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 終わりと始まりの日〜第2章 1話 

 その日もやっぱり、いつもとたいして変わらない朝だった。
 いつもと同じように目覚ましが鳴って、いつもと同じように階下から母の声が聞こえる。

 ・・・・・・変わってしまったのは、加奈絵。

「加奈絵、なにしてるの。遅刻するわよ!」
 なかなか動く気になれなくてベッドの上に座ったままでいたら、呆れたような・・・でもちょっとイラついた感じの母の呼び声が聞こえた。
「今降りるー」
 この国は、平和だ。
 そんなことを改めて再認識して、加奈絵は小さく笑った。

 ――この世の創造神。彼を――彼女を――殺す事が、ぼくの望み・・・・・・――

 昨日の彼女の言葉が耳に木霊した。
 ”滅びを望む者”――彼女の目的を顕著に示すそれが、彼女の呼び名であった。



 制服に着替え、――時間がなかったので髪は下ろしたままである――下に降りると母が待ち構えていた。
「毎日毎日・・・いい加減学習しなさい」
 それは加奈絵のほうこそ母に言ってやりたい気もするが、――母はしょっちゅう夕飯の品を注文し忘れて、仕方なく加奈絵が買い物に出るのだ――今の状況では言っても怒られるだけなので、笑って誤魔化す。
「朝御飯は?」
「いらなーいっ。食べてたら遅刻しちゃう」
 言いながらテーブルの上に置かれたトーストを一つ、手に取った。
「はいはい、いってらっしゃい」
 完全に呆れかえった表情で言う母。
「・・・・・・・・いってきます」
 今にも泣き出しそうな声で――けれど笑顔で、加奈絵は言った。
 いつもと同じ、朝の挨拶。
 けれど、加奈絵だけがいつもと違う。
「加奈絵?」
 どこか様子のおかしい加奈絵に、母が心配そうな声を寄せたが、加奈絵は答えなかった。
 母に背を向けたまま手だけを振って玄関から外に出る。
 外の様子も、やっぱりいつもと同じだった。
「さてとっ、急がないと遅刻しちゃう」
 開き直った口調で言って、いつもと同じように腰のポーチに手を伸ばす。
 本当は能力を使っての登下校は校則違反なのだが、校則違反常習者の加奈絵としては、今更気にするものでもなかった。




 全速力で飛んできたら遅刻にはならなかった。――どころか、始業までまだ充分に余裕のある時間だ。
 だが校舎に入った加奈絵が向かった先は、自分のクラスではなかった。自分のクラスより二学年下の教室。
 クラスは知らなかったが、居場所は気配を探せばすぐにわかる。
 廊下から彼のクラスを覗いていると、彼と、目が合った。
 彼は、蒼白になりかけた表情で加奈絵を凝視する。
 加奈絵は、にっこりと笑って見せた。
「結城くん、ちょっとお話があるんだけど・・・・・いい?」
 彼――結城=茜は、沈んだ表情で席を立ち、のろのろと歩き出した。









「どっかで会ったことあったっけ?」
 人がいないところ――というわけで、生徒立ち入り禁止の屋上にやってきた二人。
 結城は、屋上につくなり、本題とはまったく関係ない話を持ち出してきた。
「やだなぁ、わっかんない?」
 加奈絵はクスクスと笑いながら、ポケットから黄色いリボンを取り出した。あとでちゃんと結ぼうと思って、ブラシと一緒に持って来たのだ。結城の目の前で、いつもと同じ髪型にしてみせる。
「橘加奈絵!!」
 失礼にも思いっきり指差して言ってくる結城。加奈絵はかろやかな足取りで結城の目の前までやってきて、笑顔で言う。
「あたり」
「それじゃ、あんたが・・・・・」
 呆然と呟く結城であったが、加奈絵は薄く笑って否定した。
「さあ。・・・・・・本人かもしれないし、体を乗っ取ってるだけかもしれないし。あ、外見をコピーしただけの人形って可能性もあるわね」
 指折り数えていくつかの可能性をあげると、結城は黙り込んで加奈絵を睨みつけた。
 彼の能力では、今の加奈絵が”滅びを望む者”の転生者本人なのか、それともたんに操られているだけなのか見分ける術はない。もしも加奈絵の言う通り、目の前の加奈絵が造られた空っぽの人形だとしても、それすら見分けられないのだ。
 その昔”滅びを望む者”から力を与えられ、万里絵瑠と共に女王を守るためにこの地を訪れた彼――結城=茜。
 今の彼が知れるのはただ一つの事実。確かに、加奈絵から”滅びを望む者”の気配がするということだけ・・・。
「なんの用なんだよ」
 結城の態度からは、一刻も早くこの場を離れたいという思いが読み取れた。
 早口で問いかけてくる結城に、加奈絵はわざとらいまでにゆっくりとした口調で答えた。
「女王代理と、羅魏をね・・・連れてきて欲しいの、ここに」
 ふわりと、結城の目の前にメモ用紙が出現した。
 そこには時間と地図が描かれている。それと、簡潔な文章。
「あんたの罠にはまれってこと?」
 結城は、キツイ口調で言ってくる。加奈絵はにこにこと人好きのする笑みを浮かべて言った。
「そう。あ、でも約束するわ。あなたに頼み事をするのはこれが最初で最後。
 寛大な処置だと思わない? この頼み事を聞いてくれればもうあなたには何も言わないし何もしないって言うんだから」
「・・・・・・・・もし断ったら・・・?」
 慎重に問い返す結城。加奈絵はにこりともしない瞳で、笑って見せた。
「あなたのその身体は生かしてあげる。でも、死んでもらうわ・・・私の思うが侭に動く駒になってもらう」
 その言葉を最後に沈黙が訪れる。
 静かな屋上で、校舎の喧騒が必要以上に騒がしく感じた。
「・・・・・・・・・・・・わかったよ。伝えるだけだからな!」
「はい、よくできました。あ、ついでに条件二つ。ちゃんと橘加奈絵の名前も出すこと。”滅びを望む者”は、二代目女王の転生者を手に入れてるんだからね♪
 あ、それと・・・これ、マリエルちゃんの教室で言ってね」
「教室で?」
「うん。ほら、早く自分のクラスに戻らないとチャイムが鳴っちゃうよ」
 加奈絵の言葉通り、校内中にチャイムの音が鳴り響いた。
 あまりにも普通に言う加奈絵の言葉に戻りかけた結城が、途中でくるりと振り返った。
「あんたは?」
 警戒の気配こそ見えないものの、鋭い声で言う。
 加奈絵は、にっこりと可愛らしく笑って見せた。
「私? 戻ったら伝言が嘘になっちゃうじゃない」
 結城は大きく肩を落として溜息をついた。
「そうだな・・・」
 諦めモードな口調で言って、重い足取りで校舎に戻っていく後姿を眺める。
 結城の姿が見えなくなったところで、加奈絵は思いきり伸びをした。
「しばらく暇人かぁ。ま、とりあえず結城ちゃんを見張ってましょうか♪」
 いつもと変わらぬ笑みと声で、いつもの加奈絵と違う言動をする。


 そうして、ぽけっと過ごして数時間。

 やっと結城が行動をおこしたのは昼休みに入ってからだった。
 絵瑠が――ついでに綺羅も――出ていったのを確認してから結城だけに聞こえる声で言う。
「どうもありがとね、”ユーキちゃん”」
 声を聞いた結城は、窓から身を乗り出し、そのまま屋上へと飛んできた。
 屋上でにこにこと笑う加奈絵と対照的に、結城は怒りに満ちた瞳でこちらを睨みつけてきた。
「その呼び方はやめろ」
 押し殺した声で言う。
 ちゃん付けだけならまだしも、発音まで絵瑠の呼び方を真似られては不機嫌になるなというほうが無理だろう。実際、不機嫌になるだろうことをわかったうえで、わざと真似たのだが。
 加奈絵は結城の怒りにもまったく動じず、クスクスと笑った。
「そう? ごめんねぇ、結城ちゃん。伝言ありがと」
 どこにでもいる普通の少女のように笑っていた加奈絵の瞳が、ふいと変化する。
 何も見つめることのない、空虚な瞳。
「・・・・・・・・・さよなら」
 哀しげな声音で言い、加奈絵はそこから姿を消した。
 結城は、何も言わなかった。・・・・・いや、言えなかったのだろう。
 加奈絵の言う”さよなら”の意味をわかってしまっただろうから。
 どちらが勝っても、加奈絵は――彼女は、消えてしまう。
 彼女は、永遠の死を迎える為に、女王に戦いを挑むのだ。



 勝てば世界もろともの滅び。

 負ければ・・・・・彼女は封印という眠りにつく。いつか、彼女に真の眠りをもたらす者を待ちながら・・・・・・。

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