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 アリスの鏡〜第1章 最終話 

 モンスターの数は全部で十体。
 だが、それらは道中で戦ってきたのとそう変わりない、遠距離攻撃を持たないモンスターだ。
 もし持っていたとしても、部屋の中ではあまり有効に使えないだろうけれど。
 アーシャと加奈絵でモンスターを倒し、二人で手が回らない分はラティクスが抑えておく。
 そんな戦法でモンスターを倒しつつ、加奈絵は一人で玉座の方に近づいていった。
 倒されたモンスターは六体ほど。
 残った四体はアーシャに任せ、加奈絵は玉座のすぐ前に立った。
 一、二歩前に出ればすぐにでも青年と触れられる距離。ちょっと間合いのある武器ならばすぐに斬りつけることも出来るだろう。
 ラティクスが何やら騒いでいるが無視。加奈絵は、目の前の青年だけに集中していた。
「どこで手に入れたのかしら?」
「何をですか」
 強気に尋ねる加奈絵の言葉などどうでも良いとでも言うような、無感情な返事。
 どこかで見たような口調と雰囲気に加奈絵は首をかしげる。
(どこで見たんだっけ・・・・・・・・・・・・)
 そんな疑問を抱きながらも、しっかり会話は続けられていた。
「どこかで機械を手に入れたはずよ。でなけりゃ物質転送なんてできるはずない」
「いいえ、私はなにも持たずとも物質転送が出来るのです」
 青年は無機質な表情と口調で答えを返してくれた。
 にしても・・・・なんでこう律儀に聞いた事に答えてくれるんだろう。普通ならわざわざ敵に情報を与えるような答えはしないだろう。
 ふと、加奈絵のあたまにある考えが浮かんだ。
 もしその予測が当たっていたなら、青年が至極簡単に答えをくれる理由も説明がつく。
「あなたも、ロボット・・・・なの?」
 青年は、特に驚いた様子もなく、ゆっくりとうなずいた。
 このロボットを送りこんだ誰かは、機械技術が発達していないこの地でこんな質問をされるなんて予想していなかったから、特別な行動制御をつけなかったのだろう。
「そう・・・そういうことね。あんたの中に物質転送のための装置があるってワケ」
 言うが早いか、加奈絵は前方――青年に向かって動いた。
 女の打撃などたいしたダメージにならないと考えたのか、青年は避ける素振りすら見せずに加奈絵の拳を正面から受け止めた。
 モンスターたちにそうしたように、その青年の姿のロボットにもAIを止めるウィルスを流し込んでやる――・・・・つもりだった。
 だが、彼のほうが一枚上手だった。
 加奈絵の作り出したウィルスプログラムが青年のプログラムを止める前に、青年がばっと後ろに離れる。
 どうやらこちらの意図に気づかれてしまったようだ。
 青年は逃げに徹する気らしい・・・・青年の周囲に見慣れた光があらわれた。物質をスキャンし、データ化する際に発生する光だ。

 まずい!

 瞬間的に、そう察知した。
 今のところ彼が唯一の手がかりなのだ。
 もし、今ここで彼を見逃したらいつ帰れるかわからない。

 頭で考えるよりも体が先に動いた。
 ・・・・・・走る。
 光に、向かって。
 背中のほうからアーシャとラティクスの声が聞こえたが、振り向く余裕はなかった。
 目はしっかりと前を見据えたまま、足は前に向かって進みながら、二人の声に答えた。
「ごめん。わたし、行くね。帰り道・・・見つけたから!」
 青年は加奈絵の行動の意味を理解できなかったらしい。
 怪訝そうに加奈絵の事を見たが、加奈絵が青年に何もする気がないことに気付くと特に何もしてこなかった。
 生身の人間が、この光に入ってきてもなんにもならないことを知っているのだ。ただし、それは普通の人間ならばの話だ。
 加奈絵は、生身の人間でありながら本来生身の人間が入ることが出来ない、コンピューター内の世界へと入りこむが出来るのだから。





 光が消えた時、そこには青年の姿も加奈絵の姿もなかった。
 残された二人は呆然とするしかなかったが、それでも、国を乗っ取ろうとした張本人はいなくなったわけで・・・・・。
「とりあえず、終った・・・・んでしょうか・・・」
 アーシャは、消えた光を見つめて呟いた。ラティクスもそれに頷き、二人は動き出した。
 諸悪の根源はいなくなったが、まだ全てが終ったわけではないのだ。







 加奈絵は見慣れた景色の中にいた。
 黒く冴えた、電子の空間。
 本来ならば人間が入ることは不可能な、コンピューターの中。
「・・・・・・なんでここに通じてるの・・・・・?」
 加奈絵は首をかしげて回りを見渡す。
 彼――アーシャの国を混乱に落とし入れたあのロボットの青年がデータ転送を使って逃げようとしているのに気づいた時、どこに移動しようとしているかまではわからなかったが、コンピューター内部に入ってしまえば自分の世界へ帰る手掛かりがあると思った。
 加奈絵がこの世界に来た時も、コンピューター内部のネット空間から跳んできたのだから。
 加奈絵は、この世界でも機械技術が発達している地域があるのかと思っていた。だから、入ったからといってすぐに帰れるとも思っていなかった。
 この世界のコンピューター空間に入ってから、なんとかして自分の世界の空間に接続しなければ移動は出来ないと、そう思っていたのに。
 けれど、ここは加奈絵の世界の空間と全く同じ構造をしており、苦労するまでもなく加奈絵の星に繋がっていた。
 しばらく考えこんだ結果、出した答えは至極わかりやすいものだった。
 今ここで考えこんでも答えは出ないし、わざわざ答えを探しに行こうとも思わない。帰り道がわかってるんだからさっさと帰ろう。
 加奈絵は情報が流れるプログラムの海を渡り、迷子のきっかけとなったあのプロテクトの前に来ていた。
 加奈絵の目には荘厳な扉として映っている。これを調べれば不可解な転移の原因がわかるかもしれない。けれど、今それを実行する気にはなれなかった。
 プロテクトを背中に、加奈絵は意識を集中する。
 目指すは自分の家の、自分のコンピューター。
 要した時間は加奈絵の感覚で数分ほど。漆黒の空間(そら)に溢れるいくつもの光の明滅の中から、目当ての光を見つけ出した。



 光を抜けた先は、自分の部屋だった。
 可愛らしいぬいぐるみの置かれた出窓。その出窓を彩るチェックのカーテン。
 室内は白っぽい蛍光灯の光りで照らされていた。
 加奈絵は、たった今自分が出てきたコンピューターを振り返った。
 モニタには、どこかのHPが映し出されていた。
 一体何が起こったのか・・・。わからないことばかりだ。
 幻か、現実か。
「・・・・・・あれは、きっとゲームだったのよね。開発途中の、ゲーム・・・・」
 違うと、頭のどこかが叫んでいる。
 けれどそれで納得するのが、一番簡単で悩む必要もなくて・・・・・


「加奈絵、帰ってるの?」
 ノックもなしに扉が開いた。
「前から言ってるでしょ。泊りがけで出かけるなら前もって言いなさいって」
 部屋の入り口で、加奈絵の母親は呆れたように言った。
「泊りがけ・・・・・・?」
「? あら、皇くんの家に遊びに行ってたんじゃないの? 電話があったわよ」
「え・・? う、うん。そうなの、綺羅の家に行ってたの」
 どうやら自分は数日間留守にしていたらしい。
 誤魔化してくれた綺羅に多少の感謝をしつつ、加奈絵は慌てて母に話を合わせた。
「もうすぐ夕飯よ。早く降りてきてね」
 母はそう言い残して下に降りていった。


 一人になった部屋で、加奈絵はパソコンの電源を落とし、部屋の電気を消した。

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