に片手でキャッチした。
 おおおっ、凄いな……運動神経良いとあーいうこともできちゃうわけ?
「微妙なトコだけど、ま、ないよかましかな。サンキュー」
 ニッと笑って、雄哉くんは再度怪物へと向き直った。
 たいしてサマになってるとは思えない動きだったけれど、それでも見事に怪物の爪を避け、モップの柄で怪物を叩きつける。
 少しずつ。
 ぐらりと怪物の体がフェンスの方へと追いやられて行く。
「落ちろっ!!」
 ドンっと体当たりをされて――怪物が……フェンスごと、フェンスの向こう側へと落ちて行く。
「はあ……倒した」
 うん、それはいいんだけどね。
「……」
 他の人には怪物見えてないみたいだけど……。多分、下、大騒ぎだと思うんだ。なにせ屋上からフェンスが落ちてきたわけだし。
「とりあえず、ここから逃げた方がよくない?」
「……そだな」
 私がそう言った理由に気付いてくれたみたいで、雄哉くんもあっさり頷いて、二人で屋上をあとにした。
 掃除用具は廊下にジュースを零したのなんだのと誤魔化して教室に戻して、それから部室へと向かった。
 ちょっと話したい事があったから。
 学校内で一番ゆっくり話ができるのはぜーったいうちの部室でしょ。人はいないし中から鍵かけられるし。
「あ」
「なに?」
 部室を見た雄哉くんが、じーっと私を見つめた。
「もしかして変わり者のオカルト同好会会長?」
「……」
 そーゆーふーに言われてるわけ、私?
「誰が変わり者よぉっ!」
「先輩が。えーっと……高橋恵琉先輩だっけ?」
「せーかいっ。名前まで有名なんだ」
「まあそれなりに」
 何故か視線を逸らして言う雄哉くん。……変な噂ばっかり流れてるんだろうなあ、きっと。
「それで、話ってなに? やっぱあの怪物のこと?」
 適当な椅子に座りながら聞いてくる雄哉くんに頷いてから、私もその辺の椅子に座る。
「うん、それもあるんだけどね……。ちょっと聞きたい事があるの」
「?」
 どう話せばわかりやすいか……。
 真っ直ぐ言うほうがいいかなあ。
「……ねえ、雄哉くん、最近妙なこと、なかった?」
「妙な事? あの怪物に遭った時点で充分妙な事だと思うけど」
「いや、そうなんだけどね……そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「えーっと……」
 ああもう、どう話せば良いんだか。だいたい自分の中に別人がいるっていったって、本人がそれに気付いてない可能性だって充分にあるんだから。
 下手な話し方をしたらこっちが変人になっちゃうっての……いや、なんかもう変人の噂流れるような気もするけど。
「妙な声とか聞かなかった? 他の人には聞こえないような」
 とりあえず無難にそう聞いてみた。
 と。
 雄哉くんの表情が変わった。
「なんで知ってるんだ……?」
 驚きに目を丸くして、雄哉くんは私を見つめた。


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