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第16話〜佐藤麻美(5)

 は〜あ。
 ったく、なにがどーなってんだかわかりゃしねえ。
 ああいや。なんでこういうことになったのか、大まかな事情はわかってる。だけどここはまあ気持ちの問題ってやつだな。
 なんでおれがこんなことに巻き込まれなきゃなんねぇんだよ。
 異世界に飛ばされる経験は二度目だから、そう言う意味ではたいして焦ってない。女の子の身体に意識だけがあるってのがなんとも居心地悪いっちゃあ悪いけどな。
 目の前には窓から飛びこんできた怪物が五体。……多いなあ。
 負ける気はないけど。
「ラシェルぅ〜っ」
「情けない声だすなよっ!」
 ま、戦闘経験のないやつなんてこんなもんだよな。戦闘には役に立たないだろう雄哉は早々に頭から外しておく。相方がラシェルで良かったな。ラシェルはそれなりに戦えるから、無駄死にするってことはないだろ。
 で、もう一人の役立たずに視線を向ける。
 絵瑠の戦闘手段は肉体変化。本当の絵瑠の身体はアメーバみたいな単細胞生物で、いろいろなものに姿を変えられるし、物理攻撃のほとんどはダメージにならない。
 当然ながら絵瑠は自分の身体の特性を最大限に生かした戦い方をする……けどそれは同時に、今のこいつはまったく役に立たないってことも示す。
 普通の人間の身体でいつもと同じ戦い方なんてしたらあっという間に人間の身体がボロボロになるし、そもそも人間の身体は器用に腕の一部を刀にしたりなんて芸当はできないから、ついいつものように腕を振って大外れなんて可能性も充分すぎるくらいにある。
「ほら、絵瑠も下がってろ」
「だから、マリエルだってばっ!」
「あー、はいはい」
 しつこいなあ。呼び方なんでどうだっていいだろーが。緊急事態なんだぞ?
 こいつに常識を説くほうが間違ってるか。
 呆れ全開に半眼でぼやきつつ、周りの様子を確認する。
 別にここで戦ってもいいんだけど、そうすると炎は使えないし、あとの片付けも大変そうだな。
 部屋の様子の次は、怪物の様子。
 あいつらの目的はどーもおれたちだけみたいだ。途中にあるものを蹴散らして、一直線にこっちに歩いてくる。
「おいっ、一旦退くぞ。ここで戦ったら部屋に被害が出る」
「案外常識的なんだな……」
 をい。世界一の優等生に向かって何を言う。
「ラシェルてめえ、俺のことなんだと思ってんだよ!」
 おれよりラシェルの方がよっぽど常識外れだと思うが。
「絵瑠、ちゃんと本抱えてろよ」
「わかってる!」
 ちょっとくらいの被害は諦めてもらおう。
 今にも追いついてきそうな怪物に二、三回、炎を浴びせてやる。室内で炎はどうかとおれも思うが、運動を停止させるより加速させるほうが楽なんだから仕方がない。
「上行くぞ」
「了解っ」
「えええ?」
 おれの意図をあっさりと理解したラシェルはすぐに頷いたが、絵瑠は面倒そうに声をあげた。
 いちいち説明しなきゃわかんないのか、鬱陶しい。
 別にわかんないならわかんないでいいから、とりあえず、文句言うな。
 こういう急ぎの場面で説明求められるのが一番ムカつく。まあ、緊急事態ってのはわかってるみたいで、イヤな顔しつつもついて来てるけどな。
 なんで上かっつーと、ほとんど生徒がいない時間と言えどゼロってわけじゃないから。校庭に出たら下校する生徒と鉢合わせるかもしれない。だけど思いっきり本気を出して戦うには室内じゃあ都合が悪い。
 残る可能性は屋上ってわけだ。
 ……に、しても。
 良く寝るなあ、この身体の持ち主は。麻美って呼ばれてたっけ?
 ラシェルたちの様子を見る限り、表にいる方しか起きてられないってわけじゃないみたいなのに、麻美はいっかな起きる気配がない。
 この騒ぎン中で良く寝てられるよな。
 駆け足で上がった屋上には、見る限り人の姿はなかった。
 ま、普通そうだよな。
 昼休みや授業時間ならともかく、放課後……しかも寒い季節――こっちに四季があるのかどうかは知らないが、体感温度はまさしく冬だ――夕方に屋上でのんびりするヤツもなかなかいないだろ。
「さぁてっ」
 不謹慎かもしれないけど。
 実はおれ、結構楽しんでたりする。
 もちろんこのまま帰れないとすっげー困るんだけどさ。
 能力を使って思いっきり暴れる機会なんてそうしょっちゅうあるわけじゃない。
「ラシェル、二体いけるか?」
「微妙だな。武器があればまた変わってくるけど」
 いつのまに調達してきたのか、一応ラシェルはモップを持ってたけど、怪物相手の武器には心許ない。
「じゃあ、おれが二体片付けるまで、三体引きつけとけ」
「……まあ、引きつけるだけならなんとか」
「がんばってね〜☆」
 ……完璧他人事だな、絵瑠は。
 戦力にならないくせにでしゃばってこられるよりはずっとマシだけどさ。
 どたどたと駆け込んでくる怪物が五体、屋上に揃った。
 おれとラシェルは目で合図を交わして左右に散る。
 絵瑠はおれたちが指示するまでもなく、一人で思いっきり後方に下がっていた。
「ったく、面倒だよなあ」
 ぶつぶつ文句を言ったら、呆れたような表情のラシェルに睨まれた。
 子供の頃から社会に出て商売してるせいか――正確にはトレジャーハンターだけど、それで金稼いでるなら自営業と言っても差し支えないだろ――それとも保護者の教育の賜物か。結構真面目なんだよなあ、ラシェルは。こーゆーのを放っておかない。
 街中でトラブルがあったらとりあえず飛び込んでいくタイプだよな。まあ、なにげにケンカっ早いトコもあるから、自分からトラブル起こすことも多いみたいだけど。
 絵瑠は正反対。自分に被害がなけりゃあどんなトラブルも完全放置。
 自分で言うのもなんだけど、おれはまあ、その中間ってとこか。
「ま。こんなのに負けるのもなんか悔しいし」
 特に力を入れるでもなく。
 ふっと腕を振って意識を向ければ、おれの意思に従って空気が震える。加速された原子が熱を帯びて炎を発生させた。
 炎に巻かれて、怪物の一体が咆哮をあげる。
「残り一体っと」
 正確には四体。だけどとりあえずの割振りは残り一体。
 燃えている怪物も正確に言えばまだ死んじゃいないけど、それも時間の問題っぽい。
 続いて動かしたのは、空気。ほんの少しでいい。真空状態をつくってやれば、それがかまいたちという名の刃になる。
 ヒュッと軽い音がして、直後。怪物の一体がその身から黒い霧状の何かを吹き出した。人間で言えば血が出るところなんだろうけど、この怪物たちは倒しても死体が残らず、血も流さない。
 この黒い霧も、吹き出すそばから空気に溶けて消えていく。
「ラシェル」
 特に大声を張り上げる必要を感じなかったから、普通に声をかけたら、ラシェルは何故か恨みがましい視線を返してきた。
「なんだよ」
 怪物たちをあしらいながらこっちに来るラシェルに、おれは突っ立ったままで不機嫌露な声をあげた。
「べっつにー」
 ラシェルもラシェルでむすくれたまま、引きつけていた怪物をあっさりおれの前まで連れてくる。
 何が気に障ったのかはまあ、わかるけどな。
 緊迫した戦闘――本当に緊迫してたかどうかはまあ置いといて、戦闘ってのはある程度緊迫してるのが普通だろう――の最中、呑気な雰囲気のおれの様子がムカついたんだろ。自分が必死に戦ってたから余計にな。
 ラシェルの方から引きうけた怪物もちゃっちゃと倒して、本当に残り一体になった……と思った時だった。
 ふいに、太陽の光が翳る。
 雲かと思った。
 だけど。
「げっ」
「絵瑠!?」
「……あっちも呑気だな」
 絵瑠のあげた声はまさしく深刻さのかけらもない、厄介ごとがやってきたなあと他人事のように思っているだけの、そんな呻きだった。
 だけど事態はそんな呑気なものじゃない。
 上から降って来た怪物は、ちょうどおれとラシェルの前線組と、絵瑠の間に落ちてきたから。
 絵瑠は扉の上の屋根の方へと身軽にジャンプして、怪物を回避しようとする。
 その目論みは見事成功したらしい。
 目の前の獲物を見失った怪物は、あっさりとおれたちのほうに目標を変更してきた。
「うーん、頭はないみたいだな」
「まあ、雑魚だしな」
「苦戦してるくせに?」
「銃があれば負けないんだよっ!」
 相手は一体。こっちは二人。しかもお互い、一対一でも怪物を相手にできるだけの実力を持っている。
 交わされる言葉の応酬は軽いものだった。
 が。
 油断はするもんじゃあない。
「あーーっ!!」
 上から、絵瑠の――体が別人だから、正確には高橋恵琉とかいう子の――声が響いた。
「マリエル?」
 ラシェルが、呟くように上を見上げる。
 ふわりと、誰かのスカートが靡いた。
 その誰かは、あっという間に校舎の中に入ってしまったうえ、スカートに隠れて顔はまったく見えなかった。
「取られたっ!」
「え?」
「『本』、取られちゃった!!」
「なにやってんだ、バカっ!」
「バカじゃないもんっ!!」
「きっちり『本』持ってろって言っただろうがっ!」
「だって上に人がいると思わなかったんだから仕方がないでしょ!」
「お?」
 ふと、口喧嘩の応酬の合間に。
 ラシェルがいないことに気がついた。
「ああ。ラシェルちゃんならさっきあの子追い掛けてったよ」
「言えよ動く前にっ!」
 いない人間に文句を言ってもしゃーないけどさあ。
 ラシェルとあの子、どっちに行ったかな。
「……」
 改めて、外を眺めてみる。
 夕暮れは夕闇に変わっていて、校庭に人影はまったくなかった。学校内に見える明かりは職員室くらい。
「迷子になっても探さないからな」
「迷子はキミたちのほーでしょ。ボクがいないと『道』が開けないんだから」
「……訂正。探すの面倒だから動くな」
「ええ〜? 今人間の身体だから寒さちゃんと感じるんだけど」
「じゃあわかりやすい場所にいろ」
「命令ばっかりしないでくれる?」
「ヤだ」
 お互い向かい合って、しばし沈黙。
 無言のままにくるりと絵瑠に背を向けて――まあ、寒さを凌ぐなら高橋恵琉の家だろ――さっさとラシェルを追い掛けることにした。
 目撃者なんてそうは出そうにない夕闇。
 これなら空を飛んで外から校舎内を確認しても大丈夫だろ。多分。


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