■■ IMITATION LIFE〜第1章・真実 8話 ■■
ミレル村の中心近く。フィズの家でもある教会から浮かれた声が聞こえている。
フィズは満面の笑顔で旅の準備を整えていた。ラシェルらぶらぶのフィズにしてみれば明日から一緒に旅ができると思うと嬉しくて仕方ないのだろう。
だがそんなフィズの目の前に、突如人影が現れた。
「ラシェル!?」
フィズは思わずそう呼んだが、よく考えればそんなはずはない。
ラシェルは魔法を扱えないのだから。
数瞬の後、呼び直そうと口を開きかけたが、それよりも早く羅魏の切羽詰った声に遮られた。
「ちょっと来て!」
羅魏はフィズの手をつかみ”ラシェルの家にいる自分”をイメージする。二人の姿はその場から消え、ラシェルの家へと転移した。
突然のことに一瞬呆然としていフィズだったが、すぐに我に返って羅魏の手を振り払う。
「いきなり何するのよっ!」
フィズの声には明らかに怒りが含まれていた。けれどそんなことを気にしている余裕は今の羅魏には無い。
「さっきからラシェルの気配が消えたままなんだ。このままじゃラシェルが死んじゃう!! ねぇ、アクロフィーズならなんとかできるよね?」
羅魏はかなりの早口で一気にまくしたてた。羅魏の態度にフィズが困惑の色を見せる。
「・・・・? 羅魏・・・・・よね? あなた・・・」
フィズはゆっくりとした口調で確認してくる。
羅魏にはそれがもどかしかった。
ラシェルが死んでしまうかもしれないという時に彼女は何を言っているのだろう。
羅魏は声を荒げて言う。
「何言ってるんだよ。当たり前じゃないか!?そんなことよりもラシェルの・・・・・」
羅魏の言葉が終わるのを待たずにフィズが口を開く。
「だって、私が知ってる羅魏はいつも冷静・・・・ううん、感情が希薄でそんな風に取り乱したりしなかった。何に対しても一線を引いて関心を示さない・・・・・・感情を持たされているというのが嘘みたいな人だった」
羅魏の表情から焦りの色が消えた。何かを思い出す様に下を見つめている。
しかしそれもほんの少しの間だけで、すぐに羅魏が口を開いた。けれどそれはフィズの言葉に対する答えではない。
「そんなことどうでもいいよ。それよりもラシェルが!!」
「何があったの?」
フィズは冷静に聞き返した。羅魏は少しだけ冷静さを取り戻し、さきほどの出来事を話した。
話を聞いたフィズはきょとんとした表情で羅魏に言った。
「ラシェルの人格は羅魏がつくったんでしょ? ラシェルが死なないようにできないの? たとえばさっきの戦いの記憶だけ消しちゃうとか・・・・・」
なかなかに大胆なことを言うフィズ。しかし羅魏は別の部分に驚きがあった。
「・・・・ちょっと待って。僕がラシェルの人格を造った・・・・・・って、もしかしてラシェルの今の人格全部を僕が造ったと思ってる?」
「え? ・・・・違うの?」
二人は顔を見合わせた。何か重大な行き違いが二人の間にあることに気づいたのだ。
「アクロフィーズ・・・・あなたはどういうふうに僕のことを聞いた?」
フィズはちょっと上に目を逸らし思い出すような表情で話し始めた。
「・・・あの日・・・・私は羅魏の封印のことを聞かされて、もしもの時は羅魏を破壊するために監視役をして欲しいって言われた。人の技術に完璧はありえないから、どんなに計算してもどこでどんなトラブルがあるかわからない。だからもしも羅魏が暴走するようなことがあったときのためにって。
そしてその時に封印が解けたとき、兵器としての羅魏を隠すための人格を新たに造るようにプログラムしたって聞いた。
私・・・・てっきりラシェルの人格・・性格も考え方も・・・・すべて羅魏が与えたものだと思ってた」
「そう思ってて・・・・それでも、ラシェルのことを好きになったんだ」
「うん。でも、だからラシェルには何も知らないでいてほしかった・・・・」
最後のほうの言葉は小さくなりフィズは下を向いた。
「僕自身は何もしてないんだ。確かに、ラシェルは僕のコピーだけど、だけどそれは僕がやったんじゃない。
ラシェルの基礎人格・・・・まあ、人で言うDNA部分を作ったのは、実際には、当時の研究者たちだよ」
「・・・・・どういう、こと?」
フィズはパッと顔を上げ、羅魏の目を見つめた。羅魏は言葉を続ける。
「ラシェルの人格は人が成長するのと同じように、フォレスさんやアクロフィーズ、ラシェルの周囲の環境・・・そういうものに育てられたんだ。
そして僕はラシェルの人格に直に関わることは出来ない。記憶を消すなんてことはできないんだ。僕がラシェルに対して出来ることは二つ。
ラシェルを強制的に眠らせることと、場合によっては・・・・・消すこと。
これだけなんだ。たとえもう一度、同じようにコピーを造り出しても周囲の環境が違えば形成される人格も違う」
「・・・・・・そんな・・・・じゃぁ・・・このままじゃ、ラシェルは・・・・」
フィズは蒼白になっている。やっとことの重大さに気づいたようだ。
羅魏は俯いて泣きそうな声で言った。
「僕には・・・・なにもできないんだ。一番近くにいるのに・・・・・今の状況をただ見ているだけしかできない・・・・・ね、アクロフィーズはなんとかできないの?」
フィズは顔面蒼白のまま、こちらも泣きそうな表情で言う。
「出来ないよ・・・・私たった今真実を知ったのよ!! それに機械のことは全然わからないし・・・・・」
二人の間に沈黙が流れる。二人ともが泣きそうな表情で、ラシェルを助ける方法を考えている。
しかしラシェルは普通とは違う。
心が生きる事を止めようとしてしまっている今、怪我を治すようにはいかない。
二人とも魔機技術に関する知識はほとんどない。
どうすればラシェルの心を救うことができるのか・・・・・わからないままにただ黙りこくっている。
フィズが突然羅魏に・・・・いや、ラシェルに向かって叫んだ。
「ラシェル・・・・聞こえてる!? 私嫌だからね! ラシェルがいなくなるなんて・・・・」
言いながら羅魏に縋りついて泣き出した。羅魏はどうしたらいいのかわからず、ただフィズの行動を見つめていた。
「私・・・・本当は、絶対羅魏の前に姿を現すなって言われてたの・・・でも、そんなことどうでもよくなった。
ラシェルに逢いたかったの・・・ラシェルと話したかった・・・・・・傍にいたかったの」
流れた涙を拭い、深呼吸してから、一音一音を区切るようにして、言った。
「・・・・・お願いだから・・・いなくならないで」
その瞬間。
羅魏は自分の中の変化に気づいた。
まるでフィズの言葉に反応するかのように、ラシェルの気配が少しだけ感じられるようになったのだ。
「アクロフィーズっ!」
羅魏の突然の大声にフィズは驚いて羅魏の顔を見る。
「ラシェルの気配が、少しだけだけど戻ってきたんだ・・・・・」
「戻ってきた?」
二人の表情に少しだけ明るい雰囲気が戻ってくる。
「そうだよ、助かるかもしれない」
二人はやっと少し落ち着くことができた。互いの顔を見合わせる。
「・・・・?」
フィズは妙な事に気づいた。ラシェルのペンダントが淡く光っている。もしかしたらさっきからずっと光っていたのかもしれない。
「羅魏・・・・・・それ・・・・」
フィズはペンダントを指差した。羅魏もそれでやっと気づく。ペンダントが光っていることに。
「どうなってるの?」
フィズは疑問を口にした。
羅魏には一つだけ思い当たることがあった。これはフォレスにもらったもの・・・・・。
もしかしたらフォレスは気づいていたのかもしれない。
いつか・・・・・・・ラシェルが自分を否定し、自らを殺そうとすることに。
フォレスはラシェルの親でラシェルのことを誰よりも良く知っていた。
「大丈夫。ラシェルは絶対助かるよ。だってフォレスさんがいるんだから」
羅魏はたった一度、フォレスと逢ったときのことを思い出していた。
ラシェルのこと、自分の事を知り、それでもラシェルを受け入れてくれた祖父のことを。