■■ IMITATION LIFE〜第2章・ヒトリ 6話 ■■
コツコツコツ・・・・。
広い通路に自分の足音だけがよく響く。
『うそつき』
非難するような羅魏の言葉が聞こえた。
「うそつきってなんのことだ?」
ラシェルはとぼけてみせる。
『本当は帰る気なんてないくせに』
「ありゃ、ばれてたか」
『・・・・・・どうして?』
ラシェルがその問いに答えようとした直後、
「ばれてたって何が?」
突如耳元で声が聞こえた。
「うわぁぁぁっ!?」
「・・・そんなに驚かなくたっていいじゃん・・・」
落ちついて見るとその声の主はルシオだった。
「いつからくっついてきてたんだ?」
「さっきからずっと」
「戻れよ」
「戻らない。ぼくなら関係ないでしょ? どーせ戦力になんてならないんだから。チビッこいから隠れちゃえばそうそう見つからないし。
・・・・・・戻ってくる気ないんでしょ。ちゃんと止めないといけないからついてくよ。ラシェルさん嘘つくから」
ルシオはにっこりと笑って言った。
「・・・ルシオ・・・・・なんか羅魏に似てるな・・・」
「え? どこが?」
「そういうふうに、にっこり笑って図星ついてくるとこ」
「ねぇ、どうして出て行かなきゃいけないの?」
「オレが行きたいから」
「・・・・・・あのね、ぼくは二十年くらいしか生きられないんだ。絶対マコトよりぼくの方が早く死んじゃう。それでも、マコトは一緒にいてくれるよ。ラシェルさんは? フィズさんと一緒にいるのは嫌なの?」
「フィズと一緒にいたいとかそういう問題じゃなくて、たんにオレの好奇心の問題なの」
ラシェルはいつもと同じように明るく笑って見せた。
「・・・・・・・・・・」
ルシオが思いっきり睨みつけてくる。
「な、なんだよ・・・」
「もういいよ! そぉんなに独りがいいならそうしてれば? あとで後悔したってぼく知らないからね」
小さな体が宙を舞う。もと来た方ではなく、出口の方に向かって。
「なんだよ・・・・ルシオのやつ・・・・」
――そんなことはわかっている。
きっといつか後悔するだろうことは。
それでも、ここにいれば確実に見なければならない・・・・・・それが怖いのだ。
一度は俯いた顔をあげて前を見る。
そして、歩き出した――重い足取りで・・・・・・・レオルの本体がいる場所へ。
真上に黒い空。その黒は半径一キロ程度の大きさ。変わらぬ位置でふよふよと漂っている。
「おーいっ! 来てやったぞ」
空から人影が降りてくる。
・・・・・・キリトの姿ではない。ラシェルにとって一番見慣れたレオルの姿――ドール・零の姿だ。
「おや、一人ですか?」
「ああ。てめぇとは一対一で勝って、今までの借りを返してやりたいんでね」
「借りを返す・・・ですか。できると思ってるんですか? あなたの実力で」
「そんなのやってみなきゃわかんないだろ」
強がってはいるが、今の自分では敵わないことはわかりきっていた。
軽口を叩いて気を紛らわせる。
「もうキリトの真似事はしないんだな」
「羅魏が自分の意思を持ってしまったんです。意味は無いでしょう?」
レオルは薄く笑った。何度も見た、レオルの笑み。
人を見下したような――・・・・・・命あるものをその辺の石ころのようにしか見ない、あの笑み。
レオルが手を上にかざした。と同時に、黒い空が不気味に蠢く。
空から人の腕くらいの太さの、黒い触手のようなものが次々と降りてきた。
慌てて避けようとするラシェルを見て、レオルは言った。
「ここへ来いといったのはこのためですよ。これ以上大地に近づけば命持たぬ存在である私は急速に消耗してしまう。ここなら・・・道の真下のここならば私の本体の能力を使えます。もちろん、全力でというわけにはいきませんが」
しかしラシェルは避けるのに手一杯でとてもレオルに目をやる余裕なんてない。声くらいは耳に入ってきているものの、だからどうしたという感じである。
少しずつ、触手の数が増えていく。
「げっ・・・」
とうとう囲まれてしまった。触手がまるで檻のようにラシェルの周囲に降りている。
『ラシェル、替わって。そうすれば・・・・』
「ダメだ! 絶対ヤダ!」
そうは言ったものの打開策がないのも確か。
脱出法を探して周囲に目をやっていたが、とうとう触手がこちらに向かって動き出した。四方八方から来られては避けようもない。
「こっちに来るなよっ!!」
そう叫んではみたものの当然ながら触手は止まったりしない。
しかし、ラシェル自身の方に変化が現れた。
ラシェルの手の上で、小さな光球がふよふよと浮かんでいる。
――ああ、そういうことか
ラシェルは瞬時に理解した。この光の意味と使い方を。
これならなんとかなるかもしれない。
ラシェルはニヤリと不敵な笑みを浮かべて手を頭上にあげた。光も頭上に移動する。光はそこで強く瞬き、周囲を照らし――触手は、塵となって消えうせた。
ゆっくりと、体をレオルの方に向ける。レオルはまだ薄い笑みを崩していなかった。
(絶対、勝ってやる・・・・・・)
ラシェルも口の端をあげてニッと笑った。
レオルはその場から動かない。近づこうとしているのだが、触手が邪魔でなかなか近づけなかった。
「だぁーーーっ!! めんどくせぇ。一体いくつあるんだよ、この触手は!」
「無限に・・・。私の本体が生きている限りいくつでも作れますよ」
触手に攻撃する手は休ず、レオルの方も見ないままラシェルは言葉を紡ぐ。
「よっぽどオレのこと甘く見てるみたいだな」
上着の内ポケットから銃を取り出した。遺跡でマコトと一緒に見つけた銃だ。
できる限りの魔力をつめこんで上に向かって引き金を引く。もちろん月の光も加えて。
しかし・・・・・・。
「・・うそだろ・・・?」
それはなにも変わらなかった。少なくとも見ている限りでは全くダメージを受けていないように感じる。
お返しとばかりに今まででも最大レベルの大きさの触手が一本、こちらに向かってきた。さっきまで降りてきていた触手の何十倍もの太さがある。
「くそっ」
触手に向かって光を放つも触手はその一部を塵と化しただけで、全くスピードを緩めずにこちらに降りてくる。ラシェルは慌てて場所を移動した。
唐突に、目の前が暗くなった。
あの特大触手から小さな触手がいくつも生えてきたらしい。さすがにここまでは予想していなかったために、避けることができず触手に呑み込まれてしまったのだ。
ラシェルは闇の中でがむしゃらに銃を撃った。ここは月の光が届かないためか、さっきまで簡単に使えていたはずの魔法が使えない。
とうとうその場にしゃがみこんでしまった。
「ふぅ・・・・・どうしよっかな・・・・」
上を見ても下を見ても左右を見ても全て黒。
突如、一片の光も見えなかった闇の中に一筋の光が現れた。
雷のような、一瞬の光。
突然の強い光に目を閉じたラシェルが瞳を開いた時、目の前に一人の少女がいた。淡い金髪と緑色の瞳の少女。年齢は・・・・・自分と同じくらいだろうか。
「初めましてですの、ラシェル君☆ 加勢に参りましたわ」
「・・・・あんた誰?」
「私、アルテナと言いますの。さっきから見てたんですけど、放っておいたら負けてしまいそうな感じだったんでこちらに降りてきましたの」
「あのー、オレが聞きたいのはそういうことじゃなくてさ。あんた何者?」
「それはライラちゃんを喚んでからお話します♪」
「へ?」
ラシェルが疑問の声をあげた時にはすでに目の前にライラがいた。ライラは今の状況を呑みこめないらしく呆然と立ち尽くしていた。
「初めましてですの、ライラちゃん☆」
「・・・初めまして・・・あなたがぼくを喚んだんですか?」
「まぁぁ、さすが聖霊ですのっ♪ 呑み込みが早いですのv」
妙に高いテンションで話す彼女――アルテナ。二人はその勢いに押されて黙りこんでいた。
「とりあえずゆっくりお話できる環境にいたしましょう」
そう言ってアルテナは手をふわりと動かした。ラシェルにはなにも変わっていないように見える。しかしライラには彼女が何をしたのかわかったらしい。驚きの表情を浮かべている。
「何やったんだ?」
アルテナはにっこりと笑って解説してくれた。
「結界を張ったんですの。レオルさんが外に出られないようにするためのものと、こちらに攻撃できないようにするための二つです。まぁ十分くらいが限度ですけど」
「んじゃ、改めて聞かせてもらうがあんたは何者だ?」
「私の名はアルテナ=リリア=紫音。この世界の管理者ですの。ライラさんの言葉を借りて言えばこの宇宙を守る神様ってやつですの」