■■ アリスの鏡〜第1章 6話 ■■
「・・・・・で・・・・? いつまでついてくるつもりだ?」
ラティクスは半ば呆れ、怒りをむりやり抑えこんだような、どこか抑揚のない口調でそう言った。
街についてからすでに三日が経過している。
ラティクスとアーシャは、加奈絵とは街でお別れだと思っていただろう。実際二人は最初からそう言っていた。
まぁ・・・それでも良かったのだが、行き場がない加奈絵としてはせっかく出来たお友達と離れたくないという気持ちが少しあった。
けれど一緒に行こうとする最大の理由は勘、だった。何の根拠もない・・・・・・・。
「せっかくだから最後までお付き合いしようかと思ってv」
大げさな口調で、おねだりでもするかのように言った加奈絵に、ラティクスは声を荒げて言う。
「何考えてるんだ! 最初から街についたらお別れって話だっただろ」
その後に続いて、アーシャが心配そうな声音で言った。
「本当に危険なんです。だから・・・・・・・」
アーシャは、そう言って俯いてしまう。
ラティクスがぎろりと、加奈絵を睨みつけた。
「大丈夫よっ、二人ともぼくの強さは見たでしょ?」
加奈絵はそんな二人とは対象的に、どこか真剣味に欠けた明るい口調で言ってウィンクして見せた。
しかも、二人が気付いているかどうかはともかく、この言葉は完全にはったりだ。加奈絵の強さはコンピューターに対してのみのものなのだから・・・・・。
予感が、した。
何かが起こる予感。
今、一緒に行かなければならいという、強迫観念にも近い、予感。
なにが、そうさせているのかはわからない。
でも、根拠のない勘を信じて動くのは嫌いではなかった。うじうじ悩んで立ち止まっているよりはずっといい。
だから、決めたのだ。
・・・・・・アーシャたちと共に行くと。
二人は顔を見合わせて、それから迷っているような表情をした。
「大丈夫よ。わかってるから、危ないのは。・・・ね?」
加奈絵はなおも説得を続ける。
ラティクスもアーシャも、良い顔はしなかったが、ここしばらくの旅で加奈絵の性格を多少は掴んでいてくれたらしい。
加奈絵は、こうと決めたらテコでも動かない。決心してしまった以上、誰が何を言っても無駄なのだ。
「・・・・・・・・わかりました。でも、本当に危険なんです。それはわかってくださいね?」
先に折れたのはアーシャの方だった。
少しばかり沈んだ口調で言って、ラティクスの方を見た。
「わぁったよ。アーシャがそう言うんなら俺は何も言わない。ま、面倒だけど出来るだけカナエも守るようにするさ。カナエに何かあったら哀しむのはアーシャだからな」
最後の一言は、アーシャにではなく加奈絵に向けられた言葉。キッと、厳しい目つきで加奈絵を睨みつけて言った。
「わかってるわよ」
加奈絵は憮然とした表情で答え、アーシャに向かって笑いかけた。
「大丈夫よ。・・・・・・なんかね、予感がするの。一緒に行けば帰り道が見つかりそうな気がするのよ」
二人は、わけがわからないとでも言うように首を傾げて曖昧な表情を返した。
加奈絵の同行が決定したその日の夕刻。一行は城内に忍び込む事に成功していた。
「意外と・・・警備は手薄だな」
ラティクスは部屋のドアを少しだけ開けて、廊下の様子を窺っていた。
「ええ、でも油断はしないでくださいね」
ラティクスの後ろ、部屋の中で、アーシャは声を潜めて言う。
城内に向かう隠し通路――王族とその側近のみに知らされているもしもの脱出用の通路なのだそうだ――を出た先は豪奢な家具の置かれた広い部屋だった。
アーシャの話によると、隠し通路は王の自室に続いてるらしい。つまり、ここは王の自室だと言う事だ。
豪奢な作りなのもよくわかる。
「それって逆に危なくない?」
いくらわかりにくいところに造られているとはいえ、絶対に見つからないという保証はない。
もしも外からあの隠し通路が見つかったら・・・・・加奈絵の頭にそんな想像が浮かんだのだ。
「ええ、でもあそこには王家の者にしか伝えられていない特殊な結界魔法が張ってありますから。よほどの術者でなければ結界を破る事は出来ません」
それって魔力探知とかされたら余計に見つかるんじゃ・・・? と思って聞いてみたが、どうやらこの世界では魔力探知というのは出来ないものとされているらしい。そうしてアーシャは、方法が見つかってないだけかもしれませんけどね、と言って小さく笑った。
「コラおまえら。なに談笑してんだよ。ここがどこかわかってんのか?」
いつのまに部屋の中に戻ってきていたラティクスが呆れたように言う。
加奈絵は思いきり明るい笑顔で返してやった。
「わかってるって。とっとと乗っ取り犯人捕まえましょ♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ラティクスはおおきく溜息をついて、呆れたように加奈絵を見つめた。
アーシャも苦い顔で笑っていたが、キッと表情を引き締めて言った。
「行きましょう。多分・・・謁見の間にいると思います」
その言葉に残る二人は頷き、そっと部屋を出ていった。
確かに・・・予想していたよりは警備は手薄だった。とはいえ、全く警備がなされていないわけではない。
だがこの城で生まれ育ってきたアーシャは、城の内部にとても詳しかった。普通の間取りだけではなく、緊急時にしか使われないような隠し通路も熟知していたのだ。
おかげで、誰にも見つかることなく謁見の間にたどり着く事が出来た。
三人、お互いに顔を見合わせて頷き合う。
ラティクスが、部屋の扉を開けた。
ゲームや漫画でよく見る光景がそこにあった。
広い部屋。部屋の真中に通路のように赤い絨毯が敷かれており、その先には玉座。
「てめぇか・・・・王を人質にとって民を脅迫してんのは」
すでにラティクスは喧嘩腰だ。
アーシャも、彼に怒りの表情を向けていた。
玉座に座っていたのは、二十歳そこそこの青年。
加奈絵の想像とは大きくかけ離れていた。だがそれより、部屋に人がいないのも気になる。
短く切った黒い髪。すらりとした、長身と整った顔立ち。正直言ってかなりの美形である。
「はい」
彼は、ラティクスの言葉に、無機質な口調で短く答えた。
「今すぐお父様を返してください。そして、この地から立ち去りなさい」
彼は、しばらく沈黙してから、答える。
「それは出来ない。命令に反する」
先ほどと同じ、無機質な言葉。感情というものをどこかに置き忘れてきたかのようだ。
ラティクスは命令、という言葉に反応してぴくりと眉を上げた。
「命令・・・? 誰の」
その問いに対し、彼は一言。
「マスター」
それだけを答えた。そして・・・・・・・。
「貴方がたが計画を阻害するならば、私は貴方がたを排除します」
その言葉を合図としたかのように、彼の周囲にモンスターが数匹、唐突に姿を現した。
「なっ!」
「貴方・・・・・モンスターの手先・・・・?」
ラティクスは驚きの声をあげ、アーシャは誰に向けるでもない疑問を呟いた。
加奈絵は、今この場に展開された現実に、戸惑っていた。
モンスターが現れた方法・・・・・・それは加奈絵の世界ではすでに普通に存在する、物質転送だった。
物質――無機物に限る――を一度データ化し、そのデータを転送。そして転送先で実体に戻す。大量の物や大きな物、重い物等を運ぶ時に重宝されている運搬法だ。
問題は、その運搬法はこの世界の機械技術ではあり得ないと言うこと。
加奈絵はこの世界に存在する魔法というものをよく知らないのだから、もしかしたら魔法でもそういった事が出来るのかもしれない。
だが、予感はこれだったのかもしれないという思いが、魔法という可能性を否定する。
物質転送が出来ると言う事は・・・・・・あの青年がそのためのコンピューターを持ち歩いていると言う事。
青年が、どこからそれを手に入れ、どこで扱い方を知ったのかは知らないが、今はそれを気にしている余裕はなかった。
加奈絵が思考を巡らせていたその一瞬の間に、モンスターたちは動き出している。
すでにラティクスとアーシャは動いていた。
魔法の音と、剣の音が部屋に響く。
加奈絵も、モンスターを倒すために動き出した。