■■ IMITATION LIFE〜第2章・ヒトリ 4話 ■■
ダメで元々、何もやらないよりはマシ。・・・・・・そう思っての行動だった。
羅魏のその変化はレオルにも、行動した本人――ラシェルにも予想外のものだった。
突然目の前に現れたラシェルの姿と声に、羅魏の瞳が揺れた。
「いい加減にしろよ。何やってんだ、てめぇは」
静かに・・・・・・けれど怒りを込めた声音で言う。
羅魏がうろたえたようにジリジリと後ろに下がる。レオルの表情に焦りの色が浮かんでいた。
「羅魏っ! そいつを消去しろ」
羅魏はレオルを見つめ、それからラシェルを見つめた。
その瞳は、さっきまでとは明らかに違っていた。
・・・迷い・・・・・・それでも、羅魏はマスターに逆らわない。
「了解、しました」
ガクン、と体が沈みこむような感覚があった。
さっきと似ているが違う。・・・・・・さっきはただ眠かっただけだった。
意識が朦朧としているという点ではほとんど変わらない状況。けれど、さっきと大きく違っていることが一つ。
――・・・・・思い出せなくなってきていた・・・・。
記憶が・・・・・・――”記録”が、少しずつデリートされているのだ。
フッと、音もなく。
ラシェルの映像(すがた)が、そこから掻き消えた。
「ラシェルさん!?」
シアの結界の中から、マコトが声をあげた。
「シアさん、皆を助けなくちゃ」
ルシオが言う。
「わかってる・・・やるなら今よね。ゴメン、ちょっと結界解くよ?」
二人は真剣な面持ちで頷いた。
結界を解くとシアはフィズ達が倒れている方へと手を伸ばした。その手の上から水が現れる。
水はキラキラと水飛沫になってフィズ達の上に降り注いだ。・・・・・・みるみるうちに、倒れていた全員の怪我が治っていく。
「大丈夫っ?」
フィズ達の方へ駆け出そうとするマコトをルシオが止めた。
「ルゥ・・・なんで止めるのよぉ」
「行かない方がいいよ。マコトは戦えないでしょ? それよりも・・・・」
そう言ってルシオは自分の背後に目をやった。マコトもその視線を追う。
ずっと戦いの方に目が行ってしまっていて気付かなかったが、後方に機械パネルがあった。
多分、この部屋のコントロールパネルだ。
「シアさん、あたしちょっと行ってくる!!」
「え? マコト?」
マコトを追いかけようとしていたルシオは空中で制止して振りかえった。
「大丈夫だよ、あの人こっちまで注意してないみたいだから」
「そうだけど、もしもってことが・・・・・・」
けれど二人ははまったく聞いていなかった。
マコトは機械パネルを見つけた直後にはもうそちらに向かって走り出していた。ルシオも、危険だからと言われて止まるつもりはない。自分なんかよりも直接あいつと――羅魏と――戦っている者のほうがずっと危険なのだから。
ルシオがマコトに追いついた時、マコトはすでにパチパチとパネルの操作をしていた。
「どうするの?」
「ラシェルさんを探す」
「どうやって?」
「さっきからずっとラシェルさんはこの機械の中にいて、そこから映像を作り出して姿を見せてたの。ヴィジョン・ドールってのは人格プログラムを機械空間の中でのみ存在させることによって成立してるんだけど、ラシェルさんの場合も基本は同じはず。
魔法技術主体で造られてても、プログラムってのは必ず存在してて、そのプログラムがラシェルさん自身。
この部屋の通信から繋がってるどこかに、ラシェルさんの人格プログラムが一時的に移動されてるはずなの」
「一時的?」
「だって本体は身体のほうにあるんだから、いくら人格プログラムがこっちに移動してたって本体の核に何かあったらプログラムを保てなくなっちゃうもん」
「じゃぁ、今羅魏がやってるのって・・・・・・」
「核のほうに直接攻撃してるの。なんとかしてラシェルさんを核に戻さないと、ラシェルさんは反撃すらできないままで殺されちゃう」
マコトが機械と格闘していた頃、フィズ達はシアのおかげで体力も回復して、再度羅魏と対峙していた。
「今度は私が相手をしましょう」
羅魏の横をすり抜けてレオルが進み出てきた。
「どういうつもり?」
ライラがレオルを睨みつけた。
「いえ、羅魏はラシェルを消去するほうに忙しいようですからね」
「ラシェルを!?」
フィズは慌てて周囲を見渡した。だが、ラシェルの姿が見当たらない。
「ラシェルのことはマコトとキリトに任せましょう。魔機のことならあの二人の方が詳しいでしょ」
シアが前に出てきた。守るものがいなくなったので自分も参戦するつもりなのだろう。
「わかった・・・」
フィズは頭を垂れて小さく言った。本当は今すぐにでもラシェルの様子を知りたかった。
でも、レオルを止めなければラシェルも助けられない。
・・・・・・再度、この部屋で魔法戦が開始された。
――・・・・・・何も、見えなくなっていた。
さっきまで確かにわかっていた機械空間での移動の仕方、周囲の景色の認識の仕方・・・そんなものがわからなくなったためか、自分がどこにいるのか・・・・・・どこに行けばいいのかもわからない。
唐突に、目の前に光が現れた。
その光は次第に薄くなり、空中に浮かぶモニタのようになった。そこに誰かの姿が浮かぶ。
「ラシェルさんっ、大丈夫?」
黒髪の女の子と赤い髪をしたフェリシリア種族の男の子の姿。
・・・・・・どこかで見たような気はするのだが思い出せない。
「誰・・・?」
女の子が一瞬目を見張った。そして、俯く。パッと顔を上げてから言った。
「これからラシェルさんを本体に戻すから・・・・ごめんなさい、あたしにはそれしかできない。でも、ここにいるよりはマシだと思う。お願いだから、負けないで・・・・・・ラシェルさんが羅魏を止めないと大事な人が皆いなくなっちゃうんだからね!」
その言葉を最後にモニタは消える。モニタは球状の光に変化し、ラシェルを包みこんだ。
光が消えた時、ラシェルは見慣れた場所にいた。
闇と光・・・・・・周囲を冷たい闇が覆い尽くしている。
一点だけ、光が漏れていた。そこに見えるのは外の光景だ。
(あの女の子・・・オレに何か言っていたような気がする・・・・)
けれど、もう思い出せない。そう考える間にも次々とラシェルの中から記憶が薄れていく。
立ちあがる気力もなく、ラシェルの意識はただそこに漂っていた。
それからどれくらい経っただろう・・・・長いような気もするし、短いような気もする。
声が、聞こえた。
・・・・・・多分、外の声。
「羅魏。そろそろ終わりましたか?」
外の光景――自分の視界が左右にブレる。自分は体を動かしたつもりはない。けれどあの声に反応して自分の体は首を横に振った。
(羅魏って・・・オレのこと・・・? 違う、オレはラシェルだ。それじゃあ、羅魏って誰・・・・?)
一人だけ、思い当たる人物がいた。物心ついた時からずっと自分とともにいたあの声の主。
(終わる? 終わるってなにが?)
外では戦いが繰り広げられていた。
「もう、あなたの犠牲になる者を見たくはありません。だから・・・絶対に殺させたりしません」
青い髪の少女が静かに宣言した。
(殺される・・・誰が・・・?)
「あんたは邪魔なの。私たちラシェルのところに行きたいのよ。さっさとどいてくんない?」
茶色い髪の少女がそう言って魔法を放つ。
(殺されるのは・・・オレ? 殺そうとしてるのは・・・・)
「ラシェル、聞こえてる!? 待ってて、すぐに行くから!」
フィズの声だ!
確かにそう思った。
・・・・・・なのに、その直後にはフィズという名前が誰のものなのかわからなくなっていた。
少しずつ、外の光景が希薄になっていく。
心のどこかで、外が希薄になっていっているのではなく、自分の存在が希薄になっていっていることを自覚した。けれど、動く気になれない。
ボーっとしたまま、だんだん薄くなっていく外の光景を眺めていた。
『これで終わり。・・・さよなら、ラシェル』
あの、声だ。
ずっと、ずっと一緒にいた。名前も知らない。
・・・・・・でも、大好きな人。
・・・・・・祖父と同じくらい大切な人。
(僕を殺そうとしてるのは、あの人?)
涙が溢れてくる。
(嫌だ・・・・・イヤだよ・・・どうして・・・?)
『僕を消さないでっ!! お兄ちゃん!!!』
大声で叫んでいた。
自分の行動に自分が一番驚いた。まだこんなことをできる気力が残ってるとは思わなかった。
――−−-‐‐・・・・・・オニイチャン――。
昔・・・ラシェルは僕のことをそんなふうに呼んでた。
いつからだったっけ、そう呼ばなくなったのは・・・・。
・・・・・・そうだ、フォレスさんが死んでからだ。
フォレスさんがいなくなって、一人でやっていかなければならなくなって・・・・きっとラシェルは必死だったんだろう。
自分のことは自分でできるように、早く一人前になれるように。
『・・・・ラシェル・・・・』
羅魏は呆然として、泣きじゃくる子供を見つめていた。
『できないよ・・・・・』
その瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
『できない・・・例えマスターの命令でも・・・ラシェルは殺せないよ』
世界でただ一人、自分と同じ存在なのに”心”というものを解るラシェル。
ずっとそうなりたいと思っていた。でもそれは自分には不可能なことだということもわかっている。
気がつくと、羅魏はラシェルを抱きしめていた。
昔、フォレスがラシェルにそうしていたように・・・・・・。
「できないよ・・・・」
小さく呟いた一言に、全員の視線が一斉に羅魏に向かった。
「羅魏・・・」
フィズは驚いたように羅魏の瞳から零れ落ちるモノを見つめている。
「できない? マスターの命令に背くつもりですか」
羅魏はここにいる誰も見ていない。羅魏が見つめているのはただ一人。同じ身体にいるもう一人の存在。
「できない・・・例えマスターの命令でも・・・ラシェルは殺せないよ」
そう言い残して羅魏はその場に崩れ落ちた。
「羅魏っ!」
フィズが叫んだ。
もうレオルなど目に入っていない。レオルのすぐ横をすり抜けて羅魏に駆け寄る。
・・・・・・・・・レオルは何もしなかった。
「切り札がなくなっちゃったね。どうする?」
ライラは言いながら手のひらに光を生み出した。
「わかりました。私の方が不利のようですね。ここは引きましょう。次が・・・・この世界での最後の戦いです」
そう言い残してレオルは消えた。キリトの体を奪ったまま・・・・・。