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 IMITATION LIFE〜幕間2 1話 

  初めて見る異世界は、森と緑に囲まれた土地だった。
  森の中に降りてしまったのかと、とりあえず町を目指すことにしたラシェルであった。が、歩けど歩けど町は影も形も見えず、森の外に出る気配すらない。
  仕方なく一度羅魏が表に出て上空から様子を見たのだが、その瞬間、ラシェルは絶句した。
『・・・・・・・・・・』
『ラシェル?』
  何故か黙り込んで、ただただ周囲の風景を見つめるラシェルに、羅魏が疑問の声をあげた。
  だがラシェルは答えない。
『どうしたの?』
  言いつつ、地面に戻る。
  その間もラシェルは黙ったままだった。
『・・・・・・・・・』
  怒りというか、呆れというか。そんな雰囲気が羅魏にも伝わる。
  次の瞬間。
「緑が多いにもほどがあるんだよっ!!」
  ほぼ八つ当たりに近い叫びと共に、ラシェルの意識は表へと浮上した。
『ラシェル?』
  わけがわからない羅魏は、首を傾げるしかない。
「ていうか、実は無人だったりしないか、ここ。上から見ても森しか見えないなんて、絶対おかしいって!」
『そうなのかなあ』
  人がいようがいまいがさして興味を持たない羅魏は、気のない返事で返す。
  ラシェルは小さく溜息をついて、再度周囲に目をやった。
  見渡す限りの木、木、木。
  本当に、これしかない。
  上から見てもこれは同じ。
  まあ、森の下に隠れて見えなくなってるとか、この近くには町がないという可能性もあるが。
  だがどっちの可能性にしても今の状況では大差ない。目指すべき道がわからないという意味においては。
  それでもここに留まっているよりはマシだと、ラシェルは適当な方向に向けて歩き出した。
  そうしてさらに歩くこと数時間。
  ガサリと、繁みを揺らす音がした。風では、ない。気付かないほど弱い風ならばあんな大きな音はたたないはずだ。
  警戒しつつ繁みに目を向けると、そこには――
「・・・・・ここにも怪物がいるのか」
  ラシェルが見慣れたものとは少し違う。だが別物と言うには似すぎる気配を放つ、怪物が数体・・・・・・こちらを見つめていた。
  目が合った瞬間、怪物は一斉にこちらに向けて突進してきた。
  慣れた動作で銃を出し、怪物に銃口を向けて引き金を引く。
  銃口から放たれた白い光が、一直線に怪物に向かい、それで一体が倒れた。
  ラシェルは一体ずつ確実に仕留めていくが、なにせ数が多すぎた。一体どこから沸いてくるのか疑問に思うほど、次から次へと新しい怪物が現われる。
「あーーもうっ、キリがない!」
  ラシェルはもともと多対一の戦闘は苦手だった。こういう大人数相手の戦闘が得意なのは羅魏の方だ。
「羅魏、あと任せた」
  返答はなかった。
  だがその瞬間、二人の意識が入れ替わる。
  ・・・・・・さすがと言うべきか。羅魏の強さは圧倒的だった。
  ラシェルが苦戦していた怪物たちが、ほぼ一撃で殲滅されてしまった。
  目の前の光景を言葉無く見つめているだけだった羅魏がふいに、横の繁みの向こうに目を向けた。
『ん?』
  目に止まったのは黒髪と緑の瞳の少女。
「こんにちわ」
  羅魏はにっこり笑ってそう言ったが、ラシェルにはよくわかる。
  彼女を警戒している事が。
  少女の方もこちらを警戒しているらしい、とりあえず返事は返ってきたものの、表情は硬かった。
「ここってああいうの多いの?」
  軽い雰囲気の言葉に、少女は戸惑った様子ながらも答える。
「え? え、ええ。そうね・・・・・・あなたはどこから来たんですか?」
「別の世界から来たんだ」
「そう・・・・別の世界から」
  少女は驚いたふうでもなく、ただ頷いて同じ言葉で返す。
「うん♪ 羅魏っていうんだ。あなたは?」
「あ、申し訳ありません。こちらからばかり質問してしまって。私は月峰月華と申します」
  無邪気な装いの羅魏の問いに、少女は――月華は慌てて佇まいを直す。そして言葉を続けた。
「羅魏様はどちらに向かってらっしゃるんですか?」
「ん〜・・っと、黒い流れ星って知ってる?」
  羅魏はレオルのことが気になるらしいが、散ってしまった欠片の始末はアルテナが引き受けたハズだ。
  ラシェルだって気にならないと言えば嘘になるが、わざわざこちらから倒しに行く気もない。
  口を挟もうかとも思ったが、下手に口を挟んで羅魏と言い合いになるのも面倒だ。
  どうせ知らないだろうとも思ったし――・・・・・・だが。
「ええ、私は流れ星が落ちたところのすぐ近くに住んでいましたから」
  これには羅魏も、多少驚いた表情を浮かべ、月華を見つめた。
  そして、羅魏が次の言葉を発する前に、月華が口を開いた。
「よろしかったらご案内しましょうか? そこまで」
「いいの?」
「ええ、私も目的地などありませんから。旅は道連れと申しますし」
『嘘だろぉ〜?』
  言っても無駄だ。
  羅魏は言って聞くようなヤツじゃあない。
  だがレオルとのことはもう終わったと思っていただけに、ラシェルは肩を落として溜息をついた。
  それに、本当にレオルがここに居るなら、見て見ぬフリをするのも後味が悪い。
「ありがとう、すっごく助かるよ」
  不承不承ながらも同意したラシェルの態度を見て取って、羅魏はまるで子供のような笑顔を見せた。
「ここからだと二週間ほどです。途中でどこかの街に寄ることになると思うんですけど・・・・・・・」
  そう言って月華は困ったような表情で、羅魏の瞳と服を見た。
  羅魏は自分の服と、月華の服を見比べ、そして何故な呑気か口調で言った。
「え? 何か変なの? ん〜〜確かに服は結構違うけど・・・・そんなに目立つかなぁ」
「いえ、服はごまかせるのですけど・・・・赤い瞳の人間というのは・・・・」
「ああ、目の色ね。・・・・・どうしよっか」
  のほほんっと笑うその表情からは困った様子は見れない。
「ではこうしましょう」
  月華は懐から小さな石がついた指輪を取り出し、それを手のひらに乗せて呪を唱えた。
「それ、どうするの?」
「幻術を込めたんです。つけてみてくれます?」
「うん」
  言われた通りにそれをはめると、青い髪は黒に近い藍色に、赤い瞳も黒い色に変化していった。
「ハイ、どうぞ」
  月華は手鏡を取り出して羅魏の前に差し出す。
  また懐から・・・・はいいんだが、あんなところに入れてよく落とさないものだと、ラシェルは妙な所で感心してしまった。
「・・・・・・・うわぁ・・・・」
  羅魏は驚いたように鏡に映る自分を見つめていた。
  ラシェルも驚きは同じだ。
「つけた人間の髪と瞳の色が変化して見える様に術をかけたんです。はずしたら術の効力は届かないんで気をつけてください」
「すごいことができるんだね」
「そんなことありません。初歩の術ですから」
  羅魏の素直な賞賛に、月華は照れたような笑みを見せた。
  それから少し話をして、二人はとりあえず近くの街に行くことにした。
  一番近くの街までは2時間ほど。
  街に着くと、月華がまず一人で街に入り、服を手にして戻ってきた。
「ごめんね、いろいろ手間かけさせちゃって。ありがとう、月華さん♪」
  どこか幼い羅魏の態度に気付いたのか、月華は戸惑い気味ながらも細々と注意をしてきた。
  話たいことはまだたくさんあったが、もう日が暮れかけていたので、その日はすぐに宿に泊まることになった。





  翌朝、目を覚ました時にはもう入れ替わっていた。
  ほんの数時間とは言え、月華とのやりとりを煩わしく思っていたらしい。羅魏は拗ねた様子でラシェルを睨みつけ、すぐに寝てしまった。
  まだ朝は早く、月華はもうしばらく起きそうになかった。
「ちょっと出てくるか」
  この世界の様子はまだよくわからないが、月華におおよそのことは聞いた。
  だがラシェルは、自身で多くを見て聞いて。そうして判断する方が良いと、これまでの経験から知っていた。
  ぐるりと街を一周し、宿の近くまで戻ってきた時、月華の声に呼びとめられた。
  ただし、呼ばれたのはラシェルの名ではなく、羅魏の名。彼女は羅魏の名前しか知らないのだから仕方がないが。
「あ、月華。おはよう」
「おはようございます」
  月華は礼儀正しくきちっとお辞儀をして返す。
  それから少し、不思議そうな瞳でラシェルを見つめた。
「何をなさってたんですか?」
「ん〜・・・別に。ちょっとその辺散歩してただけ」
  月華の表情に疑問の色が浮かぶ。
  遠慮がちに、けれどしっかりと聞いてきた。
「・・・・羅魏様? 何か昨日と様子が違いません?」
「だって昨日と別人だし」
  ラシェルはさらっと軽い様子で言う。
「・・・・・・・・はい?」
「深く考えなくて良いって、どうせ混乱するだけだし」
「え・・・・でも・・・」
  月華が戸惑っているのを見て、ラシェルはは少し考えてからこう切り出した。
「二重人格って知ってる?」
  しばらく考え込んだ後、月華は首を横に振った。
「いいえ。二重人格とはどんなものなんですか?」
「一つの体に二つの人格がある・・・・って言えばわかりやすいかなぁ」
「・・・・・なんとなくわかりました。二つの人格・・・・ってことは今の羅魏様には別のお名前があるんですか?」
「ああ。ラシェル・ノーティってのがオレの名前」
「・・・? どのような字を書くんです?」
「普通に」
  月華はますます混乱してしまったようで、眉根を寄せて考え込んでいる。
  そうして、口を開きかけて、また閉じた。
  ラシェルはその様子に苦笑して、告げる。
「だから深く気にしなくていいって。オレの名前は発音しにくいんだろ? オレの時も羅魏で良いよ」
  街であった人も同じだったのだ。
  名乗ると、変わった名前だと言う。そして、この名前を正しく発音できた人は誰もいなかった。
「羅魏様、とりあえず日が昇りきらないうちに出発したいと思うんですけど」
「ああ、じゃあ用意しとくよ」
  ラシェルはくるりと月華に背を向けて、ひらひら片手を振ってから宿の中へと戻っていった。



  そうして、二人はその街を出発した。
  次の街に着くまでに何度か妖魔にも会ったが二人の敵ではなかった。いや、その言い方は少し違うかもしれない。月華が一人でほとんど倒していて、ラシェルは見ているだけのほうが多かったのだ。
  街に着いてから、ラシェルは感心したふうに言った。
「月華って強いんだな」
「え? 羅魏様も強いじゃないですか」
  月華が最初に見たのは羅魏。あの時戦っていたのも羅魏だ。
  ラシェルも弱いわけではない。だが、羅魏には遠く及ばない――まったく別次元の強さなのだ。
  そんなことを考えながら、ラシェルは少しばかり悔しげな色を滲ませた声で答えた。
「ああ、羅魏はな。オレはそんなに強くないんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなの」
  きっぱりはっきり言い切るラシェルに、月華はまだ不思議そうな顔をしていた。


  宿をとった後は、適当に別行動をということになった。
  もうほとんど日暮れだが、だからといって宿に篭もる理由も無いし。
  サリフィスとはまったく違う町並みに目を奪われつつ歩いていると、何か考え事をしているような様子で歩く月華の姿が目に入った。
「どうしたんだ? ぼーっとして」
  肩を叩いて声をかけると、月華は暗い表情で答えた。
「考え事をしていたんです・・・・・・」
  明らかに落ち込んでいる月華を見る。
  いつまでも沈黙が続くと余計に暗くなりそうで、ラシェルは何か言おうと口を開いた。
「羅魏様は、何をなさっていたんですか?」
  意図を持ってラシェルの言葉を遮ってきた月華。
  だがその理由を敢えて聞こうとは思わず、ラシェルは当たり障りのない話題を選んで口にした。
「散歩。特にやることもないしな。なぁ、どうせだからここのこと教えてくれよ」
「ここ・・・って言われても、私もこの街は初めてですから」
「だからぁ、この街じゃなくてもこの世界のこととかさ」
  月華はさっきよりほんの少しだけ明るい顔で、この世界のことを説明してくれた。
  この世界には大きく分けて三つの種族がいることとか、たいていの人は生まれた街で一生を過ごすこととか、他の街との交流は全くと言っていいほど無い事、魔封士のこと。
  そして――
「羅魏様が生まれたところはどんな世界なんですか?」
  だいたいの説明が終わって話が途切れたトコロで、逆に質問を返された。
  ラシェルの表情が止まる。
  驚きでもなく、哀しみでもなく、ただ――懐かしくて。
  離れてからまだ一月だって経っていないのに、サリフィスに居た頃のことが、酷く昔の事のように感じられた。
  ラシェルは小さな笑みを浮かべ、そうして言葉を選んで話しはじめた。
  まだ何も知らなかった時を。そこで出会った大切な人のことを。ただ一人の、幼馴染の話を。
「・・・・・・なら、どうしてここにいるんですか?」
  月華の声には、疑問よりも非難の色が濃くあらわれていた。
  ラシェルは、自嘲気味に笑う。
「どうしてだろうな・・・・」
  出て行くのを決めたのは自分。
  ただ逃げているだけだということもわかっている。
  それでも、立ち向かう勇気は持てなかった。



  二人は互いに妙に空いた距離を保ったまま旅を続け、最初の月華の言葉通り、二週間ほどで里についた。
  人影もなければ生活音も無いその村は、酷く、寂れて見えた。
「ここがそうなのか?」
「ええ、この里の中心近くよ」
「里のど真ん中に落ちたのか・・・・・・・・」
  ぐるりと周囲を見、それから里の中心のほうへと歩きだした。
  月華は何も言わずにすぐ後ろから歩いてくる。
  ここは彼女の故郷なのだ。こんなふうになった故郷を見て、暗くなるのも仕方ないだろう。
「あの流れ星・・・・どこにいったんだろうな」
  羅魏に言ったつもりが、思わず声に出ていた。
  羅魏ならば気配を探るくらい出来るかも知れないと、少しの期待があった。
  だが答えは、思いも寄らぬ方向から返ってきた。。
「知ってるわ、星の行方」
  ラシェルはくるりと後ろに振り返って、月華を凝視する。
「どこだ?」
  真剣そのものの表情に、月華は俯いて、小さな声で答えた。
「その先・・・・・・・里の一番奥の長老の家・・・・・・・」
  言いながら、一つの方向を指し示す。
  ラシェルはすぐに、その方向へと駆け出した。
  いつもと違う月華の様子に、気付かずに。




  長老の家はすぐにわかった。
  村の一番奥、他の家よりも少し大きかった。
『ラシェル、気をつけてよ?』
  心配そうな声に、ラシェルは努めて軽い口調で返す。
「わかってるって」
  どこか不真面目なラシェルの態度が気に入らなかったらしい。
  羅魏の不機嫌な雰囲気だけが伝わってくる。
「別に怒ることじゃないだろ、今のは」
  だが羅魏は答えない。
  まあ、これもいつものことだ。
  しばらく放っておけばそのうち機嫌も治るだろう。
  そうしてラシェルは、長老の家の戸を開けた。

  警戒しながら中を覗くと、そこには何もなかった。
  さっぱりとした広い部屋――多分、人が集まっても大丈夫なように配慮した部屋なんだろう。
  その奥の扉の先は家具があり、そこは普通の部屋のようだった。
「さすがにこんな――」
  言葉が、途切れる。
「・・・・・・羅魏?」
  消えた。
  眠っているのとは違う。
  寝ていたって、気配は感じられる。
  なのに、なんの前触れも無く、唐突に――羅魏の気配が消えたのだ。
「羅魏! ・・・・返事しろよ、羅魏!!」
  だが、応えはかえってこなかった。
「どうなってるんだよ、一体。まさかレオル・・・?」
  言いかけて、そんなハズはないと首を振る。
  ラシェルはレオルの能力を全て把握しているわけではない。だが、レオルがすぐ傍にいて能力を使ったら――多少なりと気配を感じられるハズだ。
  レオルの能力は、隠すには向いてないのだ。そのくらいはラシェルも知っている。
  ふっと、目の前が黒い色に遮られた。
「・・・・・・・?」
  しばし呆然とし、それから気付く。
  突如目の前に現われた、月華の姿に。
  そして、月華が剣を手にしている事に。
「え・・・・・・・・・・?」
  月華は、剣を持った手を、まっすぐこちらに向けていた。
  剣の切っ先は、ラシェル自身の左胸に、深く突き刺さっていた。
  自覚した瞬間、意識が現実を認識する。
  そして、身体に痛みがはしる。
  月華が手を引くと、剣も引きぬかれ、傷口から大量の血が流れ出す。
  羅魏なら―― 一瞬で回復できる傷。
  表にいるのはラシェルでも、羅魏がいれば、意識を失うまでには至らなかったかもしれない。
  だが、羅魏はいない。
  意識が落ち込む瞬間、ラシェルは羅魏を見つけた。
  思い出したのは自分の出生を知った時。
  壁に囲まれ眠る今の羅魏は、あの時のラシェルの姿と良く似ていた。
  だが違う事は――羅魏が自らの意思で閉じこもるわけがないということ。
  それはつまり・・・・・・誰かが、羅魏の意識を封じたということだ。

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