■■ IMITATION LIFE〜第1章・真実 6話 ■■
『ラシェル・・・・泣いてるの?』
ラシェルは家に着くなりベッドにうつぶせに倒れこんでしまった。
涙を流しているわけではない・・・・でも、羅魏にはラシェルが泣いているように感じられた。
羅魏はフォレスが死んだときのことを思い出した。
あの時もこんな感じだった・・・・・。
ラシェルは泣かなかった。フォレスの遺体が墓に収められるまで、ずっとフォレスを見つめていた。
けれど葬儀が終わり、家に帰り着くなりラシェルは突然泣き出したのだ。
祖父からの最後のプレゼントとなったペンダントを握り締めて・・・・・。
『ラシェル・・・・・』
「泣いてなんかない! ・・・・・・でも・・・・どうすればいいのかわからないんだ・・・・・・」
ラシェルは硬い声で言った。
ベッドの脇にある小さな机に目を向ける。そこには一枚の写真が置かれていた。
この辺りではあまり見かけない、ホログラフィ写真。
そこから目を離せぬまま数時間が過ぎる・・・・羅魏もなにも言わなかった。
どのくらいの時間、そうしていただろう。
家の扉をノックする音が聞こえて、ラシェルはノロノロと顔を上げた。
もう日も暮れてずいぶん経った。こんな時間にいったい誰だろう。さすがに心当たりは見つからない。
ラシェルは緩慢な動作で起き上がり、ドアに向かう。
だがドアを開けようとノブに手をかけたその直後――ドアが破壊され、同時に衝撃がラシェルを襲った。
ラシェルの体はしたたかに壁に叩きつけられる。
「いってぇ・・・・・・・」
顔をしかめて言い、ドアの向こうを確認する。
そこにいたのは薄笑いを浮かべたレオル。
「こんばんは、ラシェル君」
声と同時に風が動いた。家具が次々と風に切り裂かれる。
ラシェルの体にも無数の傷ができて血が滲み出していた。
「帰ったんじゃなかったのかよ!!」
ラシェルの怒鳴り声に、レオルは落ち着いた様子で切り返した。
「言ったでしょう、勝てない勝負はしないと」
「つまりフィズが帰るのを待ってたってわけか。なかなかにセコい戦法だな」
レオルは返事をするかわりに魔法を放った。
家具にはさらに傷がつき、ラシェルの体も風に切り裂かれる。
ここでは不利だ。
とにかく外に出ようとしたがドアのところにはレオルがいる。
ラシェルは寝室に走った。窓から外に飛び出す。
レオルは特に追おうとはしなかった。寝室の窓は玄関ドアのすぐ隣にあったからだ。
寝室の窓から飛び出したラシェルはレオルから数メートル離れたところにいた。
『ラシェル・・・・代わって。こいつは”敵”だ。僕が消去する』
ぞっとするほどの冷たい声。
ラシェルが知る――幼い頃、兄と呼んで慕っていた羅魏からはまったく想像もつかない、無感情な声音。
意識の奥底に生まれた恐怖を必死で押さえ込んで答える。
『それはかまわないけど・・・・どうやるんだ?』
『意識の奥に入っていく自分をイメージすればいい』
ラシェルは言われたとおりにする。しかしそのとき、ラシェルに隙が生まれた。
慣れないことをして周りを警戒する集中が途切れてしまったのだ。
レオルはそれを見逃しはしなかった。再度風の魔法を放ちかまいたちをおこす。
慌てて避けたが、間に合わなかった。
左手に強い痛みと衝撃を受け、思わずその場にうずくまる。
ラシェルは左手を見た。とにかく止血だけでもしなければならない。
「ひっ・・・・」
ラシェルの口から小さく悲鳴が漏れる。左手は手首から先が消えていた。
しかしラシェルはその傷のひどさに声をあげたのではなかった。
その傷口に見えるもの・・・・・・・・。
流れ出た血は驚くほど少なかった。
そしてその奥には月明かりに照らされ、鈍い金属質の光を放つ手首の断面。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
あまりの声に喉がヒリヒリした。
だけど、一度出してしまった声は止められなかった。
・・・・・・・・わかっていたはずだった。
フィズは言った。
ラシェルは人間ではないと。人の手によって造られた存在だと。
羅魏は言った。
僕たちは人に似せて造られた。けれどその中身は機械と魔法の力で形成された”物”なんだと。
そんなことは識(し)っていた。
けれど目が、頭が、心が、ラシェルの五感すべてが全力でそれを否定する。
悲鳴は、肺の空気が減るのに比例して小さくかすれていく。
悲鳴が途切れたとき、すでにラシェルはそこにいなかった・・・・。