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 IMITATION LIFE〜第2章・ヒトリ 1話 

  足元には砂浜。目の前には海が広がっている・・・そしてその向こうには先ほどまで自分がいた場所、西大陸チェステリオンが見えた。

  ・・・・・・始まりは、ラシェルの”兵器”としての力を狙う青年、レオルとの出会い。
  自分が人間ではないと知り、ただの幼馴染だと思っていたフィズが、実は羅魏と共に古代からやってきた人間だと知った。

  サリフィス世界に怪物を送り出してくる、正体不明の黒い空。
  それを倒すために作られた、もう一人の自分――羅魏。
  フィズには大昔の予言に従い黒い空を滅す事の出来る”勇者”を探してほしいと言われたが、ラシェルはまずこの場所にやってきた。――海に巣食う怪物のせいで船が使えないために、西大陸に移動し、そこから中央に移動すると言うものすごい遠回りをするハメになったが。――
  大多数の人が魔法を行使でき、たくさんのドール兵器がいた時代でも誰も太刀打ちできなかったものに、今の時代の誰が太刀打ち出来るというのだ。

  必要なのは、知ること――羅魏の力と、倒すべき相手の力を。
  そう考えたラシェルが目指したのが、この地だった。

  ――自分が造られた場所であり、今もなお黒い空が居座る場所・・・・・中央島サリス。


  そこは、荒廃した大地だった。多分怪物たちによってなぎ倒されたんだろう木々と、いたるところで目に付く廃墟・・・・。
「とりあえず中央研究所に向かいたいんだけど・・・・・・それで良い?」
  いつのまにか本来の――十八歳の姿に戻っていたフィズがラシェルの横に立った。
  ラシェルは少しだけムッとする。年齢が違うのだし仕方ないことだが、フィズの方が背が高かった。
「行きましょう」
  口調までもが微妙に変わっている気がする。
  フィズ・・・いや、この姿の時はアクロフィーズと呼んだほうがいいかもしれない。――アクロフィーズに言われて、ラシェルは小さく頷いた。

  中央研究所へ向かう道中は、思ったよりも怪物たちの数が少なかった。
  だからといって油断は出来ないが、遭遇数が少ないおかげで会話する程度の余裕はできていた。
「・・・・・・なぁ、中央研究所ってどんなところなんだ?」
「当時世界で一番の最先端を誇っていた魔機技術の研究所よ。あなたもそこで生まれたの」
「そっか・・・・・・」
  アクロフィーズの気遣いがありがたかった。
  その短い会話を最後に二人の間に沈黙が流れる。遠くに見えていた研究所の建物が少しずつ近づいてきていた。
  研究所は、小さな村ぐらいはすっぽり入りそうな大きさだった。
  怪物たちに荒らされていることを予想していたが・・・・・・実際、他の建物は怪物に破壊されているものがほとんどだったが――なぜかこの建物だけは荒らされることなく、綺麗な状態で残っていた。
  横を見ると、アクロフィーズにもこれは意外だったようだ。
  アクロフィーズはきゅっと唇を閉じると中へと歩き出した。ラシェルもそれに続く。
  中の雰囲気はラシェルにも見覚えがあった。東でもよく出入りしていた遺跡と雰囲気がよく似ていた。遺跡も昔は研究所だったんだから当たり前だが。
  二人は通路を奥へと進んでいく。


  突如、――目の前が真っ白になった。

  強力な光が真下から発生して、ラシェルの身体を照らしていた。
「ラシェルっ!!」
  フィズの呼ぶ声が聞こえる。けれどラシェルはそれに答えることは出来なかった。
  足が、痺れたように動かなくなった。それは下から上へと伝染していく・・・・最後には思考能力までもが麻痺し、ラシェルは意識を保てなくなってその場に倒れこんだ。



  ――・・・・・・遠くで、声が聞こえる。・・・・・・フィズの声だ。
  最初はずっと遠くで聞こえていたその声が、少しずつ近づいてくるのがわかった。
「ラシェルっ!」
  間近で聞こえたその声にラシェルは覚醒した。目の前には心配そうなアクロフィーズの姿。
(・・・・・・?)
  いつものパターンだとこういう場面ではアクロフィーズが抱きついてくるのに、今日はその場に立ち止まったままだ。
  ラシェルは改めて辺りを見渡してみた。アクロフィーズの後ろに見覚えのない三人の女性。
  一人は黒い瞳、黒い髪。年は十三、四。頭に赤い紐飾りをつけていた。もう一人は水色の髪の――あまり見慣れない服装の、十六歳くらいの女性。最後の一人は、金髪に紫の瞳。彼女もまた、見慣れない雰囲気の服を着ていた。
  そして、ラシェルのすぐ隣に二十五、六才の男が一人。
  ラシェルは部屋の中心にある四角い台の上に立っていた。横にいる男も同じ台の上にいる。周囲にはさまざまな機械が明滅を繰り返していた。
「・・・・・・ここはどこだ?」
  ラシェルは素直な疑問を言葉にした。それに答えたのはアクロフィーズ。
「研究所の奥。昔はここの所長が使ってた部屋よ」
「こいつらは?」
「ラシェルの隣にいるのはキリト。ここの所長だった人間だけど、今は人格のみでここに存在しているの。ここのコンピュータ全般のセキュリティAIでもあるわ。
  こっちの黒髪の娘はこの研究所を守るためのドールで名前は瑠璃。あとの二人はなんか別の世界からあれに引きこまれてきたんだって。名前はミレリアとライラよ」
「ふーん・・・・んじゃ、手荒な歓迎の理由を聞かせてもらおうか」
「すまなかった。羅魏に聞かれたくない話だったのでキミと羅魏を引き離させてもらった」
「へ? 羅魏と・・・?」
  キリトの言葉に、ラシェルは改めて羅魏を探す。
  ・・・・・・いつもどんなときでも、必ず自分の中のどこかに感じていた羅魏の気配が感じられなかった。
  一瞬で、ラシェルの表情が変わった。
  先ほどまでの表情はどこかのんきで、よく見なければ、その瞳が表情とは正反対の真剣な光を放っていたことに気づかなかっただろう。けれど今のラシェルには、はっきりと、緊迫した真剣な表情が浮かんでいる。
「羅魏をどうしたんだ・・・」
「羅魏には別室で眠ってもらっています。先ほどあなたが浴びた光はドールの機能を一時停止させるもの。表に出ていたのがあなたで良かった。羅魏ではあんなもの簡単に避けられてしまいますから」
  瑠璃はそう答えてくれたが、どんな事情であれいきなり攻撃してくるような輩の言葉をすべて信用する気にはなれなかった。
「証拠は?」
  ラシェルがそう聞くとキリトが横のパネルに目を向けた。そこに簡易ベッドに横たわっている自分の姿があった。
「・・・・・ちょっと待てよ・・・あれ・・・」
「そう、あれは羅魏であると同時にキミの体でもある」
  ラシェルと羅魏は二人で一つの身体を共有している。もっと早くに気づくべきだった。
  慌てて今の自分の姿を確認する。
  さっきは気づかなかったが、よく見ると自分の足は微妙に宙に浮いていて、台に足はついていなかった。すぐ隣にいるキリトもそうだ。
  そろそろと自分の手を伸ばしてみた。だが、伸ばした手はアクロフィーズに触れることができずにすり抜けてしまった。
  やっと、さっきのアクロフィーズの態度に合点がいった。抱きつこうとしても抱きつけないから動かなかったのだ。
「キミは、機械のプログラム空間に入っていって作業するためのドールを知っているかい?」
  それはラシェルも知っていた。機械プログラムによって存在する”ネットワーク”と呼ばれる、現実には存在しない空間。
  人間は決して立ち入ることの出来ない、ある意味もうひとつのサリフィス世界とも言える場所――とはいえ、今ではそんなものを存在させることが出来るような高度な通信システムは存在しないが――。
  その世界の中で、ネットワークにアクセスしてきた人間に対するインターフェースやプログラム作成の手助けをするための、体を持たないドール――彼らは現実世界には存在できないということから、ヴィジョン・ドールと呼ばれていた。
「私も、そしてキミも・・・・・・今はヴィジョン・ドールと同じ状態になっているんだ」
「なんでオレなんだ? オレを体に残して羅魏をこの状態にしといてもよかったんじゃないのか?」
「羅魏はあの身体から離れられない。あの身体にはキミが知らない機能がいくつもある。しかしそれは身体と核が密接に繋がっているからこそ使えるものなんだ。それゆえに、羅魏の核はあの身体を通してしか作動しない。
  キミは後から造られたこともあって、あの身体との繋がりはあまりない。
  今、キミの核は確かにあの身体に存在しているが、ネットワークを通してここで作動している。それは本来キミ自身の意思で行えることなんだ」
「今の状態はわかった。で、オレになんの用があるんだ?」
  キリトが微笑した。
「キミは頭が良いね、話が進めやすい。単刀直入に言おう。羅魏を助けて欲しい」
「は? 羅魏を助ける・・・? オレが? あいつのほうが全然強いんだぞ? オレが助けられることはあってもオレが助けるなんてことは・・・・・・――」
  言葉の途中で遮って、キリトは静かに瞳を閉じた。
「精神的なことだよ。・・・・・・最初から話す。知っているのは私以外誰もいない。研究所の所員にも、アクロフィーズにも嘘をついて真実を隠していたからね」
  その言葉に反応したのはラシェルではなくアクロフィーズ。
「どういうこと?」
  フィズはしっかりとキリトを見据えて言った。
「ああ、疑問を持つのは当然だろう。私は誰にも言わず、一人でこの計画を進めてきたのだから」

  そうして、キリトは語りはじめた。
  全てが狂い始めたあの瞬間からの時を・・・・。

「あの闇を消すためのドールを作ろうという計画を打ち出した研究者達で発生地点に行ったあの日。
  そこで待っていたのは無数の怪物達だった。研究者たちは、その怪物に殺されたんだ。
  あの闇は二つの能力を持っていた。一つは怪物を生み出すこと。もうひとつは生物を操ること――それもごく弱っている者にしかできないらしいが――。
  私は運良く・・・・・・――いや、運が悪かったのかもしれない――命だけは助かったが、そのせいであいつに操られることになってしまったんだ。
  アクロフィーズと初めて会った時、すでに私は一日のうちの半分は意識を失っているような状態だった。

  最初は、羅魏に感情を与える予定など無かった。兵器に感情など必要ないからだ。しかしあいつは、私が羅魏のマスターであることを利用して羅魏を自分のものにしようとした。
  どうやらあいつは直接世界に降りることが出来ないらしい。だから、怪物達を使って世界の住人を殺そうとする。操った人間を利用して、さらに災いを呼ぼうとする。
  このままでは世界を救うために作られた羅魏が逆に世界を破壊してしまう。・・・・・・だがあいつは私と身体を共有していたため、下手なやり方では妨害されるのは目に見えていた。
  そうして、結局私が行きついたのはあいつの計画に協力するようなことだった。

  ・・・・・・”感情”だ。

  自分の感情を持てば、プログラムによって与えられた行動基準は作用しなくなる。羅魏が自分の感情を持てばマスターの命令を聞かなくなるかもしれない。
  私は嘘をついて他の研究者にも感情を持つドールを作り出すための研究に協力してもらった。そして、ドールに感情を与える研究が始まった。
  ・・・・・だが、問題が発生した。彼らは人と暮らすことによって人と接する方法を学んだが、感情は芽生えなかったんだ。
  そんな時だ、あの予言が広まったのは。それは私にとって好都合だった。もしかしてあいつがなにかしたのかもしれないと思ったが・・・・・・私は賭けに出たんだ。
  彼と全く同じ立場の者になら彼も興味を示すかもしれないと思った。しかし感情を持たないドールでは意味が無い。だから、ゼロから人間に育ててもらうことによって感情が現れることを期待して、新しい核を造った。新しい――といっても、時間のなさから、基本システムは同じものになったが。
  ・・・・・・ラシェルという人格の本当の存在意義は、羅魏に感情を与えることだったんだ」

  キリトは、ゆっくりとラシェルの方へ視線を向けてきた。
  睨みつけるようなラシェルの視線とぶつかって、ついと目を逸らす。
  逸らした視線の先には、アクロフィーズがいた。

「・・・・・・羅魏のそばに居た君ならわかるだろう? アクロフィーズ」
  問われて、アクロフィーズは硬い表情で頷いた。
  突然告げられた真意に、納得しかねている感じだ。
「・・・・・・ええ、わかるわ。羅魏は、ラシェルにたいしてだけだけど・・・・感情を持つようになってた」
「そうだ。もう少しここに来るのが遅ければ・・・そうすれば、兵器としての性格よりも羅魏自身の性格が優先されるようになっていたはずだった。
  早すぎたんだ・・・・今、私の身体を乗っ取ったあいつに会えば、羅魏はマスターである私に従う。・・・・・その羅魏を止められるのは、ラシェルだけだろう」

  そうして、最後に、キリトは告げた。
  あの、黒い空――あれの正体は、精神のみで存在する生命。

  あれの目的は、宇宙に存在する全ての命と世界の消去。
  命ある者達を憎み、全てを消そうとしているのだ。
  その理由まではわからないが・・・・・・・・・・・・。

  誰も言葉を発しなかった。
  その沈黙は、時間にすれば短かったのかもしれない。けれど当人達にはとても長く感じられた。

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