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 アリスの鏡〜第2章 6話 

 加奈絵と綺羅は、学校が終わってからすぐに役所へ向かった。
 学校なんて放っておきたい気分だったが、行き先が行き先だけにまさか学校をサボっていくと言うわけにもいかない。
 二人が役所についたときには、太陽はすでに傾きかけていた。
「こーんにーちわー」
 すでに何度も来て慣れていた加奈絵は、言いながらもすでに奥の研究棟に向かっていた。その一歩後ろを綺羅も歩いていく。
 研究室の扉をノックすると、灯が顔を出した。
「やあ、今日も一緒か。仲が良いんだね」
 何度も違うと言ってるのに・・・・からかってるんだか本気なんだか。もし本気だとしたら相当の天然だ。
「違うっ!」
 とりあえずいつもと同じに言い返した。やっぱり息はぴたりと重なっている。これが余計に誤解される要因となっているのだが、はずそうとしてもまたそこで声が重なってしまうことが多いので双方ともすでに諦めていた。
「っもう、何度言えばわかってくれるのよ」
 加奈絵が溜息混じりに言いながら部屋に入っていく。その後に続いて綺羅。
 綺羅は、入るなりこの部屋の中でそこそこエラそうな研究員を見つけてそちらに歩いていった。
「昨日見学しててすっごい興味持ったんだ。よかったら今日は見学じゃなくて参加させてもらえない? そのかわり、依頼があったら絶対うけるからさ」
 加奈絵は、そんな交渉で大丈夫なのかと不安になったが取り越し苦労だったようだ。
 綺羅の能力はかなり高く評価されているらしく――実際、ランク特Aは百人中一人いるかいないかといったレベルだ――結構簡単に受け入れてくれた。綺羅は普段、時間のかかりそうな依頼や面倒そうな依頼を片っ端から断っているから、そのせいもあるのだろう。
 移住計画なんて絶対時間がかかるにきまってるからだ。
 交渉が成功した綺羅よりも、研究員のおじさんの方がなんだか嬉しそうに見えるのはきっと気のせいではないと思う。
 今日は能力者を含む数人での転送移動の実験の予定だった。そういう意味では綺羅の申し出は絶好のタイミングだった。
 その日の転送実験も、予定では移動距離はいつもと同じ。十Mも離れていない、同じ部屋にあるもう一つの転送装置に移動するというもの。
 加奈絵と綺羅のほかにもう一人・・・この部屋の中では一番下っ端だと思われる、端から見てもはっきり雑用係に見える灯真澄。この三人で転送実験を行う事になった。
 加奈絵と綺羅からすれば、灯は邪魔以外の何者でもない。灯には悪いが、向こうについたら置き去りにしても問題ないだろう。どうせ出口の転送装置が置いてある場所は、住宅課の連中がいろいろと施設を置いてある場所なのだろうから。
「いきまーすっ!」
 どこか軽い調子で加奈絵は元気よく言った。だが、表情は口調に似合わず真剣そのもの。
 加奈絵がほんの少し意識を集中させると、転送装置の中にあった三人の姿は静かに消えていった。
 その直後!
 部屋に大音響が響きわたる。
 研究員達がおろおろと計器や機械をいじっている様子が目に映ったが、それも一瞬だった。
 ネット空間内に移行した加奈絵の耳にもその大音響は聞こえていた。
 驚いた拍子に綺羅と灯を見失ってしまう。
 加奈絵のような能力を持ってない二人は、ネット空間内ではデータという形で存在する。現実世界での事象に置きかえれば眠っているようなものだ。
 もちろん、自分の意思で動く事は出来ない。
 二人はまだ完全にこちら側に移行していなかった。外に戻っている事を祈りつつ、自分の状態を確認すべく視線を巡らせた。


 空間が――視界が、ぐにゃりと歪む。
 一瞬の意識の喪失。
 そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 多分、目的地へ来れたのだろうと思う。
 見たことのない建物。建物の形式自体は見慣れたものだった。この建物は山のてっぺんにあるらしく、遠くの景色までよく見渡せた。
 この世界で加奈絵が知っているものといえばリアルシミュレーション内で見たファレイシア王国ぐらいのものだ。遠くに街らしきものが見えたが、ここからではよくわからなかった。
 一応周囲と、自分が出てきた機械を確認したが綺羅と灯の姿はなかった。
「・・・・・・中に取り残されてなければいいんだけど」
 念の為に一度ネット内に戻って様子を見たが、やはり二人の姿は見当たらなかった。
 本当は向こう側に出て確認したいところだが、そうするともう一度こちらに戻って来るのが難しくなってしまう。
 中に見当たらないのだから外にいるのだろう。
 加奈絵はそう自分に言い聞かせて、出口に向かって歩き出した。
 ここの機械を壊してもいいが、あまり派手に壊して、こちらに来ている研究員の帰る手段までも壊してしまったらまずい。
 宇宙船を見間違えるようなことはしないだろうが、それに関するプログラムを誤って壊すことがないとは言いきれない。壊すとなれば一気に壊さねば誰かに見咎められてしまうからだ。
 自分はまだ十四歳の子供。ロボット相手ならば能力で勝てる自信はあるが、人間相手に勝てるとは思っていなかった。


 外に向かって歩きながら、加奈絵は先ほどのトラブルのことを考えていた。
 実はもう理由は見当がついている。
 多分、データ量が大きすぎたのだ。
 綺羅の能力は相当のものだ。それをデータとして変換した場合、そのデータも膨大なものになる。能力を持たない人間の数倍の容量があっただろう。
 そのせいで機械がオーバーヒートを起こしてしまったのだ。
 いつも腕につけているミニパソコンと、腰のポシェットに入っているデータCDを持ってこなければトラブルは起こらなかったかもしれない。
 が、これからやることを考えれば、持って来ないわけにはいかなかったのだ。
 データCDは加奈絵にとっては武器庫も同然。多数のロボット相手に素手で挑むようなことはしたくなかった。


 建物のだいたいの構造はすぐに予想がつき、思った以上に簡単に外に出る事が出来た。
 驚いたのは警備の甘さ。
 人が少ないのは仕方ない。警備ロボットも監視カメラもあるにはあったのだが、その警備体勢は加奈絵から見れば穴だらけだった。
「ま、ここの住人は監視カメラなんて警戒しないだろーしねぇ」
 加奈絵は呆れたような口調で呟いた。
 どの通路にも一応カメラはあったのだ。ただ、監視カメラと言うものを知り、ほんのちょっと気をつけてさえいれば簡単に回避できるようなものであっただけで。
 外は森だった。さきほど建物の中から見た風景を考えれば、ここは山の天辺。
 ここが地理的にどの辺りになるのかはわからないが、ファレイシアに行くにはまず山を降りなければならない。
「ちんたら歩いてなんていられないわよね」
 一応多少は警戒し、建物から見えない位置まで移動してからデータCDを取り出す。
 実体化させたプログラムは、飛行具。普段から一番使用率が高い、使い慣れた物である。
 加奈絵は、機械の翼をはばたかせて空へと舞いあがった。
 さっき出てきた建物の屋根よりも高いところまで飛んでから上昇を止める。
 とりあえず、さっき見えた街のほうに行ってみるつもりだった。






 普通は空を飛ぶ人間などいないだろうから、街から離れたところに着地して、そこから歩く事にした。
「歩くのって慣れてないのよねェ」
 ぶつぶつと文句を言いながらも歩を進める。
 普段はどんなに長く歩いたって十分程度だ。よほど街から外れない限りは、どこに居てもすぐ近くになにがしかの交通機関の停留場がある。
 三十分ほど歩いたところで街の門に辿りついた。
 魔物――加奈絵の認識で言えばロボット――が横行しているためか警備は厳重だ。
 門には扉がついており、その扉の前に警備兵らしき姿が四、五人。外壁の上にも一定間隔で警備兵が目を光らせている。
 先ほど空から見たところ、どうやらここはファレイシア王国の城下町らしい。中央付近に見えた城には見覚えがあった。
(ラッキー♪)
 そう思ったが、よく考えれば予想できた事だった。
 わざわざシミュレーションしているということは、現在の攻撃目標はファレイシア。その近くに施設があってもなんら不思議はない。
「ま、とにかく行ってみますか」
 ロボットとどう戦うにしろ、とりあえず今現在この周辺地域がどんな状態であるのか確認しなければ作戦すら立てられない。
 加奈絵は、門に向かって歩き出した。
「すみませ−ん」
 門の前で警備兵に向かって一礼した。だが、その直後。
 警備兵の顔色が変わった。
(何・・・? わたし、何かまずいことでもした?)
 不安になったが、どう考えてもおかしな事はしていない。ただ挨拶しただけだ。
「あの、どうかしたんですか?」
 焦りながらも、冷静に、冷静に・・・と、言い聞かせて警備兵に問う。
 加奈絵の声を聞いて警備兵が色めきたった。
 警備兵の一人が、こちらに武器を突きつけてきた。そうして、何かこちらに話しかけてくる。
――え・・・・・・・・?
 加奈絵は自分の耳を疑った。
 彼の言葉が聞き取れない。いや、言語が違う・・?
 加奈絵の生まれた星では全ての国が同一言語を使っている。それに、この前リアルシミュレーションに迷い込んだ時は言葉が普通に通じていたからすっかり失念していた。
 まったく違う場所で形成された文化ならば、言語が違っていたって何ら不思議ではない。むしろ生活する星すらも違う人種がまったく同じ言語を使っていたらその方がよほど不思議だ。
(ど・・・どうしよう・・・)
 焦って周囲を見まわすが、当然ながら味方になってくれる人間は誰一人いない。
 警備兵はこちらに向かってくる。
 向こうはなんとかこちらを捕らえようとしているが、反射神経がいい加奈絵はなんとか避け続ける事が出来た。しかし、それが逆に相手を刺激してしまったらしい。
 人はどんどん集まって来るし、警備兵の何人かはとうとう武器――といっても刃は向けてこなかったが――を持ち出した。
(ヤバいっ・・・!)
 そう思ったときには遅かった。
 頭にニブイ痛みが走り、その痛みを認識した頃にはすでに地面に倒れこんでいた。
 その後は、加奈絵の感覚では――早かった。あっという間に視界が暗転し思考力までもが失われていく。
 加奈絵は意識を失い、その場に倒れこんだ。

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