■■ IMITATION LIFE〜第1章・真実 9話 ■■
羅魏には確信できた。きっとラシェルは助かる。
けれど事情がよく呑みこめていないフィズは、羅魏の自信がどこから来るのかまったくわかっていなかった。
「絶対助かる? 本当に?」
「うん。さっき、まるでアクロフィーズの言葉に反応したみたいだった。アクロフィーズの声がラシェルのところに届いたんだよ」
羅魏はにっこりと笑った。そしてフィズに淡い光を放ち続けるペンダントを見せる。
「これがなにかわかる?」
「初期のソフトメモリでしょ? さすがにそのくらいはわかるわよ」
そこまで言ってフィズはやっと先ほどの羅魏が言った「フォレスがいる」という言葉の意味に気づいた。
初期の頃はプログラムだけで人格を形成させる技術がなかったため、実在する人間の人格をサンプリングしてドールの人格を形成するのが普通だった。
「フォレスさんはもうこの世にいない。・・・・・でも、ラシェルを想う心を、ここに残していったんだ」
そこまで言うと、ペンダントに向けていた視線をまっすぐフィズに向けた。
「ラシェルのことを呼んであげて。ラシェルが消えてしまわないように・・・・。アクロフィーズの声ならきっとラシェルの心に届くから」
「わかった。・・・・羅魏はどうするの?」
「僕は、フォレスさんと一緒にラシェルのところに行く。・・・・しばらく意識戻らないと思うからこっちのことは頼んだよ」
フィズは真剣な表情でうなずいた。
羅魏の手の上に置かれていたペンダントが沈み込み、羅魏の中に消えていく。
そして羅魏の身体は力を失って、フィズに凭れかかった。
「・・・・・帰ってこないと許さないから」
フィズは羅魏を・・・・ラシェルを抱きしめて呟いた。
そこは暗闇だった。
一箇所だけ光がともっている。
それは外の光景が見える場所。けれど今はそこにも何も映っていない。
フィズの声だけが、その空間に響いていた。
・・・・・・たしかにそこはいつも暗闇だった。けれど雰囲気が違う。
いつもならここにはもっと暖かい雰囲気があった。ラシェルの明るい心を反映するかのように。
今は重く沈んだ空気がある。もしかしたらラシェルの今の心を映しているのかもしれない。
「ラシェル・・・・・・」
羅魏は意識を集中して三人目の気配を探す。
本来なら二人しかいないこの空間。けれど今はここにもうひとつの気配が増えていた。
「久しぶりだな」
フォレスが声をかけてくる。ただしここにいるのはあくまでもフォレスの人格のコピー。本物ではない。
けれど、確かにフォレスはここに存在していた。
「お久しぶりです、フォレスさん。行きましょう、ラシェルのところへ」
羅魏は再度意識を集中する。
だが、なかなかラシェルの気配が掴めない。
気配は感じるのにその気配はとても曖昧で掴めない、そんな感覚だった。
フォレスがふと、遠くを見つめる。
「こっちだ」
そして羅魏の言葉を待たずにスタスタと先に行ってしまう。
一体どんな方法を使ったのか。羅魏には理解できなかったが、なぜかフォレスにはラシェルの気配が掴めたらしい。
羅魏の体感時間で数時間も進んだだろうか・・・・突如フォレスが立ち止まった。
「フォレスさん?」
「ここだ」
フォレスは確信を持っているようだ。
けれど羅魏には何も見えない。相変わらずラシェルの気配も曖昧なままだった。
「ラシェル。聞こえているか? そこにいるなら答えて欲しい」
フォレスは何もない・・・・少なくとも羅魏には何もないと思われる空間に向かって言った。
その直後、正面の空間の色が変る。
暗闇から、透明色へ・・・・・四角く区切られた小さな部屋があった。
中には幼い子供がいた。すべてを否定し、何も映さない瞳・・・・・・・・・・。
羅魏にもすぐにわかった。それがラシェルであるということに。
少し考えればすぐに納得できた。ラシェルにもある程度の判断力などは備わっているが、ただしそれは羅魏が持っているものと同じ、プログラムによって存在しているもの。
ラシェルの人格が生まれたのは今からわずか三年前。外見が十三歳とはいえ精神的にはもっと幼いのだ。
ラシェルが、こちらを見る。
「・・・・・じー・・・ちゃん・・?」
ラシェルは目を見開いて呟いた。
羅魏はそれを冷静に見つめていた。ラシェルの反応は当然のものだろう。フォレスはとっくの昔に死んでいるのだから。
ラシェルが閉じ込もっていた空間が割れる。ラシェルはフォレスに飛びついて泣きじゃくった。
フォレスに何か訴えようとしているのだが泣いているばかりで言葉にならない。フォレスはラシェルを優しく抱きしめ、その言葉を待っていた。
ちくちくと羅魏の胸が痛む。
・・・・ラシェルが泣いているから?
それとも・・・・・・・・・・。
それは、羅魏自身にもわからなかった。
ラシェルはあまり泣かないほうだ。こんなに泣いたのはフォレスが死んだとき以来だろうか。
どのくらい泣いたのかラシェル自身にもわからない。とにかく泣きたいだけ泣いて、やっと落ち着いた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ラシェルはほんの少し上を見た。そこにはフォレスの優しい笑みがあった。
まだ信じられなかった。もう二度と逢えないと思っていた祖父が目の前にいる。
どんな場所でも、どんな時でも、そこは一番安心できる場所だった。
「言いたいことがあるんじゃないのか?」
ラシェルが落ち着いたのを見て、フォレスが口を開く。ラシェルは俯いて何も言わない。フォレスも無理に聞き出そうとはしなかった。
「じーちゃん。オレ・・・・さ。人間じゃないんだって」
しばらくの後、ラシェルはポツリポツリと呟くように言った。
「知ってる」
フォレスは即答した。
俯いて、黙り込んでしまうラシェルに小さな笑みをおくり、フォレスは言葉を切り出した。
「・・・・昔話をしようか」
「?」
ラシェルにはフォレスが何を言いいたいのかよくわからない。
「初めてお前と逢った時・・・・。オレは天使が降りてきたのかと思ったよ。
オレは家族を捨て、故郷を捨ててトレジャーハンターの道を選んだ。
だから、もう長旅は無理だろうと思ったとき、オレは生きていけないと思ったんだ。けれどお前はそんなオレに生きがいを与えてくれた・・・・・。
今のままでいいよ。深く考えなくていい。今すぐ事実を受け入れる必要もない。受け入れるのは”いつか”でいいんだ」
「でも・・・・オレはもう知ってるんだ。今まで通りではいられないよ・・・・・きっと」
フォレスはぐしゃぐしゃとラシェルの頭をなでて、その目線をラシェルと同じ高さにまで下げた。
「誰が今までと同じでいろと言った? 変わって良いんだ。お前が自分を見失わなければそれでいい。皆、ラシェルのことが大好きなのだから」
フォレスの言葉には一貫性がないような気がする。
今のままでいいと言ったり、変わって良いんだと言ってみたり。
なのに、何故だか説得力があった。
羅魏が横から口を挟む。
「僕は、一度だけフォレスさんと話したことがある。約束をしたのもその時だよ」
フォレスが、羅魏のあとに言葉を続けた。
「・・・そして、二人で決めた。ギリギリまで、ラシェルには何も知らせないでおこうと。ラシェルが全てを知ったときショックを受けるだろうことは予想できた。
それがラシェルにとって本当に幸せなのかもオレにはわからなかった。それでも、少しでも長く知らないままでいて欲しかった。
・・・・・・言わなかったのは、オレのわがままだ。文句があったら言っていいぞ」
ラシェルは、じっとフォレスの瞳を見つめる。
フォレスは、本当に自分を愛し、大切に想ってくれていた。それはよくわかっている。文句なんてあるわけがなかった。
忘れていたことがあった。
帰ってくるたびに旅の話をせがんでくる子供達。
旅暮らしでほとんど村にいない自分を同じ村の仲間として扱ってくれる大人達。
旅先で会うたくさんの仲間達。
みんなが本当のことを知ったらどうなるかはわからない。
けれど、今の自分を好いてくれているのは充分に知っている。
・・・・・・・・・・・想ってくれているのはフォレスだけではない。
ラシェルの胸の不安は消えない。
でも、このまま消えてしまったら・・・・・。
それはこの不安を抱きかかえて生きることよりもっと怖いことだと思った。
「・・・・大丈夫・・・・だよね?」
ラシェルは問う。けれどフォレスに言葉は無い。ただ微笑んだだけだ。・・・・・それは肯定の笑み。
大丈夫だと言ってくれる、力強い瞳。
声が・・・・・聞こえた。フィズの声。羅魏は呆れ気味な表情でラシェルを見ている。フォレスはうなずく。
どうやらこの声に気づいていなかったのはラシェルだけのようだ。
ラシェルは目を閉じる。
心に思い描く、大切な人達のこと。
ゆっくりと、ラシェルの意識は光の方へと向かっていった。