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 アリスの鏡〜裏話・ピクニックに行こう! 3話 

「ねえ、もう帰ろうよぉ」
 ずんずんと先に歩いていく二人に向かって、フィズは何度もこの言葉を繰り返していた。
 だが二人の答えは同じで、
「ダメー」
「なんでだよ。せっかくここまで来たのに」
 シアもセイラも帰る気配すら見せないのだった。
(実際にやってみてダメだったら諦めるよね、きっと・・・・・・・・・・)
 シアがどんな方法を考えているかは知らないが、今のフィズに出来るのはただ失敗することを祈るのみであった。
 そうこうしているうちに、三人はサリス島中心部から南の荒野に到着した。ここからさらに三十分ほど南に進めばもう海、という位置だ。
 ちょうどサリス島の中心にあるリディア都市からは、歩いて二時間ほどといったところだろうか。世界の中心と言われる都市があるこの島は、意外と狭いのだ。
 このあたりに、使われていないゲートがあるはずだった。


「どうするつもりなの?」
 ゲートの前で立ち止まった二人に少し遅れて歩いてきたフィズが問う。
 シアは、待ってましたとばかりに振りかえり、ニンマリと性質の悪い笑みを見せた。
「こういうゲートってこの世界だけの物だと思う?」
「は?」
「へ?」
 逆に聞き返されて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
 この切り返しが予想外だったのはフィズだけではなかったらしく、セイラも横で同じような疑問の声を上げていた。
 しばらくの沈黙の後、先に立ち直ったのはセイラのほうだった。
「そうだな・・・・・言われてみれば、他の世界にも似たような転移装置があってもおかしくないと思う」
「つまり。その、他の世界の転移装置と強制的に繋げようってこと?」
 弱気な――というより、的外れであって欲しいと願う引き気味な口調で――聞くフィズに、シアは自身満々胸を張って答えた。
「うん♪」
「どうやってーーーっ!」
 フィズの嫌な予感は倍増中。聞かないほうがいいと、頭のどこかで警報が鳴っている。だが、聞かないわけにもいくまい。それに、どうせフィズが聞かずとセイラが聞くだろう。
 シアの魔法は”元素魔法”と呼ばれるもので、この世界の精霊の力を借りて行使する魔法――つまりこの世界でしか使えない魔法。
 対して、フィズとセイラが使う魔法は”構成魔法”と呼ばれるもので、自分自身の魔力と想像力を使って行使する、この世界以外の場でも使用可能な魔法だ。
 つまり、異世界と干渉しようというこの作戦はシアでは実行できない。
 セイラが学んでいるのは、どちらかと言えば実戦向きでない魔法。構成魔法の中でもさらに細かい分類で”呪字魔法”と呼ばれる、魔法道具を作ったり使ったりするための技術だ。
 一方、フィズが主に学んでいるのは”精想魔法”と呼ばれる、魔法に詳しくない人々が一般的にイメージする魔法そのものの技術。
 今この場でいきなり魔法を使うとなれば、フィズにお鉢が回ってくるのは至極自然な流れだった。
「というわけで、頑張ってね」
 シアは、悪い予感に頭を抱えるフィズに、にっこりとわざとらしいまでに可愛い笑顔と声で言ったのだった。
「私、最初っから嫌だって言ってたじゃない〜」
「何言ってんだ。ここまで一緒に来た時点でもう同罪。今更後悔したって遅いの」
 フィズは精一杯の抵抗を試みるが、セイラに冷たく言い放たれてしまう。
「うう〜〜〜〜〜〜」
 もしお姉ちゃんに見つかったら怒られる。が、フィズ自身異世界にまったく興味がないかというとそういうわけでもない。その、ほんのちょっとの好奇心がフィズをここまで来させたのだ。
 そうでなかったら、いくらシアが強引とは言え途中で逃げることもできたはずだ。
「わかったわよ、やればいいんでしょ。やれば! でも失敗しても責任持たないからね」
 結局、二人の気迫に説得されてしまったフィズは、異世界への転移を試みることになったのであった。



「でもどうやれっていうのよ、これ」
 フィズの姉――アクロフィーズほどの使い手ならば、用途に応じてその場で新しい魔法を作り上げられるだろう。
 だがフィズはそこまでの使い手ではない。
「さあ。構成魔法は全然わかんないもん」
 一番の言い出しっぺであるシアは呑気に答えてくれる。
「んじゃさ、こういうのはどう?」
 すでにシア以上に乗り気になっているように見えるセイラは、実に楽しそうに意見を言ってくれた。
 詳細分類では違う魔法だが、大別すれば同系統にあたる魔法を学んでいるセイラは、この場で魔法を使えずとも、新しい魔法を作り上げるための知識は豊富だった。
 もともと呪字魔法というのは、古くからある魔法をどう便利に改良していくか、そんな考え方が中心の魔法である。よって、新しい魔法を作る時には、古くからある魔法を古くからの伝統のままに使う精想魔法よりも呪字魔法の技術と知識のほうが有効だった。



 そうして話し合いながら、数時間ほどが経過した。
 なんとか成功するかもしれない、なんとなく他の世界に繋げられそうな魔法を作った二人――作ったのは二人だが、実際に魔法を使うのはフィズ一人である。――は早速それを実行に移すこととなった。
 まず三人はゲートの転送部分に立ち、いつ転移が起こってもいいように準備をした。
 長い精神集中とイメージ構成の後に、フィズは、ゲートに向けて魔法を放つ。
 ゲートが、普通の転移の時と同じように淡い光を放ち始めた。
 だが!
「ほら、やっぱりダメだったのよ」
 ゲートは、三人を転送することはなかった。しかし光はまだおさまっていない。
「でもゲートは動いてるよ?」
 シアは不思議そうに、光る足元――ゲートの転送部の上に立っているのでゲート転送部を見ようとすると足元を見るかたちになる――を覗き込んだ。
 セイラはぐるりとゲート全体を見渡し、少し考えてから口を開いた。
「ん〜〜。・・・・・あのさぁ、一応俺の知識から言わせてもらうとさ。なーんか、逆作動してるみたいなんだよな」
「逆作動?」
 シアがオウム返しに問い返す。今の状況を無視しているかのような落ちつきで、セイラが答えた。
「ゲートってのは一つの転送部で送信受信、両方できるもんなんだよ。俺らが今やろうとしてるのは送信。でも今の状態見る限り、なんかこのゲート受信態勢に入ってるみたいなんだ」
 ちょうど、セイラの言葉が終わった直後だった。
 ゲートが耳障りな警告音を発生させ、抑揚のない合成音で危険を告げた。
「現在ゲートは受信状態になっています。危険ですのでゲート上にいるお客様は速やかに退避してください。繰り返します――」
「な、言っただろ?」
「何やってんのよーーーっ! 危険って言われてるんだからさっさと退避しなさいよ!」
 自分の予測が当たっていたことが嬉しかったのか、自慢げに胸を張るセイラと、そんなセイラの言葉に神妙な表情で頷くシア。
 フィズは、押し出すようにして二人をゲートから下ろし、自分もゲートから離れた。
 ゲートはますます活発に動き出す。受信部分にいた邪魔者がいなくなったことにより、本格的に受信態勢に入ったのだろう。
「どうなってるの?」
 基本的にゲートの構造をわかっていないシアは首を傾げて呟いた。
 その問いに対して、三人の中で一番こういった魔法道具や魔機に詳しいセイラが答えを出す。
「多分・・・繋がった先が、ちょうど送信状態――これからどこかに転移しようとしてる状態だったんだと思う。こっちは不慣れな使い方してたせいで送受信の態勢が不安定だったから、機械が勝手に向こうの態勢に合わせて受信モードに設定したんだろ、きっと」
「呑気に解説なんかしてないでよぉ」
 悪い予感が最悪の現実となってしまったフィズは今にも泣きそう表情で言った。視線はしっかりゲートを向けたままで。
(誰も来なきゃいいんだけど・・・)
 フィズはひたすらに祈る。それだけしかできないから。
 これで誰も来なければ、失敗したんだしもう気が済んだでしょ、とか言ってこの無謀な異世界旅行を切り上げることもできるだろう。
 だが、もし誰かが来たら・・・・・・・・・・・・・・。
 自分たちの技術と知識では、その誰かをもとの世界に返せるかどうかも怪しい。
 そうなればどうやったって姉の協力を仰ぐしかなくなり、怒られるのは必至だ。
 だが、フィズの願いは届かなかった。
 ゲートの活動がおさまった時、ゲートの上には、二つの人影があったのだ。

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