Web拍手 TOP幻想の主記憶の楔

 アリスの鏡〜第2章 4話 

「やぁ、待ってたよ」
 受付のカウンターの向こうで、さっき学校に来た青年が笑って迎えてくれた。
「そっちは君の彼氏かい?」
「まさかっ!」
 青年の問いに二人は声をぴったり重ねて言い返した。



 青年の話はだいたい予想通りだった。
 ランクの書き換えで、加奈絵のランクがBからAになったこと。
 そして、綺羅が予想した通り、人間を転送できる装置の製作にあたっての協力依頼。
 青年のチームは他の星への移住計画を推しているのだそうだ。
 半年ほど前に住めそうな星を発見し、今は先行した数人の研究者と、転送装置によって送られたロボットたちが星の開拓を進めている。

「もう少し話が進んだら皇くんの方にも話が行くと思うよ」
 話の合間に、青年はそんな事を言った。
 青年の言葉に綺羅が露骨に顔をしかめる。
「またかよ。どーせ断るけどな」
 青年はそう言われる事を予想していたらしく、苦笑して、やっぱり? とだけ言った。
「綺羅の能力って汎用性高いもんねー」
 加奈絵は、冗談混じりに言ってやる。
「だからってなんでもかんでも頼まれても困るんだよ」
 綺羅は不機嫌そうに言ってから、青年に話の続きをうながした。
 青年はそれをうけて少し逸れてしまった話を元に戻す。
「仕事の時間は基本的に学校終了後の二、三時間。給料は時給計算でこのくらい」
 言いながら青年は、何枚かの書類を加奈絵に見せてくれた。
 詳しい仕事内容やここでの規則、仕事の報酬や時間に関する書類だ。
 加奈絵は無言でそれを眺め、何度か読み返してから返事を返した。
「そうね・・・このくらいなら協力出来るかな。でも条件が一つあるの」
 加奈絵は、いつになく真剣な表情で青年に視線を向けた。
 青年はどこかつかみ所のない、だがまあ人当たりは良いだろう穏やかな笑みを浮かべて問い返してきた。
「なんだい?」
「どうやって調べたの、ハッキングのこと」
 ――痕跡もなにも残さない完璧なハッキングだった――彼は、確かにそう言った。
 ならば別のルートから加奈絵のハッキングを知ったことになる。
 加奈絵の知識の中では、ネットから出てくるところを見られる・・・そのくらいしか別のルートを予測する事が出来なかった。
 だが、基本的に自分の部屋のパソコン以外からの出入りは滅多にやらないし、やる場合も周囲の目には気を使っていた。
「調べたというかね・・・・君が出てくるところを偶然ロボットが見ていたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
 気をつけていた――そのつもりだったのに、まさかしっかり見られていたとは。しかも役所のロボットに。
 硬直する加奈絵を横目に綺羅が楽しそうに口の端を上げた。からかうネタが出来たからだろう。
「ちょっと待って・・・それ、いつの話?」
 数秒の沈黙が経過し、一応硬直状態から抜け出た加奈絵は冷や汗を流しながらも問い返す。
 確かここ半年は自分の部屋以外からの出入りはしていなかったはずだ。
 ついでに言うと出る先はたいてい友人と親戚の家、あとはたまに学校。どれも役所が関わるようなところではない。
「さあ。僕は下っ端だからね」
 彼は苦笑しながら言った。
「それに能力書き換えは戸籍課の仕事だからその辺は戸籍課に聞いてみないとわからないな。
 ただ、ハッキングが警察沙汰にならなかったのはこちらから手を回したからだけどね」
 言われてみれば至極納得出来る回答だった。
 能力書き換えは戸籍課がおこなっているのだから、住宅課の彼らが能力書き換えに関する詳しいことを知らないのも当然だ。
 それでも多少知っていたのは、多分依頼と一緒に能力書き換えの告知も今回の彼の仕事に入っていたせいだろう。
「・・・・・・・・ありがとうございます」
 警察沙汰にならないようにしたのは加奈絵の能力が必要だったがための処置だろうが、一応礼は言っておく。
 彼は、にっこり笑って、どういたしまして、と軽く会釈をしてくれた。


 結局、加奈絵はその依頼を受けることにした。
 内容はそう難しいものではなかったし、何より報酬が、その辺のバイトとは段違いの給料だったからだ。
 それに今の加奈絵の年齢ではまだバイトは出来ない。
 欲しい物があっても親からの小遣いをアテにするしかないのだ。
 役所からの帰り道、加奈絵はご機嫌だった。横で歩いている綺羅が呆れてしまうほどに・・・・・・・。
「オッマエさ、そのしまりの無い顔やめろよ。端で見てると不気味だぞ」
 綺羅のいぢわる口調も今ばかりは笑って許せてしまう。加奈絵は笑顔のままで言った。
「だぁって、あれだけの報酬なら欲しかったコンポが買えるもんv 前から狙ってたんだけど高くって。お年玉待ちだったんだー♪」
 ちなみに現在の季節は初夏。お年玉はまだまだ先だ。
「あー、でも新しいパソコン買うってのもありかなーv」
 小躍りしながら道を歩く加奈絵に、綺羅は呆れたような表情と小さな溜息でもって答えたのであった。
 その日、ゲーム合戦は浮かれた加奈絵がつい能力を使ってしまったため、大差で綺羅の敗北となった。
 今の加奈絵に何を言っても無駄だと悟ったのか、ズルとも言える加奈絵の行動になにも言わず、ただ、恨みがましい視線を向けただけだった。





 それから一ヶ月ほどの月日が流れた。
 この一ヶ月で、転送装置は、加奈絵が一緒ならば他人も転送できるようになるまでになっていたが、まだ一度に移動出来るのは二、三人が限度だった。
 それに、加奈絵が一緒でなければならないというのもネックだ。
 加奈絵は、週に三、四回の割合で役所に通っている。
 今日も役所に行く日だった。
「かな、今日仕事だっけ?」
 帰りがけ、教室を出ようとした加奈絵に綺羅の声がかかった。
「うん、なんか用でも?」
 扉の前で振り返り聞き返す加奈絵に、綺羅は鞄を持ってこちらに向かって歩きながら答えた。
「用ってほどでもないんだけどな、加奈絵の成果を見物しようかと思って」
「はぁ?」
 別に機密事項というわけではないだろうが、かといって部外者の立ち入りを歓迎もしないだろう。
 なんで綺羅がこんな事を言い出したのか、まったく見当がつかなかった。
「大丈夫、昨日のうちに許可はとってあるからさ」
「・・・・・・・なんで?」
 ますますわけのわからない綺羅の言動に加奈絵は疑問の声を返すが、綺羅はニコニコと楽しそうに笑っているだけだった。
 きっと校外だったら”ニコニコ”じゃなくて”ニヤニヤ”って笑い方をすることだろう。
 こんな態度のときは、何を聞いても冗談で返され、はぐらかされてしまうだけだということを加奈絵はよくわかっていた。
 そうして、こんなときの綺羅は、いつだって加奈絵をからかって楽しんでいるのだと言う事も。
 言い返せば言い返すだけ、聞けば聞くだけ綺羅は楽しませることになるだろうと思った加奈絵は、無言で教室を出ていった。


 校門をでて数分。
 近道と称して人気の無い路地に入った加奈絵は、すぐ後ろからついてくる綺羅に声をかけた。とても真剣な口調で。
「で、何考えてるの?」
 主語もない唐突な問いかけだったが、綺羅は理解してくれるだろうと思っていた。
 綺羅は学校の成績だけではなく、頭の回転の早さという意味でもとても頭が良いのだ。
「なにって? かなの仕事ぶりを面白おかしく見物したいだけだろ」
「・・・・・・・・あっそ。わかった」
 予想通りというか・・・・・・やっぱりはぐらかされてしまったが。
 綺羅の事だから何か企んでる事があるのだ、絶対。それでも、聞いたって答えてくれないのだからこれ以上どうしようもない。
 加奈絵は、半眼でもって綺羅を睨みつつ、役所への道を急いだ。



「こーんにーちわー」
 いつものように住宅課の受けつけカウンターで声をかけると、もう顔なじみとなった青年――さすがに名前も覚えた。灯真澄(あかしますみ)という名前だ――がにっこり笑顔で出迎えてくれた。
「やぁ、来たね。・・・あれ? 今日は彼氏も一緒なのか」
「彼氏じゃないっ!!」
 当然のように声を重ねて反論した二人であったが、加奈絵はそこでぴたっと動きを止めた。
「・・・・綺羅、あんた許可とってあるとか言ってなかった?」
「えー、そんなこと言ったっけ?」
 綺羅はとぼけた調子で言い返し、灯に向かって人好きのする笑みを向けた。
「ねぇお兄さん、今日見学させてもらっていいかなぁ。どうせそろそろこっちに依頼来る頃でしょ?」
 灯は、少し考えてからちょっと待つよう言い、数分してから戻ってきた。
「かまわないよ。僕は先に行っているから、研究室の場所は橘さんに教えてもらってくれるかい」
「はい、ありがとうございます」
 見事な猫かぶり笑顔でもって許可を得た綺羅は、研究室に向かう灯の背中を、ニッと不敵な笑みで見送った。
「綺羅、あんた・・・・・・・・」
「許可はとった、問題なし。さーあ行こう」
 呆れ顔の加奈絵を半ば無視して、綺羅はさっさと歩き出してしまった。
「ちょっと綺羅、道わかるの?」
 迷いのない足で進む綺羅に、加奈絵は疑問の声を投げかける。
「研究棟の場所はわかる。どの部屋使ってるのかは知らないけどな」
 ・・・・・そういえば、綺羅は今まで何度も依頼を受けてるんだっけ。
「23号室よ」
 もう何も言うまい。
 加奈絵は行き先だけを告げ、いつものことながらどこか秘密主義な綺羅の行動に溜息をついたのだった。

前へ<<  目次  >>次へ

Web拍手 TOP幻想の主記憶の楔