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 アリスの鏡〜第1章 2話 

 女性はにこやかな笑みを浮かべて、加奈絵の前に立っていた。
 その横には不機嫌そうな青年。
「私、アカシャ=リィズと申します。先ほどはすみませんでした」
 女性――アカシャは深々と頭を下げた。間髪いれず、青年が口を挟む。
「なんでアーシャがこんなのに頭を下げるんだよ」
 隠そうともしないとげとげしい口調。しかも「こんなの」と来たもんだ。
「なんでぼくが”こんなの”なのよっ! あんた何様のつもり?」
「へっ、てめぇみたいなちびガキはこんなので充分だ」
 むかつく胸を抑えつつ、加奈絵はぎっと青年を睨みつけた。
 青年の瞳は思いっきり加奈絵を否定している。様子から見るに、アカシャが加奈絵を助けようとして危険なめに遭ったのが気に入らないらしい。
 加奈絵の目から見ればアカシャの圧勝で、彼女が危険なめに遭ったとはとても思えないのだが、青年の基準では違うようだ。
「ラティっ!」
 アカシャが大声で青年を諌める。
 青年が慌てた様子でアカシャのほうに向き直った。
「さっきも言いましたが、あのモンスターを街道に追いやってしまったのは私たちです。非があるのは彼女ではなく私たちなんです」
 言われて、青年はうっと言葉に詰まる。
 アカシャ心配のあまり頭に血が上っているようだが、一応モンスターを街道の方へ追いやってしまったと言う自覚はあるらしい。
「・・・・・・・わかったよ。わるかったな、ちびガキ」
「ちびガキ言うなぁっ!」
 青年の言葉に間髪入れずに怒鳴り返す。
 すると青年は呆れたような目で言い返してきた。
「しゃーないだろ? 俺はあんたの名前を知らないんだから」
 またもや二人の間に甦る険悪な空気をものともせず、アカシャは呑気にぽむっと手を叩き、笑顔で言ってのけたのだ。
「そういえばまだお名前を聞いておりませんでしたね。私はもう言いましたから――」
 言いながら青年のほうに視線を移す。
「彼はラティクス=ノート。私の護衛をしてくださってる方です」
 丁寧に紹介されて無視するわけにもいかないと思ったのか、青年――ラティクスは渋々ながらもぺこっと小さく会釈をしてくれた。
「わたしは橘加奈絵って言います」
「カナエ様・・・ですか?」
 アカシャが少しばかり首をかしげて言う。
「あまり聞かない響きだな」
 その後ろを繋げるようにラティクスの声。
「呼び捨てで良いよ」
 様なんて呼び方をされては照れてしまう。少し顔を赤くして笑い、加奈絵は言った。
「そうですか? では、よろしければ私たちのことも愛称で呼んでくださいまし」
 アカシャはにっこりと微笑んで見せた。
 その申し出にラティクスがあからさまに眉をしかめる。
 ぐいっとアカシャの腕を引っ張って、加奈絵から離れる方へと歩き出した。十数メートル離れたところで立ち止まり、こそこそとなにか話している。
 気になる・・・・・・・。またわたしの悪口言ってるんじゃないでしょうねぇ・・・。
 加奈絵はラティクスの方に半眼で視線を向けた。
 ここからでは聞こえないが、集音機でも造(プログラミングす)れば話の内容を聞き取れるだろう。情報が欲しいところだし、少しばかりの罪悪感は無視して盗み聞きしてしまおう。
 そう考えて加奈絵は、いつも下げている腰のポシェットに目を向けた。――が、
「あ・・・・・・・」
 ポシェットは、ネットサーフィンをする時は腰からはずしていた。ポシェットの中にはいくつものプログラムデータが保存されており、それを持ったままネット内――電脳空間とも言う――に入ると自分というデータのほかにそのプログラムのデータも抱えることになって、その重みで動き難くなるからだ。ネット内を散策中にいつのまにか跳ばされてきたものだから、ポシェットは持っていなかったのだ。
「あらら」
 加奈絵は苦笑した。
 目を閉じて、頭の中でプログラムを組み立て始める。今ここに欲しい物体の形状、動きをプログラムとして造り上げ、実行するのだ。
 ネット内では、プログラムは加奈絵にとって現実に等しいものとなる。
「・・・・・・・・・あれ?」
 普段、加奈絵はこういうことをよくやる。ネット内でプログラムを組みたて実行するということを。慣れた作業のはずだった。なのに実行されない。
 もう一度、もう一度。
 ・・・・・・二、三回同じ行動を繰り返してみるがやはり結果は同じだった。
「ちょっと待ってよ・・・・・・・・」
 加奈絵の顔が蒼白に変わる。
 この結果から予想されること・・・それは、ここはすべてがプログラムで形成されるコンピューター内の世界、ネット空間ではなくて、どうやってか紛れ込んでしまった現実世界だと言う事。
 だが、そうすると別の疑問があらわれる。
 確かにネット内にいた自分が、どうして自分の意思とは無関係に現実に飛ばされてしまったのか。もし本当に現実だと言うのならばここは一体どこなのか。
 加奈絵は学校で歴史や地理も習っている。あの二人の服装はどの国の民族衣装とも異なっている。ここがパーティ会場で、なんかの催し物真っ最中と言うならばアカシャの服装はまだ納得できなくもないが、ラティクスは剣まで持っているのである。今現在、どこの国でも剣を持ち歩くことは犯罪だ。
 ぐるりと周囲を見まわしてみる。
 見渡す限りの草原、森。
 こんな地形は世界中探し回ってもどこにも無いはずだ。少なくとも加奈絵はそう習っていた。
 陸だけでは土地が足りず、海の上どころか海中にまで街が存在し、空中都市まで建設しようとするご時世だ。
 地平線まで見える、こんな広い土地を放って置くわけがない。例外は環境保護区域だが、それならば監視挺がうろついているはずである。
 空を見上げてみたが、それらしい飛行物は存在しなかった。
 それになにより、加奈絵の住む世界にはモンスターやモンスターと呼ばれる存在は物語上だけの物であって、実際には存在しない。
 プログラムが実行しなかったのは加奈絵のミスで、ここはネット内だというのが一番常識的な考え方だ。でも加奈絵は自分のプログラム作成技術にほぼ絶対の自信を持っている。連続でミスをするなんて・・・・・・そう考えると、ここは加奈絵の住んでた星とは全く違う星だという結論に至る。
 後者が正しければ、やっぱりなんで飛ばされたのかという疑問は残るが。
「あ〜〜〜・・・・・・どうしよう」
 状況のわりに呑気な口調で呟いた。
「何が?」
 突然聞こえてきた声に、加奈絵はばっとその場をあとずさる。何時の間にか、加奈絵の後ろにラティクスとアカシャが戻ってきていた。
「えっと・・・・・その・・・・・・わたし、ちょっと、・・・迷子・・で・・・」
「迷子ぉ?」
 ラティクスは怪訝そうに加奈絵を見る。加奈絵は誤魔化し笑いをして、ラティクスの反応を待った。
「ま、ガンバレや。街道歩いてきゃそのうち街につくから」
 予想はしていたが、ラティクスの反応は冷たいものだった。
 さっきまでぽけっとした様子でたっていたアカシャが、突き放すようなラティクスの意見と正反対の言葉を口にした。
「では次の街までご一緒いたしましょう」
 穏やかな口調と表情に、ラティクスは一瞬自分の意見が否定されたことに気付かなかったらしい。面白いくらいの慌てぶりでアカシャにくってかかった
「ちょっと待てってば。今の俺たちにそんな余裕はないだろ?」
「ええ、でも困っている方を放っていくわけにはまいりません」
「・・・・・・なんか急ぎの用でもあるわけ?」
 余裕が無いという言い方を聞いて、加奈絵はそんな疑問を持った。
 二人は、顔を見合わせて、沈黙する。
 どうやら言い難い用事らしい。
 加奈絵はふうと小さく息を吐いた。
 できればここがどこなのか情報が欲しいが、この二人以外の者からでも入手は可能だ。
「別に無理しなくて良いよ。ま、街道歩いてればそのうち街につくだろうし」
 そう言って歩き出した加奈絵を、二人が慌てて呼びとめる。
「なに?」
 立ち止まって振りかえったが、二人の雰囲気は重い。
「・・・・・・なに。あっちに行っちゃいけない理由でもあるわけ?」
 二人は、言うべきかどうか迷っているようだった。
 一体この先の街に何があるというのだろう・・?

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