■■ IMITATION LIFE〜幕間1 風の声が聞こえる ■■
着いたのは遠くに街を見下ろせる小高い丘の上。
すぐ後ろにはなにかの遺跡が建っていた。
「ここが西大陸かー」
キョロキョロと珍しげに、楽しげに辺りを見まわすラシェルとは対象的に、フィズはどこか不安そうな表情をしていた。
「どうしたんだ?」
あとはフェゼリア種族を探して頼むだけ。
不安要素があるとすればフェゼリアの絶対数が少ないこと。
「フェゼリアってねぇ、警戒心が強いのよ」
「まあ、そうだろうな」
人間なんてどこに行ったって本質はたいして変わらないものだ。
東大陸のフェゼリアのように絶滅まではしていなくとも、こっちでもきっと他種族に追われ、襲われる事は多かっただろう。
「なんとかなるって」
呑気に言いながらラシェルは、くるりと街に背を向けた。
「・・・・・・ラシェル?」
最初は怪訝そうに。だが、その一瞬後には咎めるような表情で。
フィズはラシェルを睨みつけた。
「まさかとは思うけど」
ラシェルはニッと不敵に笑ってみせる。
「そのまさか。せっかく目の前に遺跡があるんだ。ここで調べなかったら学者なんて名乗れないね」
本人はともかくとして。その周囲の人間のほとんどに忘れられているが、ラシェルの本職はトレジャーハンターではなく考古学者である。
「っもー。そんな場合じゃないでしょ!」
けれどラシェルは、目の前の楽しみを完全に見ないフリが出来る程には大人ではなかった。
フィズの言葉をまったく無視して歩き出すラシェル。
仕方なく、フィズもラシェルを追って歩き出すのであった。
その遺跡は、ラシェルだけでなくフィズにも珍しいものだったらしい。
リディアのものならばフィズは見慣れていると思うのだが・・・・・・。
「だってこれ、前文明時代の遺跡だもの」
「前文明・・・・・ああ、リディアの前にあったって言うヤツだな」
こともなげに答えたラシェルに、フィズは目を見張った。
「知ってるの?」
意外そうに問い返してきたフィズに、ラシェルは当然だとでも言うように笑った。
「詳しいことはほとんどわかってないけどさ。時々、明らかにリディアとは違う技術で造られた建物ってのは見つかるからな。リディア崩壊後にリディアと同レベル以上の文明が存在してない事はわかってるんだ。だったら、その異文明の遺跡は、リディアより前の文明って事だろ?」
淀みない解説をして見せるラシェルを見つめ、フィズは感心したふうに息を吐いた。
「・・・・一応、学者らしいこともやってるのね」
「ちょっ、なんだよそれ。もともとオレは、学者だ!」
口先だけは不機嫌そうに――自身に対する世間の評は理解しているから――ワザとらしく拗ねて見せると、フィズはクスクスと笑いながら通路の先を示した。
「はいはい。それじゃさっさと見物終わらせて、フェゼリアを探しに行きましょ」
「わかってるよ」
そんな呑気なおしゃべりをしながら歩く事数時間。
二人は一つ一つ部屋を覗きながら、奥へ奥へと進んでいった。
「くっそ〜。もっと時間があればなぁ」
今は中央島に行くのが最優先だということはわかっている。
それでもどうしても我慢できなかったから見物に来たが、やはりきちんとした調査が出来ないのはとても悔しい。
「・・・・あ、あそこで最後かな」
「みたいだな――って、オイっ。先に行くなっ!」
何故だか遺跡と最凶に相性が悪いフィズ。
フィズに先に歩かれたら余計なトラップを作動させる事間違いなしだ。
「え? きゃぁっ!」
だが、今回は違った。
何もないただの壁。そう思っていたところに突然空間が出現したのだ。
多分、そこに隠し扉があり、誰かが向こう側からそのドアを開けたのだろう。
ドアの向こうから伸びてきた手に引っ張られて、フィズもまたドアの向こうに消えた。
だが隠そうともしない声が、ドアの向こう側から聞えてくる。
「待てっ!」
慌てて後を追うラシェル。
隠し扉をくぐった通路の先は、まだ見ていない場所だった。
幸い、フィズを連れた男たちの姿はまだ見えている。追いかけるのはたいして難しい事ではなかった。
だが――
「うわあっ!」
突然目の前に現れた人影。
全力で走っていたラシェルは、止まることができずにその人影と激突した。
それでも勢いは止まらず、ラシェルは正面から床に衝突した。
「いった〜〜」
頭の上から、少女の声が聞えた。
コケた痛みをあっさり無視して、ラシェルはすぐに起き上がろうとした。が、
「ちょっと!! なんでぶつかってくるの!! おかげであいつら見失っちゃったでしょぉっ!?」
その前に少女の怒鳴り声が降ってきた。
ラシェルの側からすれば、少女が、ぶつかってきたのだ。
ラシェルはバッと顔を上げて、そのまま勢いよく立ち上がり、正面から少女をにらみつける。
「そりゃこっちの台詞だ!! てめぇがいきなり目の前に現れるから避けきれなかったんだろうがっ!!」
「ひっどーい、うちのせいにする気!?」
「どこをどう見てもてめぇの前方不注意だろ!!」
「前方不注意はあんたのほうでしょ!?」
相手も引かない。二人は真っ向からにらみ合った。フイっと少女が視線を逸らす。そして、不安げに呟いた。
「あぅ〜〜・・・・セシル大丈夫かなぁ・・・・」
「あいつらに連れてかれたのか?」
「うん。だから早く助けに行かないと」
判断は一瞬だった。
ラシェルは少女の腕を掴み、真剣な表情で言う。
「オレの連れもあいつらに連れ去られたんだ!!」
二人は互いに相手の瞳を見た。ほぼ同時に大きくため息をつく。
「なんなんだよ、あいつら」
少女は腕組みをして考えこんだ。
「多分、奴隷商人じゃないかな」
「奴隷商人・・・・・って、えぇっ!? こっちじゃそんなのが横行してんのか?」
彼らの言葉から多少は予測をつけていたが、本当にそうだとは・・・・・。
少しばかり大袈裟なラシェルの声に、少女は不思議そうに首を傾げた。
「こっちって・・・よほど治安の良い街じゃない限りは暗黙の了解って感じで売買されてるよ」
「・・・・そうなのか・・・」
頭を抱えて俯くラシェルに、何故だか呑気な口調で少女が聞いてくる。
「ねぇ、あんたどこから来たの?」
言っていいものかどうか少し迷ったが、どうせ大多数の人間は信じない。
ラシェルだって、もしも東で西から来たなんて人物に会ったらそう簡単にその言葉を信じることはできないだろう。
ならば、言ってもたいして問題にならないだろうと思えた。イザとなったら嘘でしたなんて言って誤魔化す事もできるわけだし。
「東大陸から来たんだ。本当は中央に行きたいんだけどさ、そこまで行く方法が今のところフェゼリアの力を借りるしかなくて」
「なんでフェゼリアを探すのに遺跡に入るわけ?」
少女の切り返しに、ラシェルは軽い驚きを覚えた。
まさかこんなあっさり信じてもらえるとは思っていなかったのだ。
ラシェルは少女の質問に答えを返し、少女はその中の疑問点にまた問いを返す。
そうして数分もしたころには、だいたいの事情を話す結果になっていた。――ラシェルが実はドールであるとか、サリスに行こうとする本当の理由なんてものは上手く伏せておいたが。
「んじゃ、この遺跡いたのは単に興味があったから寄り道してみただけ?」
「そう。・・・・・にしてもあいつらぁ〜〜〜〜っ!! フィズをさらったことを後悔させてやる!!!!!!!!」
話が一段楽つくと、また怒りがよみがえってきた。
高々と拳を上げ、声を荒げたラシェルにつられたのか、少女もまた誰も居ない虚空に向かって怒鳴りつける。
「そうよ!! あいつらっ、セシルを連れてったこと絶対に後悔させてやるんだからぁっ!!!!」
二人が顔を見合わせる。
「・・・てめぇのことは微妙に気に入らないが・・・」
「・・・うちもあんたなんかムカつくけど・・・・」
二人はがっしりと腕を組んだ。
「フィズを助けるために!」
「セシルを助けるために!」
二人は同時に叫んだ。
「共同戦線張りましょう」
「おう」
二人はコクリと頷いた。
「あ、まだ名前聞いてなかったね。うちはアリア・ディーレル。あんたは?」
「オレ? オレはラシェル・ノーティ」
二人は互いの大事な人を奴隷商人の手から助けるため、一緒に行動することを決めたのだった。
遺跡の外に出た瞬間、アリアはその場にへたり込んだ。
「な・・・うそでしょぉ・・・」
よく見れば、アリアの視線はこの遺跡から一番近い場所にある大きな街・・・・・・その一点にのみ注がれていた。
「なんだよ、一体?」
声をかけると、アリアはその場に座り込んだまま顔だけをラシェルの方に向けてきた。
「あそこに大きな街が見えるでしょ?」
「ああ」
ラシェルはアリアが指差した方向に視線をずらして頷いた。
「あの街はノイン。通称、闇都市ノイン。この大陸で一番治安が悪い街。なにか物を盗られた時、盗んだ方じゃなくって盗まれるようなスキを見せる方が悪いって言われるような街。奴隷売買、盗品売買なんて当たり前って感じの街よ」
「じゃぁフィズたちもそこに連れてかれた可能性は高いな」
アリアは大きくため息をついた。
「そういうこと」
「んじゃ、さっさと行くぞ」
「ちょっ・・・ちょっと待ってよ!!」
一歩踏み出した瞬間、慌てた様子のアリアの声に惹きとめられる。
「ったく、なんだよ」
ラシェルは嫌々ながら振り返った。その表情にはありありと苛立ちが浮かんでいる。
「いきなり飛びこんで入ったら、うちたちの身も危険なの! ちゃんと作戦考えてから行くの!」
「大丈夫だ。一緒に行動してるあいだはちゃんとあんたのことも守ってやるから」
西大陸と東大陸。確かに文化に大きな開きがある。
知らない土地に行くのは慣れているとはいえ、東大陸内の街を移動するのとはかなり勝手は違うだろう。
だがそれらマイナス要素を差し引いてもなんとかできる自信があった。
今は交流が途絶えていてももとは同じ国の人間なわけだし――言葉がほとんど同じというのが良い証拠だ――悪人のやり口なんてたいていどこでも決まっている。
それになにより、今は一刻も早くフィズを助けたい。
めいっぱいの不機嫌を隠しもせずに言ったラシェルに、アリアは疑わしげな視線で返してくる。
「ほんとーね?」
ラシェルは自身満々に頷き、説得しても無駄だと思ったのだろうアリアは、渋々ながらラシェルの後に続いて歩き出した。
遺跡から北に数キロ。二人は闇都市ノインの入り口にいた。
顔に傷がある人、ケバケバな衣装と化粧の女性、見た目は普通っぽい人もいたが、ほとんどはいかにもガラが悪そうといった感じだ。そんな人々が大勢街中を行き交っている。
「・・・・・・」
アリアは呆然とした様子でその場に立ちすくんでいた。彼女の瞳には明らかな驚きと、恐怖の色が浮かんでいた。
まあ、一般の人間はこういった場所には縁がないだろうからそれも仕方ないだろう。
「なにしてんだ、さっさと行くぞ」
ラシェルは立ちすくむアリアの腕を引っつかみ街中へと歩き出す。
バッと、アリアが腕を引いた。ほとんど条件反射に近い感じだ。
とりあえず立ち止まり、アリアの方を見る。
「あ・・・あの・・」
完全に怯えきっているアリアを見て、ラシェルは大きくため息をついた。
「怖いなら外で待っててもいいぞ。ここまで関わったんだ、ちゃんとあんたの連れも助けるって約束する」
アリアは、ゆっくりとした動作で俯いた。
しばらくそのまま黙り込み、そして、顔を上げた。
二人の目が合い、また沈黙・・・・・・――
「行く。うちが行かなきゃだめなの。うちが自分でセシルを助けに行かなきゃ」
数分の間ののち、アリアはしっかりとラシェルの瞳を見据えて言った。
思ったより根性はあるらしいアリアに、ラシェルはどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「よし、オレから離れるなよ。オレは自分の目の届かないところにまで責任は持てないからな」
「うんっ」
今度こそ、二人は街の中へと入って行った。
二人がやってきたのは街の中心近くにある酒場。
昼をまわったばかりだというのに酒を飲んで酔っ払ってる人間が多い。
ラシェルはとくに気にした様子もなく、むしろ堂々と中に入っていく。だがラシェルのすぐ後ろを歩くアリアは不安げに辺りを見まわしていた。
ラシェルが、ポンとアリアの頭に手を乗せた。
「あんまりキョロキョロするな。堂々としてないと目をつけられるぞ」
「う・・・うん」
二人は奥まったところにあるテーブルに腰掛けた。
アリアが一番に聞いたのはセシルを助ける方法ではなく、ラシェル自身のことについてだった。
「ねぇ、ラシェルはこういうとこ慣れてるの? なんかすっごく堂々としてたけど」
「まぁ、それなりには」
「それなりに?」
オウム返しに聞き返してきたアリアの様子に、ラシェルは小さく笑う。
どうも好奇心が旺盛な――それゆえに余計なコトにまで首を突っ込んで行きそうな――タイプらしい。
ラシェルの職業はトレジャーハンター。自分だけで情報収集するには限界もあり、情報を売る商売をしている人間の手を借りる事もある。情報屋の中には、必要があれば平然と違法行為をしてのけるヤツもいる。しかし、そんな違法行為に慣れている――裏情報に詳しい――情報屋でなければ欲しい情報が手に入らないこともある。そういう裏の情報屋と繋ぎを取るにはどうしても、この街と似たような雰囲気の場所に出入りする必要があるのだ。
その辺の事情を簡潔に説明してやると、アリアは納得したふうに頷き、それから次の話を促してきた。
「ふーん・・・・で、本題なんだけど・・・どうやってセシルを助けるの?」
聞かれてラシェルは笑った。不敵な・・・というのがぴったりくるような、そんな笑みで。
「それはもう考えてある。まずはあいつらの居場所を突き止めないといけないんだけど・・・――」
相手を潰すだけなら――もしくは東大陸ならば。もっと安全で簡単な方法はいくらでもある。
だがここは知り合いのいない西大陸で、しかも向こうには救出すべき人がいる。
下手に乗り込んでフィズやセシルを人質に取られたら動きにくくなる・・・・・どころか、下手すればミイラ取りがミイラになりかねない。
そんな中でラシェルが打ち出した作戦は・・・・・・――
救出作戦の話が終わった後、二人は人通りの少ない裏路地に移動した。
「・・・・大丈夫なのぉ〜?」
「大丈夫。アリアがきっちりやってさえくれればな。それとも役目交代する?」
交代なんてとんでもないと思いつつ、からかい半分に言ってやった。
「それはもっとイヤ」
アリアは、キパッと、清々しいまでに即答してくる。
「んじゃ、決まりだな」
そんなアリアの様子に笑いを堪えつつ、ラシェルは荷物の中から発信機とその受信装置を取り出した。
作戦はごく単純なもので、ラシェルがおおっぴらにセシルの行方を聞いてまわる。セシルはフェゼリアだからよく目立つし、おおっぴらに聞けばセシルを連れていった奴らにもそのことは聞こえるはず。
フェゼリアは高く売れるから、ラシェルがフェゼリアを探していることを知れば、向こうはこちらの動きを妨害しようとするだろう。
だが、奴隷商人という彼らの職業を考えれば――”珍しい”瞳の色を持つラシェルとて充分魅力的な商品に映るだろうことは想像に難くない。そこでわざと捕まってしまえば、向こうのアジトに着けるというわけだ。
もし向こうがなんの行動を起さなくとも、自力で居所を突き止める自信はあった。――その場合はさすがに数日の時間を必要とするだろうけれど。
とにかく二人と合流するのが最優先なのだが、実はアリアも目立つ。
外見や種族がどうこうという問題ではなく、この街の雰囲気から浮いているのだ。できればアリアを連れまわしたくはなかった。
そこで、発信機の登場となったわけだ。
二人と合流さえしてしまえば、あとは脱出するだけだ。二人を見つけた後、アリアに連絡して動いてもらえばいい。
さっき酒場で作戦を話した時、ラシェルが連絡したらその時のラシェルの現在地から街の外へ出る最短ルートを確認してほしいと言ってある。人目につかない道と言う条件付で。
本当はこっちから迎えに行くまで宿かどこかで待機していてほしいところだが・・・・・・。
これまでのアリアの言動から察するに、多分それでは納得しないだろう。
まあ、身が軽いマルシリア種族だし、そのくらいならなんとか出来るだろう――と、信じておくことにした。
アリアは緊張した様子で、受信装置を受けとった。しばらくそれを見つめてから顔を上げる。
アリアと目が合い、ラシェルは真剣な表情を作ってその瞳を見つめた。
「アリア。まかせたからな」
ごくりとの喉を鳴らせて、アリアも真剣な表情で返してくる。
「うん、まかせといて」
二人はお互いに頷くと作戦決行のため、それぞれ別の方向に歩き出した。
「紫の髪と瞳で、十四歳前後の、フェゼリアの女の子知らない? セシルって名前なんだけど」
そんなふうに聞いてまわること一時間ちょっと。
思ったより早くそいつらはやって来た。
予想していたよりも大きな組織なのか、もしくは小規模だからこそ横の繋がりを大事にしているのか。
「なんか用?」
アリアには見せなかった――フィズだって見る機会は少ない――大人たちと対等に渡り合うための、表情。
ラシェルの呼びかけに、物影に・・・・・・或いは通路の角の向こうに。隠れていた男たちがラシェルの前に姿を見せた。
ざっと数えて十四、五人。
「フェゼリアのことを嗅ぎ回ってるそうだな。目的はなんだ?」
「理由なんて一つしかないだろ?」
淡々と聞いてくる男に、ラシェルは不敵な笑みを浮かべた。
が、実は内心冷や汗ものだった。
まあ最初からわざと、捕まるつもりではいたが・・・・・。
(ワザとじゃなくても負けるかな、こりゃ)
確かに、道そのものは狭い。どんなに頑張っても横に並んで三人までがいいところだろう。戦うことを考えるならば二人並ぶのも難しい。加えてすぐ後ろは行き止まりの袋小路。これならば前から来る敵だけに集中できる。
多対一の戦いを苦手とするラシェルは、きちんとそれを確認したうえで声をかけたのだ。
予想外だったのは、彼らが左右の建物からも、行き止まりの壁を乗り越えてその向こう側からもわらわら出てきたこと。
どうやらこの辺一帯、すでに彼らの縄張りの中らしい。ラシェルの居場所を確認した時点で、いつでも囲めるよう準備していたのだろう。
「横取りするつもりか? オマエ、個人の売人かそれともどっかの組織の・・・」
「さあ?」
ここに集まった者たちのリーダーらしき男を正面から見据え、軽い口調で返す。
気付いてくれる事を祈りつつ・・・・・。
男もまた、正面からラシェルの顔を見返す。
(これで気付いてもらえなかったらヤバイな〜)
最悪、羅魏に替わってもらって乗り切る事も可能だが、羅魏のやり方では乱暴すぎる。
フィズの居場所がわからない今、下手に騒ぎを起こして警戒されるとやっかいだ。
だがどうやら、リーダー格の男はそれなりの観察眼と注意力、そして判断力も持ち合わせていてくれたらしい。
正面から向き合った男は、一瞬不思議そうにラシェルを見つめ、それからゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
近づきすぎない位置で、立ち止まる。
男はそこでもう一度ラシェルの顔を見つめ、どうやっても良い印象は持てそうにない表情で、口の端を上げた。
「へぇ・・・・綺麗な色じゃないか」
「は?」
瞳のことを言われるだろうとは思っていた。
だがこの言葉はちょっと予想範囲外だった。
ラシェルの反応に、男はククッと楽しげな声を漏らす。
「あんた個人の売人だろ? 組織なんかにゃ入れないよな。そういう珍しいのは、すぐに売り飛ばされるのがオチだ」
答える気はなかった。
沈黙のまま睨みつける。
「個人なら、遠慮はいらないな」
それが、合図だった。
周囲を囲んでいた男たちがラシェルに向かってくる。
――決着は、すぐについた。
この人数差で、しかもラシェルに勝つ気がなかったのだから当然の結果だ。
そうして連れてこられたのは街外れにある、小さな屋敷だった。
「ふーん、一応考えてるんだ」
ででんっと大きな屋敷を本拠に出来るのは本当に大きな組織だけだ。中小規模の組織では、下手に主張すればあっという間に潰されてしまう。
本当に必要最小限の部屋とものしか見当たらない。この敷地ではそのくらいしか置けないのだろうが。
ぐるりと視線を巡らせて建物内部を見物していたら、イラついた声で怒鳴られた。
ラシェルの、捕まった人間らしからぬ呑気な態度のせいだろう。
そんなこんなで通路を歩く事数分。
通路の先に鉄格子が見え、その中には見慣れた桃色の髪がチラついていた。
どうやらこの建物内に、監禁場所は一つしかないらしい。
もしもまったく違う部屋に連れていかれたりしたら面倒だと思っていたが、その辺は運が良かったと言えるだろう。
思いっきり乱暴に中に放り込まれて、やっぱり、捕まった人間とは思えない態度のでかさで文句を言った。
言っても無駄だろうが、痛いものは痛い。言うだけならタダだし。
ラシェルをここまでつれてきた男は、あっさりラシェルの声を無視して去っていった。
パタンと、ドアの閉まる音が聞えた。
直後!
「〜〜〜ラシェルっ・・・何やってんのよぉっっ!!!」
フィズの怒鳴り声が響いた。
そのまま言い返して喧嘩になったらいつ終わるかわからないので、今は無視してフィズの隣にいた少女――アリアから聞いた特徴そのままの――に声をかけた。
「よっ、あんたがセシルだな?」
「えっ? あ、は・・はい・・・」
人見知りがあるらしいセシルは、戸惑いつつも返事を返してくれる。
「アリアから伝言だ。絶対助けるから待ってろってさ」
「アリアが・・・・あっ!! アリアは無事なんですか!?」
大人しい雰囲気しか持たないように見えたセシルの、切羽詰ったような態度にラシェルは明るい声で答えた。
「無事だよ。今こっちに向かってる」
「どうやって?」
二人の会話にフィズが入ってきた。その声はとっても不機嫌だった。
「これ、な〜んだっ」
ぱっと、発信機を取り出して見せた。
発信機の作動スイッチを押したのを見て、フィズは呆れたように呟いた。
「そういうこと・・・・。でも大丈夫なの?」
「大丈夫さ。オレはアリアを信じてるよ」
言いつつ、頼むから余計な行動はしないでくれと祈るラシェルであった。
本当ならばすぐに出ていきたいところだが、それには案外時間がかかった。
まずい事に、鍵が魔法の錠だったのだ。
魔法と縁のない世界で暮らしていたラシェルは、さすがにそこまで頭がまわらなかった。
早くしないとアリアがここに乗り込んで来かねないと焦るも、だからどうなるわけでなし。
『鍵だけ壊すって出来るか?』
仕方ないので最終手段――銃が使えればよかったが、武器はしっかり取り上げられてしまっている――。羅魏に頼ることにして声をかけると、羅魏はいつもの淡々とした様子で頷いた。
『出来るよ。じゃあ――』
入れ替わろうとしたちょうどその時だった。
通路の先の扉の向こう側で、なにか大きな音がしたのは。
「ん? なんの騒ぎだ?」
「もしかしてアリア・・・?」
セシルは鉄格子ギリギリに顔を寄せて外を見た。当然扉の向こうの光景は見えない。
しかし次の瞬間、勢いよく扉が開いた。
入ってきたのはここの人間だった。
アリアを期待したのだろう。セシルの表情が一瞬明るくなり、またすぐに沈んだ。
「ちょっと来てもらおうか」
男は鉄格子を開けてセシルを無理やり連れ出そうとした。
瞬間、ラシェルが前に飛び出す。
一番の問題点だった牢の鍵さえ開いてしまえばあとはこちらのもの。
サシでこんなヤツに負けるワケがない。ラシェルの拳は見事に男の鳩尾にヒットし、男はその場に崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
声をかけるが、セシルは怯えきっていて返事ができそうな雰囲気ではなかった。
「フィズ、セシルを頼む。ここから出るぞ」
目線は今も騒がしい音が聞えてくる扉の向こうに向けたまま。
フィズが答える前に、セシルが声をあげた。
「アリアはっ!?」
「多分あの騒ぎはアリアだ。さっきの男はセシルを人質にでも使おうとしたんじゃないか? アリアはここに忍びこもうとして見つかったんだと思う。だったら早いとこ助けに行かなきゃな」
セシルが小さく頷いたのを確認して、ラシェルは扉の向こうへと駆け出した。
連れて来られた時にだいたいの構造は把握している。
騒ぎの中心に向かう途中で、取られた銃もきちんと取り返し、入り口付近でアリアと合流した。
「アリアっ!!」
セシルの声を聞いて、アリアがこちらに振り向いた。
「ふぇ・・・無事で良かったぁ・・・」
「セシルこそ無事!? 何もされなかった?」
「うん、大丈夫。フィズさんとラシェルさんに助けてもらったの」
「フィズさん、セシルと一緒にいてくれてありがとうございました♪」
「お礼言われるようなもんじゃないわよ。私も捕まってたってだけだから」
再会を喜ぶのが悪い事だとは言わない。言わないが・・・・・・。
「・・・・・・おいこら、てめぇら。今の状況わかってんのか!」
怒鳴りたくなっても無理はなかろう。
一人一人は弱くとも、大人数で一斉に来られてはさすがにキツイ。
「あっ、ごめーん」
アリアはペロッと舌を出すと三人の前に立って走り出だした。
「ここでこんなのと戦っても仕方ないし、さっさと逃げるぞ!」
アリアのすぐ後ろにセシル。その後ろにラシェル、フィズの二人が続いた。
「ふー・・・・・とりあえず休憩しよ」
アリアがそう言ったのはセシルが捕まっていた建物から数キロ離れた裏路地。まだ街からは出ていない。
できれば一気にこの街を出てしまかったのだが、あの建物から街の外までは十数キロある。まったく休憩しないでというのは無理だろう。ラシェルもそれはわかっていたから特に反対はしなかった。
「そういやフィズはなんで逃げなかったんだ? 魔法は使わなかったのか?」
東にいる時は人前で魔法を使わないようにしていたから、ついその調子で考えていたが、ここは西大陸。
魔法が一般に広まっている土地だ。
「魔法が使えなかったの」
「どういうことだ?」
困ったようなフィズの声に、ラシェルは疑問の声をあげる。
その疑問に答えてくれたのはセシルだった。セシルは魔法が使えない理由について詳しく説明してくれた。
フィズの腕にある見なれないブレスレットは、魔法封じのアイテムなのだそうだ。装着者に薄い結界をはり、魔力が外に放出されることを妨害することによって魔法を使用できない状態にするものらしい。
セシルの解説を聞きながら、アリアは意外そうな顔をしてセシルを見つめている。
アリアの視線に気付くと、セシルはにっこりとアリアに笑いかけた。
「ってーともしかしてオレも銃使えない・・・・か?」
実はラシェルの腕にも同じものがあった。捕まったときにつけられたものだが、たいして気に留めていなかったのだ。
とりあえず物はためしと、銃を取り出す。
「ちょっと! こんなとこで使う気!?」
「大丈夫だよ。威力は弱くしとくから」
慌てて止めようとするフィズに軽い笑みで返して、銃身をその辺の壁に向けて引き金を引く。
カチッ・・・・・・・・・。
小さな音が響いた。
「あ・・・・使えない・・・か」
ラシェルは銃を見つめて言った。
「どうやったらコレはずせるんだろ・・・」
アリアが呟く。セシルはしばらく考えてから答えた。
「多分鍵かなんかあると思うんだけど・・・・・」
「そうすると一旦戻んないといけないな」
「「「ええええぇぇぇーーーーーーーっ!!!」」」
三人が同時に叫ぶ。
「なんでわざわざ戻るのよ!」
「そぉだよ! せっかく逃げ出せたのに!!」
「私もあんまり戻りたくない・・・・」
三人が口々に戻りたくないという意思を主張する。
騒がしい女子群三人に囲まれて、なんだか精神的に疲れた気がしてラシェルはがっくり頭を垂れた。
こっそりと溜息をつく。
「戻るときゃオレ一人で戻る。要は鍵が手に入ればそれでいいんだからな」
不安要素がないわけではない。
銃ナシで、しかも多分警戒しているだろう大人数を相手に立ち回りして、絶対に上手くやれるとは言い切れなかった。
『僕が、なんとかしようか?』
「・・・え?」
急に言われて、思わず顔が上に向く。
そういえばさっき魔法で鍵を壊せないかと聞いた時、羅魏はあっさりと承知してくれた。
『この程度の魔法封じじゃ僕の魔力は抑えられないよ』
その言葉が終わる前に、ラシェルの腕にあったブレスレットが、風化して消えた。
「ちょっ・・・・どうやったの!?」
アリアは驚きの声をあげたが、フィズは逆に納得したようだ。
「私のも壊して欲しいんだけど・・・・いい?」
「ああ、わかった」
『っつーわけだから、羅魏。頼む』
自分に使うならともかく他人にたいして魔法を使うなら――外に魔力を放出させるなら――羅魏が表に出ていかなければならない。
交代して表に出た羅魏は、なにかを語るわけでもなく、ただ黙ったままフィズの腕にあった魔法封じのブレスレットを破壊した。
「セシルも・・・それ、壊すからちょっと来て」
が、セシルは動こうとしない。
アリアが心配して声をかけると、セシルはなんでもない、と言ってこちらに歩いてきた。
セシルの腕にあった魔法道具がラシェル、フィズのときと同じように風化して消える。
羅魏と、セシルの目が合った。その瞬間――
「私・・・・多分、貴方の事知ってる・・・。伝承が本当だったらだけど」
『え゙っ』
焦るラシェルとは対照的に、羅魏は穏やかな微笑をセシルに向けた。
それからすぐに、羅魏は意識の奥へと戻っていこうとする。
『なんで羅魏はそう冷静なんだよ』
『古い種族だからね、フェゼリアは』
その言葉に、ラシェルはすぐ納得できた。
フェゼリアは、人の文化圏から離れた奥地でひっそりと、昔ながらの生活で暮らす種族。
だからこそ、昔の事実が伝承としてそのまま残っている。
魔法を使う時に羅魏の額に現れるリディアの紋章――それに気付いたならば・・・・・・。
赤い瞳を持つドールの伝承を伝え聞いていれば・・・・・・。
言わなかった、羅魏の――ラシェルの、正体に気付いてもおかしくないのかもしれない。
「セシルに頼みがあるんだ」
闇都市ノインを出て、とりあえず近くの街の宿に落ちついたあと、ラシェルはこう切り出した。
「中央島に行きたいってやつでしょ?」
すでにラシェルから一連の事情を聞いていたアリアはそう聞き返した。ラシェルは頷いて続きを話す。
「オレ達、サリスに行きたいんだけどさ、あそこに通じてる転送装置が無いから長距離転移ができる誰かにたのまないと行けないんだ。フェゼリアは転移とかの魔法が得意だって聞いたからさ」
セシルは考えこむように俯いた。チラッと上目使いにラシェルを見る。
「あの・・・・どうして、サリスに行きたいんですか?」
どう答えたものか、考え込むラシェル。
フィズは、ラシェルの方を窺っているだけで自分から話そうとはしなかった。
「・・・・・・・・・・・・そう・・だな・・・・・。行ってみたいんだ。確かめたいことがある」
その言葉に反応したのはセシルやアリアよりも、むしろフィズの方だった。
ラシェルは、フィズにも言っていなかった。・・・・・・サリスに行こうとする本当の理由を。
言わないというよりは、言えなかったのだ。それを言った後、フィズがどんな表情を、言葉を返してくるかと思うと――きっと、フィズに心配させてしまうだろうことは予想できたから。
「何を確かめたいんですか?」
セシルが続けて質問すると、アリアは意外そうにセシルを見つめた。
そんな二人を眺め、ラシェルは苦笑した。
何も気付いていないだろうアリアの前で、すでに感づいているだろうセシルの質問に答えるのはずいぶんと気を使う作業だった。
自分は人間だと信じていた事。信じていたものが一瞬で崩れてしまった事。
あれ以来、このまま生きていていいのだろうかと思ったことは一度や二度ではなかった。
それでもなんとかやってこれたのは、フィズの存在があったからだ。
ラシェルがなんであろうと絶対に大丈夫だと――ラシェルが危惧しているような事は絶対に起こらないと言ってくれた。
だが、”羅魏”という兵器の監視役としてこの時代にやってきたフィズにも知らないことはある。
ラシェルは、決める前に、知っておきたかった。
決めるのは、自分に関する全ての事柄が明確になった時だと、そう考えていた。
「・・・オレ自身の事・・・・かな」
・・・・・・知ったうえでの結論が、死でっても、生であっても。
セシルは、静かな瞳でラシェルを見つめ、そして最後にはしっかりとした口調で答えた。
「少し・・考えさせてください」
「どのくらい?」
ラシェルの問いに、セシルは今度は即答した。
「私達、戦闘の経験がまったく無いんです。ここから私が住んでるクルニアって街までは一ヶ月ほどかかるんですけど、そこまで一緒に行って下さいませんか?」
「つまりクルニアについてから返事をくれるんだな」
「はい」
「わかった。今日はもう寝よう。出発は明日だ」
翌朝。四人は連れだって宿を出た。目指すは北。魔術都市クルニアだ。
四人の旅はいたって順調だった。魔物が狂暴化しているという話は聞いていたが、どれもたいした強さはなかった。
遺跡には、魔物以上に強力なガーディアンがごろごろしているし、フィズは魔物が一番強かった時代を生き抜いてきたのだ。
魔物たちは出たと思ったらこちらに向かってくる前にラシェルの銃で、フィズの魔法で・・・・次々とその体を無へと還していく。
「すっごーい」
襲ってきた魔物たちを一通り倒した後、アリアがひょいっと先ほどまで魔物がいた場所に移動した。くるっと体を回転させてこちらに向き直る。
後方にいたセシルも小走りでラシェルの横に着いた。
「ホント、強いですねぇ」
セシルは先ほどまで魔物がいた場所を見つめて言った。ラシェルとフィズは互いに目配せしてから照れたように笑った。
「そんなことないわよ」
フィズはそう言って歩き出した。残る三人もそれに少し遅れて歩き出す。
――そして、その日の夕刻。四人は小さな村に到着した。
最初は宿を探そうとしたのだが、この小さな村には宿屋というものがないのだそうだ。村人の好意で四人は一つの家に一人ずつ、村人の家に泊めてもらえることになった。
こういう小さな村の家なんてそう広くはないのだから、仕方ないだろう。泊めてもらえるだけでもありがたいのだから。
泊めてくれるという家に向かう途中、村の外れの方に白い翼が目に入った。
「セシル?」
ちょうどいい、と思った。
聞きたい事――というよりはは話したいことが、あったのだ。
「よぉ、何みてるんだ?」
声をかけると、セシルはふっとこちらに顔を向けた。
「星・・・・・見てたんです。ラシェルさんは?」
「セシルを見かけたから」
「私・・・?」
「うん」
何から話せばいいだろう・・・・・・。
「セシル・・さ、なんか・・・・その・・・・」
言いたいことは、聞きたい事はわかっているはずなのに、いざ実際に話そうとするとどうしても躊躇ってしまう。
ラシェルの言いたい事を察したのか、セシルが先に口を開いた。
「ラシェルさん・・・・人間じゃないでしょう」
「・・・・・・・」
確かにそうだ。
けれどそれを言葉に出して認めるのは抵抗があった。
だから、声には出さず、頷く事で答えた、
「私、そんなに態度に出てました?」
「オレがノインで魔法使って以来ちょっと避けてただろ。なのに気付くとセシルの視線がこっちに向いてるんだ」
セシルは、ラシェルと視線を合わさないようにしていた。
だが、それがかえってわかりやすくしていたのだ。
「あの、私が興味を持ってたのはラシェルさんが人間じゃないっていうこととは関係ないことなの」
「え?」
ラシェルが一瞬硬直する。
わかっていても、直に言われるのは慣れない。
見た目だけで言えば普通の人間とまったく同じだから、余計に抵抗があるのだ。
「ラシェルさん、時々すごく哀しそうな瞳をするでしょう? どうして・・・・あんな風に笑っていられるのかなって・・・」
セシルは、視線をあげてラシェルの瞳を見つめた。
他に居ないとは言いきれない――だが、少なくともラシェルは、自分以外にこんな色の瞳を見た事はない――赤い、瞳を。
どんな表情で返せばよいのかわからなかった。
ただ呆然と、口を開く。
「オレ、そんな瞳してたか?」
「はい・・・・気づいてなかったんですか?」
「全然。・・・・・・そっか・・」
ポツリ、と言ってラシェルは空を見つめた。二人とも言葉を発せず、二人の間に沈黙が流れる。
遠く遠く、想いは何も知らなかった頃へと飛ぶ。
「オレ、自分が人間じゃないって知ってから二年くらいしか経ってないんだ・・・」
「知らなかった!? どうして・・・・・」
ラシェルの言葉に、セシルは目を丸くして問い返してきた。
本来ドールとは人の役に立つために人に似せて造られた道具である。
道具が道具としての意識を持っていなければ――それらは人以上の能力を持つがゆえに――人を脅かす存在にも成り得るのだ。
「誰も、教えてくれなかったから」
「誰も教えて・・・・って、普通は誰にも教えてもらえなても最初から知ってるはず・・」
だがラシェルは、ドールとしても普通ではない。
なにせ怪物を滅ぼすために作られた特別なドールなのだから。
「それを知りたいんだ。フィズがその理由を教えてくれたけど・・・多分違う。強力な兵器としてのドールを隠すために自分を兵器と自覚していない人格を造る――たったそれだけの理由でそんな手間をかけるのはメリットよりもデメリットのほうが大きいように思う。・・・絶対他にも理由があると思うんだ」
フィズはきっと、知らされていない。
ドールも人と同じように扱うフィズだから、知らされなかったのかもしれない。
だから、それを知るモノのもとに行く必要があるのだ。
「どうして・・・・・?」
「なに?」
「どうしてそんな風に笑えるの?」
瞬間、理解した。
理由は違えど、セシルもラシェルと似たような悩みを持っているのだと。
ほとんど直感に近い考えだが、多分間違っていないだろう。
本人は気付いていないのかもしれないが、自分はこのまま生きていてもいいのだろうかという――そんな想いを抱えている。
「セシルは笑えないのか?」
言うと、セシルはビクリと身体を震わせ、そして俯いた。
ゆっくりと、小さな声で話し出す。
「・・・うん・・・。私の目の前で皆殺されたの・・・・父さんも、母さんも、妹も村の皆も・・・・・フェゼリアの翼は高値で売れるからって・・・・・・助かったのは私だけ・・・風が、私をアリアの所に連れてきてくれたの」
「泣いたか?」
「え?」
「そのことで泣いた事はあるのかって聞いてんだ」
セシルは首を横に振った。
「泣く暇なんてなかったもの。泣く暇があるなら今の生活に慣れなきゃって・・・生き残ったなら精一杯生きないときっと皆に叱られちゃう」
ラシェルは大きくため息をついた。
「あのなぁ、一生懸命生きることと泣かないことは関係ないだろ? 泣きたいときは泣いていいんだ。そうしないといつまでたっても先に進めないぞ」
「・・・・・ラシェルさんは、泣いたの?」
ラシェルは照れたように頭を掻いて、視線を逸らしてから小さく頷いた。
「泣きたい時は泣いて、笑いたい時は笑って、怒りたい時は怒る・・・オレはずっとそうやってきたんだ」
ずっと、ずっとそうしてきた。
祖父がこの世を去った時も、自分の出生を知ったときも。
そうすることで、なんとか折り合いをつけてきたのだ。
「ごめんなさい、私もう行きますね」
言って、セシルはその場に立ちあがった。
「ああ」
セシルの瞳に光る物を見つけ、ラシェルは笑顔で答えてその場を後にしたのであった。
そこからさらに旅する事数週間。
「きゃーっ♪ クルニアだ、クルニアだーいっv」
アリアはクルニアの街並みを見た瞬間、大歓声を上げた。
実際には、その前から少しばかり浮かれていたが。
「アリア、はしゃぐのはそれくらいにしとけよ」
スタスタと歩きながらラシェルが呆れたような目でこちらを見ている。
セシルが案内役を買って出て、街の中心部へと向かうその途中。
「ちょっと待った!!」
突然アリアがストップをかけた。
当然三人の視線はアリアに向かう。
セシルは、首を傾げて問い返した。
「なぁに?」
「なんでそっちに行くの! 家はこっち!!」
”そっち”と”こっち”でまったく別の方向を指して、アリアが叫ぶ。
「え? なんで? 家に行かないの?? 一月もいなかったんだもん、きっと心配してるよ?」
「気にしなくていいの、どうせ居なくなってたことにすら気づいてないんだから。それに心配してるのは学校の人達も同じでしょ?」
「とりあえずさぁ、ここで言い合うのはやめないか?」
このままでは延々終わりそうにない言い合いに、ラシェルが横から口を挟んだ。
「で、結局どっちが家の方角なんだ?」
「こっちがアリアの家、向こうは学園の寮。私達、学園の寮に住んでるんです」
指し示された方を見つめ、ラシェルは首を傾げた。
いくら広いとはいえ、同じ街の中ならばある程度の交通網もあるだろう。
「寮に入らなきゃ通えないほど遠いのか?」
セシルは首を横に振る。
「学園からアリアの家まで歩いて十五分くらいかなぁ」
「ウチ、家が嫌いなの。だから寮に入ったの。わざわざ近寄りたくない」
「そうか」
簡潔な説明だったが充分に納得できた。まあ、そういうこともあるだろう。
その後はアリアが案内役になって、先に進む事となった。
そうしてまた歩く事十分弱。
目の前に大きな建物が見えた。
あれが、学校なんだろう。予想以上に規模が大きい。
またさらに歩き、寮と思しき建物の前まで辿り着いた時、
「アリア、セシルっ!!」
突如上から声がかかった。
見上げると窓から顔を出している者が数人。
アリアは、にっこりと笑って手を振った。
「ただいまーっ♪」
窓から顔が引っ込む。次いでバタバタバタッと慌てたような足音が駆けて来る。
「ちょっとっ、一体何があったの? どうして・・・」
「遺跡にあった転送装置がなんでか知らないけど作動しちゃってね、飛ばされちゃった」
アリアは軽い感じでそう言った。それを聞いていた周囲の人たちが一瞬凍る・・・・・。
「どっ・・どこまで飛ばされてたの・・・・?」
「ノインの近く」
またもあっさりと言うアリアに周囲は蒼白になっていた。ノインは大陸最大の犯罪都市だそうだから、青くなるのも当然だろう。
「この人達のおかげで助かっちゃった♪ 二人ともすっごく強いの」
皆の視線がラシェルとフィズに集中する。二人はぺこっと小さくお辞儀をした。
アリアはあっという間に友人達に囲まれ楽しそうにお喋りを始めた。
こうなるとラシェルとフィズは輪の外で見ているしかない。
ある程度落ちつくまで待っていようかと思ったのだが、人見知りするセシルもどうやら居づらかったらしい。
セシルは、二人を寮の自室まで案内してくれた。
「唐突だけどさ・・・聞いて良いかな?」
部屋に入った直後、ラシェルがそう切り出した。何を聞こうとしているのかは明白だ。
「いいよ。サリス島に行くんだよね?」
「ああ」
二人の会話にいきなりフィズが割って入った。
「そういえば・・・今思ったんだけど、転移魔法使えば簡単に戻って来れたんじゃない・・・?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・部屋の中を冷たい空気が流れる・・・・・・。
「そういえば・・・そうだね・・・忘れてた・・・・」
セシルの表情が半ば呆然となっている。
「ま・・・・まぁ、過ぎたことはどうでもいいとして――」
ラシェルが苦笑して、それから真剣な表情へと変わる。
「サリス島に連れてってくれるか・・・?」
セシルはこくりと頷いた。そしてにっこりと笑った。とても、優しい瞳で。
「はい」
「どっちにしても行くのはアリアが戻ってからかな」
「は? なんで? 今すぐだとなんかまずいのか?」
フィズの言葉にラシェルが聞き返した。
「・・・・・たった一月の間とはいえ一緒に旅した友達になにも言わずに出掛ける気?」
「あ、そっか。そうだな」
サリスに行くことばかりに頭が向いていてすっかり忘れていた。
横でセシルが小さな笑みを漏らして、ラシェルは不機嫌そうな顔でそちらに目を向ける。けれど、そんな拗ねた様子はますますセシルの笑いを大きくしただけだった。
バタンっ。
「うわっ、とっ・・」
いきなりドアが勢い良く開く。ちょうど扉の前にいたラシェルが慌てて場所を移動した。
「やっ、待たせてごめんっ」
フィズがクスクスと笑いながら答えた。
「そんなことないわ、アリアの友達も皆心配してたんでしょ?」
「あははは、もう質問攻めにあっちゃった。先生にもちゃんと事情話してきたよ」
アリアは、フィズの言葉に答えてからセシルの方に声をかけてきた。
「なんて言ってた?」
「無事に帰ってきてくれて良かったってさ。あと遺跡とかではもっと慎重に行動しろって怒られちゃった」
「でもあれって半分くらいは私達のせいじゃないと思うけど・・・・」
「そうだよねー」
「二人のせいじゃないって・・・どうしてだ?」
「えっとね、横道を見つけたの。順路には無いやつ。そこ見てたんだけどいきなり後ろから押されて―」
アリアの言葉をセシルが続ける。
「横道の奥にあった部屋に転送装置があったの。最初は転送装置ってわからなくってとりあえず近づいてみたらいきなり」
「・・・・・・その、とりあえず近づいたってのはお前らの責任だろう。でも押されたって誰に?」
「わかんない」
アリアはそう答えたが、セシルには思い当たる人物がいたらしい。
自信なさそうにだが、答えてくれた。
「押したのは・・・多分あの人だと思う」
「あの人?」
セシルを除いた三人の声が重なった。
「アリアは見なかったの?」
「うん、全然気づかなかった」
「あのね、あの時、飛ばされる直前、入り口のところに男の人がいたの。銀髪で・・一七か八か・・そのくらいだと思う。・・・・笑ってたの・・・なんだか怖かった」
「まさか・・・・あいつ・・・」
ラシェルの表情が一変した。
銀髪で十七、八前後と言えば、一番に思い出されるのはレオル・エスナ。
だが、そんな行動をする理由がわからない。まさかラシェルと引き合わせるためではないだろうし。
言葉こそ発しないもののフィズも驚きを隠せないようだ。
「知ってるの? その人」
「多分な。でもそんなことをする理由がわかんねぇ」
考えこんでしまったラシェルに、アリアの明るい声がかぶさる。
「んもぅ、いいじゃないそんなの。ラシェル達はサリスに行きたいんでしょ?」
「あ、ああ」
「どうせここで考えこんでもわかんないんだから。先に進めばなんかわかるかもしれないでしょ?」
アリアの単純明快な答えにラシェルが笑い出した。
「あはははっ・・・そうだな。そうするよ」
「もうっ。なんで笑うの!」
「ごめん、ごめん。そうだよな。考えてもわかんないなら前進あるのみ・・・だな」
その日、ラシェルとフィズは寮の空いている部屋に泊まることになった。
そして――翌日。
四人は街の外れにある丘に来た。
「それじゃ、行きますよ」
「ああ」
「あ、ちょっと待って」
「・・なんだよ、フィズ」
「アリアに言いたいことがあったの」
言ってフィズはアリアの方へと駆けて行く。
そんな二人の背中を見つめてから、ラシェルはセシルの方へと視線を向けた。
目が合うと、セシルはにっこりと笑顔で返してくれた。
フィズとアリアの話は、数分で終わった。
会話が終わったのを見て、セシルは行動を開始する。ラシェル達をサリス島に送り届けるために・・・・・。