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 アリスの鏡〜第1章 3話 

「あの街は、今、とても混乱しているんです」
 アカシャは暗い顔でそう切り出した。
 アカシャの話を要約するとこういうことになる。


 ――この街道の先にあるのは、この辺一帯を収めている国の城がある街なのだそうだ。
 数日前、城が不心得者によって占拠されてしまった。しかもそいつは王様を人質にとり、好き放題やっているらしい。
 街の人々も王様を助けようと頑張ってはいるが、敵の戦力の大きさに負け、なかなか事態を好転させられないのだそうだ。


「ふーん。それは確かに行かない方がいいかもね」
 加奈絵はそれほど緊迫感のない口調で言った。
 アカシャは暗い表情ながらもその言葉に同意し、頷く。が、ラティクスは眉をしかめて加奈絵の様子を眺めていた。
 第一印象が最悪だったせいかどうもラティクスのその態度が気に入らず、加奈絵はじろっとラティクスを睨んでくってかかった。
「なぁに? なんか気に入らないわけ?」
 ラティクスは慌てて、不自然に表情を変えて首を振った。
「べつにそんなわけじゃないさ」
「そう?」
 高飛車ふうに言葉を返し、ラティクスに対するものとは大違いの笑顔をアカシャに向ける。
「忠告ありがとうね。それじゃ、わたし行くから。バイバイv」
 くるりと足を向けたのはさきほど行かないほうがいいと言われたその方向。
「ちょっと待ったーーーーーーっ!」
 当然といえば当然かもしれないラティクスの叫び。
 アカシャはこちらに走り寄ってきて、ぐいっと加奈絵の腕を掴んでアカシャのほうに体を向けさせた。
「何考えてるんですかっ? 先ほど言ったばかりでしょう?」
 凄い剣幕で言ってくるアカシャに対し、加奈絵はとぼけた口調で言い返した。
「んーー。でも、ぼく、基本的に喜んでトラブルに首を突っ込むタイプだから。第一、あっちに歩いていって街に向かうよりも――」
 言いながら道の向こうを指差し――
「あっちの方が近いんでしょ?」
 それから、今自分が進もうとしていた方向を指差す。
 アカシャは呆気にとられつつも控えめに、頷いた。
「確かにその通りですが・・・」
「おまえさぁ、自分の命が惜しくないわけ?」
 ラティクスは腕を組み、呆れ気味に半眼で問いかけてくる。
「ダイジョーブ。自分のことぐらい自分で何とかするから♪」
 見かけだけは自信たっぷりに言ってみたものの、それは二人を説得するためのはったりであって実は自信などない。
 ここがネット空間内ならば間違いなく無敵になれる自信がある。けれど今はここが現実なのか虚構なのかすらわからない状態なのだ。
「あの、やはり一緒に行った方が良いのでは・・・?」
 心配してくれているのかアカシャはなおもラティクスを説得しようと頑張ってくれている。けれど、それでもラティクスの意見は変わらなかった。
(にしても・・・。なんというか、王道系だなぁ・・・・)
 二人の対話を横から眺めながら加奈絵は、ファンタジーゲームでよくあるパターンの主人公コンビを連想していた。
 ちょっと抜けてるお姫様と、お姫様に対して態度がでかい護衛。このパターンで行くとそういう一行の目的はたいてい・・・・。
「奪われた王国を取り戻しに行くお姫様ご一行って感じね」
 ぎくっと二人の会話が止まる。わかりやすすぎるこの態度。
 まさか・・・まさかとは思うが・・・・・。
「図星・・・だったり・・・・?」
 冷や汗流しつつ確認をしてみる。
「まさかっ。ね、ねぇ。ラティ?」
「なんでこんなとこにお姫様がいるなんて考えるんだ?」
 鮮やかに正論を述べてくるラティクスとは対称的におもいっきり焦ってしどろもどろに言うアカシャ。
 必死になっているアカシャには悪いが、もバレバレだ。ちょっとラティクスに同情してみたり・・・・。
「アカシャってさぁ、すっごいわかりやすい性格してるのね」
 苦笑して言う。
 ラティクスは呆れた様にアカシャを眺め、嘆息した。
「まぁ、結構甘やかされて育ってるしな」
 誤魔化しきれないと観念したのか、ラティクスは意外にもあっさりと認めてくれた。
(うーむ、本当に王道行ってるなぁ・・・・。なーんかやっぱゲームプログラム内なんじゃないかって気がしてきた)
 ついつい自分の考えに浸りこんでしまった加奈絵にアカシャの声がかかる。
「カナエさん?」
「えっ?」
 パッと現実に帰り、いつのまにか目の前にいたアカシャと目が合う。
「どうかなさいました?」
「うううん、なんでもない」
 首を振って答える。そしてアカシャを見つめて口を開いた。
「ね、アカシャたちもあっちに行くんでしょ? だったら一緒に行こうよ。悪徳大臣倒しに行くなら人は多い方が良いと思わない?」
「はぁ?」
 加奈絵の言葉に先に反応したのはラティクスのほうだった。アカシャも首をかしげている。
 ・・・・・・さっきからの王道考えが続いてたせいでつい”悪徳大臣”なんて言ってしまったが、そういえばそんなことは一言も言ってなかった。
 加奈絵も自分の言い間違いに気付いて、照れたような笑いを漏らす。
「まぁ・・・どうしてもというならば止めませんけど・・・。でも街までですよ?」
 アカシャの言葉にラティクスはこれ以上ないというくらいに眉間にしわを寄せ、おもいっきりイヤそうな顔を見せた。
 アカシャも困った様に言う。
「止めても一人で行きそうな感じですし、目的地は同じということで街までならご一緒しても良いと思うんです」
「・・・・・アーシャがそこまで言うなら・・・・」
 ラティクスは納得していない様子だったが、それでも渋々といった態度でアカシャの意見を認めた。
 ギロッと加奈絵を睨んで低い声音で告げる。
「言っとくけどな、ついてくるのは勝手だけどどうなっても知らないぞ。俺はアーシャ守るだけで手一杯だからな!」
 ラティクスは加奈絵に指をつきつけてそう宣言した。
「わかってるって。あんたはアカシャが一番大事なんでしょ。あたしだってあんたなんかに守ってもらおうとは思ってないわよ。さっきも言ったでしょ。自分の身くらいなんとかなるって」
 脅す様に言うラティクスの雰囲気を無視して、加奈絵はぱたぱたと手を振って笑って言った。
 脅して「行かない」と言ってくれればラッキーぐらいには思っていたんだろう。ラティクスはゔっとうめいて肩を落とした。
 さっきまで困ったような表情だったアカシャだが切り替えは早いらしく、同行決定となった途端、にこっとしとやかに微笑んで言った。
「街まで数日ほどですが、よろしくおねがいします」
「こちらこそ♪」
 そうしていまだ不機嫌そうなラティクスを無視して、女二人の会話に花が咲いたのだった。

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