Web拍手 TOP幻想の主記憶の楔

 アリスの鏡〜第2章 1話 

 人通りの少ない道を走りぬける少女が一人。
 昼間や夕方ならば人も多いだろう。もしくは、あと十数分前ならば。
 始業時間まであと五分。しかし、ここからではどんな急いでも学校まで十分はかかる。
 それは自覚していたが、それでも何もしないよりはマシと、彼女――橘加奈絵は出来るだけ全力で走っていた。
「よーおっ。朝っぱらから良い運動してるじゃん。あ、もしかしてダイエットとか?」
 突然振ってわいた聞き慣れた声に上を見ると、ふわりと宙に浮かぶ少年がいた。
 彼は加奈絵より二つ上の十六歳で、名前は皇綺羅(すめらぎ きら)。加奈絵と同じクラスだ。
「あーーーーっ!! ちょっと綺羅っ。校則違反じゃない、それ!」
 登下校及び学校内での能力使用は校則で禁止されている。けれど綺羅はその言葉を一蹴するかのように口の端を上げた。
「ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。じゃ、がんばれよ。カ・ナ」
 わざとらしいまでの笑顔。にっこりとかいうよりも、にんまりという形容詞がぴったり合いそうな感じだ。
「あっ、ちょっと。どうせならぼくも連れってってよぉーーーーっ!!」
 言葉半ばで綺羅はさっさと飛んでいってしまった。
「う〜〜・・・いいなぁ、綺羅。わたしもぱっと飛んできたい〜」
 皇綺羅の能力は念動力。たかが念動力と甘く見てはいけない。綺羅は原子レベルで知覚し、動かすことが出来るのだ。例えば、原子運動を加速させて、まるで魔法のように炎を発生させたりも出来る。
 まぁそれは今はどうでもいい。それよりも・・・・。
 話し込んでいたせいで数分を無駄に過ごしてしまった。もう遅刻は確定と諦め、走るのをやめて歩くことにした。


 
 ――特殊能力者、通称ソーサラー。
 百年ほど前までは変異体とか呼ばれて迫害されていたらしいが、なぜかいきなりその人数が増え始め、現在では全人口の半数がソーサラーである。そうして迫害の時代は遙か昔に過ぎ去り、特殊能力者も普通に生活出来る国になっていた。
 だが、その代わりと言うか・・・・特殊能力の定義がかなり曖昧になっていることも確かだ。綺羅のように本当に凄い能力の者も多数いるが、なんだか使い道のわからない特殊能力というのもかなりあったりする。



「・・・・・・ばれなきゃいい・・ねぇ・・・」
 ふと、立ち止まり時計を見る。始業時間まであと三分。徒歩ではどう頑張っても間に合わないが能力を使えばまだ間に合いそうだ。
 加奈絵は腰に下げたポーチからCDケースを取り出した。何枚かのデータディスクの中から一枚を選び、手に取る。
 加奈絵が手にしたデータディスクから淡い光が漏れ始める。光はしばらくそこに光りつづけ、加奈絵の目の前で落ちつく。そうしてその光の中に、無機質な形状を持つ羽根が現れた。完全に光が消えた後、そこには羽根だけが残る。加奈絵がプログラムを組んで作り上げた飛行具だ。
 現在の科学技術では成し得ない、小型サイズの飛行器具。それを使って、加奈絵は宙に飛ぶ。
 これなら、なんとか間に合いそうだ♪


 加奈絵は、大きく分けて二つの能力を持っていた。
 一つは、設備がなくともデータに接触できる能力。データやネットワークさえあれば、それが収められている物体に触れるだけでその中身を読み取ったり、プログラムを送り込んだりする事が出来る。
 もう一つはデータとプログラムの物質化と、物質とイメージのプログラム化能力。
 ただし、この能力は無機物のみ。けれど、自分に限ってのことならば有機物――自分の生身の体――をプログラム化してネットワーク世界に入りこむことも出来た。
 加奈絵はこの能力があまり凄いものだとは思っていない。高価で大掛かりな装置が必要だが、無機物のデータ化だけならすでに機械でも行えるからだ。多分もう少し時間が経てばその装置は小型化、一般化されるだろう。
 まぁ、加奈絵が凄いものと思っていなくとも、周りから見ればかなりの能力であることは間違いない。
 なにしろ現在の科学技術では現実に作成することが出来ない機械も、パソコン内でプログラムとして完成しているものならば現実の物にすることが出来るのだから。


 こんな能力のおかげか、加奈絵は機械知識に滅法強い。自分の能力を使いこなせるようにと色々勉強しているうちに能力とは関係ない知識まで蓄えた挙句、飛び級することとなった。二つ上の綺羅と同じクラスなのはそういう理由からだ。





 徒歩で五分近くかかる道のりも、飛んでいけばほんの一分弱だった。
 校門から入って風紀委員に見つかるとまずいので、人がいない裏庭に降りる。
 きょろきょろと周囲を見回して、加奈絵はぐっと拳を握り締めた。
「よし、セーフっ!」
 始業時間まであと二分ほど。加奈絵のクラスの教室は二階なので充分間に合う。


 ガラッと、勢いよく扉を開けた。
「おはようっ」
 慌てて走りこんできた加奈絵に、苦笑とからかい混じりの声がした。
「よぉっ。なんとか間に合ったみたいだな」
 綺羅の席は一番後ろの窓側の席。その隣が、加奈絵の席。
 とりあえず席に落ちついた加奈絵の横から、眼鏡をかけた綺羅がからかいの口調で言う。
 ちなみに、この眼鏡に度は入っていない。
「間に合ったわよっ。悪い?」
 真横にいる綺羅を思いっきり睨みつけてやった。
「そんなに急がなくてもよかったのになー」
「え?」
 綺羅の指の先を追って黒板を見ると・・・・・・・・・・確かに、そこには本日の伝達事項として今日は先生方が遅くなるということ。よってホームルームの開始時刻が遅れるので、その間は自習するようにと書かれていた。
「なによぉ・・・急いだのにバカみたい」
 加奈絵は、わざとらしく大げさに嘆いて机につっぷした。
「結果良ければ全て良しってことでいいじゃないか」
 ぽんっと、綺羅の手が加奈絵の頭に乗せられた。
 机に突っ伏してしまっている加奈絵には綺羅の表情は見えないが、多分すごく楽しそうに笑っているだろうことは予想できた。
「いいなぁ、加奈絵」
 横から女の子の――正確には女の子達の声がした。
 ばっと顔をあげ、いつのまにやら周囲に集まってきている女子一同に怒鳴ってやった。
「どこがいいのよっ! ぼくはいじめられてるんだからね!」
「ええ〜? 綺羅くんになら意地悪言われても幸せよ、私v」
「うんうん。意地悪っぽい皇くんの顔もかっこいいもんっ♪」
 加奈絵の切実な叫びを無視した溜息混じりの黄色い声があちこちから聞こえてくる。
 加奈絵は、肩を落としておおきく溜息をついた。
 彼女らはわかっていないのだ。綺羅の本性を。
 ――成績優秀、運動神経抜群、品行方正で先生方のウケも良い。それに加えて顔も性格も二重丸――
 これえが、学校での一般的な綺羅の評価だった。
 綺羅に言わせると将来のことを考えてらしいのだが・・・・。とにかく、猫かぶりにもほどがある。
 多分、学校外での綺羅の様子を知ったら先生も綺羅ファンの女子たちも卒倒する事は間違いないだろう。
 加奈絵が綺羅と初めてあったのは幸か不幸か校外だった。
 今でもたまに、初対面が学校だったらあの女子たちの仲間に入れたのになぁ〜などと思う反面、騙されなくて良かったとホッとしていたりする。
 校外での綺羅は、夜遊び喫煙当たり前。未成年であるにも関わらず何故か酒に強いし、喧嘩は負け知らず。時にはギャンブルで小遣い稼ぎをしていたりする。
 綺羅が出入りするほとんどの場所は、いわゆる不良の溜まり場というところなのだ。
 初対面が校外だったおかげで、以降綺羅は加奈絵に対しては猫をかぶったりしなかった。
 それが良いか悪いかと言われれば・・・・・・・・・・微妙なところだ。意地悪をされるのはイヤだけど、知らずに騙されるのもちょっと・・・・。
 クラスの女の子たち相手に楽しそうに話している綺羅を呆れ目で見ていると、ふっと綺羅と目があった。
 綺羅がニッと口の端だけあげて笑って見せたものだから、加奈絵は思いっきり睨みつけてそっぽをむいた。
「――・・・・・の橘加奈絵さん、至急理事長室に来てください。繰り返します――」
「え?」
 突然の呼び出しに、思わずスピーカーの方に目をやった。スピーカーを見たからと言って何が変わるわけでもないのだけど。
 職員室・・・なら、理由はいくらでも想像がつく。校長室・・・くらいならいくつかの理由を予想する事は出来る。
 しかし、理事長室・・・・? 生徒にはこれ以上ないくらい縁のない場所である。
「なんだろ・・・・」
 首をかしげる加奈絵を、綺羅の声が後押しした。
「早く行った方がいいんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ぞわっと背中を走った寒気を表情に出して、綺羅のほうへと振りかえった。
 綺羅はクラスの女子に囲まれていて、加奈絵に声を届かせようとするならばほかの女子たちにも聞こえるような声を出すしかない。
 だから猫かぶり綺羅の口調だったのだろうけど・・・・・・・・・・・・下手な嫌味よりもずっと心臓に悪い。
「はいはい、さっさと行ってくるわよ。また後でね」
 少しばかりの疲れた声とともに、加奈絵は教室をあとにした。

前へ<<  目次  >>次へ

Web拍手 TOP幻想の主記憶の楔