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 終わりと始まりの日〜第2章 2話 

 放棄地区の中――ビルに囲まれた小さな広場に、橘加奈絵はぽつんと一人で立っていた。
 近づいてくる気配に、加奈絵はゆっくりと振りかえる。
 歩いてくるのは三人。
 女王代理の万里絵瑠。女王の魂のカケラを持ち、絵瑠とはまた違う理由で女王を守るためにやってきた羅魏。そして・・・・・加奈絵にとってはもう傍にいるのが当たり前になってしまっている――皇綺羅。
「加奈絵!」
 綺羅は、加奈絵と目が合うなりいち早くこちらに向かって駆けてきた。
 だが加奈絵は、焦る綺羅をあざ笑うかのようにするりと宙に浮かびあがる。穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと横一線に腕を動かした。
 直後、突風が吹き荒れた。
 綺羅は飛ばされそうになりながらも、なんとかその場に持ちこたえている。
 絵瑠、羅魏の二人には完全に風を相殺されてしまっていた。
「さて、ここで問題です♪」
 まるでゲームでも楽しんでいるかのような口調。
 加奈絵はにこにこと笑いながら、自分の体の前でピッと人差し指を立てた。
「私は誰でしょう」
「誰って・・・・橘加奈絵だろ!」
 即答。
 綺羅は、見たそのままを答えた。
 きっと絵瑠も羅魏もまったく事情を話していないのだろう。綺羅がまだ何も知らないことがなんとなく嬉しくもあり・・・・・けれど、これから起こる事を考えると少し寂しくもなった。
 複雑な面持ちで苦笑して、絵瑠のほうに視線を向ける。
 絵瑠は、ニッと楽しげな笑みを浮かべ、加奈絵のお遊びに付き合ってくれた。
「一、女王の転生者を操ってる。二、転生者は別の場所にいてそこにいるキミはただの人形。三、橘加奈絵イコール女王の転生者というのが真っ赤な嘘」
 予想通りの答えに、加奈絵はクスクスと笑う。
 唯一女王の気配を正確に探れる人物――羅魏が何も言わない以上、絵瑠が持つ情報ではその程度の推測しかできないのだ。
「一応答えは入ってるわね。でも・・・・・・一つに絞らないとまずいんじゃない?」
 そう。もしも答えが、一・・・――女王の転生者が加奈絵で、加奈絵本人が”滅びを望む者”に操られているならば、この場で加奈絵を殺すと女王の魂が”滅びを望む者”に奪われ消滅してしまう可能性が高くなるのだ。
 言いながら、加奈絵は猛スピードで絵瑠に向かって中空を滑るように飛ぶ。
 絵瑠は慌てもせずに、目の前に障壁を創り出して――
 パンッという風船が弾けたような音。
 絵瑠は感情の消えた瞳で加奈絵を見つめ、自らの腕を変形させた。
 実際にはそれなりのスピードなのだが、絵瑠が落ちついているためか、端からはどうものんびりしているように見えてしまう。
 絵瑠は、剣と化した腕をもって、加奈絵に切りつけてきた。だが、加奈絵が周囲に纏っていたカマイタチに遮られ、逆に絵瑠の腕のほうが切り落とされる。
「ふーん。・・・・弱くはないんだ」
 絵瑠は平然と呟いた。切られた腕など気にも留めずに、楽しそうに言って不敵な笑みを浮かべる。
 そして加奈絵も・・・・・中空でふわりと止まり、クスリと勝ち誇ったような笑みで絵瑠を見下ろした。
「まあね」
 絵瑠は片腕をばっさり切断されながら、血の一滴すら流してはいなかった。
 睨み合ったまま、静かな時が流れる。
 先に動いたのは絵瑠だった――否、切断され、地面に放置された絵瑠の腕・・・だった。
 まったく警戒していなかった腕が突然動き出し、加奈絵に向かって飛んでくる。
「きゃあっ!」
 予想外の攻撃に避け損ね、すでに腕の形を成していないそれに足を絡めとられて地面に落ちてしまう。
「加奈絵!」
 遠めに見ていた綺羅の呼び声。だが、こちらには来なかった。
 動かない綺羅を横目で見て、加奈絵に視線を戻した。
 再度の睨み合い。だが、少なくとも見た目には絵瑠の方が圧倒的に有利な状況だ。
 けれど加奈絵自身はそうは思っていなかった。
 絵瑠に向かって笑って見せて――こちらに向かってくる人物に気づいた。
「・・・・綺羅?」
 絵瑠の後ろで羅魏と一緒にいた綺羅が、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。
 そして、手の届く範囲に来た瞬間、絵瑠の体を思いきり引き寄せた。
 呆然とする加奈絵には声もかけずに、そのまま絵瑠を引っ張って羅魏のところに戻っていく。
 綺羅は、敵が目の前にいるということを理解していないんだろうか?
 加奈絵は目を丸くして綺羅の行動を見つめていたが、かぶりを振ってどこか安心したように息を吐いた。
 綺羅は、加奈絵を敵だとは思っていない・・・・・・それだけのことなのだ。
 それだけのことが妙に嬉しくて、加奈絵は小さな笑みを漏らす。
 完全に戦闘がうやむやになってしまった。だが、今のうちだ。
 加奈絵は自分の足に絡みついているモノを外して、ゆっくりと立ちあがった。
 何を話しているのかは聞こえないが、待つつもりだった。
 もしあそこにいるのが絵瑠と羅魏の二人だったら、迷うことなく攻撃をしかけていただろう。
 だがあそこには綺羅がいる。加奈絵にとって一番大切な存在である綺羅が。
 一体何を話しているのか・・・。怪訝そうにそのやり取りを眺めていると、どうやら綺羅と羅魏がなにかモメているらしい。
「返して!」
 羅魏が叫ぶのとほぼ同時――突如、くるりと綺羅がこちらに振り向いた。
 その手には銃が握られており、銃口はしっかりと加奈絵に向けられていた。 
 まさか・・・。
 そんな思いが加奈絵の脳裏によぎる。
 だが、直後に見せた綺羅の瞳で加奈絵は落ちつきを取り戻した。
 綺羅の瞳はいつもと変わらず、加奈絵を一人の友人として見ていた。


 ――・・・・・・引き金が引かれた。

 銃身から放たれた光は、ピンポイントで加奈絵の髪を括っているリボンの片方に当たった。
 加奈絵は動かなかった。
 綺羅がなんのつもりでこんなことをしたのか・・・だいたいの予測がついていたからだ。
「なにするんだよ!」
 短い沈黙の後、最初に動いたのは羅魏だった。
 俯いて何かを言う羅魏に、綺羅はいつものように腕を組んで何かを言い返す。
 そのやりとりを見つめながら、加奈絵は今後の事を考えていた。
 きっとこの場に残るのは”彼”一人だけだろう。
 その後を考えると少しばかり気が重かったが、それは仕方のないことかもしれない。

「答えは・・・・三」
 誰にも聞えないような小声で呟き、綺羅の背中を見つめた。








 加奈絵と同じ姿、同じ声で加奈絵を殺しに来たと言った彼女。
 そして事実、もう加奈絵はいない。
 何も知らず、幸せに日々を過ごしていた橘加奈絵は、もうどこにも存在しないのだ・・・・・。


 彼女は言った。

 ――ずっと・・・ずっと、忘れていられたら良かったのに・・・・・・――

 それは、加奈絵自身の言葉だった。


 加奈絵は、思い出してしまった。
 女王の封印によって長き眠りについていた”滅びを望む者”は、中途半端な解放により能力を――能力とは呼びたくない力だが、これも一つの能力なのだと思っていた――封じられたまま転生した。

 そして、昨日。

 封印は完全に解けてしまった。

 封じられた能力も解放され、加奈絵は思い出してしまったのだ。

 忘れる事ができない――そんな、望まない能力を持ってしまったが故に完全なる滅びを望む彼女の・・・自分自身の過去を。

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