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 終わりと始まりの日〜第1章 3話 

 次の日、学校はあの黒い空の話題で騒然としていた。
 加奈絵の調べた限りでは、過去この星であんな現象が起きた事はない。昨日はずっとニュースを見ていたが、特に何も言っていなかった。
 だが今も、この星の上空には、まるでその一部が切り取られたかのように黒く染まった空がある。
「カナ、見た? あれ!」
 扉を開けた途端、クラスメイト数人が興奮した様子で話し掛けてきた。
「見た。でもニュースでも何も言ってないし、ネットの方じゃ信憑性ほとんどゼロの噂しかなかった」
 加奈絵は席に向かって歩きながら、話しかけてきたクラスメイトに向かって頷き、言葉を返す。
「朝のニュース見たか? 今日は一日曇りだってよ。あれのどこが雲に見えるんだか」
 加奈絵のあとを追うようにして、先ほどまで別の場所でたむろって話していた数人が移動してきた。
 加奈絵が席についた頃には、何故かこの話をしていた大半が加奈絵の席の周りに集まっていた。
「ねぇねぇ、皇くんはどう思う?」
 集まってきたうちの一人が、加奈絵の机の前に立って、綺羅のほうに話しかけた。
 なんのことはない。みんなが加奈絵の席に集まりがちなのは、こういった話題に自分から入ってくることのない綺羅を会話に巻き込むためだったりする。
 一番後ろ窓際の自分の席に座り、なにか難しそうな本を読んでいた綺羅は、話しかけられてゆっくりと視線をあげた。
 そうして、しばらく思案するような様子を見せてから、静かな口調で言った。
「そうだな・・・。確かに、雲じゃないのは確かだ。
 過去この星であんな現象が観測された事は一度もない。きっと国のほうでもあれの正体を掴みかねてるんじゃないか? かといってバカ正直にわかりません、なんて言ってパニックが起こってもまずい。
 だから、ある程度わかるまでは適当な誤魔化しの報道しかしないと思うな」
 興味津々な様子で綺羅の話に聞き入っていた者たちが、一斉に感嘆の声をあげる。
 そんな様子を見て綺羅はこっそりと溜息をついていたが、気付いたのは多分加奈絵だけだろう。
「まあとりあえず――」
 言いながら、パタン、と読んでいた本を閉じる。
「もうチャイムが鳴るから席についたほうがいいと思うな」
 綺羅はにっこりと猫かぶり全開の笑顔で言った。








 放課後――。
 綺羅が先生に用事を押しつけられてまだ校内にいることは確認済み。加奈絵は、正門のところで綺羅を待ち伏せていた。
 そうして待つこと十数分。昇降口から出てくる綺羅の姿を見つけた。
「加奈絵? 珍しいな、なにか約束してたっけ」
 約束なんてないことを確信しているくせにすっとぼけた様子で言う。この辺りが、綺羅の性格の悪さの一端だと思う。
 普段ならばどちらかが何かの用事で遅くなる時はさっさと帰ってしまう。――逆を言えば、時間が合う限りはいつも一緒に帰っていると言うことだが。
「約束はないけど聞きたい事があって」
「なに?」
 まだ下校途中の生徒がいる時間帯なので、綺羅は猫をかぶったままの口調で言った。
「ア・レ」
 加奈絵はビッと、人差し指を上に向けた。
「ああ、あれね」
 こともなげに言う綺羅に、加奈絵は少しばかり苛立った様子で言葉を続けた。
「綺羅、本当になにもわかってないの? それとも、調べるのはこれから?」
 ちらりと周囲に目をやって、人がいない事を確認してから、綺羅はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「その通り。これから加奈絵の家に行こうと思ってたんだけど手間が省けたな」
 もうすっかり猫がはがれているが、周囲を確認してから地に戻るあたり、抜け目がない。
「ネットの方から探すんだ。もしかして結構堅いところを調べるつもり?」
 生身でネットに入り込むなんて特殊能力は持っていないものの、綺羅のコンピューター技術もかなりの高レベルだ。
 なのに、わざわざ加奈絵に協力を求めると言うことは、それだけ侵入が難しい場所のデータを見るつもりでいるのだろう。
 加奈絵の予想は大当りで、綺羅は悪戯っぽく片目を瞑ってみせ、まるでクイズ番組の司会者が言うかのような言い回しで答えた。
「大当りっ。さ、とりあえずオレん家に行こうか」
 そう言うと、綺羅はさっと加奈絵の前に立って歩き出した。どうやら加奈絵の返事を聞く気はないらしい。まあ、聞くまでもない・・・というだけのことなのだろうけれど。
 加奈絵は少しばかり苦笑して、綺羅のあとを追って歩き出した。




 皇家は父子家庭。父親と、綺羅より三つ年上で現在二十歳の沙羅という兄が一人いる。
 父親と会った事はないが、沙羅とは皇家に行くたびに顔を合わせていた。
 綺羅に負けず劣らず女の子受けする顔立ちで、瞳は琥珀色。髪は綺麗な銀色――もちろん地毛ではない――で、肩まで伸ばしたストレートの髪を後ろで束ねていることが多かった。
 沙羅は加奈絵が知る限り、綺羅を口で負かせる唯一の人物で、加奈絵は二人のやりとりを見るのが結構好きだった。綺羅が負ける姿を見る機会などここ以外ではほとんど皆無だからだ。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
「おっ、加奈絵ちゃんじゃないか。いらっしゃい」
 玄関のすぐ上は吹き抜けになっている。二階の廊下から、沙羅が顔を出していた。
「こんにちは、おじゃましてます」
 加奈絵はにっこりと笑顔で挨拶し、沙羅も笑顔で返した。
 ――が、次の瞬間。笑顔は楽しげな・・・・・・というか、いかにもなにか企んでます的な、薄い笑みへと変わった。
「綺羅、これよろしくなー」
 言うが早いか、加奈絵の目の前にドサドサっと何かが落ちてくる。
「洗濯物・・・・・」
 加奈絵より先に家に上がっていた綺羅の真上に、大量の洗濯物が落ちてきたのだ。
 綺羅は無言だった。だが、その背中からは確実に怒りのオーラが放たれている。
「ちょっと待てよっ! 今日の洗濯当番は沙羅じゃねーか!」
「ちっ、ちっ」
 沙羅は顔の前で人差し指を横に振り、居間の方を指差した。
 自然、綺羅と加奈絵の視線もそちらに移動する。
 綺羅はズンズンと大股歩きで居間へと歩き出した。
 何が起こっているのかはだいたい予想がつく。
 この家に訪ねてくるたびに同じことが起こっているのだ。きっと、毎日のように壮絶なバトルが繰り広げられているに違いない。
 綺羅のあとから居間に入った加奈絵は、壁にかけられているホワイトボードを見つめた。
「やっぱり・・・・・」
 加奈絵は苦笑して、綺羅を見遣る。
 静かに――怖いくらいの静けさでホワイトボードを見つめていた綺羅だったが、バッと唐突に視線を上げて二階に向かって駆け出した。
「てめぇ、沙羅っ! 勝手に予定書き換えてんじゃねーよっ!!」
「書き換えられたくないならなんらかの防御策を取るべきだと思うが?」
 二階からは賑やかな兄弟喧嘩の喧騒が聞こえてくる。こうなってはしばらく加奈絵の出る幕などない。
 今週の洗濯、掃除、ご飯・・・その全ての当番が綺羅の名前に書き換えられたホワイトボードを見つめ、加奈絵はどかっと居間のソファーに座り込んだ。
「ただ待ってるのヒマだし、なんかおやつあるかなー」
 一度は座ったものの、なかなか終結しそうにない言い合いを耳にして、ぽつりと呟いた。
 加奈絵は慣れきった様子でキッチンに向かい、なんの遠慮もなしに冷蔵庫を開ける。
 あの兄弟バトルが終わるまでに適当に物色してなにかしらのおやつを三人分用意する。これは、すでに加奈絵がこの家に遊びに来た時の習慣となっている事でもあった。

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