■■ アリスの鏡〜第2章 最終話 ■■
ピピピピピピピピピピッ!
けたたましい音とともに、女の子特有の長話が中断された。
「何の音ですか?」
アーシャが問いかけた時には、加奈絵はすでに音の元を見つけていた。
「はいはーいっ」
加奈絵は、軽い返事をしながら、腕につけているミニパソコンの通信機能を起動させた。
加奈絵の正面に三十センチ四方のモニターが投影され、そこには良く見知った人物の顔が映し出されていた。
「オマエなあ・・・・いつまでそっちにいるつもりだよ」
綺羅は呆れた口調で言った。
「お? そっちの綺麗なお嬢さんは?」
答えようとした加奈絵そっちのけでアーシャに声をかける。
「この国のお姫様でアカシャ・リィズ・ファレイシアよ」
「あのー・・この方は?」
いきなり目の前で起こったことにまだ頭がついてこないのか、アーシャは半ば呆然とした表情で言った。
加奈絵はからからと明るく笑って綺羅を――正確には綺羅が映し出されているモニターを指差した。
「あ、こいつは私の友達で綺羅。悪いやつじゃないから大丈夫よ。
で――通信してくるってことはそっちで何かあったの?」
「ああ、さっき土地不足政策が正式に決定した。移住計画は却下。空中都市計画に決まったよ」
「アーシャ!」
「はい?」
綺羅の言葉を理解するやいなや、加奈絵は体ごとアーシャの方を見た。
いきなり声をかけられて、アーシャは条件反射的に返事をした。
「多分、もう魔物は来ないわ。いえ、来させない」
「・・・?」
言葉の意味を理解できなかったのか、アーシャは首を傾げて加奈絵の次の言葉を待っている。
加奈絵は満面の笑みで言った。
「最初に言ったでしょ? 土地問題には移住以外にもいくつか策が提案されてるって。採用されるのは一つだけ。だから一月くらい妨害してれば侵略は中止される。
ついさっき、侵略を進めている人達の案が却下されたのよ。まあそれでも絶対に来ないとは言いきれないから・・・・・。これから魔物の本拠地に行って来るわ。念の為にね♪」
加奈絵は人差し指を立ててウィンクをして見せた。
だが、アーシャの表情はどこか不安そうだ。
「なに? あ、もしかして勝手に出かけたらまずいとか?」
思い出したように言う加奈絵に、アーシャは珍しく声を荒げて言い返した。
「そうではありません! 一人で魔物の本拠地に行くなんて無謀すぎます!」
「そうだな・・俺も彼女の意見に賛成だ」
モニターの向こうからこちらのやりとりを眺めていた綺羅は腕を組んで加奈絵を見つめていた。
「・・・・・アーシャはまだしも綺羅までそんなこと言うわけぇ? っもう、大丈夫よ。なにも戦うなんて言ってないじゃない。確認よ、確認」
「私も一緒に参ります」
「は?」
突然のアーシャの申し出に、加奈絵は目を丸くした。
「な・・・何言ってるのよ。アーシャはこの国の皇女様でしょ? こんな時に国を離れてどうするの!」
「こんな時だからです。魔物の襲撃がなくなるのは良い事です。でも、実際の魔物の様子は自分たちの目で確認しなければいけないと思うんです」
アーシャは、一歩も引かない強い口調で言った。
「ああ、そりゃ国を治める者としては気になるのは当然だな。連れてってやりゃいいじゃないか」
綺羅は猫かぶりの笑顔で言う。
焦ったのは加奈絵だ。まさか綺羅までがこんなことを言い出すなんて思ってもみなかった。
アーシャは、一緒に行くとか言い出すかもしれないとある程度予測していた。アーシャ一人に何か言われたって、撥ね退ける自信はあったのだ。それなのに・・・・・・・・。
「そうしたら帰りはどうするのよ。アーシャを送ってまた戻ってくるのは嫌よ」
綺羅に口で勝つのは難しいことはわかっている。だから、すでに了承してしまったようなものなのだが・・・それでも、せめてもの抵抗だ。
「ではラティも一緒に来て頂きましょう」
アーシャがにっこりと微笑んだ。
「ラティも〜?」
別に嫌いなわけではない。が、どうしてもあの口うるささが苦手なのだ。
「はい。ラティならばきっとわかってくれます。ね、だから一緒に行かせてください」
加奈絵の答えはもう決まっていた。・・・・・・今も無言の圧力をかけてくる綺羅に負けたのだが。
それでも、渋い顔をしてみせ、腕を組んで考えるフリをして見せた。
アーシャが不安げにこちらを見つめている。
加奈絵は、クスリと悪戯っぽく笑った。
「わかったわよ。そこまで言うなら一緒に行きましょう。ただし! 誘拐犯になるのはゴメンだからね、その辺はちゃんとしてよ?」
「はい、ありがとうございます。では今すぐ準備をしてくるので一時間ほど待っててください!」
アーシャにしては珍しく、ばたばたとずいぶん騒がしく部屋を出ていった。
ぱたん、と扉が閉まり、部屋には加奈絵一人が残される。正確には、モニタの向こうにもう一人・・・・。
加奈絵は、綺羅に思いっきり睨みつけてやった。だが綺羅はまったく動じない。
「彼女を危険に晒したくないっつーのはわかるけどさ、俺としては自分の友人のことも心配なわけよ」
「はいはい、わかったわよ。でもお姫様じゃ足手まといにしかならないとか思わなかったわけ?」
投げやりに言う加奈絵に、綺羅は不敵な笑みをもって答えた。
「思わないさ。加奈絵の話を聞いてればね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ああ、そういえばリアルシミュレーション内での出来事、だいたい話しちゃってたんだっけ・・・・。
どうせ何を言ったって綺羅は絶対しっかりと反論を用意しているのだ。
「・・・・・・・今度話すときは向こうでね」
心底苛ついていたというわけではないが、そんなふうな態度を見せて、一方的に通信を切る。
多分、今の不機嫌さが演技だと言うことは綺羅もわかっているだろう。
加奈絵はどこかほっとしたような気がして、小さく息を吐いた。
同じとはいかないだろうけれど・・・・・・。それでも、ちょっとだけ、楽しみだった。
あの時と同じようにまた三人で旅ができるのかと思うと、実は結構嬉しかったりするのだ。
それから数時間。―― 一時間と言っていたのに大幅な遅刻だ。どうやら父親を説得するのに時間がかかったらしい――
加奈絵、アーシャ、ラティの三人は、ファレイシア城下町の外門に集合した。
「さあ、魔物退治に行きましょう!」
アーシャが元気に宣言し、ラティがまだ納得しきれていないのか渋面な顔で頷く。
こうして、三人は魔物退治の旅に出かけた。
ちなみに・・・・・・ファレイシアと遠方の施設まで全部潰して回った加奈絵の帰還は、この出発からさらに半年の時が過ぎた後となる。
なんとか留年せずにすんだのは、日頃の成績と、綺羅の手回しのおかげであった。