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 終わりと始まりの日〜第1章 7話 

 加奈絵は、夢でも見ているような面持ちで、大通りのど真ん中に立っていた。
「かな!」
 呼ばれて、顔だけをそちらに向ける。
「あれ、優ちゃん。どうしたの?」
 優李は息を切らして駆けて来る。そうして、加奈絵の目の前まで来てから言った。
「どうしたの、じゃねーよ。いきなり連絡取れなくなったから心配してたんだ」
「心配・・・? 連絡って・・・・なんで?」
 加奈絵は首を傾げて、荒い息をついている優李を見つめた。
「いや、無事ならいいんだ・・・・」
「なあに? ・・・変なの」
 加奈絵がクスクスと笑う。それにつられるように優李も笑みを見せた――だがその笑みは、何かを納得しかねているような・・・どこか陰りのある笑みだった。
 一瞬、気まずい空気が辺りを漂う。静か過ぎる時間を打ち破ったのは、唐突に優李に背中を見せた加奈絵だった。
「ね、綺羅は今どこにいるかわかる?」
「え? えっと・・・ちょい待ち」
 優李は慌てて――しかし、パソコン機器をなにも持ってきていなかったので、とりあえず周囲のモニタに別の場所のカメラの映像を映し出させた。
「た・し・か・・・・さっきはあの辺にいたんだよな」
 が、当然ながらカメラに気を使っている綺羅の姿が見つかるはずもない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 優李はがくっと肩を落として俯いた。だが、その背中から感じるのは多分、怒り。
「優ちゃん?」
 加奈絵の問いかけを無視して、優李はくるりと向きを変えた。
 ビルのモニターに優李の顔が映し出される。
 そして・・・・・・・・。
「皇綺羅ぁっ! いるなら返事しろーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 多分ここだけではなく、繁華街のモニター全てにこの映像と声が流れているのだろう。優李にしては乱暴なやり方だ。確かに手っ取り早い方法だが、場合によっては敵を作ることになりかねない。
「あの・・・優ちゃん・・・・それはちょっと・・・・」
 優李は相当キレているらしい。
 きっとさっきの地図情報に入っていた綺羅の居場所割り出しにも苦労したんだろうなあ、と思い当たって加奈絵は苦笑した。
 とりあえず加奈絵にはやることがないので、そのまま優李の言葉を待つ。――そしてわずか数秒後。
「あ、ホントに出てきた」
 自分で言っておいて意外そうな表情をして見せる。
 優李は、くるっと振り返って笑った。
「んじゃ行くか」
「優ちゃんも行くの?」
「ま、ここまで出てきたし。せっかくだから」
 言って、たったと先に歩き出してしまう。
「置いてかないでよ。優ちゃんってば冷たい〜〜っ!」
 加奈絵は慌てて後から歩き出した。





 綺羅が待っていた場所までは、すぐだった。
 ゆっくり歩いても五分とかからないような場所にいたのだ。
 綺羅は、ビルにもたれかかって不機嫌そうに加奈絵たちが来るのを待っていた。
「よーお」
「やっほー、綺羅」
 見た目にもわかるほど、めちゃくちゃ不機嫌な綺羅を前に、加奈絵はにっこりと笑って呑気な口調で言った。
 ただし、とっても不自然な笑顔で・・・・・・綺羅の不機嫌を誤魔化そうとしていることがまるわかりであった。
「で、そっちは?」
 目線を優李に移して、短く言う。
「情報屋さんで、連優李って言うの。怪物たちの居場所を探してもらってたんだけど・・・」
「へぇー、情報屋・・・ねえ」
 多分、さっきの呼び出し方法が気に入らなかったんだろう。あれを歓迎する人は滅多にいないだろうけど。
 加奈絵は、チラリと優李に視線をやった。優李も結構負けず嫌いだし、下手をすればかなり険悪な口喧嘩になるだろうと思ったのだ。
 だが、
「すいませんでした。さっきはちょっとキレてて・・・」
 加奈絵の予想に反して、優李はあっさりと頭を下げた。
「別にいいさ。オレ通信機器持ってきてないし、カメラに映らないように移動してたからなー。探しにくかっただろ?」
 爽やかに言ったのは最初の一言だけ。ニヤリと、まるで成功した悪戯の種明かしでもしているように笑っていた。
 優李は苦笑して――怒り出すかと思ったがそうでもなかった――頷いた。
「もう、めちゃくちゃ。あ、それで怪物なんですけど――」
「知ってる」
 言って、綺羅は上に視線を移動させた。
 その視線を追って、二人も上を見る。その先には、黒い空が――
「あれ?」
「消えてる・・・・」
 なかった。
「もしかして怪物倒したからかな♪」
 のーてんきに笑う加奈絵とは対照的に、二人は難しい顔で無言の会話を交わしていた。
「だといいんだけどな」
 綺羅が言い、それに続くように優李も口を開いた。
「いいよなぁ。かなは気楽で」
「ちょっ・・・・なによ、その言い方!」
 だが加奈絵の怒りの声を無視して、二人はまた顔を見合わせた。
 綺羅はふっと小さく笑ってまた空を見上げる。
「ま、とりあえずは終わりってこと・・・かな」
 続いて優李も上に視線をずらして呟いた。
「結局、謎は謎のままってことですか」



 そう、謎は謎のまま。
 あの黒い空の正体も、怪物出現の理由も。
 そして――アレが急に姿を消した理由も・・・・・。



 綺羅は本気で残念そうにしていたが、モノが消えてしまった以上、もう調べようがない。
「じゃ、またなー」
 言うなり手を振って、優李はもと来た道を戻り出した。
「あれ? 優ちゃんは帰らないの?」
「じーちゃんとこ寄ってから帰るよ」
「んじゃ、レンおじーちゃんによろしくね〜♪」
 優李に向けて手を振って、見送ってから、綺羅の方へと向き直った。
「ちょっ、綺羅! ・・・っもう、なんで優ちゃんといい綺羅といい女の子に対するいたわりがないかなぁ」
 綺羅はさっさと歩き出していた。――いつもの歩調と比べるとずいぶんゆっくりに、だが――
 加奈絵は何故か歩き出さずに、綺羅の後姿を見つめた。
 それから、すでにいつものような青い色に戻った空を見上げて小さく笑った。
「なにやってんだ? 置いてくぞー」
 ついてこない加奈絵に気づいたのか、綺羅が振り返って声をかけてきた。
「ごめーんっ」
 加奈絵は慌てて走り出した。



 怪物騒ぎは終わった。
 だが、これは始まりにすぎない。
 けれど、加奈絵にとってこの日は、全ての終わりの日だったのだ・・・・・・・・・・・・・・。

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