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 アリスの鏡〜裏話・ピクニックに行こう! 4話 

 ・・・・・・・・・・極寒の地に追いこまれたような気分だった。
 今、ゲートの上には二人の人間が呆然とした面持ちで立っていた。
 一人は、十五歳前後の少年。身長は、高め。少しばかりつり目の赤茶っぽい瞳と、黒い髪。前髪の一部分だけが、緑色だった。
 もう一人は二十すぎと思われる男性。もう一人の彼より背が低く、グレーの髪とこげ茶の瞳をしていた。
「どうするのよっ」
 多分自分たちよりも彼らの方が困惑しているだろう。
 そう思ったフィズは、一応彼らのことを気にして小声で言った。
「さあ」
「しゃーないだろ。こうなった以上は」
 フィズの気遣いなど完全に無視して、二人はあっけらかんとした口調で答えた。
「一番怒られるのは私なのよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 フィズはとりあえずシアよりは身長が近いセイラの肩をがっしと掴んで悲鳴をあげた。
 だがセイラはまったく動じず、ゲートの方を指差した。セイラ、シアに続いてフィズもゲートに視線を移す。
 一人は、半ばパニック状態に陥っているようだ。なぜか年下の少年の方が落ちついている。
 少年は三人を見下ろして――三人の中で一番背が高いセイラよりさらに十センチほど高いのでどうしてもこうなる――不敵に・・・どこか楽しそうに笑った。
 まるでこの状況を楽しんでいるようにも見える。もし本当に楽しんでいるなら結構な大物だろう。
 少年が口を開いた。だが・・・・・・・・・・・・・・。
「言葉、違うのかな?」
 シアが首を傾げて言った。
 確かに少年が何かを言っているのはわかるが、その内容はまったく理解できなかった。
「ねえ、なんか翻訳とかできる魔法はないの?」
 シアは、少年を見つめていた視線をフィズとセイラの方に移して言う。
「さぁ。少なくとも俺は聞いた事ない」
「私も知らないわよ、そんな魔法」
 当然の答えだ。ここでは世界共通の同一言語しか存在しないのだから。
 例外は四千年前に栄えた旧リディア以前の文明の言語だが、――文明がほぼ崩壊したために、旧リディアとその前の文明の文化や言語はまったく違うものとなっているそうだ。――その辺りは考古学者の領域であり、魔法の領域ではない。
「あ・・・・・・・・・」
 考古学者で思い出した。
「あれ、使えるかな」
 フィズの呟きに二人が期待の視線を寄せる。
「何かあるの?」
「この前新しい言語データ貰った時に言語解析プログラムもちょこっともらったような記憶があるんだけど・・・。まったく未知の言語に対してどこまで使えるかわかんないのよ。使った事無いし」
「へぇー、そんなのあったんだ」
 フィズの言葉にセイラが感心したような呟きを漏らす。
 フィズ本人もすっかり忘れていた。
 数ヶ月前、考古学に興味があるみたいなことを言ったら、キリトが現在解読されている分の古文明言語のデータをくれたのである。その時ついでに、考古学をやるなら役に立つよと言って解析プログラムを入れてくれたのだ。ただし、どちらも完全なものではない。姉がデータで知識を得てばかりでは成長しない、学習出来るんだから自分の頭で考えろと、進言してきたためだ。
 ちなみに、結局一週間とたたずに考古学への興味を失ってしまったため、そのデータはまったく使われていない。
「ま、とにかくやってみてよ」
「簡単に言わないでよ〜」
 他人事の笑みで軽く言ってくれるセイラに嘆息し、フィズは使った事のないその能力を起動させた。
「ねえ、ちょっと喋ってみてくれない?」
 フィズは目の前の少年に向かって言った。
 言葉が通じていないのは百も承知。だが、とりあえず解析のためのデータがなければお話にならない。
 少年は首を傾げて、それからまだゲートの上で呆然としている青年に声をかけた。
 向こうは向こうで何か相談しているらしい。フィズにとっては好都合だ。
 二、三分ほどして、待っているのに飽きたのか、シアが口を挟んできた。
「まだ〜? 羅魏は一瞬で解析できたのに〜」
 羅魏はフィズと同じ人工生命――魔法と機械で造られたドールだ。ただし、羅魏のほうがずっと高性能だが。
 シアは一体どこで羅魏の言語解析能力のことを聞いたのだろう?
 疑問に思ったが、今は目の前の課題の方が重要なので気にしない事にした。でも一応反論はしておく。
「羅魏はねぇ、旧リディアの、魔機技術が一番高かった時代の最高傑作なのよ。私と羅魏とじゃ基本性能からして天と地の差があるの。一緒にしないでよ」
 羅魏は、最初から異界の者との接触まで考えて造られており、フィズは、人と馴染んで人と共に普通に生活するよう造られている。
 異界の者と接触することを考えられていないフィズに言語解析機能などあるわけがない。今、不完全でも解析機能があるのは数ヶ月前のフィズの気紛れによるラッキーでしかないのだ。
『あのぉ〜』
 シアの「まだ終わらないの?」口撃を背に、フィズは彼らの相談に割りこんだ。もちろん、たった今解析した彼らの言葉で。
 二人は唐突に口を噤み、目を丸くしてこちらを見つめた。
『言葉・・・わかるのか?』
『たった今、解析したのよ。まだ完全じゃないけどね』
 フィズはにっこりと笑い、それから改めて彼らと目線を会わせた。
『私はフィズ・フィアズ。あなたたちは?』
 二人は一瞬顔を見合わせ、年嵩の青年は困惑した表情で・・・少年は、すでに順応いているような楽しげな笑みでそれぞれに名を名乗った。
『オレは綺羅。皇綺羅だ』
『僕は灯真澄と言います』
「キラ・・・きら・・・えっと・・・なんか羅魏と同系っぽい発音ねぇ・・・」
 あまり聞きなれない発音に思わずサリフィスの言葉で呟いたが、当然、二人は首を傾げただけだった。
『とにかくさ、オレらには一体どうなってるのかわかんねーんだけど・・・何か知らないか?』
「・・・・・ゔ・・・あはははっ」
 当然してくるだろうと予想していた痛い質問に、フィズは後ろの二人を振りかえりつつ乾いた笑いを浮かべた。
 が、言わないわけにもいかないので――本当なら諸悪の根源のシアに説明してもらいたいところだが、彼女は彼らの言葉はわからない――弱気ながらも謝罪を込めた口調で問い返した。
『あのぉ・・・もしかして、お二人、どこかに転移するところだったとか・・・・?』
『ええ、そうです』
 灯が答え、フィズはやっぱりと肩を落とす。
 フィズは後ろの二人に向かって、サリフィスの言葉で告げた。
「なーんか、セイラが言ってたのが正解って感じよ。この人達、どっかに転移しようとしてたところだったんだって」
「それでどうするんだ?」
 セイラは平然とした様子で答えた。シアにいたっては興味無さそうに頷いただけである。
「どうする、じゃないわよぉ〜! それをこれから考えるんでしょ!」
 フィズの切実な叫びにも二人はまったく動じてくれない。フィズと違い、シアを叱る存在はいないし、セイラは彼女自身が言わなければ両親に漏れる可能性は低い。
 つまり、コトが明るみに出た場合、確実に叱られるのはフィズ一人であり、残りの二人は叱られたとしてもその場限り。故に、二人は呑気なのである。
 フィズは深い溜息をつきつつも、再度気合を入れなおしてシアとセイラに向き直った。無駄だとわかっていても、もう一度、言うだけ言ってみようと口を開きかけた時――
『・・・出来ればどうなってるのか教えてくれるとありがたいんだけど・・・』
 申し訳無さそうに、灯が横から口を挟んできた。
 そんな灯の態度を綺羅は横目で眺めていたが、特には何も言わなかった。
『ごめんなさい、えっとね・・・・・』
 そうして、フィズはシアたちと彼らの会話の通訳をしつつ、今までの経過を全て説明した。
『つまり、この事態の半分はあんたらのせいか・・・・・・・』
 全てを聞き終えた綺羅の表情に怒り半分、諦め半分の色が浮かぶ。
『半分?』
 てっきり、全ての原因はフィズたちの側にあると言われると思っていたのに・・・。
 首を傾げるフィズに、今度は灯が、灯たちの側の状況を説明してくれた。
『僕らは、生物を転送できる装置の実験中だったんですよ。僕らの世界ではまだ生物を移送できる転移システムは実験段階なんです。
 その実験中ちょっとした事故が起こりまして。多分、−−−をデータ化した際の容量が大きすぎて−−−を起こしたんでしょう。気がついたら、こちらの世界にいたんです』
「なに、何て言ってるの?」
 言葉がわからないセイラとシアが興味津々にフィズの服の裾を引く。
「・・・・・・わからない単語がいくつかあったけど、とりあえずわかったのだけ言うとね・・・」
 フィズは灯が言った言葉をそのまま二人に繰り返した。
「事故に事故が重なったわけか」
 セイラが納得したかのような口調で言う。
「納得されても・・・まだ全然問題は解決してないんですけど」
 どこまでも呑気なセイラに、フィズは再び、数えるのも面倒になってきた今日何度目かの深い溜息をついた。
「方法。なんかないのか? えぇっと・・・確実・・? じゃなくてもいいからさ」
 綺羅が、サリフィス世界の言葉で言う。
 四人の視線が一斉に綺羅に集中した。
「なんで?」
「もしかして、なんか特殊能力持ってるとか?」
「喋れるなら最初からそうしろよー」
 三者三様の反応に綺羅はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。ちなみに、灯は唖然としていただけである。
「ほら、あんた・・・フィズ・・だっけ? さっき、通訳・・・で、言葉・・オレらの。そのまま、伝えてただろ」
 綺羅は、言葉を確認しながら言う。
 微妙に文法やら発音やらが間違っていたりするが、ほんのついさっきまでヒアリングすら出来なかったことを考えれば脅威の学習能力だ。
「それ、聞いて・・・言葉、違いと、えっと・・・・・」
「つまり、私が同じ言葉を両方の言語で喋ってるの聞いて覚えたわけね」
 覚えるどころか、推測推理を加えて言語解析までこなしているが。
「そう! そういうこと♪」
 綺羅は満面の笑みで言い、灯の方に振り返った。
『ふっ・・・・・。あんただけ取り残されちまうな』
『なんでそんなことできるんだっ!』
 泣き言のように言う灯に、綺羅は意地悪く笑って見せた。
『もちろん、オレが天才だからだ』
「あのー・・とりあえず、確実じゃなくて良いならアテ、ないこともないから・・・行きません?」
 灯をからかっていた綺羅は、フィズの言葉を聞いて唐突にくるりっとこちらに視線を向けた。
「アテ、あるのか?」
「アクロフィーズ様のとこだろ?」
 綺羅の問いに、セイラは楽しげに答えたが、まさか自分から夏の火に入っていくような事はしたくない。姉のところは最終手段である。
「まさか。羅魏のところよ」
 フィズは開き直って言い、異界の二人に告げた。
『え〜っと、とりあえず異世界に行った事ある人に方法、聞いてみたいと思うんですけど・・それでいいですか?』
 二人は顔を見合わせ、断ったら状況は変わらない事を理解しているのだろう、素直に頷いた。

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