Web拍手 TOP幻想の主記憶の楔

 アリスの鏡〜裏話・ピクニックに行こう! 1話 

 フィズは、後ろから聞こえてくる不快な音をBGMに朝飯の食器の片付けをしていた。
(無視するのよ、無視。相手にしたらお終いだもん!)
 フィズは自分に言い聞かせながらも、チラリと後ろに目をやった。
 台所から、カウンターを挟んで居間が見える。居間の中央にテーブルとソファ。そのソファの上で、この部屋の住人ではない者が、目一杯両手を広げてでんっと座っていた。
 瞳は鮮やかな緑、瑞々しいの樹木の葉を思わせるエバーグリーン。足元まで伸びた長い茶色の髪を三つ編みにして束ねている。緑の瞳と長い茶色の髪・・・・・・・両方ともアルフェリア種族の特徴だ。
 森で生まれ、森と共に生き、樹木と獣を唯一無二の友とする種族、アルフェリア。
 彼女――性別を持たないアルフェリア種族を彼女と呼ぶのは少し違う気もするが、外見は間違いなく十歳前後の少女のものだ――の名はアデリシア・アルフェリア。ただ、森の外ではシア・グリーンと名乗る事が多い。
 シアが、唐突に部屋を訪れたのは今朝だ。それからこの時間まで約三十分ほど。シアはずぅっと独り言と言うには大きすぎる声量で文句らしき言葉を言いつづけていた。
 フィズは、小さく溜息をついて、もう一度食器の方に目を戻した。
「つまーんなーい。暇〜。たいくつ〜。ヒマ〜〜〜〜〜っ。つまんないのー」
 延々と続くシアの呟きに、フィズの忍耐力も限界に近づいていた。
 相手をしちゃいけない。シアは「どうしたの?」って聞いて欲しいから言ってるに違いないのだから。言葉を返せばシアのペースにはまってしまう。
 わかっている。
 わかっているのだが・・・・・・・・・・。
 もう限界だった。
「っもう、うるさいわよっ、シア。ご近所に迷惑じゃない!」
 フィズの大声に、シアの言葉が止まる。
 一瞬ほっとしたのもつかの間、シアは冷静に切り返してきた。
「近所? このひっろい居住区で人が住んでるのはこの部屋だけでしょ。ご近所なんていないじゃん」
 フィズはうっと言葉に詰まる。
 ここは魔法と機械の融合技術、”魔機”が世界で一番発達している都市。東西の大陸に挟まれた、ちょうど中間地点に存在するサリス島の唯一の都市にして、世界の中心都市とも言われる地、リディア。そのリディアのさらに中心地、中央研究所――旧リディア時代の研究施設をそのまま使ってるからその当時の名前を使っているだけで、実際のこの建物の役割は研究所ではなく役所である。
 一階は役所。二階から上と地下は長――アクロフィーズ・フィアズと、彼女の許可を得た者しか入れない。
 地下は昔の研究施設がほぼそのまま残されているが、現在は完全封鎖状態。
 昔研究員の居住区だった二、三、四、五階には何百もの部屋があるが、現在使われているのはフィズと、フィズの姉であり、リディアの長でもあるアクロフィーズが住むたった一部屋だけ。
 そもそもご近所がいないのだから、ご近所迷惑になどなりようがないのだ。――例え隣に人が住んでいたとしても、もとが研究所なだけに造りはしっかりしているから、騒音迷惑など起きないが。
 フィズが言葉に詰まったのをいいことに、シアはさっきと変わらずつまんない、ひま、退屈を連発している。
「あーもうわかったわよっ。どうしたの?」
 フィズはヤケ気味に、わざとらしいまでの棒読みで問いかけた。
 シアは待ってましたとばかりに体を乗り出して早口にまくしたてる。
「あのね、ユイナがね、連絡くれないの」
「ユイナ?」
 初めて聞く名前だ。シアの故郷は東大陸にある、世界最大規模の樹海シーグリーン。東の街にも時々顔を出しているらしいことは知っているが、さすがにその友人関係までは把握していない。
 だが、シアはそんなことはおかまいなしに言葉を続けた。
「うん。いつも三日に一度は連絡くれるし、月に一度は遊びに来てくれたのにもう一月半も音沙汰なしなんだ」
「それで、どうして欲しいワケ?」
 シアがただ愚痴を言うためだけにここに来たとは思えない。もうシアのペースにはまっている自分を後悔しつつ、でもシアは思い通りにるまでは大人しくならないだろうと諦めて聞き返した。
「ユイナのところに行きたいの。あそこ一人で行くのはちょっと苦手だからさ」
 苦手と言う言葉に、フィズはいくつかの場所を連想した。
 まずシアは基本的に樹木が少ない場所は苦手だ。だから、全体的に機械化が進んでいる東大陸の中でも特にその傾向が著しい都市にはあまり近づかない。
 例えば、東でも一二の人口を争う遺跡都市・ラキアシティであったり、東で一番機械化が進んでいる学術都市・ユーリィなんかがシアの苦手な土地となる。
「苦手な土地に住んでる人と仲良くなったの?」
 シアが近づかない土地の人間と仲良くなる機会などあるのだろうか。シーグリーンに自ら近づく人間は少ない。
 至極当然な疑問に、シアは先ほどの興奮とはうってかわってどこか淡々とした口調で答えた。
「ああ、だってあっちから来たんだもん。偉大な業績を残したご先祖様に憧れて、そのご先祖様の足跡を追ってたんだって。マコトの子孫で、マコトに憧れてるならって思って追い出さなかったんだ」
 シーグリーンに人間が近づかない理由の大半はシアにある。シアは、気に入らない人間は絶対に森に入れないのだ。入ってきても樹や大気を操りさっさと追い出してしまう。
「マコト・・・ってルクレシアの?」
「うん」
 ルクレシアの名前には聞き覚えがある。というか、一般常識として覚えてなかったらそれはちょっとマズイ。
 ルクレシア家は、東で・・・・・・いや、多分世界でも最大の財閥だ。現会長から数えて四代前の会長がマコト・ルクレシア。彼女は財閥会長であると同時に学者でもあり、百年ほど前に、フィズの姉アクロフィーズと共に東西の交流を復活させた人物でもある。
 だが、ルクレシアの一般認知度を上げているのはその部分ではない。ルクレシアは、現在ゲートステーションの管理を一手に引き受けている。しかもゲートステーションの使用料を無料にしてくれているのだ。これは東西の交流を活発にさせるためらしいが、ゲートステーションの維持はそれなりにお金がかかる。なのに使用に関して一切お金をとらないなんてもうこれは慈善事業に以外の何物でもない。
 そんな理由から、ルクレシア財閥は一般の認知度がとても高かった。
「マコトさんに憧れてるってことはその人も学者なの?」
「目指してるところ。そういうわけだからさ、一緒に来てよ」
「ちょっとちょっと、会話が成立してないわよ。どのあたりからそういうわけになるのよ」
「いいからさっさと一緒に来る!」
 シアはやっぱり絶対自分の思い通りにことを進めるのだ。
 シアに手を引かれながら、フィズは大きな溜息をついたのだった。





 ゲートステーションを使い、二人はユーリィにやってきた。
 あれからまだ一時間も経っていない。役所の隣にあるゲートから、ユーリィのゲートに移動したためである。ゲートは機械さえあればどんな遠くにでも一瞬で移動できる。
 シアは少しばかり気分悪そうな様子で街の様子を眺めていた。
「大丈夫?」
 一応聞いてみる。
「大丈夫。でもやっぱり苦手だな・・・・・・」
 大丈夫と答えながらも元気のない口調。
 それでも様子を見に来たいくらいに仲の良い相手なのだろう、そのユイナという子は。
「そう? でも調子悪そうだわ。早く用事済ませましょ。ルクレシアの敷地内に入ればちょっとはマシになるわよ」
 ルクレシアの屋敷はよく知っていた。マコトが生きていたころ、姉に連れられて何度か行った事があった。
 ルクレシアの敷地内はかなり広い。外門から車で数十分も行かないとルクレシアの屋敷に辿りつけない。その広い敷地内には花畑や、小さな林のようなものまであるのだ。
 ゲートステーションからバスで十分ちょっと。二人はルクレシア邸の外門前にやってきた。
「さってと」
「はい、ストップ」
 シアの声が、外門のチャイムを押そうとしたフィズの手を止める。
「え、なんで?」
「一気に部屋に行くよ」
「は?」
 ぽかんとマヌケな声で問い返した時には、もう部屋の中にいた。
 部屋自体はかなりの広さをもっているが、乱雑に置かれた本や遺跡からの発掘品のおかげでずいぶんと狭く感じる。
「ちょっとぉ〜」
「いいのいいの、気にしない気にしない」
 シアは明るいがこれは立派な不法侵入だ。フィズはもし誰かに見つかったらと思うと気が気ではなかった。
 勝手知ったるとばかりに歩いていくシアの後ろ姿に、フィズは大きく溜息をついた。
「あ、データ見っけ」
 いつのまにやらシアは部屋の奥のメインモニターのところに移動していた。どこで覚えたのか見事にキーボードを操作し、データを検索していく。
 モニターにはカレンダーが映っていた。多分ユイナのスケジュール表だろう。会議やらパーティやらに混じって遺跡とか発掘とかいう、大財閥の会長とは無縁に思える単語が記載されている。
「ねぇ、まずいんじゃないの?」
「大丈夫だってば。フィズちゃんってば小心者なんだから」
 むしろシアが図太すぎるだけだろうと思ったが、これは口に出さないでおく。
「なにこれ・・・・・・」
 唐突に、シアが声音を変えた。先ほどまでの明るい口調から一転した、呆けたような声。
「なに。珍しいものでもあったの?」
 シアはくるりとこちらを振り返り、にんまりと笑う。
「すっごく面白いもの見つけた。セイラちゃんのところに行こう。こんな面白いもん、誘ってあげなきゃ」
 すでに当初の目的は忘れ去れられているらしい。シアは満面の笑み・・・・・・それも、悪戯を思いついた子供のような、ある種質の悪い笑みを見せた。
「何を見つけたのよ」
 その問いに、シアはメインモニターではなく、その下のサブモニターに視線を向けた。
「・・・・・これ・・・・・」
 それは、異世界に関するレポートだった。どうやらユイナは異世界――姉の言葉で言うなら異星――に興味を持って研究しているらしい。ついでに、最近連絡してこなかったのも、この調査研究のためのようだ。
「あの、シア? あなたまさか・・・・・・・」
 言葉が最後まで出てこない。だが、シアは声にならなかったフィズの言葉を理解したらしい。
 ふっ、と笑ってフィズの手を取った。
「れっつごぉ!」
 転移は一瞬。
 次の瞬間、目の前に広がっていたのは西大陸の風景だった。

前へ<<  目次  >>次へ

Web拍手 TOP幻想の主記憶の楔