■■ IMITATION LIFE〜第1章・真実 3話 ■■
さっきの小さな野原が目の先に映り始めた。
そこにさっきまでなかったもの。こんなところにあるはず無いと思えるものが目に映った。
それは女性の姿。自分よりも四、五才は上だろうか。アメジストの瞳。桜色の髪を腰のあたりまで伸ばしている。
しかしなにより目に留まったのは女性が持っている杖。
お伽話に出てくる魔法使いが持っているようなデザインだ。あまり実用的ではないような気がする。
女性は、ラシェルに気づくとにっこりと笑いかけてきた。
「こんにちは」
「・・・・・・・」
「私、アクロフィーズっていうの。貴方達のことを待ってたのよ?」
「・・・・あなた達?」
ここには今自分と、目の前の女性の二人だけ。なのになぜ“貴方達”なのだろう。
女性――アクロフィーズは、はゆっくりとラシェルに近づいてきた。
ラシェルは臨戦体制をとる。
「う〜ん・・・・・。できればそんなに警戒しないでほしいな?」
「無茶言うなよ。この状況で警戒しないほうがおかしいだろ」
「しょーがないなぁ」
呆れたように言って、女性は何かを呟き始めた。
そしてそれとほぼ同時にラシェルの体が動かなくなってしまう。
「何したんだ!」
「ただの金縛り。君話してもすぐに信用してくれそうにないし・・・。ちょっとだけ、ごめんね?」
アクロフィーズは杖をラシェルの額にあててまたなにか呟いている。
「・・・・あのさぁ・・・・」
「黙ってて、集中できない」
「・・・・・・」
女の子特有の迫力に押されて、ラシェルは思わず黙り込んだ。
そして数分間、沈黙が流れる。
「・・・・・やっぱり」
「なにがやっぱりなんだ?」
「羅魏(ラギ)のソフトメモリが書き換えられてるのよ」
「らぎ・・? ソフトメモリって?」
「羅魏ってのはあなたの名前。ソフトメモリっていうのはドールの自我と人格を司る部分のこと」
「ちょっとまてよ・・・・・・。それ・・・・・オレがドールだってことか?」
「そう」
「嘘つけ!! 成長するドールや明確な自我を持ったドールなんて聞いたことも無い!」
「確かに今の技術じゃ無理ね」
アクロフィーズはずいぶんと軽い調子で言う。
今で無理ならばそれはいつの話になるのだ。
ただ、考古学者としてそれなりの知識を持つラシェルは、それだけのドールを作れる過去の文明に心当たりがあった。
五千年ほど前から栄えはじめ、そして、今から約四千年前。
突然現れ、各地で暴れ回る怪物たちによって滅びの道を辿った・・・・・・リディア文明。
「何がどうなってるのか説明してくれよ」
説明されたって納得できない。
したくもない。
だが、自分がドールだと――人の手で造られた人形だと・・・・・そう言われて、ただ否定するのも嫌だった。
もしかしたら・・・・・・・。
そう思える自分もいた。
ラシェルは、自分の生まれを知らない。
そしてラシェルが拾われたのは、トレジャーハンターとしても、考古学者としても一流と呼ばれたフォレス・ノーティ。
例えば・・・・・・・調査に向かった遺跡でラシェルを見つけた。
そんな可能性もゼロではないのだ。
アクロフィーズは何か思いつめたような表情で、・・・・・過去の出来事を話し始めた。
「・・・・始まりは、突如空に現れた黒い空。そこから次々と見たことも無いような怪物が現れたこと。
当時世界の中心となっていた都市・リディアは必死に自分たちを守ろうとしたわ。
でも無限に現れる怪物たちに人々は追い詰められていき、リディアはできるだけ多くの人を救うために黒い空を中心とした結界を張ったの。怪物を外に出さないために。
けれど黒い空はサリス島・・・・・・リディアがあった島の真上にあったためサリスは怪物の島になってしまった。それでもリディアの人々は最後まで諦めずに戦った。
そんなあるとき、島中の占い師が同じ予言を視た。
四千年の遥かなる未来で・・・羅魏が、この世界を救う鍵になるってね。羅魏の元に、世界を救う勇者が集うだろうって。
羅魏は一人でなんでもできるように、普通のドールよりもずっと強い自我を持たされることになり、時が来るまで結界の外れ、東の大陸に眠ることになった。
当時一番の魔力を持った魔術師だった私は、もしもの時のために羅魏の監視役として選ばれたってわけ。
そして、四千年後の世界で、羅魏が眠りから目覚めんだけど・・・・このときに問題が起きてしまったの。
魔力が足りなかったのか核が作動しなかった。電脳のほうだけが起動し、そこに新たなソフトメモリを作り始めた。もともと羅魏のソフトメモリは核のほうで形成されてたから、羅魏にとって電脳はあくまでも補助的なもので電脳には新しいソフトメモリを置くのに十分なスペースがあったってわけ。その新しいソフトメモリが、あなたよ」
「ふーん・・・」
「納得した? 羅魏」
「で、ずっと見るだけだったのに突然姿を現したのは何故だ?」
「時間が無いの・・・・・。サリスの結界が弱まってるわ。このまま待っていては間に合わないかもしれない」
「つまり“勇者様”になる人物を探しだして世界を救えと」
「そう。やってくれるよね? 羅魏」
「い・や・だ!! 冗談じゃない。ずっと人を監視してて、しかも姿を現したと思ったら協力しろだぁ?」
そこまで一気に言ってから、一度言葉を切った。
そして、思いっきり息を吸ってから、強い口調で言う。
「絶対、やだね!」
「違う!」
即答。
叫ぶようにして否定したその声が震えていたことを、ラシェルは見逃さなかった。
「確かに私は羅魏の監視役としての役目を任されたけど・・・・・。でも、私は羅魏の監視役に選ばれたからあなたのそばにいたわけじゃないわ。あなたのことが・・・・・羅魏のことが大好きだからあなたのそばにいたいと思ったの」
彼女の気持ちに嘘があるとは思っていなかった。
だが、
「でもあんたはさっきから一度もオレを呼んでない。もし本当にオレが羅魏であったとしても、オレと羅魏は同じ体を共有してるだけの別人だ。あんただってさっきそう説明しただろ?」
「・・・それは・・・・・」
アクロフィーズが言葉に詰まる。
自分でも、意地悪な事を言っていると思う。
アクロフィーズの言葉には嘘があることを、ラシェルは知っていた。
ラシェルは、ドールに関しても高い知識を持っていた。
・・・・・アクロフィーズの説明したような事はあり得ないのだ。
意図的に、一つの身体に二つの人格を作ろうとしない限り、そんなことは起こり得ない。
それを、ラシェルは知っていた。
「出てけ・・・・・。もうこれ以上あんたの話を聞く気はない」
言って、ラシェルはアクロフィーズに背を向けた。
アクロフィーズも今はこれ以上話しても無駄だと思ったのか、追いかけてきたりはしなかった。
だが、去り際に目に入ったアクロフィーズの瞳――哀しげに伏せる瞳が、いつまでも頭から離れなかった。