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第14話〜高橋恵琉(4)

 ボクが持つ『女王』の力に応えて、本が仄かな光を放つ。
「よしっ」
 道が開いたのを確認してユーキちゃんと呼ぼうとした、んだけど……。
『そーいや気絶してたわね』
 恵琉が小さな溜息をついた。さっき起こしたのに、まだダメージが抜けきってないみたい。ったく、だらしないなあ。
「ユーキちゃんっ!」
「えっ? あっ!」
 呼んだら慌ててしゃきっと背を伸ばした。
「ほら、道開けたから」
 こっちに来る時は上手く道が開けられなかったのに、こっちからは普通に開くんだね。ホント、いったい何が原因なんだろう。
「オレだけ先に帰るの?」
「とーぜん。ユーキちゃんが諸悪の根源なんだから」
 きっぱりはっきり言い放ったら、ユーキちゃんてばまるわかりな泣き真似をした。……本当に泣いてたとしてもボクは気にしないけど。
 いい加減学習すればいいのになあ。ボクの気を惹きたいなら、ね。
 そもそも、絵瑠って呼ぶのを許してる時点でいちお、特別扱いなんだけどなあ。気付いてないのかな?
 いまのとこボクが「絵瑠」って呼び名を許してるのはユーキちゃん含めて二人だけなんだから。
 がっくと落ち込むユーキちゃんが楽しくて、ボクはとりあえずバシンっと道が開いたままの本でユーキちゃんの頭を叩いた。
 その瞬間、ふっとユーキちゃんの姿が消える。
「もう帰ったのか?」
「うん」
「それじゃ、あとはおれたちだな」
 う〜ん、綺羅の元の姿を知ってるだけに、女の子の姿ってのが違和感あるね。ま、どーでもいいんだけどさ。
 また叩いてもいいんだけど、それだと体ごと巻き込んじゃいそうだから――それぞれの世界をそれぞれのあるがままに戻さないといけないんだから、それじゃあ意味がない――今度はもうちょっと丁寧に道を開ける。
 本のすぐ真上に、その空間を切り取って他のものをはめ込んだみたいに白い卵みたいな形の道が現れた。
 ここまではいいんだけど、問題はこっから先。どうやって体から引き剥がしたらいいんだか、実は全然わかんなかったりするんだなあ、これが。
「うん、どうしようか」
 とりあえず、道は開けた。
 これでなにか変化があれば良いなあ……とか希望抱いてたんだけど。
「は?」
 ぽかんと口を開けた雄哉に、ボクはわざとらしく溜息をついて見せた。
「だぁって、ボク、どうやってキミたちの精神を体から引き剥がせばいいかわかんないんだもん」
「おい」
「そんなこったろうと思ったぜ」
 茫然となる雄哉とは対照的に、綺羅は予想通りとでも言いたげな様子で肩を竦めた。
「エッラそうだなあ。ならキミはなにか方法思いつくの?」
「いーや?」
 にやりんっとイタズラっぽく笑うその表情がすっごいムカつくっ!!
『あの……落ちついて、ね?』
 思いっきり綺羅を睨みつけたら、恵琉の声が頭に響いた。
「そんな腫れ物に触るような態度とらなくたっていいよ……この程度は日常茶飯事だし」
 恵琉の対応にもちょっとムカついて、でもここで下手に大声で言い返したら綺羅になんか嫌味言われるのがわかりきってたから小声で言った。
 もちろん、視線は綺羅を睨みつけたままでね。こーゆーのは先に目を逸らした方が負けなんだから。
「それでさあ……結局どうするわけ?」
 ボクと綺羅の精神戦を見ているだけで疲れたらしい。がっくりと項垂れた雄哉が溜息をつく。
「とりあえずあんただけ先に帰って方法を探してみるっていうのはどうだ?」
 綺羅の提案は、残念ながら無理な相談。
 こっちに来ようと思ったのはボクの意思だけど、まさかこっちの人間と体を共有することになると思わなかったんだもん。
 恵琉にも言ったとおり、彼女が死ねば接点がなくなってここに縛られることもなくなるだろうけど……そんなことしたって知れたらあとで裕に――ボクの一番大事な人で大好きな人だけど、優しすぎるのがある意味欠点かもしれない――怒られるしねえ。
「ムーリー」
「……あっそ」
 と、その時。
「なんだ、やってみれば結構簡単じゃん」
 ラシェルの声が聞こえた。
「え?」
「お?」
『あら』
 最初はみんな雄哉のほうを見たけど、雄哉は慌てた様子でブンブンと首を横に振る。
 うん、わかってるよそんなの。思わず見ちゃっただけだってば。
 だって今聞こえたのは、雄哉の声じゃない。きちんと、ラシェルの声だった。
「ちょっとラシェルちゃん、どこ?」
 いつものクセで腰に手を当てて声をかけると、
「おまえ、なんで毎度毎度そんなに偉そうなんだよ。まだ綺羅の方がマシだな」
「だって偉いもん、カミサマなんだから」
「……誰が偉いか論争はどうでもいい。それで、どこにいるんだお前は」
 よくよく耳を澄ませてみれば声は、どうも司書室の方から聞こえてきているみたいだ。
「よーおっ」
 ぱたぱたと手を振って笑うラシェルちゃんの姿が――彼本来の、青い髪に赤と銀の瞳の姿が――パソコン画面に映し出されていた。
「ほら、さっき綺羅が魔法使っただろう」
「魔法じゃなくて――」
「ああ、名称はどーでもいい。とにかく、つまりそれってこっちの世界でも自分の能力が使えるってことだろ?」
「うん、そういうことだね」
 まあ、ボクみたいに一部例外もあるけどね。ボクの能力は肉体変化――魔法じゃなくて肉体の体質的なものだから、他人の体じゃ使えないってわけ。
 ちなみに綺羅の能力は念動力で、ラシェルちゃんは……自分の精神を一時的にパソコンとかの機械に移動できるんだよね。
「へぇ、ラシェルってこんな姿してるんだ」
「……」
 雄哉がなんか妙に感心してるけど、今そんな場合じゃないと思う。
『思ったより子供っぽいのね。カッコイイって言うよりは可愛いタイプかな』
 ………………恵琉まで……別にいいけど。
「で、それ応用して『道』のほうへは行けないの?」
 とりあえず雄哉と恵琉は無視することにした。
「それができれば苦労はない。オレの精神移動は元々移動先が限定されてるんだよ。自分の身体かこういう機械の中かってね。こっちでもその法則は変わってないみたいだな。まあ、今は戻る先は自分の体じゃなくて雄哉の体だけど」
「じゃあやっぱり根本の原因をどうにかするしかないわけか」
「え? 根本の原因は結城だろ?」
 きょとんと尋ねる雄哉に、一同呆れ半分の溜息を漏らす。
「なっ、なんだよ、みんなしてっ! どーせおれは頭まわりませんよっ!」
「拗ねるな、拗ねるな」
 ラシェルちゃんは苦笑してフォローにまわったけど、ボクはそんな気にもならない。綺羅もそれは同じみたいで、ふううと肩を竦めて首を振っている。
「あのな、そりゃ確かに最初のきっかけは結城だよ。でも、それだけじゃない……だろ?」
 ちらとラシェルの視線がボクに向く。
 そう。
 本来、『道』は女王にしか開けられないもの。
 それは力の大きさでどうにかなるもんじゃない。
 どんなに歩きつづけても、最初っから方向が間違ってたら目的地につけるわけがない。
 その方向を知っているのは女王だけ。結城がいくら大きな力を持っていても、あてずっぽうで道を開けられるわけがないんだ。
「誰か、結城を利用してこっちへの『道』を開けた人がいるはずだよ」
 ふと。
 なんでか、綺羅がヘンな顔をした。
「……なんでそれ、結城に直接聞かなかったんだ?」
「え?」
 …………。
「あ」
『気付かなかったんだ……』
「なんだ、絵瑠も雄哉のこととやかく言えないじゃないか」
「マ・リ・エ・ル!」
 きっちりラシェルちゃんの呼び名を訂正してから、ボクは腕組で考えこむ。
 そっかそっか。すっかり頭から抜けてた。
 だっていつもはユーキちゃん、ことあるごとに全部ボクに報告してくるんだもん。何かおかしなことがあったならボクに言わないはずがないって思ってたんだ。
 だけど、言われてみればそうだよねえ……。
 ユーキちゃんが黒幕の存在自体に気付いてない可能性もあるけど、それよりは誰かがユーキちゃんを唆したと考えるほうが自然だ。
 だあって、アテも何もない状態で『道』を開けて『現実世界』に行こうなんて……いくらユーキちゃんでもそこまで馬鹿じゃないと思う。
 となるとそれをボクに言わなかったのは、何か事情があってわざと言わなかったか、たんに忘れただけか……。
 多分後者だね。
 ああっ、帰すんじゃなかったっ!
「でもさあ、マリエルべったりの結城がそういうもんを報告しないってのも変じゃないか?」
 ボクとユーキちゃんと両方をよく知ってる綺羅が眉を顰めた。
 ラシェルちゃんはユーキちゃんとはあんまり面識ないんだよね。綺羅の言葉を聞いてさっきのユーキちゃんの態度に初めて合点がいったみたい。納得したみたいに頷いてる。
「忘れてただけだと思うよ。理由はどうあれ、ボクが直接迎えに来たんだもん」
『……すごい自信』
「恵琉はユーキちゃんを知らないからそう思うの」
「うんうん。オレもマリエルに同感」
「ふーん、そんなもんか」
 ユーキちゃんをよく知らない恵琉とラシェルちゃんは実感はあんまりないみたいだけど、まあ、さっきのがあるから納得はしたみたい。
「でさあ、結局どーすんだよ?」
 いちいち脱線しかける話を、雄哉がまた元に戻した。
 ま、ボクは自分の体が向こうのどこにあるかはちゃんとわかってるから。完全に戻ることはできなくても、向こうで多少なりの力を発揮することはできる。ユーキちゃんがボクの体の傍にいてくれれば……連絡はつくでしょ。
 んで、ユーキちゃんならかなりの確率でボクの体の傍にいてくれると思うし。
「一応、手はあるよ」
「マジ!?」
「なんだ、なら早く言えよ」
「どんな手だ?」
 言ったのは雄哉、綺羅、ラシェルの順。
 ……いちいちムカつくな、綺羅って……。
『ほら、落ちついて落ちついて。ねっ!』
 同じ体にいるせいかボクの態度の変化を敏感に感じとって恵琉が言う。
「えーっとね――……っ!?」
 言おうとしたちょうどその時。ガチャンっ! と後ろで音がして、ボクは咄嗟に前に飛んだ。
 ううっ、なんか動きにくいっ!
 いつものボクの体ならもっと簡単に動くのにいいいいいっ!
「ボクが人間か、恵琉が単細胞生物だったら楽なのに」
 ボクの本来の体は単細胞生物だし、人間の体よりはそっちの方が動きやすいような気がしないでもない。んー……そんなこともないか。
『は?』
 恵琉がぽかんとしてるけど無視。
「ラシェルぅ〜っ」
「情けない声だすなよっ!」
 言いながら、ラシェルちゃんは雄哉の体に戻っていった。雄哉は戦闘には役に立たないらしい。
「ほら、絵瑠も下がってろ」
「だから、マリエルだってばっ!」
「あー、はいはい」
 綺羅に言われて、ボクは後ろに下がる。綺羅はボクの戦い方を見たことがあるから、体が違う今じゃああんまり戦力にならないってすぐにわかったみたい。
 魔物は一体。
 ラシェルちゃんと綺羅が揃ってればすぐに終わるでしょ。たぶん。


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