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 終わりと始まりの日〜第2章 4話 

 今にも泣きそうな表情の加奈絵を前にして、綺羅は場違いなまでに明るい表情で――ここまでくるともうホンッキに意地悪だ――にっこりと笑った。
「そうだな、オレにはわからない。でも、想像することはできる」
 スッと、一歩前に出る。加奈絵は、その雰囲気に圧されたカタチで一歩後ろに下がった。
 綺羅はどこか悲しげな瞳で――それでも、笑顔は崩さなかった。
「自分に責任のない、”別人”の記憶を背負わされるなんて・・・さ」
 その物言いに加奈絵はハッとなって、逸らしていた瞳を綺羅に向けた。
 真正面から目が合う。

 ・・・・・・別人――。
 そう、”別人”なのだ。

 綺羅が前世の記憶を持ちながら前世とはまったくの別人であるのと同じように、加奈絵の前世だって――たとえ、それがどんなに細かく、リアルに、実感を持った記憶だとしても――それはまったくの別人であり、加奈絵ではない。
 綺羅は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 ・・・・・・綺羅の言うことはわかる。
 わかっている。
 だがそれでも、はっきりと残りすぎる記憶は、当時の心の痛みを思い出させる。
 自分の物ではない、自分以外の誰か――前世――が体験した心の痛みを自分の物として知覚してしまう。


 短い沈黙。
 その間にも綺羅はゆっくりと歩を進めてきていた。
 それに合わせるように――綺羅から離れるように、加奈絵も動く。
 だが、それなりに広いとはいえ周囲はビルの群れ。意識的に道のあるところに向かうならばともかく、そうでなければ壁にぶつかるのはすぐだ。
 背中にビルの壁の感触が伝わり、加奈絵はこれ以上は下がれないことに気づく。
 綺羅は、加奈絵の数センチ前まで来てやっと立ち止まった。
「さて、ここで問題です♪」
「は?」
 まるっきり加奈絵の口調を真似て不敵な笑みを見せる綺羅の意図が掴めず、加奈絵はぽかんと口をあけた。
 だが綺羅は加奈絵の様子をまったく無視して、楽しげな口調で言ってのける。
「一番、崩壊の可能性五分五分。二番、百パーセント崩壊。どっちがいい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・なっ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 金魚のように口をぱくぱくさせて――言いたいコトは多々あるのだが、あまりにも突飛な言動に声が出ない――加奈絵は目を真ん丸くした。
 綺羅はニンマリと――加奈絵も見慣れている・・・・なにか面白いことを思いついた時の表情だ――あまり良いイメージを持たせない笑みでさらに言葉を続けた。
「さっき言ったろ、加奈絵。封印が中途半端のときは前世の記憶がなかったって。なら、能力だけを封印すればいい。
 ソーサラー能力消えるかもしれないけど別にいいよな、その程度の副作用は」
「なに、言ってる・・・のよ」
 加奈絵は、怪訝そうに眉を寄せて問い返した。


 わからない・・・。
 綺羅の言わんとすることが理解できない。
 いや、綺羅がやろうとしていることはなんとなくわかる。
 だが・・・・・・・・・
「無理に決ってるでしょ! 最盛期の女王の能力でも封印するのがやっとだったのに。・・・あの中途半端な封印は偶然の産物なのよ!?
 能力だけに固定した封印なんて、倒すよりも難しいじゃない!」
 確かに、綺羅の持つ全能力を使い切る覚悟でやればなんとかなるだろう。だが綺羅が能力を失うと言うことは、今現在もその能力で世界の存在を支えている”女王”という創造者が消えることであり、それは世界の崩壊を意味している。
「ちっちっ」
 胸の前で人差し指を振り、綺羅は思いっきり自信たっぷり、余裕綽々に胸を張った。
「だから言ってるだろ? オレは加奈絵を助けたいって。
 二者択一だよ。どーせ崩壊することになったって今すぐってコトにはならないだろ。まあ・・オレらが死んだあとじゃねぇのかな、この星まで崩壊の波紋が届くのは」
 綺羅は加奈絵を助けたいと言った。
 まさかとは思うが・・・・・・・・・・・・。
「あのさ・・・あんた、全宇宙何億の命と私一人の命とどっちを重視してる?」
「加奈絵」
 あっさりと即答してくれる。
「・・・・・・・・・・・・・あんた・・・ものすごく怖いこと言うわね・・・」
 加奈絵が覚醒し、綺羅が世界の創造神――女王としての能力と記憶を手に入れた時点で、二人は敵同士となるはずだった。少なくとも、加奈絵はそう考えていた。
 なのに一体なんだろう、この緊張感のなさは。
「別に普通だろ。世界なんてわけわかんないモノより、どこの誰かも知らない会った事もない大勢の人間より、目の前にいるたった一人の加奈絵の存在のほうがずっと大事だ。
 わかりやすい論理じゃねぇか。見えない物より見える者が大事ってさ。
 だからさ、さっさと決めろよ。まあ・・・加奈絵の性格なら答えは見えてるけどな」
 まるでなにもかも見透かしているかのようなその瞳。
 加奈絵は大きく溜息をついた。



 やっぱり綺羅には敵わない。
 年齢とか、能力の差とか・・・・そんなレベルの問題ではなく、ただ信じること。
 綺羅はいつでも自分を信じている。
 だからなんでも出来るのだ、綺羅は。


「答える前に・・・。どうして五分五分と百パーセントなのかしら?」
 腰に手を当て、いつもの言い合いの調子で言う。
 綺羅はあっけらかんと笑って見せた。
「五分五分は今のオレの力だけでなんとかする。それならほら、女王代理とか女王の魂のカケラ持ってる奴がいたりするから崩壊防げる可能性もあるかなーと。
 で、百パーセントは強制的にあいつらにも協力してもらう。その場合崩壊止めるヤツがいなくなるからさ。
 ついでに付け加えると、当たり前だけど後者の方が封印の確実性は上がる」
 ドッと精神的な疲れを感じて、加奈絵は肩を落とした。
 自分の中であれだけ張り詰めていた感覚――使命感か義務感にも似た、”滅ぼさなければならない”という感覚が静かに霧散していく。
「そりゃ、五分五分でしょ」
 加奈絵自身は死にたかったわけでも、滅びを望んだわけでもない。
 生きたかった。
 ただ、突然降ってわいた過去に振り回されて自分を見失ってしまっただけ。
 それを取り戻してくれたのは綺羅。
 今なら・・・・たとえ全ての過去を――忘れたい記憶を、忘れられないままでも生きていけるような気がした。
 だって、この世には――今を生きる加奈絵には――まだまだやりたいことがたくさんあって、毎日を楽しく過ごしていけるのだから。

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