■■ アリスの鏡〜裏話・ピクニックに行こう! 6話 ■■
やってきたのはリディア都市の中でも一番大きなデパート。十階建てで人の出入りも多い、綺麗な建物だ。
五人は自動ドアを入ってすぐの入り口付近にある案内板の前で、どこから探すかを話していた。
一階から順に、食料品、雑貨類、玩具、本・文具、子供服、女性服、紳士服、家電、家具、レストラン街となっている。屋上はお子様向けの小さな広場になっていた。
「どこから行くー?」
案内板を見ながらシアが言う。
「アルテナの趣味考えたら洋服売り場でしょ」
フィズの答えにセイラは神妙な表情で頷いた。
「なんかわかるなぁ。あの人そういうの好きそう」
「じゃさっさと行こうぜ。・・・六階、だな」
綺羅が女性服売り場を確認し、五人は揃ってエレベーターへと向かった。
この街に入ってきた時もそうだったが、エレベーターに関しても同じように、綺羅と灯は意外そうな顔でそれを見つめていた。
エレベーター内の客は偶然にもこの五人だけだったので異世界がどーのという話しも遠慮なく出来る。
灯は半ば呆然とした表情で呟いた。
「・・・・何故こんなに差があるんだ・・?」
灯の言葉を受けて、綺羅が呆れたように言う。
「さっきの村とはえらい違いだな」
「何が?」
二人が何に驚いているのかわからない、そんな様子でセイラは問い返した。
「だってさっきの村はどう見ても中世レベルだろ。でもここは俺らの世界とそう大差ないみたいだし。いったいここの文明レベルはどうなってるのかなってさ」
「どうって言われても・・・地域によって差があるからねー」
百年ほど前まで、世界中で怪物が暴れまわっていた――今も存在するが、数はかなり減っている――ために昔は大陸間の交流ゼロ、大陸内の地域間の交流も少なかった。おかげで文明にかなりの地域差が出ていたのだが、交流が復活した今もまだその地域差は完全には埋まっていない。
セイラの説明を聞いた綺羅は、だがそれにピンと来ないようである。
「そんなもんかねー」
「そっちは違うの?」
フィズの質問に綺羅はちょっと考えて、軽い調子で言った。
「地方に行くとちょっと交通の便が悪いかな」
「いいなぁ、それ」
この世界の常識しか知らないフィズたちにしてみれば羨ましいかぎりだ。
ちょうどその時、エレベーター内に到着を知らせるベルの音が響いた。
五人はぞろぞろとエレベーターを降り、そして、
「結構広いんだよなー、ここ」
セイラはぐるりと辺りを見渡して呟いた。
「仕方ないでしょ。とりあえずフリル系かヒラヒラ系かなぁ」
この中で一番アルテナとの付き合いが長いフィズは、アルテナが好みそうな服をいくつか連想していた。
「じゃ、そういう服のコーナーに行くか」
綺羅は早くもこの階の地図を眺めて行き先を確認している。
そうしてさっさと歩き出した綺羅を先頭に、一行はアルテナ探しに出発した。
アルテナの姿は、思った以上にあっさりと見付かった。
アルテナはこちらが声をかける前に気付き、服を選ぶ手を止めて微笑んだ。いかにもなお嬢様といった感じの、しとやかな笑みだ。
「あら、こんにちわ。フィズちゃんもお買い物ですの?」
ぐるりと辺りを見まわすが、羅魏の姿が見当たらない。
「羅魏に用があったんだけど・・・・羅魏は?」
「羅魏くんなら別のところを見に行ってしまいましたの」
いつも羅魏にくっついていくのに、珍しい。
フィズはアルテナの意外な発言に目を丸くした。
だが、やはり羅魏の行動はアルテナにとってはあまり好ましいものではなかったようだ。アルテナは頬を膨らませて拗ねた口調で言葉を続けた。
「せっかく羅魏くんのお洋服も買おうと思っていましたのに」
それから、ポンッと手を叩いてにこやかな笑みを見せた。
「あ、羅魏くんを見つけたら言っておいてくださいます? 羅魏くんのお洋服、一緒に選びたいから五階で合流しましょうって」
羅魏がアルテナの買い物の長さに辟易しているのはセイラもシアも良く知っている。
三人は顔を見合わせ、それから苦笑いで頷いた。
「わかった。言うだけ言っとくよ」
セイラが言い、五人はその場を離れたのだった。
五人は、同じ階のエレベーター前で顔を突き合わせて次の行き先を検討していた。
「どこに行ったと思う?」
三人とも羅魏と買い物という単語があまり結びつかず、故に行き先も検討がつかずに悩んでいた。
「呼び出すのが一番早いんじゃねえの?」
とうとう痺れを切らしたのか、綺羅が横から口を挟んでくる。
普通なら、それで見つけられるだろう。だが・・・・・・・・・
「無理」
三人は口を揃えて一斉に否定した。
羅魏は、気に入らないモノは徹底的に無視する性格だ。たとえ呼び出しの放送が入っても気が向かなければ呼び出しになど応じてくれない。
そして、羅魏が自分の好きでデパートを見てまわっているだろうと考えられる今現在、羅魏の気が向く確率は限りなく低い。
「私は家具か本だと思うんだけど・・・・」
フィズ自信も自信なかったが、一応言うだけ言ってみた。
案の定セイラもシアも――話でしか羅魏を知らない綺羅と灯までも――おもいきり不思議そうな表情を見せた。
羅魏と家具がどう結びつくのかわからないのだろう。フィズだって確信はない。が、なぜか羅魏の家は行くたびに、本当に同じ家なのかと思ってしまうほどに内装が違う。模様変え・・・・・というか、室内リフォームといっても過言ではないレベルで。
だから、もしかしたらそう言った関係の本を探しに行っているか、でなければ家具や装飾品を見に行ったのではと思ったのだ。
短い沈黙から最初に立ち直ったのは灯だった。
「・・・・・・他に心当たりがなければ行ってみますか。どっちに行こうか?」
「んじゃ近場から」
セイラが言い、現在位置のすぐ下の階の本と文具の階に行くことになったのであった。
洋服売り場以上に探すのは面倒そうだ。
本棚がずらりと並び、人の頭も見えない。
「うわぁ・・・・・・」
すでに疲れた口調で呟くフィズ。
「羅魏、どの辺にいると思う?」
セイラが建設的な意見を述べた。
フィズはさっき家具か本のところと言った理由を告げ、そういった関係の本の辺りにいるのではと見当をつけた。
「それじゃあ手分けして探そうか。手分けしないと見つかるものも見つかりそうにない」
灯が言い、五人はそれぞれ分かれて羅魏を探しに出たのであった。
「っつーか・・・・そういや特徴聞いてないじゃん、俺」
今更気付くのもマヌケだが、考えてみれば綺羅は羅魏の容姿をまったく知らなかった。
仕方ないのでくるりっと百八十度方向転換した。とりあえずフィズのところかな・・・と思いつつ。
フィズが行った方向へと歩き出した綺羅の目に、青い髪の少年が留まった。
少年は、すれ違った直後にバッと勢いよく振り返り、こちらを見つめたのだ。
少年はじーっとこちらを見つめ、それから・・・・・
「君、異世界の人?」
唐突に言ってきた。
いきなりの言葉に思わず目が点になる。
「え゙」
「別に根拠はないんだけどね、なんとなくそう思ったんだ」
少年は、ほやんっと穏やかに笑う。
年は十歳前後だろうか。だが、少年の纏う雰囲気はとても十歳の子供には見えなかった。
綺羅は、唖然として、呆けたような口調で答える。
「当たり・・・」
次の瞬間、パッと思い出して少しばかり早口に言葉を続けた。
「そうだ、きみ羅魏って人、知らないか?」
少年はしばらくの間ぽけっとした表情でこちらを見つめてから、にっこりと笑って見せた。
「僕が羅魏だよ。僕に用ってなあに?」
フィズは、羅魏を探しながら本屋の棚のあいだをうろちょろと歩き回っていた。
「もしかしてここにはいないのかしら」
「おい、フィズ!」
後ろから声がかかり、フィズはくるりと振りかえった。
綺羅の右手の先に見なれた人物を目にして、フィズの表情が明るくなる。
「綺羅! 見つけたのね♪」
「・・・・・・やっぱりこいつが羅魏なのか?」
浮かれるフィズとは対照的に、綺羅は、何故か不機嫌そうだった。
あちこちたらい回しにされて、やっと羅魏を見つけたというのに。一体なにが不満なのだろう?
フィズは首を傾げて・・・でもここでは落ち付いて話が出来ない。とりあえず疑問は後回しにして、散っていたシアたちと合流しあまり人がいない、階段付近のベンチに移動することにした。