■■ アリスの鏡〜第1章 5話 ■■
まずはウィルスプログラムを作る――イメージする。
それから、駆け出した。モンスターに向かって一直線に。
「おいっ? なにやってんだ!」
焦ったようなラティクスの声。
「カナ!」
引き止めようとするアーシャの声。
それら全てを無視して、加奈絵はモンスターに向かって駆けた。
当然モンスターの攻撃はこちらにくる。
加奈絵にとって幸運だったのは、偶然にも、今戦っているモンスターらは遠距離攻撃の手段を持っていないこと。
まず一人目。モンスターが思いっきり手を振り下ろしてきたが、加奈絵は走りながら少し横に移動して避けた。走るスピードを緩めぬままに、下りきったモンスターの腕に触れる。
(・・・・・・あ、やっぱり)
外見も触感も・・・・・・生身そっくりに作られていた。普通ならば気付かないだろう。だが、加奈絵は自身が持つ特殊能力のおかげでそれに気付くことができた。
予想通り、モンスターはロボットだったのだ。
一瞬前まで加奈絵の頭の中のイメージでしかなかったウィルスプログラムは、電気信号となってロボットの体内をめぐり、AI部分へと到達する。
直後、モンスターが一体、倒れた。
残りも同じ要領で全て倒してまわった。
全て終って、ひょいと振り向くとアーシャとラティクスが、唖然とした表情でこちらを見ていた。
「た・・・・・・・・・・・・・・・・・戦えるじゃねーかっ!」
ラティクスは、はっと我に帰ったかと思ったらいきなり怒鳴りつけてきた。
「ごめーんっ。わたしもたった今気付いたのよ」
肩をすくめて答える。
「たった今・・?」
アーシャが不思議そうに聞き返してきた。けれどそれに関しては曖昧に誤魔化して話さなかった・・・・・・というより話せなかった。
ロボットというものを知らない二人に、どう説明すれば良いというのだ。
モンスターが実はロボットだったから、加奈絵の能力でロボットのAIプログラムを止めるウィルスを作って流した、などと言っても多分この二人には理解できないだろう。アーシャやラティクスの話を聞く限り、ここはロボットどころか機械技術の水準自体が、加奈絵の住んでいる地には遠く及ばない。
加奈絵がどうやって説明したものか困っていると、アーシャは苦笑して言った。
「話しにくいならば無理には聞きません。先を急ぎましょう」
毎度の事ながらラティクスの表情があからさまに変化する。
「マジかよ。なんでアーシャはこいつにこんな甘いんだ」
その言葉に、アーシャは笑顔で答えた。本当に、嬉しそうに。
「だって、年の近い同性のお友達って初めてなんですもの♪」
ラティクスはもう何も言わなかった。言えなかったといった方が正しいか。
加奈絵は、ラティクスがこんな風に静かに笑うのを初めて見たような気がした。それがどんなにムカつく相手に向けられていようと、アーシャの嬉しそうな顔を見るのはラティクスも嬉しいのだろう。
その日以降、戦闘はとても楽になった。
今までは決定打を打てるのがアーシャしかいなかったが、そこに加奈絵が加わり・・・・加奈絵はたった一人の差でこうも違うのかと感心してしまったぐらいだ。
そして、それからさらに数日。三人はファレイシア王国の城下町に到着した。
「うっわぁ・・・・・・」
歴史の教科書や本、ゲームでしか知らない、街全体を囲む石造りの壁。壁が高いせいで民家などは屋根がやっと見えるくらいだが、街の中心近くにあるだろう王城は、威厳をもってそこに佇んでいた。
アーシャは懐かしそうに微笑んで、その街並を眺めていた。
ラティクスはやはり街の様子が気になるのか、懐かしいという感慨よりも警戒に近い視線でもって周囲を見ていた。
意外にも簡単に中に入る事が出来た。
外壁の門には見張りの兵士がいたが、どうやらアーシャの味方らしい。状況的に仕方なく侵略者の下についているそうだ。
他にも・・・・・・というより、今城にいる兵の大半は王を人質に取られ仕方なく従っているだけなのだそうだ。
アーシャの表情が少しだけ明るくなる。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げて言う。兵士のほうが慌てていた。お姫様にこんなに近くで会って、しかも頭を下げられるなんて思ってもみなかったのだろう。
「そんな畏まらないで下さい」
アーシャの方こそ恐縮してそう言った。
何が気に入らなかったのかラティクスは、どこか不機嫌な口調でさっさと行くぞ、とアーシャを引っ張っていった。
「ちょっとぉ、何考えてんのよ。まだ話してるのに!」
加奈絵は先に進んでしまうラティクスに視線を向けて拗ねたような口調で言い、少しばかり申し訳なさそうな表情で兵士の方に振りかえった。
唐突に話相手を奪われる格好になった兵士さんは一瞬呆然とし、それから苦笑した。
その兵士の笑みを見た瞬間、理解した。どうやら彼はラティクスを知っているらしい。
きっとラティクスというやつは、以前からアーシャに対して過保護な面があったのだろう。想像でしかない、平和な城でのほほえましい光景を想像して加奈絵もくすくすと笑った。
ふと気付くと、ラティクスたちはもうずいぶん先まで歩いてしまっている。
加奈絵は慌ててラティクスを追って駆け出した。一応、去り際に兵士さんに軽く会釈をしてから。
追いついた加奈絵を見てラティクスが首をかしげた。
「あれ・・? 街までじゃなかったっけ」
ラティクスはとぼけた口調で言った。
加奈絵が何か言う前に、アーシャがラティクスをたしなめる。
「ラティっ、そういう言い方は失礼でしょう。確かにこの街につくまでと言う約束でしたが、挨拶もしないでというのはひどいと思います」
「はいはい。それじゃとりあえず宿を探すか」
「んもうっ、ラティ!」
投げやりに言うラティクスに、アーシャの少しばかり怒ったような声が重なる。
二人のそんなやりとりに、加奈絵はくすりと小さく笑って二人の後ろを歩いていった。
城下町生まれのラティクスは街のことには詳しかった。
人が集まる商店街、安くて良い品が並ぶ市場・・・・・・そうして一通り巡った後、ラティクスは宿屋の方に向かった。
ラティクス自身はアーシャをもっと良いところに泊めてあげたかったらしいが、持ち金のせいでそれも叶わず一般の人がよく利用する、平均的な宿に泊まる事になったのであった。
「ごめんなぁ、アーシャ。こんなところで」
――何を今更と、加奈絵はそう思った。
街につくまでは街道の安宿に泊まってたし、時には野宿をしたこともあった。旅の間は選択の余地がなかったとはいえ、もう何度も、ここよりひどい場所で眠ったこともある。
アーシャも似たような事を考えたらしく、おっとりと笑って言った。
「気にする事はありません。無駄使いできるような状況でもありませんしね」
それでもラティクスはまだ申し訳なさそうな顔をしている。と、その顔がパッとこちらに向いて加奈絵を睨む。
「なに」
何を言うかは予想がついているが、すでにお約束のやりとりとなった口喧嘩はもう楽しいことにすらなっていた。だから、無視するよりも宥めるよりも、挑発するような言い方をする。
ラティクスはあてつけっぽく息を吐いてから呟いた。
「はーぁ。カナエがいなきゃもうちょっといい宿に行けたんだけどなぁ」
「うっさいっ! 細かい事を気にしてたら良い男になれないわよ」
何の脈絡もない、楽しむ事を目的とした返事。
ラティクスも同じように言葉を返す。
さすがに慣れてしまったのか、この喧嘩が一種のコミュニケーションであることを理解したのか、アーシャは小さく笑っただけで止めようとはしなかった。