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第12話〜佐藤麻美(4)

 うーん……。ちゃんと言ってあげたほうが良いかなあ。
 いつも通りの放課後の図書室で、わたしは読書に集中できないでいた。
 原因は昼休みの高橋先輩の質問。高橋先輩、なんで結城くんのこと知ってたんだろう?
 私が結城くんと会ったのは、結城くんがこの世界に出てきた直後。朝早くだったから、もちろん他に目撃者は無し。
 学校時間はずぅっと司書室に隠れてもらってて、帰路についたのは下校する生徒もまばらになった頃。
 そりゃあ目立つ容貌だから、目撃者がゼロだなんて思ってないよ。けど、現状では結城くんの名前を知ってるのはわたしとお母さんだけのはず。
 昼休みはあんまり吃驚しちゃって返事し逃してたんだけど……言った方が良いのかなあ……。
「おーい、麻美ー。それっぽいの見つかったかー?」
「ぜんっぜん」
 そうそう。集中できない理由がもう一個あった。
 結城くんってばちょくちょく声かけてくるんだよねー。まあ、気になるのもわかるけど。
 『幻想世界』に繋がる『本』を探すためにそれっぽい本を片端から読んでみてるんだけど、うちの図書室って結構充実してるのよ。普段は嬉しいんだけど、こういう時には大変ね……。
 それに『幻想世界』にはいろいろな星があって、魔法文明が発達してる星もあれば、現実世界みたいな星もあるらしい。……つまり、探すべき本のジャンルが広いってこと。繋がってるポイントによってはファンタジーだったりSFっぽかったり現代っぽい感じだったりするわけ。
 うちの学校の図書室は、かなり広い。そりゃあもう、市立図書館にも負けないくらいの大量の本がある。
 半分くらいはエッセイだとか辞典だとか授業で使う資料だとかで一部漫画があったりもするから、実際読むべき本は半分弱。……一言で言うと簡単そうだけど、半分でも一体何冊あるのやら。
 数えたくもないわ。
 ……あ、これ面白そう。
「…………」
「麻美?」
 …………。
「麻美っ!」
「え? ああ、うん」
 じーっに集中してるわたしを見て、何やら勘違いしたらしい。
「見つかったのか?」
 期待の眼差しで聞いてくれる結城くんには悪いんだけど、違うんだなあ。
 あははははー。つい、ね。つい。
 『本』探しを忘れて読書に没頭しちゃった。
「んーん。まだ」
 あれ?
 読みかけの本をパタンと閉じて机の上に置いた時――ふいと目に入った赤い装丁の本。
 図書室の本はほとんど全部読んでたと思うんだけど……新刊かな?
 毎日数冊は本を読んでるから、実はわたし、図書室にある物語系の本はほとんど全部読破してたりする。月に数冊入ってくる新刊ももちろんチェック済み。
 でも今わたしが見つけた本はまったく読んだ覚えがなく、タイトルにも全然聞き覚えがなかった。
 図書新聞に載せる新刊リストは図書委員が書くから……新刊の名前はだいたい覚えてるはずなんだけどなあ。
 そこまで考えて、わたしはふっと思いついた。
 何時の間にか入っていた見知らぬ本……もしかして……これ?
 慌ててページをぱらぱらめくってみる。
 その話の舞台は多分現代……もしくは近未来かな。超能力ものって奴。
 ざらっと数ページ読んだ時点で数名の登場人物の名前が出てたけど、結城くんがあげた名前はいまのところ出てきてない。
 でも五人だからなあ……あんましアテにはならない。
 他になにか決め手があれば良いんだけど。
「ねえ、結城くん」
「なに?」
 ちょうど机を挟んで向かい側に座って本に目を通してた結城くんが顔を上げる。
「他には何か手掛かりないの?」
「他にはって?」
 きょとんと聞き返してくる結城くんに、わたしは思わず溜息をついた。
「だぁかぁらあ。登場人物の名前以外になにかないの? ってこと」
「う〜〜ん……」
 本からすっかり目を離して考えこんでしまった結城くん。あらら。聞かない方が良かったかな。
 今は聞いても返事がきそうにないから、読書に戻ろう思ったんだけど――ふと思いついて最後のページに目をやった。
 うちの図書室の本なら貸出カードがついてるはずだから。
「……ついてる」
 図書カードのところには何人かの名前が書かれていた。日付を見ると結構前からあったらしい。
 ……ヘンだなあ。
 見逃してたのかなあ……。まあ、ほとんど読破してるって言っても、物語じゃない本は読んでなかったりするから……。間違って別のジャンルの本棚に入れられてたなら気付かなくても無理はない。
 けど、貸出の日付を見る限り、わたしが貸出の係だった日もある。
 でもやっぱり、見覚えないんだよねえ……。
 ぱらりと中表紙を開いてみる。
 そこには短い単語が一つ。
 『世界儀』
 そーゆータイトルなのかしら?
「あ、そうだっ」
「なに、なんか思いついたの?」
 いきなりの声に、わたしはちょぴっとびっくりしつつ、結城の方に問い返した。
「サリフィスって名前の星があったな、そーいえば」
「んー……」
「人名よりは範囲広いだろ?」
「まあ、ね」
 確かにそうなんだけどね……フツーに本を読んでごらんなさい。地球なんて――登場人物たちが住んでる星の名前を本文中に書いてる本って案外少ないでしょ?
 書いてあっても東京とか日本とかそういう地名くらいで。
 微妙と言うかなんとゆーか……それでもまあ、手掛かりが増えたことには変わりないんだから良しとしますか。
「んじゃ、オレあっちの方見てくる」
 持ち出してきた本を一通り読んでしまったのか、結城くんは数冊の本を抱えて本棚の奥のほうへと歩いていった。
 結城くんの背中を見送ってから、わたしは早速あの怪しい本の続きを読んでみる。
 主人公はわたしと同じ年くらいの女の子と男の子。二人とも超能力者。
 一応さっきのサリフィスって名前も注意して読んでみるけど、そもそも地名の表記がほとんどない。
「んー……手掛かりがないって、痛いなあ」
 椅子に腰掛けたままで思いっきり伸びをする――と。
「こーんにーっちわー」
 ガラリっと扉が開いて聞き慣れた声が響いた。
「高橋先輩!」
「やっぱりいたわね」
 ニッと笑って中に入ってくる高橋先輩の後ろにもう一人、渋々と言った感で歩いてくる男子生徒。
「春日くん?」
「……よお」
「本、返しに来てくれたの?」
 にっこり笑って聞いてみたら、春日くんにぷいっと横を向かれた。拗ねたような表情からするに、どうやら高橋先輩に無理やり連れてこられたらしい。
「どうしたんですか?」
 高橋先輩と春日くんの接点が全然見つからなくて、とりあえず高橋先輩に聞いてみる。
「人探しと本探し」
「本探し?」
 っと。そーだ。
「そういえば、昼休み、結城くんて子を知らないかって言ってましたよね?」
「知ってるの!?」
「知ってるのか?」
 二人同時に聞き返されて――っていうかなんでそんなに真剣なんだろ……。
「う、うん」
 たじろぎつつも頷いて答える。
 ……結城くんを探してるって、もしかして、『幻想世界』のことを何か知ってるのかな、高橋先輩……。だってそうでもないと、結城くんの名前を知ってる理由がわからない。
「あのっ」
「ん?」
 わたしの声に、歩きかけていた足を止めて、先輩はくるりと振り返った。
「あの……どうして結城くんの名前を知ってるんですか?」
「え?」
 びっくりしたように目を丸くしたのは春日くん。
 高橋先輩はじっと瞳を細めて、鋭い視線でわたしを見つめてくる。
「……どうして、私たちが結城ちゃんの名前を知ってると不思議なのかしら?」
「えーっと……」
 そう切り返されるとは思わなかったなあ……んー……全部言っちゃっていいのかなあ。
 高橋先輩はオカルト同好会会長だし、頭っから否定はしないと思うけど、騒ぎになっても困っちゃうし。
「なあなあ」
 横から割って入ってきた声に視線を向けると、にぱりんっと悪戯っぽく笑う春日くんと目が合った。
「本の中の登場人物が現実にいるって言ったら……信じる?」
「え?」
 ぼーぜん。
 だって、今それをどう説明しようかと思って頭を悩ませてたトコだったのに。
「おれたちは、結城以外の……本の世界の住人を知ってるんだ」
「その人に教えてもらったの?」
「そ」
「その反応からすると、麻美ちゃん、結城ちゃんが本の世界の住人だって知ってるんだ」
 にっこりと笑った高橋先輩は、ジト目になって春日くんを軽く睨んだ。
「ったく、直球勝負にも程があるっての。麻美ちゃんが相手だから良かったけど、そうじゃなかったら笑われて終わりよ?」
「笑われたって害はないからいーじゃん」
「私はいいんだけどね、今更らしいから。雄哉くんは違うでしょうに」
「別に気にしないし」
「で、結城ちゃんは?」
「あ……えっと」
 いきなり話の矛先を向けられて、すぐに言葉が出てこない。
 ちらと視線をやって、その方向を指差すと、高橋先輩がいかにも楽しそうな満面の笑みを浮かべた。
「どうもありがとう。それじゃ行きましょうか」
 で。
 高橋先輩はやっぱり春日くんを引きずって本棚の奥の方に歩いて行く。
 うーん……せっかく会ったし、春日くんに本のこともう一回念押ししときたかったんだけどなあ……。
 まあいっか。
 向こうの話が終わってからでも別に問題ないわけだし。
 それより、さっきの本の続き読んじゃえ。
 結構面白い内容だったんだよねー。探してる『本』だったらそれはそれでラッキーだよね。個人的には、結構その確率高いと思ってるけど。
 ……そういえば……。
 高橋先輩と春日くんはどこで『幻想世界』の住人を知ったんだろう。春日くんの話からすると、結城くんの他にも『幻想世界』の住人がいるってことだよねえ。
 まあ、そのこともあとでまとめて聞けばいいんだけど。
「……あっ!」
 読みかけて、気付いて慌てて後ろの貸し出しカードを確認した。
 確かさっき見た時に……。
「……」
 あった。
 高橋先輩の名前と、春日くんの名前。
 ……もしかして、もしかしてだけど……これを読んだことで二人が『幻想世界』との接点を持ったなら……。
 ちらと向こうの様子を窺う。まだ話は終わりそうにない。
 んじゃあ確認は後まわしにして、とりあえずこれ、読んじゃおうっと。


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