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 アリスの鏡〜裏話・ピクニックに行こう! 5話 

 異世界の住人二人を加え、五人となった一行はさっそく東大陸へとやってきていた。
 とりあえずは一番転移しやすかった場所――シアの故郷、シーグリーン――で今後についての話し合い中だ。
「ねえ、シア。こっからどう行けば良いのかしら?」
「さあ。私地理はわかんないもん」
 またも難題の登場である。
 ことある事に発生する問題に頭を抱えつつ、フィズはすでに本日二桁にのぼるであろう溜息をついた。
「フィズ、羅魏と仲良いんだろ? 住所ぐらい知らないのか?」
 至極もっともなセイラの問いにフィズは沈んだ口調で答えた。
「住所くらいは知ってるわよ。ミレル村のはずれってね」
 何度か遊びに行ったことはあるが、いつも羅魏の転移で行っていたため、大陸のどの辺りにあるかはまったく知らない。
 しかも、すでに廃村になっているのか、それとも規模が小さすぎるためか、リディアで発行されている世界地図にはミレル村は載っていなかった。
「あ、俺そこ知ってる」
「ホント?」
 セイラの意外な返答に、いまだ言葉をまったく理解出来ない灯を除く全員の視線が集中した。
「ああ、授業で習ったもん」
「授業〜? なんで授業?」
 シアが首を傾げて問いかける。フィズも同じ気持ちだった。
 ミレル村に学校の授業に出てくるほど有名なものがあっただろうか?
 セイラは呆れたような視線でもって二人を見つめかえした。
「むかーし凄い功績をたくさん残した考古学者がそこの出身なんだって。たしか大陸の北の方・・・」
 言いながら地図を眺める。
「この辺だったと思う」
 そう言ってセイラが指差したのは、大陸の北の外れ、周囲を森に囲まれた場所だった。
 大まかでも場所さえわかってしまえばあとは簡単だった。
 まずシアが意識だけを飛ばして場所を確認する。――いくら意識体でも大陸全土を探すのは無理だし、小さな村は数多くあるのでそのどれがミレル村かわからない――それから、確認した地に転移すればいいのだ。





『うわ、ホントに田舎。っつーかよくこんなところに住めるな』
 村を見た綺羅の第一声はそれだった。
『そんなことを言ったら失礼だろう、皇くん』
 灯がたしなめるが、綺羅は聞いちゃいなかった。
「で、その羅魏・・・てのはどんな奴なんだ?」
 さっさと視線を移してフィズに問う。
 フィズは、羅魏の家の方へ歩き出しながら答える。
「ん〜・・・。まあ、天然ボケっていうか、のほほんってしてるっていうか・・・・」
 フィズの言葉にシアが爆笑し、それからどこか遠くを見るような瞳で言った。
「昔の面影ないもんねー。造った当時の研究者たちが今の羅魏見たら絶対嘆くよ」
「そんなに違うの?」
 現在(いま)の羅魏しか知らないセイラが首を傾げ、フィズに通訳してもらった灯は怪訝そうに眉をひそめた。
 シアは、明るい口調で言葉を続けた。
「そりゃね。だって今の彼見て、誰も兵器だなんて思わないでしょ。
 昔の羅魏はさぁ、愛想は良いんだけどなんか冷たいって言うか・・・感情が希薄で。マスターの命令最優先で。
 襲われたコトもあるもん、一応お友達なのにさ。すっごく強かったんだよ。世界最強と言われた魔術師と、異世界の優秀な魔法使いと女神様、戦闘用ドール。それから先代と・・・皆で一斉にかかっても負けちゃったんだよねェ、これが」
「それって大変なことじゃないの・・?」
 苦笑して、まるで他人事のように言うシアに、フィズは唖然とした。
「うん、大変だったよ」
「そのわりには明るいな」
「だって他人事だもん。戦ったのは先代で、私じゃないんだから」
 セイラの呆れたような言葉にも、シアは平然と答えた。
 そしてその答えに二人は思わず納得して頷いてしまう。
 シアの話し方から、つい忘れがちになるが、シアの先代の記憶はあくまでも他人の記憶。シア自身の記憶とはまったく別個のものなのだ。
「大丈夫なのか?」
 今の話を聞いてさすがに不安になったのだろう、綺羅が疑わしげな口調で聞いてきた。
 シアはやっぱり明るく笑って一歩前に出、くるりとこちらに向き直ってから答えた。
「大丈夫だよー、昔の話だもん。今の羅魏はフィズちゃんが言ってたとおり、常識知らずでのほほんっとした天然ボケだよ」





 村を突っ切りさらに歩く事数分。木々の向こうに小さな家が見え始めた。
「あー、あれじゃないのか?」
 最初に見つけたセイラが指を指して言う。
 その家はフィズにも見覚えがある物だった。
「うん。そうそう」
 言いながら、駆け出す。
(羅魏が異世界に行く方法知ってると良いんだけどなー)
 そんな願いを胸に秘めつつ。
「らーぎー。いるー?」
 ノックを数回。
「羅魏ー。いないのかー?」
 セイラの大声と共に、再度ノック。だが、人が出てくる気配はない。
「あっちゃー。留守かなぁ」
 シアは中の様子を窺いつつ呟いた。
「・・・・・って、言いながらなんでドアあけてんのよっ!」
 まったく遠慮のカケラもないシアの行動に、フィズは思わず悲鳴をあげる。
「だぁって鍵閉まってないんだもん」
「そういう問題じゃないでしょう・・・・・・・」
 しかし、どうやらこのメンバーでまともな常識を持ち合わせているのはフィズと灯だけらしい。
 他のメンバーはさっさとシアに続いて行ってしまった。
「ちょっと・・・人様の家に無断で入っちゃマズイでしょう」
 フィズの疲れた口調に、シアはいたって呑気な声で答えた。
「でもフィズちゃん、知ってるでしょ? 羅魏の性格。気が乗らなきゃいくらノックしたって出てきやしないんだから」
「そぉだけど、これってそれ以前の常識の問題じゃないの・・・?」
 言っても無駄なことはわかっていても、自分から率先して常識ハズレなことをしたくはないフィズは、戸口の前で呟くように反論した。
 二人の言い合いにセイラもくるりと振り返り、なにかを言いかけた。が、その言葉が声になる前に別のところから聞こえた声に遮られる。
「まったく、その通りじゃな」
「誰?」
 声はすれども姿は見えず。セイラはその声に向かって話しかけた。
 その声に答えるように、部屋の中に一人の少女が姿を現わした。
 見慣れない服装、肩の上辺りで綺麗に揃えられた黒髪、綺麗な海を思わせる深緑の瞳。
「羅魏の知り合いじゃ。あやつは留守じゃぞ」
 どんなに多く見積もっても十二、三にしか見えない少女の口から出てくるのは妙に時代がかった聞き慣れない口調。
 セイラに負けず劣らず、外見とそぐわない口調だ。
「羅魏がどこに行ったか知らない?」
 不機嫌そうな――不法侵入者を前にして浮かれていても不気味だが――彼女の迫力にもまったく物怖じしない口調でシアが問う。
「なぜおぬしらのような狼藉者の問いに答えねばならぬのじゃ。名も名乗らずに・・・まったく非常識にもほどがあるわ」
 ・・・・・・後姿だけでも手に取るようにわかる。シアも、セイラもぶちきれ寸前。綺羅も、様子を見るにムカついている事は間違いないだろう。
 だが、もとはといえばこちらが悪いのだ。なにかしでかす前になんとか彼女らを鎮めなければ・・・・。
 そう思っていた矢先、
『連れが勝手に入った事は謝ります。僕は灯真澄。彼は皇綺羅。こちらのお嬢さんがたはシア・グリーンさん、セイラ・リムディスさん、それからフィズ・フィアズさん』
 灯はそれぞれを指しながら言い、さらに言葉を続ける。
『実は僕と皇くんは不慮の事故でこの世界にきてしまって・・・・・・帰る方法がわからなくて困っているんですよ。それで、異世界に行ったことがあるという羅魏くんを訪ねて来たんです』
 おっとりと丁寧に言う灯に、彼女の表情が変わった。
「ほう、おぬしも異世界の者なのか」
 面白い物でも見るような表情で灯を眺め、呟くように言う。
『貴方も異世界の人なんですか』
 灯は彼女の言葉をオウム返しに問い返し・・・・・・・・・・・。
 あれ?
 フィズは一つの矛盾点に気付いて首を傾げた。
「なんでわかるの?」
 彼女は、サリフィスの言葉で喋っていた。灯は、異世界の言葉で喋っていた。なのに、会話が成り立っている。
 彼女は呆れたように小さく溜息をついてからフィズの方へと視線を向けた。
「わしは龍神と呼ばれる種族でな。わしらはもともと声を持たない。相手の意思を読み取り、自分の意思を相手の意識に直接送ることで会話をしておる。故に、言語の違いは意味を成さないのじゃ」
『テレパシーってやつか。なあ、それって俺にも使えるように出来ないか? 言葉がわかんなくて困ってるんだよ、俺ら』
 さっきの彼女の言葉を忘れたのだろうか・・・・彼女にしてみればこちらは不法侵入の狼藉者。その自覚がないらしく、綺羅の口調は友達に頼み事をしているかのような雰囲気だった。
「おぬし・・・・」
 彼女は半眼で呟き、フッと息を吐くとどこか楽しそうに言った。
「呆れたな、まったく。まあいいじゃろう、おぬしのような者は嫌いではない。
 それと、羅魏じゃったな。羅魏ならアルテナに連れていかれたぞ」
「え゙っ」
 彼女の言葉を聞いて、フィズはその場に固まってしまう。今一番避けたい場所なのに・・・。
 そんなフィズの思いを知ってか知らずか、シアは呑気に答えた。
「じゃあリディアのデパートかな」
「リディア?」
 こちらの地理を知らない灯が問い返す。いつのまに魔法をかけてくれたのか知らないが、灯もしっかりこちらの言葉で話していた。――さっきの彼女の説明からすれば、今も灯が喋っているのは異世界の言葉で、たんにテレパシーに近い方法で意思を伝えられるようになっただけだが――
「この世界の中央とも言える都市さ。・・・・・あ、えっと・・・・・・・・」
 セイラが灯に説明し、それから、彼女の方に向き直って言葉が止まる。
 セイラの言わんとすることをすぐに察知したのか、彼女はセイラが次の言葉を言う前に口を開いた。
「水龍じゃ」
「ありがとう、水龍さん」
 セイラは満面の笑みでお礼を言い、他のメンバーもまた同じようにお礼の言葉を告げた。



 こうして、とりあえず言葉の壁の問題を解決した一行は、今度こそ羅魏に会いに、リディアへと向かった。
 ちなみに、村を出てから気付いたことが一つ・・・・・・・・・・・・。
 水龍も異世界の人間なら彼女にも聞いてみればよかったのでは? と。
 が、すでにその時にはリディアに到着していたので今更戻る気にもならず、羅魏が知っていればそれでいいやと片付けられたのであった。

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