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第15話〜結城(2)

 気がついたら、そこは宇宙の暗闇の中だった。
「帰って来たんだなあ……」
 慣れた気配になんだかホッとする。それに、理由はどうであれ、当初の目的通り絵瑠に迎えに来てもらって。
「……へへっ」
 ああ、なんかもう笑いがとまらないって感じ?
 多分絵瑠はこっちに戻ってきたらオレのことなんか放ってとっとと家に帰っちゃうんだろうなあ。ま、一緒に帰りたいなんて思うのはさすがに高望みすぎかあ。
「んじゃ、オレは家で絵瑠の帰りを待ちますか」
 ニヤけた表情を直すつもりもなく、オレはくるっと方向転換をした。
 その途端、目に飛び込んできた赤いイロ。
「絵瑠!?」
 何故か宇宙空間に漂って、意識を失ってるらしい絵瑠。
「おい、絵瑠?」
 慌てて駆けよって呼び掛けたけど、絵瑠に起きる気配はまったくなかった。一体なんで……――
「あ」
 そーいや、なんでか生身で道を通ることができなかったから、精神体だけで現実世界に行ったとか言ってたような記憶が……。
 それにしたって、身体をこんなところに放っていかなくてもいいだろうに。誰かに襲われたらどうするんだ、絵瑠は可愛いんだから。
 まあ、宇宙に出るほどの技術を持ってる星はそう多くはないし、広大な宇宙空間に漂ってるたった一人の子供を――実年齢はともかく、絵瑠の外見は間違いなく子供だ――見つける可能性なんて天文学的確率だ。
 それは、理屈では、わかる。
 わかるんだけどさあ……。
 と、そこまで思ったトコロでふと、思い至った。
 ここに身体があるってことはさ、絵瑠は帰ってきたらまずここで目覚めるってことだよな?
「やたっ。一番にお出迎えができる!」
 戻ってきた絵瑠に一番でおかえりって言えるんだぜ? すっげー嬉しい!
「……うん」
 絵瑠もすぐに戻ってくるだろ。それまでここで待ってよーっと。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 結城とは別行動で現実世界へやってきたあたしがまずやったことは、道が開きっぱなしになるよう維持することだった。
 最初は、あたしの目的は『現実世界』に帰ることだった。
 だけど……。いざ到着してみたら、なんだか違う、って気がした。
 考えてみればあたしは、帰りたいとは思っていたけど、その後どうしたいとは思ってなかったんだから……こうなるのも当たり前だったのかもしれない。
 とりあえず、次にどうしたいか考えてみて……一番最初に思いついたのは、初代女王に会うこと。
 あの人にはいろいろ言いたいこともあるし、ま、それでいっかなーってね。
 でもそれにはちょっとした問題があった。
 あたしは、ここに詳しくない。『幻想世界』で生まれ育ったんだから当然ね。
 この『現実世界』のどこかにいるはずの初代女王を探すなんて、不慣れな土地ではとってもとっても難しい。
 で、考えたのが、向こうから出てきてもらうこと。
 もしも『本』が原因で『現実世界』にトラブルが起きたら……。出てこないわけにはいかないわよね、女王サマ?
 あたしには結城ほどの力はない。
 けど、あたしの力は『女王』に近い性質を持っている。
 だから、開いた道に干渉するのはそう難しいことじゃあなかった。
 ちょっと力を加えてやれば、道は開きっぱなしのまま維持される。ただ、現女王サマがでしゃばってくると面倒だから、細工もしてやった。
 だあって、現女王サマが来て解決させちゃったら、初代女王サマの出番なんてないでしょう。
 道にちょっとした結界を張って、魔物しかこっちにこれないように……って、思ってたはずなんだけどなあ。
 精神体だけとはいえ、なんで女王の後継者があんなに大集合してるのよ。現女王もきっちりこっちに来てるし。ま、ある意味役立たずだけどね、精神体のみの現女王は。
「綺羅の超能力はここでも健在っと」
 学校の校舎の屋上、上手く図書室の中が覗ける場所で、あたしはじーっと女王サマたちの様子を観察してた。
 初代女王が選んだ後継者――ラシェル・ノーティと、その生まれ変わり――皇綺羅。それから、後継者から女王の力を託された……っていうか、策略を巡らして見事その座をゲットした現女王サマ――万里絵瑠。
 あの中で一番怖いのは皇綺羅。他の二人は肉体を主とした戦い方をするから、他人の身体を使ってる現在はそう面倒な相手でもない。まあ、ラシェルは戦いに慣れてる分、機転をきかせてどうにかしそうだけど。
「ふーん、結城は先に帰しちゃったんだ」
 とりあえずあの『本』をこっちの手に置いておきたいところ。まあ、雄哉のところから本を持ち出してあそこに戻したのもあたしだけどね〜。
 最初はまさか雄哉がラシェルと接点持つことになるとは思ってなかったから、結城が『本』を見つけてくれればいいなあって思ってたのよ。結城にこっちに来るよう唆しておいてなんだけど、いつまでも居座られると邪魔だから。
 絵瑠が迎えに来るまで帰らないなんて言ってたけど、あれの性格から考えて、一ヶ月くらいで諦めそうな気がしたから。……その時手元に『本』がないと帰るに帰れないだろうなと思って、結城の手に渡りやすそうなところに置いといたってワケ。
 それにしてもなあ……。もしかして魔物を引きこんだのがまずかった?
 ま、絵瑠に関しては確実にそうなんだけどね。……でも、他の女王連中はなんでこっちに引っ張られたのかがわっかんない。
「そうだなあ……」
 わからないことはいくら考えてもわからないし。
「とりあえず、本があっても帰れないみたいだし、だったら向こうに渡しておく意味もないし」
 回収しておきますか。
 その方がのちのちに便利だろうし。
「さあ、いらっしゃいっ!」
 あたしの力に引っ張られて、道の向こうから数体の魔物が『現実世界』に現れる。
 実を言うとあたしが魔物を操ってるわけじゃないから、あたしのところに出現されたりするとマズイんだけどね。あいつらは『幻想世界』を破壊するための存在だから、『幻想世界』の存在を破壊しようとする。
 精神だけとはいえ女王サマがたはもちろん、あたしも『幻想世界』で生まれ育った身。あたしも充分に破壊対象になっちゃうってわけ。
 だから魔物の出現先には細心の注意を払って、女王サマがたの目の前に置いてやる。
 そうすれば、魔物はまず女王サマたちを――もっと正確に言えば、女王サマたちの接点となり、その精神が入りこんでいる人間を――襲ってくれるもんねっ。
「偶然接点を持っちゃったこっちの人には悪いけど……」
 『現実世界』と『幻想世界』繋がる接点となっている人間がいなくなれば、接点を失った女王サマたちは『幻想世界』に引き戻される。
「『本』を読んでしまった自分の不運を恨んでね」
 口の端がニヤリと上がる。
 魔物が、図書室の中に現れた。
 ――『本』は……絵瑠が持っている。
「上手く手放してくれるといいんだけど」
 向こうも『本』の重要性はわかってるだろうから、そう簡単にはいかないケド。それに、できればあたしの正体は知られたくない。
 ラシェルはともかく他の二人は容赦ないからなあ……。
「ま、とりあえずここにいてもなんにもならんし」
 あたしは躊躇することなく、屋上のフェンスを乗り越えて、その向こうの宙へを足を踏み出した。
 ふわりと。あたしの身体は宙に浮かんで空を飛ぶ。
 すでに時間は最終下校時刻に近い。もうとっくに部活も終わって、学校に残ってる生徒はほとんどいなかった。そうでなけりゃこんな風に堂々とは飛ばないけど。
 ああ、もちろん、図書室の方々からは見えないよう気を使ってる。
 こそっと窓から覗きこむと、予想通りと言いましょうか。前にラシェル、後ろに絵瑠と綺羅。
 絵瑠はまったくなにもしてない感じ。いや、できないだけだろーけどね。
「おいっ、一旦退くぞ。ここで戦ったら部屋に被害が出る」
「案外常識的なんだな……」
「ラシェルてめえ、俺のことなんだと思ってんだよ!」
 数度の攻防のやりとりののち、軽口の応酬をしつつも三人は図書室の外へと出ていった。
「うーん、やっぱりちゃんと持って行ったか」
 ちょぴっとは期待したんだけどなあ。
 魔物も女王サマたちも出て行って静かになった図書室に窓から入らせてもらう。
 図書室の中は魔物に荒らされて酷い惨状だった。一部綺羅の能力のせいかなーっと思われる焦げ跡とかもあったけど。
 さて、どうしましょうか。
 ま、ここで考えこんでても仕方がない。向こうはあたしの顔を知らないはずだから制服かっぱらえば生徒のフリできるでしょ。
 実はあたしもどっちかというと精神体に近い。実体化もできる半精神体ってとこかしら。さすがに自分の姿を自在に変えるようなことはできないけど、洋服くらいならすぐに変えられる。
 麻美や恵琉が着ていた服を思い出し、自分の服を変化させた。
「えーっと……」
 ちょっと耳をすませば、彼らの行き先はすぐにわかった。だって大騒ぎしてるんだもん。
 今がほとんど生徒のいない時間で良かったわねー、あんたたち。
 誰も聞いていないのを承知で、笑う。クスクスと小さな笑みが漏れる。
「そおねぇ……巻きこまれた生徒を装うってのもアリかな」
 魔物がこっちを注視するととっても困っちゃうんだけど、まあ、ゴタゴタに紛れてさっさと逃げればなんとかなるか。
 適当に結論を出して、あたしはさっさと駆け出した。
 彼らが向かったのはどうやら上のほう――屋上、らしい。
 いくら下校時刻ギリギリとはいえ、まだ職員はいるわけだし、下じゃあいつ人とすれ違うかわからないってわけね。
 それは正しい判断だと思うわ。
 人気のない校舎を上へ上へと駆けていく。
 と。
 途中でふと思い至って一旦窓から外に出た。
 最初っから屋上で昼寝か読書でもしてたって方が、屋上にいる理由として妥当なんじゃないかと思ったせい。この時間からわざわざ屋上に行こうっていう生徒は少なそうだし。
 階段を駆けて来る女王サマがたより、空を飛んで先回りしたあたしのほうが早いのは当たり前。
 扉のトコの屋根上で、あたしはのんびり腰を下ろした。
 さあ、お手並み拝見といきますか!


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