■■ アリスの鏡〜裏話・ピクニックに行こう! 2話 ■■
実は、フィズは西に来た事は数えるほどしかない。
東西大陸の交流復活の時の姉の友人――今はもう亡くなっているが――が何人かこちらに住んでいたが、たいてい彼女らの方がリディアに来てくれたため、フィズは西に来る機会がほとんどなかったのだ。
ちなみにマコトは大財閥の会長だけあって忙しく、こちらから行くか、マコトが仕事ついでに訪ねてくる事が多かった。
「で、セイラの家がどこか知ってるの?」
「え? フィズちゃん知らないの?」
二人の間に冷たい沈黙が走る。
「なにやってんのよぉーー!」
「なんでーーーーーーー!」
二人同時に叫んだ。
あんまり力を入れて叫んだものだから二人して息が荒い。深呼吸。そして一瞬後。
「訪ねる先知らないでどうするのよ!」
「スクールの主席卒業者名簿データくらい覚えといてよっ!」
また、ほぼ同時だった。
二人は、睨み合うように互いを見つめる。そして、肩を落とした。
「知らないものは仕方ないわ。でもどうする?」
フィズはもう完全に諦めた口調で問いかける。
「えっとー・・・・多分クルニアかセイクレッドだと思うけど・・・」
クルニアは西で一番大きな学校――特に魔法を重点的に教えている――がある都市、セイクレッドは西大陸の王都だ。
セイラの先祖にあたる人間が姉の友人で、クルニアとセイクレッドに住んでいたことは知っている。
「あれ? シアってセイラのご先祖・・・って程でもないか。曾祖父母ってレベルだもんね。知ってるの?」
「え? フィズちゃん知らないっけ。先代もアクロフィーズのお友達だったの。マコトやセイラの曾祖母とも仲良かったんだよ」
先代・・というのは多分、シアの一代前のシーグリーンの主、ということだろう。
「先代の人に聞いて知ってた・・・ってこと?」
「んーん。そうじゃなくてさ。もしかしてフィズちゃん知らない?」
「だから何を」
「アルフェリア種族ってーのはさ、自分の死と同時に次の命を生み出すの。で、その次の命に自分の記憶全てを受け継がせる事が出来るの。だからさ、私は先代のも、先々代のも・・・シーグリーンを住処とした”アデリシア”っていう名前のアルフェリア種族全ての記憶を持ってるわけ」
初めて聞く話にフィズはただ頷くしか出来なかった。つまり、シアは旧リディアより昔の時代の記憶すら持っているということだ。
それってある意味大変なことなのではないだろうか・・・・。
フィズの表情から察したのか、シアがくすくすと笑って言葉を続ける。
「言っとくけどすすんで森の外に出るようになったのは先代からだからね。それより前の時代は森から出たことなかったんだから」
「へぇ、そうなんだ」
フィズは感心したような声をあげ、そしてはっと思い出す。
「で、どうするの?」
「ん〜〜。とりあえず近い方・・・ここからだとセイクレッドかな・・・に行こっか♪」
シアは、言うが早いか転移を開始したのだった。
どうせ転移するならどっちから行っても距離なんて関係ないと思うんだけど・・・。
フィズはそう思ったが、口には出さなかった。
着いた先は王都セイクレッドの外門から数メートルのところ。
ここからは普通に歩いていくことになる。が、問題はセイクレッドのどこにセイラが住んでいるかだ。
セイクレッドは広い。人口だけで言えばリディアの約二倍ほど。
住宅街だって何箇所もある。セイラがそのどこに住んでいるのかを探すのは至難の技だろう。
だが、シアはいたって明るく笑って見せた。
「ほら、早く行こうよ♪」
悩みのないその声に、フィズは隠れて溜息をついた。
「案外あっさり見つかったね・・・・・・・」
フィズは、親切な街の人に案内してもらったセイラ宅前で呟いた。
そう、すぐに見つかったのだ。種族と名前で訊ねるだけですぐにここまで到着できてしまった。
フェゼリア種族は、フィズが思う以上に珍しい種族であったのだ。
正確にはセイラはフェゼリア種族ではない。が、フェゼリア種族の血を引いているため翼を持っている。見た目はフェゼリア種族となんら変わりないのだ。
チャイムを鳴らすと、てこてこという可愛らしい足音が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。
・・・・・・誰もいない。
下に視線をうつす。
リムディス家のお手伝いドール――ほんとうにお手伝いさんの役目をこなせているのかは謎だが――はにわくんがにっこり笑った。
「いらっしゃいなの〜★」
「こんにちわ。セイラちゃんいる?」
シアもまた、にこにこと笑ってはにわくんに問いかけた。
はにわくんは大袈裟なモーションで頷く。
「うん、いるよぉ。待ってて、ちょっと」
たどたどしい言葉で言い、はにわくんはまたテコテコと可愛い足音とともに家の奥に消えた。
そうして待つこと数分。
「よーぉ、久しぶりー」
上から聞こえてきた声に二人は視線を向けた。
二階の窓から、セイラが顔を出していた。目が合うとセイラはにっこりと笑い、そのまま窓から身を乗り出す。
セイラは背中の翼をはばたかせてゆっくりと降下してきた。
「久しぶりだなー。どうしたんだ、急に?」
可愛らしい顔立ちに似合わない男の子の口調でセイラは言う。
「相変わらずねー、セイラ」
フィズは呆れたような顔で言った。
セイラの外見は、一言で言えば”可愛らしい”。一般的に、男の子にモテる外見だと言えるだろう。が、その可愛らしさの大半がこの口調で壊されているのだ。
いったいどういう過程でこんな口調が身についたのか一度聞いてみたいものである。
「いいだろ、別に。それより何の用なんだってば」
「いいもの見つけたのv」
シアが、にんまりと笑って言う。
「いいものぉ?」
セイラが眉根を寄せて首を傾げた。
「そう。あのね、異世界って興味ある?」
傾いたセイラの視線に合わせたのか、シアも首を傾げて答える。
「ないこともないけど・・・・」
どこか弱気な声でセイラが答えた。
シアは待ってましたとばかりにセイラに訊ねる。
「行ってみたいと思わない?」
「行けるの!?」
セイラは目を輝かせてオウム返しに問い返す。
(セイラが反対してくれるの期待してたのに〜〜〜〜〜っ)
フィズは頭を抱えて二人の会話を聞いていた。
自分にシアを止められるとは思えないし、セイラまで乗り気になってしまったらもう打つ手はない。
フィズがどうやったらシアを止められるのか考えているその間にも話はどんどん進んでいる。
そして・・・・・・・・。
「ほら、早く行こうよ」
ふと気付くといつのまにやら二人は道のほうに出ていた。
「ねぇ・・・・・本気なの?」
もはや縋るようなフィズの問いかけに、二人は顔を見合わせて意地の悪い笑みを浮かべた。
「もっちろん!」
二人は声を揃えて答えると、フィズの手をとってさっと歩き出した。
「ねえ、やめようよ〜」
こんな制止で止まってくれるくらいなら苦労はない。
二人は当然の如くフィズの声を無視して街の外に向かって歩き出した。
「たしかサリス島の荒野にあったよね。使われてないゲート」
少しばかり視線を上げて言う。多分今シアの頭の中にはこのイベントにぴったりな場所が思い浮かんでいる事だろう。
「別にこの辺でもいいんじゃないか? ノインの南にも未使用ゲートあったし」
「どこがこの辺なの。ノインまで行くならサリスに飛ぶ方が楽だって」
「あ、そっか。普段サリスに行かないからさー。つい対象外にしちまうんだよな」
(あああぁぁぁ・・楽しそうだよ、この人達・・・)
盛りあがる二人の会話を横目に、フィズは泣きたい気持ちで肩を落としたが、やはり目先の楽しみに夢中になっている二人には無視されてしまった。
ゲートステーションは基本的に街の中にしか存在しない。というより、街から離れたところにあるゲートはシステムを回復させても使い勝手が悪いから、ゲートステーションとして機能させようとはしないのだ。
そいういわけで、街から少し離れたところに行けば使われていないゲートは結構存在している。
二人は、異世界に行くのにそのゲートを利用しようというのだ。
もちろん、本来ゲートはゲートからゲートへと転移するための機械だから、ゲートを使ったから異世界に行けるというわけではない。
その辺どうするつもりなんだろ・・・。
失敗してくれるといいんだけど・・・・・・・。
そんな後ろ向きな思いを抱きつつ、フィズは大きな溜息をついて引きずられるままに二人の後ろを歩くのだった。