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 終わりと始まりの日〜第1章 5話 

 綺羅は、地に足を下ろして繁華街の中心部にあるゲームセンターに向かっていた。
 そこは綺羅くらいの年代の少年たちの溜まり場になっていて、いつも誰かしらが集まっている場所だ。
 ゲームセンターまであと数分というところで、道の向こうに人影が見えた。
「あれぇ? 綺羅じゃないか!」
 遠くに見えた人影がこちらに気づいて手を振ってくる。
「こんな大人数で移動ってのも珍しいな」
 歩いてくる人数は十人。ゲームセンター内に集まっている人数としては普通――どちらかといえば少ない人数だ。だが、たいてい個々で勝手に入ってきて、銘々が勝手に出ていくので、一緒に行動するのは多くても四、五人程度だ。
「あのさ、この辺で変なもの見なかったか?」
 普通に会話できる距離まで近づいたところで、綺羅はおもむろに口を開いた。
「もしかしてモンスターのこと?」
 彼らは、至極あっさりと答えてくれた。
 一人に続いて、もう一人がさっと手を上げて、ふざけた口調で言う。
「さっき二匹くらい倒したぜ」
 予想はしていたが・・・・ここまでさらっと流されるとは。
 綺羅は楽しげに笑った。
「あっそう。二匹ね。他のやつらは?」
「さあ。別の場所でも会ったら倒してるんじゃね?」
「びっくりしたわよぉ。出会い頭にいきなり、だもん」
 ・・・・・・もうちょっと要領を得た話し方をしてもらいたいものである。まあ、理解できたから別にいいんだが。 多分、誰かが外に出たところで怪物と出会い、向こうがいきなり攻撃してきたからすぐさまやり返し、怪物対策で大人数で行動することにしたのだろう。
 ちなみに、ここに集まっている綺羅の友人達――つまり、一般地区に住んでいながら放棄地区にやってくる人間――は、ほぼ全員がなんらかの戦闘手段を持っている。
 ついでに言うと、違法な研究や開発をしている人間も多いので、たまに怪物もどきな実験体が暴れたりする。
 怪物の出現に誰も驚かないのはこの地区ならではだ。きっと他の地区ならば大騒ぎになっていたに違いない。
 放棄されている地区だけあって、このあたりは一種の無法地帯と化しているのだ。立ち入り禁止にも関わらず警備が甘いのは、警備する側の危険が大きすぎるためだ。例えここで何か事件が起こっても、下手に警察の人間が入っていこうものなら事件現場につく前に、ここの住人に殺されかねない。
「あの怪物、全部で二十体いたんだ。オレのほうで四体倒したから残りは十四体。他にも片付けたら連絡してくれないか。でないとアレの残りが把握できない」
「アレの登場シーン見たんだ、綺羅は」
「へぇ、どっから出てきたの?」
 口々に同じような問いをしてくる彼らに、綺羅は溜息をついた。彼らに対するものではなく、自分に対する溜息だ。
 自分のせいではないと思いたい・・・が、怪物たちはあの黒い空から現われた。綺羅と加奈絵が不用意に近づいたせいだという可能性もゼロではないのだ。
 綺羅は黙って上を指差し、彼らの次の言葉を待たずに逃げるようにしてその場を離れた。










「レーンおじーいちゃーんっ」
 綺羅と別れた後、加奈絵は行きつけのジャンクショップに直行した。
 豊かな白い髭をなでながら、奥から一人の老人が姿を現す。
 彼の名は連水明(れん すいめい)このジャンクショップの店主だ。連は、しわくちゃの顔をさらに寄せて楽しそうに笑った。
「おおっ、加奈絵ちゃん。久しぶりじゃな。いーい品が入ってるぞぉ」
 連は、どちゃっと積み上がっている部品群から次々に品物を引っ張り出してくる。
「これなんかどうだ? 開発中の反重力装置の最新版じゃ」
 この老人が”開発中”と言う時、一体どこから仕入れてくるのかは謎だが――知る気もないし――それらのほとんどはどこかの企業が商品化を狙って開発している真っ最中の品の横流し品だ。
「ごっめーん。前買ったヤツで実用化しちゃったのよ」
 加奈絵は、二年ほど前にこの店で当時もやはりまだ開発中だった反重力装置を買っている。それを能力でデータ化し、プログラムの中に利用して、今一番の愛用品である飛行具を作ったのだ。
「なにっ? アレを実用化させたのか・・・?」
 連は細い目を見開いて、加奈絵を見つめた。
「うんっ、ほらー♪」
 加奈絵は腰のポシェットに手を伸ばし、使いなれたプログラムデータを実体化してみせる。
 にっこり笑顔で、くるんっと回って見せてあげた。
 連は満面の笑みで、加奈絵の背に現れた機械の翼を眺めた。
「なーんで翼かなぁ。わざわざそんな非効率的な形にしなくても充分使えるだろーに」
 二人のやりとりに水を差すかのように奥から一人の少年が姿を現した。
 瞳の色に合わせたのかは知らないが、瞳と同じ紫色に染められた、男の子にしては長めの髪を後ろで括っている。年は加奈絵より一つ上――学年は一つ下。
 彼も、加奈絵には知った顔である。というか、実は今日は彼に会うのが目的でここに来ていたりする。
「優ちゃん相変わらず口悪いっ! 私は効率よりもビジュアル優先なのっ!」
 少年は連優李(れん ゆうり)と言い、水明の血の繋がった孫である。繁華街に住んでいるのは水明一人。どういう事情があって水明一人がこの地に住んでいるのかまでは知らないが、優李は両親と共に一般住宅地区に住んでいる。
 ここの住人は大別して二つ。犯罪を犯して警察から逃げてきているか、たんに個人的好みで住んでいるか、である。
 そして、住人以外の人種がもう一つ。住人ではないが、加奈絵や綺羅のように遊びに来ている人間だ。実はこのタイプの人口比が一番高い。優李の場合は、遊びに・・・というより、祖父に会いに来ていると言った方が正しいが。
「でもさぁ、コレ、狭い道でだと飛べないんじゃないの?」
 優李はあごに手をあててまるで品定めでもするかのような表情で言った。
 当然、加奈絵は面白くない。
「大丈夫よ。ほらっ!」
 言いながら、パタパタと翼を動かしてみせる。傍目には特になんの操作もせずに、勝手に機械が動いている様に見える。
 さすがにこれには優李も感心した様子で、その瞳がキラキラと好奇心に輝いている。
「やらせてーv」
 さっきまでの悪態はどこへやら。優李はおねだりモードの甘え顔でサッと両手を差し出した。
「別にいいけど」
 加奈絵はあっさり言って翼を優李に渡してあげた。
 優李は楽しそうに眺めまわしてから、ひょいっと翼を背中に背負った。
 ・・・・・が!
「動かねーんだけど・・・・」
「当然じゃない。それ、私の能力で動かしてるんだもん」
 だからこそ、傍目にはなんの操作もせずに自在に動かせるのだ。足りないところを常に能力で補って、やっと実用に耐えるものなのだ。
 優李はぶすっと不機嫌そうに、翼を突っ返してきた。もういいや、と潔く言ってはみたものの、やはり未練があるらしく、加奈絵が翼を仕舞うまでずっと視線で翼を追っていた。
「あ、そうそう。今日はおじーちゃんじゃなくて優ちゃんに用があったのよ」
「おれに? もしかしてモンスター大量――って程でもないか二十体だもんな」
「あ、やっぱ知ってるんだ」
 優李がまだ言葉を終わらないうちに加奈絵が横から口を挟む。
 加奈絵がここに来たのは、怪物の残り数と現在地を知るためであった。
 ここで暮らしているわけではなくとも、ここで仕事を持っている人間は結構いる。そのほとんどは違法性が高いものばかりだが。
 優李の場合はべつに違法と言うほどでもない――彼の行為より、加奈絵の行為のほうがよっぽど違法だ――繁華街の中だけに限定した情報屋だ。
 繁華街の中の情報しか手に入らないが、地域が絞られているだけに、その情報量は特化している。
 ついさっき現れたばかりの怪物のことを、すでにその数まで知っているのが良い証拠だ。
「ちょいまち」
 優李は一旦奥に引っ込み、ノートパソコンを持って戻ってきた。
 実は優李も能力者であり、彼の能力は加奈絵のものと少し似ている。
 優李は、目の届く範囲の機械なら全て遠隔操作できる、という能力を持っていた。当然、基本的な知識がなければきちんとした操作は出来ないが、優李はそのあたりをしっかりわかっていて勉強しているから、彼に動かせない機械などほとんどない。
 ノートパソコンのモニタには、各所に設置されているカメラからの画像を映し出されていた。優李の便利なところはこういったモニタなどを介してでも遠隔操作は可能だと言うことだ。
 カメラからカメラへ、また別のビルに設置されているカメラや防犯装置を使って、繁華街全域の状態を調査する。
 ――そして、十数分後。
「ゲームセンターに溜まってるやつらが三つのグループに別れて行動してる。んで、出会った怪物片っ端から倒して現在五体。それから、その辺の犯罪者とぶつかって倒されたのが二体。研究施設に入り込んで防犯装置に撃破されたのが三体。
 最初に加奈絵たちが倒したのが四体で、残りは六体。とりあえずこいつらの現在地出す?」
「おねがーいっ♪」
 あっさりと現状を把握してくれた優李に、猫なで声で怪物らの現在地のプリントを頼む。
「んじゃお得意様特別サービスはここまで。こっから先は有料だよ。代金はどうする?」
 優李は意地悪く笑ってヒラヒラと片手を出した。
「後払いでよろしくっ!」
 言うが早いか、さっとノートパソコンに手を触れる。
 加奈絵は対象の機械に触らねば操作できないが、触れさえすればその精度や強制力は優李のそれよりもずっと強い。
 半ば無理やりと言った形で怪物現在地の地図をプリントアウトした加奈絵は、わざとらしいまでに可愛い笑顔で二人に手を振って店を出た。

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