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 アリスの鏡〜第2章 5話 

 結局、綺羅は本当に見てるだけだった。
 役所からの帰り道、加奈絵は疑わしげな表情で、少し前を歩く綺羅の背中を、睨むように見つめていた。
「ねぇ、一体何がしたかったわけ? まさかホントにただの見学なんて言わないでよ?」
 痺れを切らした加奈絵が鋭い口調で問いかける。
 すると綺羅は、待ってましたとでも言うようにくるりっと勢いよく振り返り、ニッと口の端をあげた。
「後悔しないか?」
 どこか論点のずれた返答に加奈絵は首を傾げる。
「はぁ? 何言ってんの、後悔するくらいなら聞かないわよ。知らないままのほうが後悔するわ」
 それでも、加奈絵だって馬鹿ではない。綺羅が何をするためについて来たのかはなんとなくわかってきた。
 綺羅は、何かを調べている。それは今現在加奈絵と関わる事であり、住宅課に何かあるということだろう。
 後悔しないか問うと言う事は、住宅課の移住計画推進チームがこの計画実行のためになにか不正をしているということなのかもしれない。
「じゃあ言うけど、ここじゃ言えないからまずはオレの雇い主のところに行こう」
「おっけー」


 綺羅に案内されたのは商業地区にある雑居ビルの一室だった。
 勝手知ったるとばかりに、ノックもせずに中に進んでいく。
「よぉっ」
 綺羅が片手を上げて挨拶したその先には三十弱の男性が一人。
「そちらのお嬢さんは?」
「オレの友達で橘加奈絵。信用できるから大丈夫。調査結果を教えてやってほしいんだ」
 綺羅の言葉に、男が眉をひそめる。
「ちょっと待て。どうなってるんだ?」
 まあ、普通の反応だ。
 綺羅本人はいいとしよう。さっきの話の流れから考えて、彼が綺羅の雇い主なのだろうから。
 だが加奈絵は、男から見ればたった今突然やってきた部外者なのだ。
 綺羅の言葉に戸惑うのも無理はない。
「こいつにさ、移住計画内情調査の結果を見せてやってほしいんだ」
「だから、なんで」
 男の形相には少しずつだが苛立ちが見えはじめている。
「当事者の一人だから。今住宅課から依頼受けてるんだ、こいつ」
「オイオイオイオイっ」
 男は慌てた様子で立ちあがるが綺羅はおかまいなしだ。
 まったく動じず、男が座っているデスクにあるパソコンを起動させた。
「さっきオレが送ったやつ、届いてるだろ?」
 言っても無駄を悟ったらしい。男は不承不承ながらも頷いた。
 だが男は切り替えの早いタイプらしい。一度観念してしまうとそのあとの行動は早かった。
 テキパキとパソコンを操作し、ある一つのデータを見せてくれた。
「これ・・・リアルシミュレーション?」
 加奈絵は一発でそれを見抜いてしまった。
 男は驚いた様に加奈絵を凝視し、綺羅はわかって当然とでも言うように笑った。


 リアルシミュレーションとは、書いて字の如く、普通のシミュレーションの数倍の精度を持つプログラムシステムだ。
 このリアルシミュレーションのなによりの特徴はソーサラーにしか組めない事だ。
 プログラム操作を得意とするソーサラーだけが、リアルシミュレーションシステムを組み上げる事が出来るのだ。
 しかも、作った本人しか操作が出来ない。
 機械――もしくはプログラム――操作能力を持つソーサラーは、論理よりも感覚でそれを操作するため、例え同質の能力を持ったソーサラーでも作った本人以外には操作出来ないという不便なものでもある。
 だがそれだけにウィルスなどの影響を受ける事はなく、また、たとえ加奈絵のような能力者に入りこまれてもそこでは普通のネット内と同じようなプログラム操作をすることは不可能。
 入ってしまえば現実とまったく区別のつきにくいネット空間。それが、リアルシミュレーションと呼ばれるシステムなのだ。


「どこかで見覚えないか?」
 綺羅が、ニッと笑みを見せて言う。
 言われてみればそんな気もしないでもないが、今画面に映っているのはひたすらの草原。
「どこかでって言われても目印も何もないんじゃ確定しようがないでしょう」
 文句を言いながらも加奈絵はしっかりと画面の隅々にまで目をやっていた。
 ふっと、見覚えのある建物が目に入る。
 加奈絵は、キーボードを操作してその建物へと視点を移した。
 画面にいっぱいに映った建物を凝視して、加奈絵はアッと声を上げた。
 ほんの一月前に迷い込んだ場所・・・アーシャやラティと出会った世界。
 その建物は、ファレイシア王国の城に酷似していた。
「・・・どうなってるの・・・?」
 自分が迷い込んだのは多分ここだろう。
 それは納得できた。だが、なぜこんなモノが必要なのかがわからない。
 その問いに答えてくれたのは綺羅ではなく、男の方だった。
「移住計画推し進めてるチームが、他の星に侵略戦争仕掛けてるって噂があってな。その確認のために、皇の手を借りてるのさ」
 彼の言葉に綺羅が言葉を繋ぐ。
「他の星に侵略戦争しかけちゃいけませんなんて法律はないけど、かといって放っておけることでもないだろ? で、刑事課のおっちゃんが動いてるわけだ」
「警察の人なの? このおじさんっ!」
「そこまでおどろかんでも・・・」
 刑事のおじさんは苦笑して、呟くように言う。
「つまり、これは侵略戦争のためのシミュレートってこと?」
 加奈絵の問いに、綺羅が呆れたような口調で答える。
 その呆れた様子が、いちいち聞いてくる加奈絵に対してのものなのか、それとも馬鹿なことを考えている移住計画推進チームに対してのものなのかは計れなかった。
「その可能性があるって事。人が住めそうな星ってのはたいていもうなにがしかの生物がいるからな。空気もない星で居住環境整えるよりは、ある程度その辺整った星で先住者を駆逐する方が楽なのは確かだな」
 上手く行けば真実を知るのはその計画を推し進めた数名のみ。
 たとえぼろぼろの建物を見つけたりしても、見つけた時にはすでにこうだったと言ってしまえば誰にもわからないのだ。
 ここまでして自分たちの計画を実行させたいものなのか理解に苦しむが、自身が推し進めた計画が採用されれば出世は間違いない。出世が全てと信じているようなお馬鹿な輩はゴマンといる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 加奈絵は、硬い表情でその画面を見つめていた。

 民の一人一人はまだしも、国の中枢の人間はきっとしっかりデータを収集しているだろう。そうでなければシミュレートの意味がない。
 もしそうでなかったとしても、もう知らないフリは出来ない。
 あの世界に、友達が出来てしまったから。
 本来のあの星には知り合いなどいない。
 もし今、現実にアーシャがいる星に行っても、アーシャは加奈絵を知らない。性格だって違うかもしれない。少なくとも、加奈絵が会ったアーシャと同一人物ではあり得ない。
 それでも、放っておくなんて出来なかった。
「明日、行ってくるよ」
 加奈絵は、真剣な表情と、覚悟を決めた声で、言った。
 研究室の人達が言っていた。転送機はすでに向こうに設置されていると。それを使ってロボットを送っているらしいが、本来人間が通れない転送機でも加奈絵には関係ない。
 普通に通る事が出来るのだ。
 加奈絵の言葉の意味を理解できなかったのか、刑事のおじさんが怪訝な顔をする。
 綺羅はそうこなくっちゃとばかりに加奈絵の肩を叩き、ニヤリと不敵に笑った。
「オレも行くよ。連中の話だと、一応、向こうの星の転送機も人間通過可能なものにバージョンアップしてあるんだろ?」
 思いもよらない綺羅の申し出に加奈絵がギョッとして綺羅を見返す。
「何言ってるの、距離が違うじゃない!」
「転送には距離なんてあまり関係ないだろ」
「そうだけど・・・・・」
「ちょっと待て、なんの話をしてるんだ!」
 二人の話に置いて行かれたカタチになった刑事のおじさんが慌てて割って入ってきた。
「移住計画潰し」
 いつものことながらぴったり息のあった二人の声が見事に調和する。
 綺羅はおじさんが言おうとする忠告も文句も遮って言葉を続けた。
「大丈夫、危なくなったらすぐに帰ってくるよ。な、カナ?」
「あったりまえよ」
 思いきり胸を張って綺羅に言い、それから刑事さんのほうに顔を向ける。
「なーに、そんな心配そうな顔しなくてもいいじゃない。大丈夫よ。今ならぼくらだけでも充分止められるって」
「そうだなー。ファレイシア・・・だっけ? そこへの侵略止めるだけでも時間稼ぎになる。で、その間に空中都市計画がメドつけば移住計画はおじゃんっと」
「そう上手く行くか・・・?」
 かわるがわるに呑気な意見を言う二人に、この場で唯一の大人である刑事のおじさんは不安そうな顔を見せる。
「だから、ダメだったらすぐ戻ってくるって」
 綺羅が、にこにこと軽い笑顔と口調で言った。


 結局、二人が勢いで押しきるかたちで刑事さんを納得させた。
 彼はまだ不安そうだったが、それでも綺羅の腕は信用しているらしく、また綺羅の気性もよくわかっているらしい。
 すなわち、一度決めたらテコでも動かないタイプ。
 加奈絵も似たようなモノで、ある意味頑固者の二人が結託したらもう誰にも止められない。なまじ実力があるものだから、余計に始末に悪い。
 二人はガッツポーズで互いに笑いあって、明日の決行を再認識したのであった。

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