■■ IMITATION LIFE〜第1章・真実 10話 ■■
ラシェルには何がなんだかわからなかった。フィズが泣いている。自分に抱きついて。
「あ、あのっ・・・・フィズ・・・・・・?」
自分でもマヌケだとは思うが、そんな言葉しか出てこなかった。
ラシェルの呼びかけに、フィズがきっとこちらを向く。
「すっごく、すっごく心配したんだからねっ!!」
それだけ言うとまた静かに涙を流す。
初めて見るフィズだった。フィズが泣いているのは今までにも何度か見たことがある。
けれどそれは泣き喚きながら文句を言ったり・・・とにかくうるさかった。こんな風に涙だけを流して静かに泣くフィズは見たことが無い。
だからラシェルも戸惑ってしまう。いつもなら怒鳴るかひたすら宥めるか、選択肢は二つだった。
今のこの状態では怒鳴るわけにはいかないし、かといって宥める・・・・と言ってもなんて言えばいいのだろう。
対処方法がわからない。出てくる言葉は1つだけ、それしか思いつかなかった。
「ごめん」
心配をかけたなら謝るべきだろう。しかしフィズの涙は止まることはなく、フィズはラシェルを睨みつけた。
「・・・ごめんって、何・・・? だったら・・・心配かけさせないでよ」
どう言えばいいのだろう・・どうすればフィズの涙を止めることができるのだろう。しかしラシェルにはその方法はわからずただ謝ることしか出来なかった。
「・・・ごめん・・・・・オレが悪かったよ・・・その・・・」
「私、ラシェルのこと大好きなんだからね! ・・・いなくなったりしないで・・。大丈夫だから、心配することなんてないから。
誰がなんと言おうとラシェルはラシェルなの。・・・・・私が守るから・・・・ラシェルのこと。だから、自分を嫌いにならないで・・・。ね? ラシェル。私、ラシェルのことが大好きなのよ?」
言ううちにフィズの表情は悲しみと憤りのものから優しい笑みへと変わる。最後にはにっこりとラシェルに笑いかけてくれた。
フィズの”告白”にラシェル体中が熱くなるのを感じた。たぶん顔も真っ赤になってるだろうな・・・・。
心の隅でそんな風に冷静に考えてる自分とひたすら赤面して焦りまくっている自分がいた。
「あっ・・・オ、オレもっ・・・・・・」
慌てて答えかけるラシェルに気づかなかったのかフィズは更に言葉を続けた。
「私だけじゃない。ラシェルには良くしてくれる仲間がたくさんいるし、村の皆もラシェルが大好きなの。ラシェルがいなくなったらきっと皆悲しむわ」
・・・・・・・・・・・・・・ラシェルは頭の中が真っ白になった。フィズは男としてのラシェルに対してではなく家族のような感覚で好きと言ってくれたのだろうか・・・・・。
少なくともラシェルにはそう感じられた。
(・・・・・・・せっかくの告白のチャンスがぁ〜〜〜)
ラシェルは表情には出さなかったものの心の中ではがっくりと肩を落としていた。次のチャンスはいつ来るのだろうか・・・・いや、それ以前にまたチャンスが来るなんてことがあるのだろうか・・・・。
ラシェルのなかで不吉(?)な考えがぐるぐると回る。
「フィズ・・・・オレもう大丈夫だからさ。・・・・・今日はとりあえず帰れ。明日迎えに行くから・・・・・」
かなり棒読みなセリフ。それほどショックが大きかったのだ。
フィズは不思議そうな顔をする。
「明日?」
「ああ、遅れちまったけど明日出かけよう」
「そっか、勇者様探し・・・するんだっけ。・・・ラシェル、もう・・・・・」
ラシェルはそっと、手をフィズの口に当ててその言葉を遮る。
「大丈夫だって言ったろ? ちょっとは信じてくれよ」
フィズはまだ不安そうだったが無理やり説き伏せて帰らせた。
バタン、とドアの音がしてフィズがラシェルの家を去った。
その途端、
『あはははははははっ・・・・・』
羅魏の賑やかな笑い声が聞こえた。
「笑うなぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
ラシェルは思いっきり怒鳴ったが羅魏の笑い声は止まらない。
『だって・・・、だ・・・・・って・・・アクロフィーズもだけど・・・・ラシェルってば・・・・あはははっ・・・・・』
羅魏はケタケタと大爆笑を続ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
とりあえず羅魏は無視して鏡を見た。予想通り顔は真っ赤だった。
はぁ〜〜〜あ・・・。
大きなため息をついてベッドにボスンと倒れこんだ。
(くっそ〜〜!! ったく、なんであいつあんなに鈍感なんだよ! 気づけよ、雰囲気にさ)
そんなことを考えてしまうが、あの時のフィズにそんな余裕はなかっただろうことも容易に想像がつく。
フィズはきっと自分のことを心配するだけで手一杯だったろう。
『と・・・とにかく、約束・・・しちゃったし、明日の準備・・・・すれば?』
羅魏がもっともな意見を言ってくれたが笑いながらなので言葉が途切れ途切れになっている。
ピキっ、とラシェルは額に青筋が立ちそうな気がしたが、怒っても羅魏は動じない。無駄なことは諦めてとっとと明日の準備をすることにした。
『ははっ・・・・あははは・・・・・』
「笑うなって言ってんだろぉぉぉっっっっ!!」
しかし無視は短時間しか続かず、ラシェルは怒鳴りながら旅支度をすることになったのだった。
一時間ほどで旅支度は終わった。流石にそれだけ経てば羅魏の笑いもおさまっていた。
だいたいの準備が終わったのを確かめ、一息ついたラシェルは神妙な顔つきで羅魏に話しかけた。
「羅魏・・・・・ありがとな・・・・少し、気が晴れた」
羅魏は何も言わない。どちらかというと驚いている感じだ。ラシェルは言葉を続ける。
「・・・・・不安なんだ・・・・。兵器ってのは諸刃の刃だから。武器とか兵器ってのは自分や自分の大事なものを守ることが出来る。でも、大事なものを傷つける可能性も有るんだ・・・」
フォレスはラシェルが兵器として生を受けたと知りながら、大丈夫だと言ってくれた。
フィズはラシェル自身も知らないことをいろいろと知っていて、その全てをひっくるめて大好きだと言ってくれた・・・・・・・・でも、怖かった。
自分が、大事なものを傷つける凶器になってしまうかもしれないことが・・・・そうなることで、大好きな人達に自分の存在を拒絶されることが。
『大丈夫だよ。ラシェルは僕とは違う。僕には人間の感情はよくわからない。けどラシェルはそれをよく知ってるでしょ? だったら大丈夫だよ』
ラシェルの手のひらの上に緑色の石が現れる。フォレスの形見としてずっと大事に持ってきたものだ。
「羅魏・・・これ・・・・なんで?」
『さっき借りたんだ。ごめん、返すの忘れてた』
ラシェルはそっと石を握り締めた。自分に言い聞かせる。
不安は現実にはならない。きっと大丈夫だと・・・・・。
ただの気休めかもしれない。けれど不安に負けてしまえばきっとまた自分を否定してしまう。そうなれば今度こそ自分は消えてしまうかもしれない。
あんなふうに泣くフィズはもう二度と見たくなかった。
・・・・・・・・・―――。
夢を見た。いつもと同じ、泣いている子供の夢。
これは自分自身の姿なのだろうか?
けれどどうもしっくりこない。
一人で泣いている子供が光を見つけ、そして光へ向かう。
夢はそこで終わる。
これは自分の姿なのかもしれない・・・・・・。
自分・・・・?
ふと、気づく。二人は元は同じモノだった。けれど成長過程がそれを分けた。
一人は、人工的に人格を与えられた。今になって少しづつ成長を始めたそれを自覚せぬまま、それは理解できないものと思いこみ、理解しようとすることができない。
一人は、その人格を周囲の人の暖かさと愛情によって育てられ、古代・・・最高の技術を持っていた時代でさえ誰も与えることが出来なかったものを手に入れた。
・・・・・泣いているのは・・・・・誰だろう?
窓から光が射しこんでいる。どうやらカーテンを閉めるのを忘れたようだ。
ラシェルは陽の光に起こされた。
すぐに着替えて荷物を持ってフィズのもとへ行く。
「ラシェルっ、おはよー♪」
フィズは教会の前で待っていて、ラシェルの姿を見つけるなり声をかけてきた。
「んじゃ、行くか」
「どこに?」
フィズがもっともな質問を投げかける。しかしどこにと言われても困ってしまう。”勇者様探し”などと言ってもまったく手ががりが無いのだから。
ラシェルはいつもの仕事のつもりで出かける気でいた。どうせ手ががりなどないのだから勇者様探しはついいででも問題無いだろうと思ったのだ。
こんな言い方をしたら怒られるかと思ったが意外にもフィズはにっこりと笑って言った。
「いいんじゃない? ・・・・じゃぁ最初の目的地はどこなの?」
以前から目をつけていた遺跡に向かうつもりであることを告げるとフィズは楽しそうに歩き出した。ラシェルもすぐ後から歩き出す。
こうして、二人の旅は始まった。結界が消えてしまう前にあの”黒い空”を消せる力を持った者を探し出さねばならない。
時間はあまり無いはずなのだが二人にそんな緊張感は皆無だった。
ラシェルの中の不安は消えない・・・・フィズは全てを知っている。それでも、自分を守ってくれると言った、大好きだと言ってくれた・・・その言葉が今のラシェルを支える唯一のもの。
その言葉を言ってくれたフィズの存在が、ラシェルをこの世に引き留めていてくれる細い細い糸だった。
いつか・・・・・真実を受け入れられるその時まで・・・・・・・・・・・。