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第11話〜春日雄哉(5)

 空は晴天、昼寝に最適の気温。
「……見つからねーなあ」
 購買で買ってきたパンを食いつつ、おれが今いるのは学校の屋上に出る扉の屋根。
 ここって生徒立ち入り禁止なんだけど、鍵がかかってるわけじゃないから、けっこー有名なサボリスポットだったりする。
 まあ、おれはサボリはしないけど。のんびりしたい時はいつもここで昼飯食ってる。
『まだ探し始めたばっかりだし、な』
「まあな」
 そよそよと心地よい風に、流れる雲を見ていたら、なんだか少しばっか眠くなってきた。
 腕時計に目を向ける。
 ……あと三十分。
 充分、昼寝できるな。
「ラシェル。チャイムが鳴ったら起こしてくれ」
『は?』
「おれ、今から寝るから」
『おいこらっ、オレは目覚し時計じゃないぞっ!』
「んじゃ、おやすみ〜」
 ラシェルの文句は右から左に流して、おれはあっさり横になった。
 その時だった。
 バタンっと乱暴に扉が開けられたのは。
『残念だったな、昼寝ができなくて』
「うるせー」
 ニヤニヤと楽しげな雰囲気でそう言ってくるラシェルに軽く返して、下の様子を見る。と、こっちに昇ってくる女子――リボンの色からすると三年らしい――と目が合った。
「ここ、おれの指定席」
 その先輩はしばらくじっとおれを見て、
「春日雄哉くん?」
 見事におれの名前を当ててくれた。
 おれ、この人と面識ないんだけど……けど、心当たりはある。これでもおれ、バスケ部期待のエースだから。
「おれの名前知ってるの? やだなあ、おれってばゆーめーじんっ」
 思わずにへっと頬が緩む。
 けど、彼女の反応は予想外のものだった。
「すぐにここから逃げてっ!」
「へ?」
「いいから早く。急がないと出るに出られなくなるから!」
 彼女の表情は真剣そのものだったけど、なんで学校内でそんな物騒なことになるんだ?
 いやまあ……昨日のあれ――怪物との遭遇なんてものを体験したばっかだから、絶対物騒なことがないとは言いきれないけど。
 でもさあ、昨日の今日だぜ?
「だから、なんで?」
「なんでって……」
 何を思ったのか、彼女は何かを言おうとして逡巡し、そして結局何も言わない。
 だけど沈黙はほんの数秒だった。
 階段を昇ってくる大きな足音――……なんか嫌な予感がするんだけど。
『代わるか?』
 ラシェルもおれと同じことを思ったらしい。そんなことを聞いてくる。
「頼む」
 小声で言ったその言葉とちょうど重なるようにして、彼女が焦った様子で叫ぶ。
「仕方ない、アンタはそこにいてっ」
「え?」
 おい、こいつ、一人で戦う気かよ!?
 体の主導権を手にしたラシェルは、じっと様子を窺ってる彼女の肩越しに、さらりと下に視線を向けた。
「そーゆーことね」
 予想通りな展開に、ラシェルは余裕で軽く笑って見せる。
「え? ……ちょっと!」
 彼女の驚きを無視して、ラシェルはひょいと下に飛び降りた。
「あれから逃げてたんだろ、オレにまかしときなって」
「雄哉くん!?」
「まあ見てなって」
 ラシェルは自信たっぷりにブイサイン。
『ったく余裕だな』
「いや、そうでもない」
 言いつつラシェルは突進してくる怪物をさっと横に交わして、そのままくるりと半回転。怪物の背中を思いっきり蹴りつけた。多少怪物はよろけたが、それくらいで倒れるわけがない。
 手の先についた鋭い爪を振りかざしてくる怪物に、ラシェルはワザとらしく溜息をつく。
「今度は爪飛ばしたりしないのか?」
 ひょいひょいと避けながら、少し渋い顔をした。
「んー……武器がないとちょっと辛いかな」
『言ってるわりに余裕だな』
 渋い顔してるくせにすっげー余裕だ、その口調と言い雰囲気と言い。
 だけどそれはただの強がりでしかなかったらしい。だんだんと表情に厳しさが増して行く。
 何時の間にか彼女がいなくなっていたけれど、まあその方が良いだろう。下手に手を出されたら庇わなきゃいけなくなってかえって辛い。
「雄哉くんっ!」
 唐突に呼ばれて、ラシェルが振り返った。
「こんなんでもないよりはマシでしょ!」
 逃げたと思っていた彼女が手にしているのは掃除用のモップ。確かにないよりマシだろう。
 投げようとして――彼女は、困ったように動きを止めた。
「投げろっ!」
 咄嗟のラシェルの叫びに圧されて、彼女はぶんっと思いっきりモップを投げる。くるくると回りながら飛んでくるモップ――おいおい、受け取れるのかよっ!?
 おれの心配を余所に、ラシェルは見事に空中でモップをキャッチ。
「微妙なトコだけど、ま、ないよかましかな。サンキュー」
 ニッと不敵に笑って怪物に向き直る。ラシェルの専門は銃だけど、他の格闘技がまったくできないわけではない。まあ、棒術とか剣術の経験はないらしいけど、それでも動きは軽やかだった。見事に怪物の爪を避け、モップの柄で怪物を叩きつける。
 少しずつ。
 ぐらりと怪物の体がフェンスの方へと追いやられて行く。
「落ちろっ!!」
 ドンっと体当たりをされて――怪物が……フェンスごと、フェンスの向こう側へと落ちて行った。
「はあ……倒した」
 いや、倒したのはいいんだけどさあ……。フェンス落下って、大騒ぎにならないか?
「あと任せた」
 小声でラシェルが言った途端、体の自由が戻ってくる。
「とりあえず、ここから逃げた方がよくない?」
「……そだな」
 どうやら彼女もおれと同じ感想を持ったらしい。
 話があるという彼女に連れられて、部室なんかが並んでる場所に向かう。
「あ」
「なに?」
 この部室って……。
「もしかして変わり者のオカルト同好会会長?」
「……」
 しばしの沈黙。
「誰が変わり者よぉっ!」
 反論してくるけど、でもなあ……。
「先輩が。えーっと……高橋恵琉先輩だっけ?」
「せーかいっ。名前まで有名なんだ」
「まあそれなりに」
 思わず視線を逸らしてしまう。こー……本人の耳に入ったら怒られそうな噂もあるからさ。
「それで、話ってなに? やっぱあの怪物のこと?」
 噂についてツッコまれる前に、適当な椅子に腰掛けながら聞くと、また彼女は困ったような顔をする。さっき屋上で見たのとよく似た表情。
「うん、それもあるんだけどね……。ちょっと聞きたい事があるの」
「?」
「……ねえ、雄哉くん、最近妙なこと、なかった?」
「妙な事? あの怪物に遭った時点で充分妙な事だと思うけど」
「いや、そうなんだけどね……そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「えーっと……」
 なんか要領得ないなあ。何を言いたいんだ、結局。
「妙な声とか聞かなかった? 他の人には聞こえないような」
 え?
「なんで知ってるんだ……?」
 思わず、驚きに目が丸くなる。
 本当にいたとは……。しかも同じ境遇のヤツを探そうとしていたちょうどその時、なんてよいタイミング。
「えーとね、信じられないかもしれないけど……」
 そう言い置いて高橋先輩が話したのは、信じられないもなにもない、おれに起こったのとほとんど同じ現象だった。彼女の中にいるのは万里絵瑠という自称神様らしい。
『……あいつかあ、嫌いなんだよな、オレ』
「なんだ、知り合い?」
『知り合いっていうか……おまえは知らないのか?』
 言われてみれば……本の中でそんな名前を見かけた気がする。
「なに、どしたの?」
 ラシェルの声が聞こえない高橋先輩は、突然ヒトリゴトをはじめたおれをきょとんと見つめる。だけど、同じ境遇ゆえだろう、見えない誰かと話しているのはわかっているらしく、話の邪魔をする様子はなかった。
「いや、ラシェルが、万里絵瑠って名前を知ってるっつーからさ」
「え?」
 高橋先輩の今の「え?」はおれの言葉に対するものじゃあなかった。
 ってえと、先輩の中にいる万里絵瑠がなにか言ったんだろう。
「万里絵瑠も、ラシェルのことは知ってるって」
「知り合いなのか……。あ、そーだ。そっちは、こいつら返す方法知らないのか?」
 おれの問いに、高橋先輩は大きな溜息をついた。
「私らが死ねば、居場所がなくなるから強制的に元の世界に戻されるらしいわよ」
「それ、解決策じゃないだろ」
「あとはね、結城っていう男の子を探してるんだって」
「え?」
 その結城というのは、本来世界を治める『女王』しか通れないはずの現実への道を強引に作ってこっちに来たらしい。そのせいで『現実世界』と『幻想世界』の境界が曖昧になってこういう事態になったんだろうって話だった。
「じゃ、そいつを強制送還すれば良いワケ?」
「理屈ではそういうことになるけど……」
 なんか歯切れ悪いな。
「まだなんかあるのか?」
「万里絵瑠は神様……つまり『女王』なんだけど、何故か道が通れなかったんだって」
「は?」
 いきなりさっきの話と矛盾してるじゃねーか。
「だからね、他にもなにか要因があるんじゃないかってこと」
「どんな」
「それがわかれば苦労はないわ」
 まあ、確かに。
「図書室はもう行ったんだろ?」
「もちろん。でも蒼い髪に金の瞳なんてものすっごく目立つ容貌、学校内で目撃されたらとっくの昔に噂になってると思う」
「確かに」
 となると、校外か……。
 ああ、本も探さなきゃなんないのになあ……。
 ちなみにおれは、本をなくしたことをまだ話してない。いや、だって、なんか文句言われそうじゃないかっ!
 本のことは重要事項だと思うから話したけどさ……。
「そういえば……結城くんのこともあるけど、本……多分、図書室にあるんだよね」
「え?」
「だって、手元にあるならそう言うでしょ、雄哉くん」
「なんで図書室だと思うんだ?」
「学校の課題以外で本なんて読むの?」
 試合とかやってるおれを見ての率直な感想なんだろうけど……反論できねえ。
「体育会系だからって読書が嫌いとは限らないだろ」
 一応抵抗してみたら、
「んじゃあ、雄哉くんは普段から本読むんだ?」
 あっさりさっぱり淡白に言われてしまった。
「……読まないけどさ」
「間違ってないじゃないの。放課後にでも改めて図書室行ってみよっか」
「え゙」
「なに?」
 やべっ。
 図書委員のあの人……名前知らないんだけど、あの先輩に会ったら絶対またなんか言われるぞっ!
『人生諦めが肝心だな』
「おいこらっ!」
 くそおっ、他人事だと思って!!
『オレとしてはむしろさっさと白状して他の人にも捜索手伝ってもらった方が良いからな』
「ちょっと、雄哉くん?」
「あ、いやその……」
 あああああ、なんて言いワケしようっ?
 しどろもどろのおれをあっさり無視して、高橋先輩はにっこりと笑った。
 あ、結構可愛い。
「そんじゃ、放課後図書室でね」
 言うが早いかすっくと立ちあがり、彼女は部室を出ていった。
 ……これってやっぱり、おれも同行決定か……。


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