■■ IMITATION LIFE〜第1章・真実 4話 ■■
家に戻ってきたラシェルは、見慣れた部屋にほっと息をついて、大きく深呼吸した。
ベッドに腰掛け、目を閉じて・・・・・・・心の中で呼びかける。
『羅魏・・・聞こえてるんだろ? 返事しろよ』
ラシェルの声無き声に羅魏はすぐに答えてくれた。
『あ〜あ、ラシェルってばいじめっ子。きっと泣いてるよ?』
声はラシェルの頭に直接響いてきた。
よく知った自分の声。けれど話し方はまったく違う。
しかしその声はラシェルにとって馴染みのあるものだった。
この声は気づいた時にはもうあったもので、ラシェルにとってはごく普通のことだった。
だから、この不可思議な現象にもまったく疑問を抱かなかったのだ。
咎めるように言われて、ラシェルは拗ねたような声を出す。
『あいつが悪いんだ。正体知られたくないからってオレの名前呼ばないから』
一つ目の嘘は、ラシェルの生まれ――存在理由。
それから、二つ目の嘘は・・・・・・・・・。
『もしかして気づいてたの?』
返ってくる声に驚きの色が含まれていた。
ラシェルは少しだけ得意げに・・・・・羅魏の言葉を心外だとでも言うような口調で答えた。
『当然。何年一緒にいると思ってんだ。ちょっと口調変えたくらいでごまかせるわけないだろ』
彼女の、二つ目の嘘。
それは彼女の正体。
多分・・・・・・・監視なんて関係なくて、ただ一緒にいたかっただけなんだろう。
だから、ラシェルの年齢に合わせて外見を変え、傍に居た。
フィズ・クリスと言う名で・・・・・・・。
『わかってて追い出したんだ。意地悪だなぁ』
だが言葉とは裏腹に、咎めるような声はなかった。
クスクスと小さな笑いを漏らして、何故だか楽しげに言う。
まるで自分が笑われたみたいな気分になって、ラシェルは口を尖らせた。
『そんなことよりさ、なんで今まで何も言わなかったんだ? よく考えるとさぁ、オレあんたの名前も知らなかったんだよな』
ピタリと、羅魏の気配が静止した。
長い長い沈黙。
そしてポツリと、呟くように言う。
『約束・・・・・・・だったんだ』
『約束? ・・・・・・誰との』
羅魏が、微笑した――実際に見えたわけではないが、そんな気配がした。
『僕たちは精神状態に合わせて外見年齢が変化する。だけど十五才以上にはなれない。
僕たちは人に似せて造られた。けれどその中身は機械と魔法の力で形成された、”物”なんだ。いくら成長するよう造ってもデータ量には限度があるし。
・・・・だからね、約束したんだ。ギリギリまで何も言わないって』
『じーちゃん・・・・・?』
そんな約束を交わすような相手は一人しか思い当たらない。
羅魏が頷いたのがわかった。
・・・・・やはり祖父は知っていた。
それでも、ラシェルを大事な孫として扱ってくれていたのだ。
何も知らないラシェルに、何も知らないまま、幸せでいられるようにしていてくれた。
『そっか・・・・・・・・』
まだ、自分がドールなんだと――人間ではないんだと、認めたわけではない。
だが、祖父の優しい笑顔を思い出して、少し嬉しくなった。
しばらく過去の思い出に浸っていたラシェルだったが、羅魏の視線に気付いてハッと現実に意識が還る。
照れ隠しも兼ねて、まったく別の話題を持ち出した。
『・・・そういえばさ、ソフトメモリがどうとか言ってたけど大丈夫なのか?』
『このくらいなら自己修復システムで修正できるから大丈夫』
羅魏はにっこりと笑顔で言って、それからたった今思い出したらしい――慌てて言葉を付け足した。
『そうだ! そのことで言わなきゃ・・・・・――』
コンコン
ラシェルの家のドアが叩かれ、羅魏の言葉が中断された。
(フィズのやつかな。きっとアクロフィーズの姿で来るような勇気はないだろうし)
軽い気持ちでドアを開けて・・・・・――。
だがしかし、ドアの外にいたのはフィズではなく、レオル・エスナだった。
「あ・・・・・ワリィ、まだ仕事終わってねぇんだ。一応行くには行ったんだけどさ」
ラシェルの言葉を聞いて、レオルは小さく笑みを浮かべた。
「ええ、知ってますよ。私もその場にいましたから・・・・」
レオルの言葉と重なるように羅魏の声が頭に響いた。
『ラシェル! 僕のソフトメモリを書き換えたのはこいつだよ!!』
ラシェルは反射的に後ろに跳び、レオルから距離をとった。
「・・・・どうしたんですか? ラシェル君」
ラシェルは何も言わない。
「・・・・おかしいですねぇ。確か、あの時ラシェル君の意識はなかったはずですが・・・」
「あの時ってのは羅魏のソフトメモリとかいうのを書き換えたときのことか?」
「その通りです。先ほどはアクロフィーズに邪魔されてしまいましたが・・・・」
レオルは言いながらラシェルに向かって手をかざした。
その手から炎が現れ、ラシェルに向かって飛んでくる。
しかし突然のことにラシェルはその炎を避けきれなかった。
「・・・魔法なんて・・・・もう、廃れてるはずだろ? 何者なんだ、てめぇは」
「私に協力してくれるならお話しますよ」
レオルは薄笑いを浮かべながら言った。
「・・・・・・話す気なんか微塵もないくせに」
レオルはラシェルの言葉に動揺することもなく、まったく状況を知らない人だったらさわやかな笑みにも見えるような笑いを浮かべた。
「ああ、わかってしまいましたか? でもどちらにしろ私に協力することになりますよ。今のあなたでは私に勝てませんから」
確かに、レオルの言うとおりだった。
さっきの攻撃でラシェルは足に怪我をしてしまっていた。
動けないわけではないがまたさっきみたいな攻撃がきたら今度は直撃を受けてしまうだろう。
だが・・・ラシェルはそう簡単に諦めるようなタイプではなかった。
しっかりと銃を構え、速攻で狙いをつけて引き金を引く。
チャンスは一度。こちらが動けないことに油断している今しかない。
しかし、ラシェルの考えは次の瞬間に打ち砕かれた。
当たらないのだ。銃から放たれた光はレオルに届く直前に消えてしまう。
「なっ!? ・・・・くっそぉっ!!」
ラシェルは続けて何発か撃ったが結果は同じ。全てレオルに届く前にかき消されてしまう。
「何度やっても同じですよ。とりあえず、無理やりご協力願うしかないようですね」
レオルは再度魔法を放った。今度は氷の魔法。
(やばいっ!)
炎ならば一撃くらい何とか耐えられないこともないがこれは直撃すれば確実に動けなくなってしまう。
『ラシェルっ! 代わって!!』
羅魏が叫んだが、代われと言われてもラシェルにはどうすればいいのかわからない。
ラシェルは、とにかく少しでもダメージを減らそうと防御体勢をとった。
これでどれだけダメージが変わるかなんてたいして期待もしていないが・・・・。
しかしレオルの手から放たれた氷は、横から入ってきた炎によって蒸発した。
「なにっ!?」
レオルは炎が飛んできた方向に目を向けた。
数瞬遅れてラシェルもそちらを見る。
そこにいたのはアメジストの瞳と桃色の髪を持った少女・・・・・。
フィズだ。
フィズは静かに、けれど大きな怒りを込めた声で言った。
「ラシェルから離れなさい」
「・・・・・私は勝てない勝負をするつもりはありません。今の私ではあなたに勝てませんからね。」
言葉では負けを認めているもののレオルに諦めたような表情はない。
そして・・・・レオルは姿を消し、その場には静寂だけが残った。