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 アリスの鏡〜第1章 4話 

 アーシャたちと出会ってから二日。アーシャの話によると、街まではあと三日ほどらしい。

 加奈絵はアーシャと出会えたことを心から感謝していた。
 街道の脇には普通に歩いて半日くらいの距離ごとに宿があった。が、突然飛ばされてきた加奈絵は当然この世界の金など持っておらず、それどころか食料も旅の備えも何もなかったのだ。
 アーシャに会えていなかったら野垂れ死に決定だったことだろう。

 この二日間で四回もモンスターと遭遇した。そして、現在モンスターとの遭遇五回目。
 街道に攻撃魔法の破壊音が響く。
「これで終り、ですわ♪」
 最後の一匹を倒し、アーシャ――この数日の間にアーシャと呼ぶようになった――はブイサインをして勝利ポーズを決めた。
 ラティクスは剣をしまってギロッと加奈絵を睨みつける。加奈絵は負けじと睨み返した。
「なに?」
 加奈絵の態度が気に入らなかったのか、ラティクスは凄い勢いで言い募ってきた。
「なに? じゃねーだろ、なにじゃ! てめぇ自分の身は自分で守るんじゃなかったのかっ!」
 怒鳴るラティクスに加奈絵はつんとすました態度で切り返す。
「何か気に入らない事でも? ちゃんと自分の身は自分で守ってるでしょ?」
「どこがっ!」
 ラティクスは大声で即答してきた。
「え〜?」
 加奈絵はわざとらしく面倒そうに言い、腰に手を当てて下から見上げるようにラティクスに目をやった。ラティクスの鼻先に人差し指を突きつけて言う。
「攻撃されたら避けてるし、わたしまだ一回も怪我してないわよ?」
「ちったぁ攻撃に参加しようという気持ちはないのかっ! おまえ一人逃げまわりやがって」
 ・・・・・・ふぅ。
 あからさまに溜息をついて、呆れたような表情をしてみせた。ラティクスは面白いくらいに顔を真っ赤にして、怒りに肩を震わせている。
 加奈絵はクスリと静かに笑ってラティクスの言葉に反論した。
「だぁって、わたしの取り柄は逃げ足だもの。魔法なんて使えないし、剣もできないし。・・・・まぁ体術ならちょっとくらいなんとかなるけど、わたしの腕じゃ逃げるのが精一杯ね」
「おまっ・・・それでよく・・・・・・・・」
 怒りすぎとでも言うのだろうか。ラティクスは上手く言葉が出てこないようだ。
 そこにおっとりと割って入ってきたのはアーシャ。
「でも嘘はついてませんわ」
 ラティクスは穏やかに笑って言うアーシャに対してまで睨みつける。加奈絵と話していた時の怒りがまだ残っているのかアーシャにも怖い顔のままだった。
 けれどアーシャはそんなラティクスの気迫にも物怖じすることなく、にこにこと微笑を浮かべたままで言葉を続ける。
「相手を倒せなくとも、逃げられれば自分の身は守れます。本当は相手を傷つけずにすめばそれが一番良いのですし」
 言っている事は間違っていない。間違ってはいないのだが・・・・・・。
 ラティクスはまだ納得できないらしく、でもアーシャに反論するつもりはないようだ。替わりに眉を吊り上げ、すごい勢いで加奈絵の方を睨みつける。
 アーシャという味方を得たことで加奈絵は自分の有利を確信して、優越感たっぷりの笑みで返した。
「ま、そういうことね」
 それから、多分ラティクス本人も気にしているだろうことを言ってやる。
「でもラティクスも人の事言えないでしょぉ〜? だって、とどめはみぃんなアーシャだもんね」
 ラティクスがうっと言葉に詰まる。
 これまでの戦闘を見てて気づいたのだが、ラティクスも確かに戦闘に参加している。が、ラティクスはいつもモンスターを追い詰め、魔法が当たりやすいようにしているだけで、実際にモンスターを倒しているのは全てアーシャの魔法だ。
 反論できないラティクス。アーシャは苦笑してそのフォローにまわった。
「それは仕方ないことなんです。モンスターたちは皆、異様なまでの硬度を持っているんです。普通の剣では牽制が精一杯で、魔法だってよほどレベルの高いものでなければダメージらしいダメージを与えられません」
「ふーん・・・・亀みたいね」
 別にモンスターの手足が亀みたいに引っ込むというわけではない。ただ、とても強度が高いと聞いて一番に思いついたのが亀の甲羅だったと言うだけのことだ。
「あっそ」
 いつもいちいち突っかかってくるラティクスも、さすがにその言葉にコメントする気はないようで――言葉が見つからなかっただけかもしれない――気のない返事を返して歩き出した。しっかりアーシャの手を引いて。





 その翌日。
 その日もやっぱりモンスターに遭遇した。
 モンスターさえ現れなえければ静かで穏やかな印象の街道だが、今はモンスターとの戦闘で魔法や剣の音が響き渡っている。
 加奈絵は、相変わらず逃げの一手だった。
 今までと同じように逃げまわっているその最中、キィンッ! と一際大きな金属音とともに、加奈絵の目の前に何かが降ってきた。
「きゃあぁぁっ!」
 思わず悲鳴をあげると、すかさずラティの叱責が飛ぶ。
「カナエ! 逃げるしか出来ないならさっさと離れろ、邪魔だ!」
「わかってるわよっ!」
 間髪入れずに怒鳴り返す。
 すぐにそこから離れようとした加奈絵の目に先ほど落ちてきたモンスターの腕らしきものが目に入った。運良くラティクスの剣がモンスターの装甲の隙間に当たったらしい。
 バチバチと音をたてて放電しているその腕を、加奈絵は首をかしげて眺めてみる。
「普通・・・生物ってこんなふうに放電しないわよねぇ」
 静電気だとか、電撃系の魔法で倒されたってここまで放電はしないだろうと思う。
 触れたら感電しそうだから、触れないように気をつけて切られた腕を観察してみた。
「え?」
 小さな呟きが漏れる。
 腕の断面から見えるのは明らかに機械部品。
「このモンスター・・・ロボット?」
 一体どういうことだろう?
 アーシャの話を聞く限りでは、ここはロボットを製作出来るような機械技術はないはず。
 だが、それよりも今重要な事は、相手がロボットならば加奈絵でも充分に戦えるということだ。
 ロボットならば、必ずなにがしかのプログラムに沿って動いているはず。プログラムにウィルスを進入させてやれば、プログラムに損傷を受けたロボットは動けなくなる。

 まず、ウィルスプログラムを作る。これは簡単だ。頭の中でそのプログラムをイメージし、組みたてれば良い。が、次が問題。
 閉じられた空間にアクセスするためには、そのハードに触れる必要がある。この場合はモンスターロボットだ。コンピューター部分に直に触れる必要はないが、とにかく一瞬でも良いからモンスターに接触しなければ作ったウィルスプログラムを流す事が出来ない。

 ――・・・よし!

 加奈絵は自分に気合を入れて、モンスターの方を見た。
 出来ればそうは思いたくなかったが、それでも、ここが現実であることを否定しきれないのが今の現実であり、事実。
 イコール、ここで大怪我をしたりしたら、バーチャルではなく本当に死んでしまう可能性もある。
 それでも、出来る事があるのに実行しないのは嫌だった。

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