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第13話〜高橋恵琉(3)

 うちのガッコの図書室は広い。
 けどまあ、迷子になるほどには広くないし、人を探すのに苦労するほど広くもない。
 麻美ちゃんが教えてくれた方に行ってみると、蒼い髪に金目の男の子はすぐに見つかった。
「……あれ地毛なのかなあ」
「そーゆー問題?」
 言いたいことはわかるけど。今論点にすべきなのはそこじゃないでしょう。
「いや、なんとなく不思議に思ってさ」
「ったく」
『ホント、まったくだよね』
「何が?」
 さっきから……っていうか、こっちから何か言わない限りほとんど黙りっぱなしだった万里絵瑠(まりえる)――そういえば、ちゃん付けすべきなのかくん付けすべきなのか微妙にわかんないのよねー、この子の声と口調だと。なんか喋り方とか子供っぽいんで弾みで呼び捨てにしちゃってるけど。――が突然私に同意してきた。
『ボクにこんな苦労かけるだなんて信じらんない』
「そこなの、ポイントは……」
「マリエルがなんか言ってるんですか?」
 すぐ隣を歩いている雄哉くんが興味津々に聞いてくる。
 私は少し考えて――……え?
「ユーキちゃんっ!!」
「へ?」
 雄哉くんがぽかんと目を丸くして、唐突な私の行動に唖然とした。
 正確にはこれ、私じゃなくて万里絵瑠の行動。
『ちょっと万里絵瑠っ、これ私の体なんだけどっ!』
「だから?」
 傲岸不遜とはこういう態度を指すのだろうか?
 人の体に勝手に入ってきただけじゃ飽き足らず、無理やり体の主導権奪うのってどうよ!?
 万里絵瑠の視線の先では、状況についてこれてないらしい結城ちゃんが茫然と私を見つめてる。
「ユーキちゃん、これはどういうことかなあ?」
 表情はにこりと笑っているけど、態度が全然笑ってない。
「え? あれ?」
 結城ちゃんはきょろきょろと視線をさまよわせたあと、
「マジ?」
 私を――万里絵瑠を指差して信じられない物でも見たかのように呟いた。
「大まじに決まってるでしょっ。で、どういうこと?」
「え? いや、その……」
 結城ちゃんがヘラっと腰を引きつつ、そのわりに嬉しそうに笑う。
「絵瑠が迎えに来てくれたら嬉しいなあ〜……なんて思ってみたり?」
 うっわ、態度低っ。
 ここで疑問系使う?
 この状況、どう見ても万里絵瑠が結城ちゃんを迎えに来たとしか見えないでしょうに。
「ふーん……」
「あの……絵瑠?」
 必要以上に腰を低くして、下から見上げるように万里絵瑠を見る結城ちゃん。万里絵瑠はひとつ盛大なため息をついてから。
「フツーの家出だったら放っておいたよ、当たり前でしょ。なのによりにもよって現実世界になんて行くからっ! ボクの大事な人が住んでる幻想世界崩壊の危機を前に、行動しないわけにはいかないのっ!」
「幻想世界崩壊の危機?」
 さっきから完全に傍観者になってた雄哉くんが、おそるおそると言った感で会話に口を挟んでくる。
 まあその気持ちはわかんないでもないけど。
「ユーキちゃんが力任せに道開いたりするから、バランスが崩れちゃったの。とりあえず安定させるためには元の状態――幻想世界の住人は幻想世界に戻さないとダメなんだよ」
 ぷくっと頬を膨らませている万里絵瑠……っていうか、万里絵瑠の態度って全般的に子供っぽいんだけど、私の外見だと妙な感じになってないかちょっと心配。
 万里絵瑠がこーゆー表情してるなあとかは、まあ、自分の体だし感覚でわかるんだけどそれが端からどう見えてるかまではわかんないからなあ……。
「オレのためってわけじゃないのね……」
 どこかがっくりと肩を落としている結城ちゃんに、万里絵瑠がトドメの一言。
「当たり前でしょ」
「…………」
「うっわ、撃沈してるし」
 あまりにも容赦ない万里絵瑠の言葉に後ろで雄哉くんがなんかぼそりと呟いた。私に聞こえるってことは同じ体を使ってる万里絵瑠にも聞こえてるんだろうけど……気にしてないのか完全無視。
「んじゃあ、マリエルは帰り道わかってるんだ?」
 万里絵瑠の子供っぽい態度につられたのか、雄哉くんは子供対応な口調で聞いてきた。
「まーとりあえず『本』があれば多分」
『多分……?』
「最初に言ったでしょ、なんでか知らないけど道が上手く開かなかったんだって。『本』を使っても上手く道を安定させらんなかったらその原因を探すところからやんないと」
「もしかしてさ。結城ってその『本』を探しにここに来たのか?」
 雄哉くんの問いに、結城ちゃんはこくりと頷いて答える。
「まあ、一応。オレたちの世界の魔物がうろちょろしてるみたいだから、強制送還方法探さないとって思って」
「ユーキちゃんが帰ればいーの。そもそもの原因がユーキちゃんなんだから」
「……」
 あ。いじけた。
 自分のせいなのは事実なんだからその程度の指摘で落ちこむんじゃないわよー、まったく。
「あ、あのさあ。もしかして……ラシェルがここにいるのもそのせい?」
「多分ね。どーも、道は魔物もしくは精神体しか通れない状態になってるみたい。で、魔物が自分からこっちに来ようとするわけがないから――」
「巻きこまれたってこと?」
「うん」
「ほお……そーゆーわけか」
 突然飛び込んできた低い声音。だけどその声は聞き慣れたもの……麻美ちゃん?
「あ、麻美?」
 ギロリと結城ちゃんを睨みつける迫力に、結城ちゃんはタジタジと数歩下がる。
 どっちかって言うと大人しい方な麻美ちゃんの突然の豹変には、私だけじゃなく雄哉くんも驚いたような顔をしてて……。
「気がついたらいきなり知らない場所で目が覚めて……なんか本読みながら寝こけてたっぽいけど、読書なんてしてた覚えないし。どーゆーことかと思ってたんだが……」
 ふわりと。
 辺りの本が宙を舞う。
「なんだこれっ?」
 驚きに目を丸くする雄哉くんとは正反対に、私はワクワクと目を輝かせた。
 超能力ってやつっ!?
『すごい、かっこいいっ!!』
「……そーゆー問題かなあ」
『ねえねえ、万里絵瑠はこーゆーのできないの?』
「ボクの能力は身体に付随するものだから、精神体だけの状態じゃ使えない。女王の力は幻想世界でしか使えないし」
『……つまんないのー』
 私たちがそんな呑気なやりとりをしてる横で、宙を舞う本はどんどんと増えていってた。
「そーか、てめぇのせいか」
「ちょっ、ちょっ……落ちついてっ!」
「落ちつけるかあああああっ!」
 うっわ、痛そう……。
 何冊もの本が一斉に結城ちゃんのほうへと飛んで行く。しかも狙ったように角っこばっかりが激突。
「あのー……どちらさんで?」
 ばたんきゅぅっと倒れてしまった結城ちゃんはとりあえず放っておくことにしたらしい。雄哉くんの質問に、麻美ちゃん――いいえ、麻美ちゃんの中にいる誰かさんは両手を組んで偉そうに告げる。
「皇綺羅(すめらぎきら)だ」
「んー……」
『どしたの?』
 何か思いついたらしい万里絵瑠の様子に声をかけてみると、万里絵瑠はにぱっと笑った。
「多分、来るとしてもあと一人かな」
「なんでそんなこと言えるんだ?」
『はいはーい。私もその疑問に同感〜』
 私と雄哉くん、それに綺羅くん――くん、だよね。あの口調と言い態度と言い――も答えを待って万里絵瑠を見る。
「二代目女王」
 ぴっと雄哉くんを指差す。
「三代目がいなくて四代目女王」
 次にぴっと綺羅くんを指した。
「んで、五代目でもって今現在の女王がボク」
「ああ。そーいやそーだな」
 顎に手を当てて軽く頷く綺羅くん。
「えーっと……だから?」
 きょとんと聞き返す雄哉くんに、綺羅くんはふううと大きな溜息をついて首を横に振った。
「うっわ、ムカつくっ。わかんねーんだから仕方ないだろっ!」
「わかれよそんくらい」
 ……私もちょっとムカついた。
「つまりだな、女王の力を持った人間しかこっちに引っ張りこまれてないってことだよ。ま、多分残る一人は来ないだろうけどな」
「なんで言いきれるの?」
 万里絵瑠の質問を受けて、綺羅くんはニヤァっといかにも楽しそうに……っていうか、意地悪っぽく笑った。
「これ、なーんだ」
「『本』……見つかったんだ」
「さっきこの体の持ち主――麻美だっけ? そいつが読んでたらしい。後ろの貸出記録見てみたら、春日雄哉と高橋恵琉の名前しかなかった」
「接点を持つ人間がもういないから、こっちに来れないってことだね」
「でもさあ、貸出してなくたって読んでる可能性あるんじゃないか?」
「この分厚い本を?」
 雄哉くんの問いに、綺羅くんは即答。
 厚さ五センチは余裕でありそうな本を図書室に通い詰めて読む人はまずいない。そんな面倒なことするくらいなら貸りて家で読むだろう。
 うん、その意見には私も同感。
「……」
 反論が思いつかないのか黙りこんだ雄哉くんに向けてニっと口の端を上げて笑って――なんでこの人こーいちいち意地悪っぽい笑い方するんだろう。見た目が麻美ちゃんだからものすっごく違和感あるんだよねー。
「でさ、現女王サマ。これがあればオレたち帰れるんだろ?」
 雄哉くんの反論がこないことを確認した綺羅くんはあっさりと雄哉くんを無視して私の――万里絵瑠のほうを向く。
「うん多分」
 感慨もなく適当に頷く万里絵瑠だけど、雄哉くんは一安心って感じでほっと息を吐いてた。
「はあ……どうなることかと思った」
 雄哉くんはそう言ってるけど……でもちょっと待って。雄哉くんなにか聞き逃してはいませんか?
 綺羅くんは気がついたみたい。万里絵瑠の台詞に「多分」がくっついてること。
 まあとりあえずやってみなきゃわからないから万里絵瑠に任せてみるしかないんだけどね。
「ほらユーキちゃん、起きて」
 ぐいっと無理やり立たせると、結城ちゃんはなんとか意識を取り戻して自力で立ちあがった。まだちょっと頭フラフラしてるみたいだけど。
「さてそれじゃあ」
 結城ちゃんが一人で立ったのを確認してから、万里絵瑠は本を片手に意識を集中し始めた。


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