■■ IMITATION LIFE〜第1章・真実 7話 ■■
ラシェルは動かない。ラシェルは完全に、意識を失っていた。
レオルは悠然とラシェルに近づいていく。
「・・・・この程度の力で我が君を倒そうなどとは・・・・笑い話にもなりませんね」
言いながらレオルは懐から丸い小さな石を取り出した。その石には紋章が刻まれている。
「まぁ、それでもこの地を破壊するには充分な戦力になってくれるでしょう」
レオルが念じると石は淡く光りだした。レオルの手を離れラシェルの体へと吸い込まれていく。
しかし石が触れるその直前。ラシェルの右手が伸び、その石を砕いた。
「これ・・・・・。核の書き換え用のシステムデータだね。こんなもので、本当に僕を操れると思ってた?」
冷たい、落ち着いた声が紡ぎ出される。
ラシェルがゆっくりと立ち上がる。しかしそこにいるのはすでにラシェルではない。
ラシェルが生まれて以来ずっと表には出てこなかった、本来の”リディアの宝”・・・・・羅魏だった。
いつのまにか、先ほどちぎれた左手が羅魏の目の前に浮いている。
無造作に右手でそれをつかむと傷口にあて、その次の瞬間には傷は跡形もなく消えていた。
流れた血だけが、不自然にそこに残っている。
「・・・・あなたが・・・・本物・・ですか・・」
初めて、レオルの表情に焦りが見えた。
「本物? ・・・どっちも”リディアの宝”だよ。怪物たちを生み出した元凶を倒すために造られた人形だ」
二人の間に沈黙が流れる。
・・・・・・先に動いたのはレオルだった。
炎が羅魏に向かって飛んでいく。しかし彼はぴくりとも動かずにその炎をかき消してしまった。
羅魏はまっすぐにレオルを見つめて言う。
「あなたは・・・僕を悪用しようとした・・・・。よって、僕はあなたを”敵”と認識し、消去します」
羅魏は理解している。自分に感情という機能が与えられた理由を。
建前は、人を守るため。人と共にいて人を傷つける怪物たちから守れるように。
けれど本音は、違う。
この機能は更なる力を得るためにあった。
人の感情は時として人の実力を抑えてしまう。しかし実力以上の力を与えることもある。
感情によってより大きな力が現れることを期待されたのだ。
しかし所詮は造られたプログラムに従って動く感情。
羅魏が予想された以上の力を示すことはなかった。
そうなると今度は感情が邪魔になる。不必要な同情、恐れ・・・・・それらが”敵”を消去する妨げになる。
・・・・・戦闘に感情は必要ない・・・・・・・・・。
羅魏の瞳から感情の色が消えた。
それは戦闘開始の合図。
羅魏のひたいに何かの図形が浮かび上がった。魔力を使うときにだけ現れる、リディアの紋章だ。
突如、レオルの真下から火柱が現れた。レオルは避ける間もなく炎に包まれる。
羅魏はまったく動かず、その場に突っ立ったまま次の魔法を放つ。
それは唐突にレオルの真後ろに現れレオルを襲った。
レオルは悲鳴をあげることすらなく燃え尽き、灰となり風にさらわれる。
敵の気配が消えた直後、羅魏の瞳に感情が戻った。
「あ・・・・・聞かなきゃいけないことあったのに・・・・忘れてた」
羅魏は淡々とした口調で言った。セリフとそぐわない口調。
それは羅魏にとってどうでもいいことだったのだ。
聞けばこれからの戦いの役に立つかもしれないが聞かなくともそれはそれで困らないこと。
人、物に限らず羅魏にとって身の周りにあるほとんどのものはこの程度の認識でしかない。
羅魏にとって唯一大切なもの。それは身体を共有するもう一人の自分。
羅魏は彼に話し掛けた。
『ラシェル、もう大丈夫だよ。傷・・・直したし、あいつも倒した』
しかしラシェルからは何の反応も返ってこない。
『・・・・・ラシェル? ・・・ラシェル!』
何度も何度もラシェルの名前を呼ぶ。その呼びかけはいつのまにか声になっていた。
呼んでも、呼んでも、ラシェルの言葉は聞こえてこない。
誰もいない村の外れ。時折思い出したように動物たちの鳴き声が聞こえる。
そこに羅魏の叫び声だけが響く・・・・・・・。