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 IMITATION LIFE〜第2章・ヒトリ 2話 

  ラシェルは言葉が出なかった。
  カモフラージュにしろ羅魏を助けるためにしろ、どっちにしても自分がただの道具にしか過ぎないということを宣告されたような気がして、顔を上げることが・・・・・・アクロフィーズの――フィズの、顔を見ることができなかった。
「ぼくからも言いたいことがあるんだけどいい?」
  そう声をかけてきたのは金髪の女。
「えっと・・・ライラ・・だっけ?」
「うん。多分あいつは、ラシェル・・・あなたにしか倒せない」
  ライラはそう断言した。
「どうして?」
  最初に口を開いたのはアクロフィーズ。ライラは淡々とした口調で、そう断言した理由を語り始めた。
「同じ魂を持つものは傷つけ合う事はできない。それが、”女王”の決めた世界の法則だから」
「たましい?」
  このサリフィス世界には”魂”という概念は存在しない。魂という言葉の意味が理解できなかったのはラシェルだけではなく、キリトとアクロフィーズも同じだった。
  三人の反応を見てライラはちょっと考えこんでから説明を始めた。
「世界に住む”命”という存在は全て”器”と”魂”から成り立ち、”魂”は器に宿り、感情を得た瞬間から、命あるものの精神になる。だけど種族によっては精神だけで命として存在する者もいるんだ。
  精神のみで生きる者は、命ある者の世界では急激に消耗するけど、その代わりに器を持つ者には無い能力を持っている。・・・・・・あんま言いたかないけど、ぼくもある意味ではあれと同じなんだ。精神のみの存在って意味ではね」
「ちょっと待て・・・・・なんだかおかしくないか? じゃあライラ、あんたは何故ここに存在していられるんだ」
「ああ。ぼくは命あるものの空間で存在するために、かりそめの器を使ってるから」
「かりそめの器・・・・?」
  なにか引っかかるものがあった。
  器・・・・器・・・・どこかでその単語を聞いた記憶がある・・・・・。
「そうだっ! 確かレオルの奴がそんなこと言ってた!! 星の大地に降りるには器が必要だって!」
「レオル?」
  ライラが聞き返してくる。
「零ってドールの体を使って好き勝手してるすっごく嫌な奴!」
「そのレオルって奴は、私の体を乗っ取ってる奴と同一人物だろうな」
  キリトの言葉にライラが頷く。
「両方ともあいつ・・・・・ぼくの世界で魔王って呼ばれてたもののカケラだ。あいつも魂だけで存在してるから、そのままこっちに来たらすぐに消耗して消滅するんだ。だからドールの器を使ってるんだと思う。
  人間の体を乗っ取るためにはまずその魂と器の繋がりを薄くしなくちゃいけない。そんなことするよりも最初から魂が存在しないドールの器を使うほうが手っ取り早いからね」
  何故か、どこか疲れたような笑みを見せたライラは、一度途切れてしまった説明を続けた。

  ラシェルにしか倒せないと言った、その理由を。

「――魂って言うのは、全て、神様の力で生み出されたものなんだ。
  宇宙・・・・・・って単語はわかるかな?
  星があつまる、果てのない空間――宇宙ってやつは、ここだけじゃないんだ。ま、ぼくも含めて、普通の人じゃ行き来するのは不可能だけど。
  宇宙はたくさんあって、その一つ一つに神様が存在するんだ。宇宙と、そこに存在する魂は神様によって管理されてるの。
  だけど、ラシェルの魂はぼく達の持つ魂と違う・・・雰囲気的なものだから上手く説明できないけど・・・・」
「なんか今、すっごいムカついたぞ」
  憮然とした口調で言ったラシェルに、ライラはきょとん、とした表情を向けた。
「それってさあ、まるでオレが宇宙全体から見ても異端者なんだって言われてるみたいじゃないか」
  ――”見ても”と、ラシェルは言った。
  それ以外の部分でも、ラシェルは自分を異端者として見ていたのだ。
  サリフィスでは、ドールというのはたいして珍しいものではない。
  だが、ずっと自分を人間として認識してきたラシェルにとって、自分が人間ではないという事実は、自分に対してコンプレックスを抱くに充分過ぎる出来事だったのだ。
  ラシェルの物言いに含まれた言葉の意味――ラシェル本人ですら意識していなかったかもしれないその言動に、キリトとアクロフィーズが苦い表情を見せた。

  静かな――静か過ぎる空間に、小さな音が響いた。
  ブゥンっと言う、モニターの起動音。

  次の瞬間、
  現れたのは黒髪と黒い瞳を持った十歳の少女と、少女の頭の上にちょこんと乗っている――十数センチほどの身長で、羽を持った少年。
  彼女――マコト・ルクレシアは、結界と怪物のために分断されている東西大陸の交流を復活させようとしている、幼いながらも立派な考古学者。
  少年の名は、ルシオ。フェリシリアと呼ばれる透明色の羽を持つ種族で、マコトととても仲が良く、マコトと一緒に旅をしていたのだ。
  ラシェルとフィズは、サリスに向かう旅の途中で、二人と一時行動を共にしたことがあった。

「キリトさんっ! 大変、零がこっちに向かってきてる!!」
「マコトっ!?」
「マコトちゃん!?」
  ラシェルとアクロフィーズの声が見事に重なった。
「あ、こんにちわ。お久しぶりです♪」
  マコトは、のんきな返事を返してくる。
  ラシェルが次の言葉を発する前に、キリトの焦ったような声が聞こえた。
「マコト、詳しく状況を説明してくれないか?」
「あ、うん。シアさんがそっちに行くって」
「わかった」
「・・・シアも・・・?」
  フルネームはアデリシア・アルフェリア。彼女は特殊な力を持つ森の民だ。
  マコトと行動を共にしている時に出会い、ラシェルとフィズは、彼女の力で西大陸に送ってもらったのだ。

  会話が終わってから数秒もしないうちに、シアが部屋の中に現れた。転移魔法だろう。
「久しぶりっ、お二人さん♪」
「・・・久しぶり・・・・どうして二人が・・・?」
  ラシェルは半ば呆然と聞き返す。
「とりあえずそれはマコトに聞いてくれる? 私はキリトに話さなきゃいけないことあるから」
  シアはそう言うと、キリトの方に視線を向けた。
  何を話しているのか気にならないわけではないが、今はなぜマコトがここにいるのかのほうが気になった。
「マコトはどうしてここにいるんだ?」
  マコトの姿が映し出されているモニタに向かって声をかけると、マコトはにっこり笑って返事を返した。
「ラシェルさんとフィズさんが西大陸に行った後ね、あたしとルシオはしばらくシアさんのところに居たの。
  でもどうしても調べたいことができて、ユーリィに帰ったんだけど、その時にシアさんも一緒に来てくれたんだ♪
  あたし、ラシェルさんと一緒に行った遺跡でキリトさんとちょっとだけ話してたの。それから羅魏と、キリトさんの体を乗っ取ったやつ・・・・・・レオルの分身みたいなの人の事を知って、キリトさんに頼まれてシアさんと一緒にこっちに来たの。シアさん、キリトさんに時間稼ぎを頼まれてわざとサリスには行けないって言ったんだって」
「で、ここでキリトの手伝いをしてるってワケか」
「うん♪」
  話が一段楽ついて、横目でシアに視線を向けると、自然とキリトの姿も目に入った。
  シアは距離や壁に阻まれて見えないような場所の風景も見ることができるらしい。その能力で、こちらに来てからずっと零・・・レオルを監視していたのだそうだ。
  そして今、あいつがこの研究所に向かっている・・・・・。

「なぁ、どうやったらオレは戻れるんだ?」
  ぽんっと、まるで世間話のような軽さで言った言葉。
  キリトがくるりとこちらに振り返った。
  あまりにも軽い口調に一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに表情を引き締めて真剣な瞳でラシェルを見た。
「今は戻らない方が良い。あいつが――」
「戻らなくちゃダメだ!! あんたが言ったんだろ? 羅魏を止められるのはオレだけだって。だから、羅魏の一番近くにいなくちゃダメだ」
  叫ぶように――搾り出すように・・・・・・どこか痛々しい色を含んだ声が、部屋の中に響いた。
  全員の視線が同じ所に集中する。ラシェルとキリト――二人のもとに。
「・・・・・・・・・・・」
  キリトは黙りこんでいた。なにか考えこんでいるようにも見える。
  アクロフィーズが一歩前に進み出た。
「ねぇ・・・ラシェルの好きにさせてあげて。兵器としての羅魏を一番良く知っているのはキリトかもしれないけど、人としての羅魏を一番良く知ってるのはラシェルでしょう?」
  そこまで言ってから視線をキリトからラシェルへと移す。にっこりと、けれどどこか寂しげな瞳でアクロフィーズは・・・・・・――フィズは、笑った。
「ラシェルが思うように行動すればいい。それが羅魏を助けるための一番の近道だと思うの」
「・・・・わかった。ラシェル、ちょっとこっちに来て」
  キリトは大きくため息をついてから諦めたように言うとラシェルを呼んだ。
  それに従いラシェルはキリトに近づく。
「感覚的なものだから口で説明するよりも直接データを渡した方が早い」
  そう言ってキリトはラシェルの手を取った。
「データ?」

  ――不思議な感覚だった。
  ・・・・・・映像でも、言葉でも無い。
  けれどなにかが記憶のなかに滑りこんでくるのだ。

  キリトが手を離した。
「サンキュー。んじゃ行ってくるわ。またあとでな、フィズ!」
「うん」
  彼女がうなずいたことを確認してから、跳ぶ。
  もう、やり方はわかっていた。

  通信回線を通り、まずは羅魏の居る部屋へ。そこから、魔力を使って空間上に一時的な通信回線を作り出し、それ通って自分の身体に入りこむのだ。

  見える風景がいつもと違って見えた。
  ・・・・・・今ならわかる。自分と羅魏がどんな風にここに居るのか。
  自分の場所を探してそこに潜りこんだ。多分そこが自分の本体・・・核と呼ばれるドールの中枢がある場所なんだろう。
  眠っていた身体を起こして周囲を見渡すと、モニタの向こうに先ほどまで自分が居た部屋が見えた。それとは別のモニタにマコトも居る。
  皆、心配そうにこちらを見つめていた。


(・・・・・・さて、これからどうするかな)
  フィズ達の方に行った方がいいのか、それともここでレオルを待つか。
  向こうに行きたいと思った。けれど頭の隅にそれはダメだという考えがあった。もし、羅魏を止められなかったら? あそこにいる誰よりも羅魏は強いだろうと思う。
「ラシェルっ!!」
  シアの焦ったような声が聞こえた。
  その直後、足音が耳に響く。
  シュッと小さな音を立てて扉が開いた。
  扉の向こうにはキリト・・・・いや、キリトの姿をしたレオルが立っていた。
  楽しそうに、笑って・・・・・・――。

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