■■ IMITATION LIFE〜幕間2 2話 ■■
何度も、名前を呼んだ。
けれど事態はなにも変わらなかった。
眠りつづける羅魏は、まったく起きる気配がなく・・・・・・――。
月華が悪い人だとは思えなかったが、だがラシェルに怪我を負わせたのも月華。
羅魏が封じられた時、その場に居たのは月華だけ。
そうなると答えは決まってきてしまう。
どんな事情があれ、羅魏をこんなふうにしたのは月華だと。
月華にコトの真意を確かめて、羅魏を助けなければ・・・・・・。
「大丈夫?」
目を覚ました瞬間聞こえた声に、ラシェルはまともな反応を返せなかった。
怪我のせいか、意識と身体が上手く重ならない。
「え・・・っと・・・」
しばらく間を置いて、ゆっくり頭を巡らして。
月華のことを思い出した瞬間、ラシェルは寝ていた身体を起こそうとした。
だが、
「・・・っつ」
胸の傷が痛んで、起きあがることはできなかった。
「怪我してるのにいきなり動くからでしょ!」
そこで初めて、さっきから目の前に居たのが少女であることに気付いた。そしてその後ろに、少女と同年代だろう少年が一人、心配と不安が入り混じったような表情でこちらを見ていた。
ショートカットの黒髪に鈴の髪飾りをつけた少女は、ラシェルを抱き上げようとしていて・・・。
「ち・・・ちょっ! ・・・ってて・・」
ラシェルは慌てて少女の手を離そうとしたが、やっぱり痛みに邪魔された。
「なに? ここじゃ落ちついて手当て出来ないでしょ。んでもってあなたは今、歩けないと。私が抱えて行くしかないじゃない」
そんなのラシェルだってわかっている――さっき倒れた場所から移動しておらず、ここでは手当てもしにくいだろう。なにより、思いっきり血に染まった床の上にいつまでも居るのも気分が悪いし――だが、なんで彼女がそれを実行するんだか。
普通、こういうのは男の仕事だと思う。
「あっちは!」
言って、後ろの少年を指差した。
少女は何故か半ば呆れたような半眼で秋夜を見つめ、それからくるっとラシェルに視線を戻した。
「無理」
淡々とした表情で、きぱっと言い放つ。
少年は少しだけ不満そうな表情をしたが、不満があるのはラシェルも同じ。
動けない今のラシェルではあんまり文句を言える筋合いでもない。ので、少年の言葉に期待したのだが・・・・・・。
少年は少女の言葉にあっさり納得してしまって、結局、近場の別の家まで、少女の方が運んでくれることになった。
「秋夜、その辺の押入れから布団出して」
「う・うん」
少女は足で扉を開けた。そうして少年の方に指示を出し、ラシェルを布団に下ろしてくれた。
少女の手当ては、応急手当だが、適確だった。
「あの・・・・ありがと・・な」
素直に礼を言うべき所なのだが、さっきの移動方法やっぱりちょっと納得いかなかった。
「あはははっ♪ ちゃんとお礼言えるのね、あなた」
「礼ぐらい言えるさ! ただ・・・その・・・・」
「女の子に抱きかかえられてってのがちょっと・・・・って?」
悪戯っぽい、からかうような調子で言われてラシェルは彼女から視線を逸らした。
顔が赤くなってるのがわかるが、意識してしまうとますます恥ずかしくなってしまうだけだ。
ラシェルが困っているのがわかったのか、少女は小さく笑って、それから少し真剣な表情を作った。
「ね、何があったの?」
少女の問いに、ラシェルは険しい顔をした。
ラシェルにも、よくわからないのだ。
大まかな予想はついているが、あくまでも予想は予想。事実かどうかはわからないし、何より月華の行動の理由がわからない。
「・・・・オレにも、よくわかんねぇ・・・・」
「わからない?」
秋夜が会話に入ってくる。
「ああ。・・・・・オレさ、月峰月華って子と一緒に旅してたんだ。黒い流れ星ってのがなんなのか確認したくてここに来たんだけど・・・・・・月華に言われてあそこ。多分長老とかの家だと思うんだけど、あの家に行ったんだ。あそこには誰もいなかった・・・誰もいなかったはずなのに、いきなり目の前に月華が現れたんだ」
「多分転移術かなんかでしょ。で、あなたはいきなり現れた月華さんにその怪我を負わされたと」
少女は何故だか軽い口調で言って確認してきた。
ラシェルは少女の言葉に頷いて答える。
「その月華って人、なんでそんなことしたんだろう?」
秋夜が首をかしげる。
「さぁな。でも月華には月華なりの理由があるんだろ、きっと」
そう思いたかった。
月華が最初からラシェルの命を狙って近づいてきた可能性も高い。だがもしそうだとしても、月華と旅した数日間・・・・・・彼女は、なにか悩んでいた。
きっとあれは、月華の本意ではなかったのだろうと思いたかった。
「あの、お兄さんこれからどうするんですか?」
控えめに少年が質問した。
ラシェルは一瞬きょとんとした目で少年と少女を見つめ、それから苦笑した。
「お兄さんって、あんたいくつ? 同じ年くらいじゃないのか?」
「え?」
言われた二人は互いに顔を見合わせて、そうして改めてこちらを見つめる。
「私と秋夜は十五才だけど・・・あなたは?」
「同い年」
「へぇー、そうなんだ。ねぇ、そういえばまだ名前聞いてないよね? 私は青葉でこっちは秋夜。風龍の生まれよ」
「オレは・・・・・」
言葉が、止まった。
しばらく逡巡したあと、続きを告げる。
「ん〜〜・・・ラシェル・ノーティって言うんだけどさ、オレ・・・・」
「は?」
「だから、ラシェル・ノーティ!」
「らし・・・え?」
やっぱり・・・・・・。
上手く発音できないでいる二人に、ラシェルは小さく笑ってため息をついた。
「今までも皆そうだったんだよなぁ・・・羅魏って呼んでくれれば良いよ」
「その羅魏ってのはどっから出てきたの? 本名じゃないんでしょ??」
「オレの相方の名前」
「相方・・・?」
「そ、相方。・・・今は居ないけどな」
少しだけ意識を内側に向ける。
それだけで、羅魏がいないことがわかってしまう。
いつもは、たとえ眠っていたって羅魏の意識があることがわかった。
それなのに今は・・・・・・よほど意識を集中しないと羅魏の居場所を掴めない。
ふと顔を上げると、二人がなにか心配そうな顔をしていることに気付いた。
一度内(うち)を見つめる意識を切って、現実に意識を引き戻す。
「青葉達は? どうしてここに来たんだ?」
「私達は龍を探してるの」
そうして青葉は、自分たちの旅の理由を話してくれた。
彼女が住んでいる町に降り続ける雨を止めるために、水の龍を探しているのだと言う。
「へぇー、良かったらその文献とか見せてくんないか? オレそういう探し物得意なんだ」
一つの町が水没するかもしれないというのに不謹慎だが、ラシェルはワクワクと楽しげな声で言った。
青葉と秋夜は少し悩んだあと、荷物の中から文献を出してきてくれた。
それを目にした瞬間、ラシェルの表情が変化する――新しい玩具を手にした無邪気な子供のような瞳と、その瞳とはどこかそぐわない不敵な表情。
「なぁ。地図とかってないのか?」
聞くと青葉はさっと地図を出してきてくれた。
だが、
「世界地図は無いのか・・・・これじゃわかりようがないなぁ」
出された地図は、この辺りの地理しか載っていなかった。
これではどう頑張っても龍の居場所の予想すらつかない。少なくともこの地図には、この文献から予想される地形と合致する場所は載っていなかった。
ラシェルはしばらく考えたあと、こう切り出した。
「良かったら龍探し、手伝わせてくれないか?」
「はっ?」
予想外の言葉だったのだろう、青葉がすっとんきょうな返事を返してくる。
「・・・まずいかな?」
問うと、青葉は軽い口調で返してきた。
「ね、羅魏は用事とか無いわけ?」
一応、ある――なんとかして羅魏にかけられた封を解かねばならない。
だがラシェルではどうしようもないし、月華に聞こうにも彼女の居場所もわからない。来てくれるのを待つしかないのだ。
「ない。あるっちゃあるけど、向こうから来てくれない事にはどうしようもないし」
青葉は、くるっと顔だけ後ろに向けて秋夜に問う。
「別にかまわないよね、秋夜」
「うん」
秋夜は頷いてにこりと笑った。
ラシェルはニッと楽しげに笑って、二人に問い掛けた。
「世界地図はどこに行けば手に入るんだ?」
青葉はしばらく考えたあと、以前青葉たちの住む町にやってきた”導師”――鈴音という名の少女なら持ってるかもしれないと教えてくれた。
「なら早速出かけよう」
「ちょっとまったぁっ!!」
逸る気持ちのそのままに立ち上がろうとしたラシェルを、青葉が慌てて止めてくる。
「なんだよ?」
不満そうに唇を尖らせると、青葉は大きく溜息をついた。それからまた勢いよく怒鳴ってくる。
「なんだよじゃないでしょ? その怪我で歩き回れるわけないじゃない!!」
言われてラシェルは自分の怪我の個所を見た。
普通の人間よりずっと治癒力の高いラシェルの身体は、すでに傷の痛みをほとんど消してくれていた。
まあ、ゼロだとは言わないが、我慢できないほどでもない。
「信じらんない・・・・・。傷痛むくせになんで忘れられるの?」
秋夜が呆れた様に口を開いた。
「いや、目の前に楽しそうなものがあるとつい・・・・」
傷のことをすっかり忘れていた自分に苦笑して、誤魔化すような笑みを浮かべる。だが、青葉はそれで誤魔化されてはくれなかった。
「・・・ついでもなんでもダメ! 最低でも一週間はここに居るわよ」
「一週間!? 明日で良いよ明日で」
思いっきり不満そうな顔をするラシェルに、青葉と秋夜は呆れた表情を見せた。
青葉がまた大きな溜息をつく。
「あのねぇ・・・・・無理に決まってるでしょ?」
「大丈夫だってば、そりゃ戦闘とかは無理だろうけど歩くだけなら問題――」
ラシェルの言葉を遮って、青葉の怒声が部屋中に響く。
「何言ってんの!? さっき歩くのもできなかったんじゃないっ! 無理、絶対ダメ!!」
だが、ラシェルも譲る気はなかった。
せっかく久しぶりに、楽しめるものを見つけたのだ。
伝説の龍探しなんてこれほど面白そうなものはない。
そして十数分に及ぶ口論の末、とうとう青葉が折れた。
「・・・・・・・明日、様子見て決めましょ」
こうして、ラシェルは青葉と秋夜という、新たな同行者と共に旅を続けることになった。
翌朝。
目を覚ましてぐるりと視線を巡らせると、まだ二人は眠っていた。
二人を起こさないようにそっと表に出ると、外は青空広がる気持ちの良い天気だった。
大きく伸びをして、それから自分の内に意識を向ける。
無駄だろうとはわかっていたが、羅魏に言葉をかけた。
やはり、羅魏からはなんの返答も返ってこなかった。
ガラっ!
勢いよく扉が開く音がして、後ろを振りかえるとものすごい形相でこちらを睨みつける青葉の姿があった。
「あ、おはよう」
「なにしてんのよ、あんたはぁぁっ!!」
青葉のあまりの大声に、ラシェルは耳を塞いで肩をすくめる。
「ちょっと散歩してただけだろ。そんなに怒鳴らなくたっていいじゃないか」
「青葉は羅魏のことを心配してるんだよ」
多分青葉の大声で目を覚ましたのだろう、いつのまにやら戸口に秋夜が立っていた。
「大丈夫だって」
そこまで言うと一瞬言葉を止める。すこしだけ視線をずらして続きを言った。
「そりゃ・・・・戦闘しろって言われたらキツイけど、歩くくらいなら・・・・・」
ラシェルの言葉に、青葉はしばらく険しい表情でラシェルを睨みつけていたが、おもむろに溜息をついて、大仰に肩を落とす。
「戦闘できないと困るのよ。私ひとりで二人を守れって言うの?」
「一人?」
連れはもう一人いたはずだが・・・・・・。
首を傾げて秋夜の方を見ると、青葉はまた溜息をついた。
「秋夜に戦力を期待しちゃダメよ。秋夜は護身術すら使えないんだから」
「じゃあやっぱり出発はもう少し先かぁ」
ラシェルはがっかりした表情を隠しもせずに大きく肩を落とす。
「そういうわけだから、とっとと怪我治してくれる?」
言うが早いか青葉はラシェルの背を押して部屋に戻り、半ば無理やり布団に押しこんだ。
「あのさ、だから歩くだけならそんなに支障無いってば」
ラシェルが苦笑すると、青葉はギロリと睨みつけてきた。そして、また大声で怒鳴りつけてくる。
「いいから、大人しく寝てなさい!!!」
青葉のあまりの剣幕に、流石のラシェルも大人しく布団をかぶった。
「大丈夫なのになぁ・・・・」
まだ不満はあったが。
それからさらに数日をそこで過ごして、青葉たちと出会ってから約一週間後。出発が決まった。
月峰の里から一応の目的地である町までは一週間ほど。さした問題もなく、たどり着くことができた。
「まずは宿屋だね」
町に入った途端、秋夜がテキパキと行動を開始した。
二人を引き連れ宿屋に向かい、部屋をとり、宿の主人に情報が聞けそうな場所を尋ね、確認する。
まるで別人のような秋夜の行動に感心しているとラシェルに、青葉はくすくすと笑って言った。
「秋夜って頼りないように見えて結構しっかりしてるのよ。ただし、町の中でだけね」
悪戯っぽく言った青葉に、ラシェルも小さく笑う。
「青葉ーっ。早く行こうよ、鈴音さんのこと聞くんでしょ?」
話が終ったらしい。秋夜が手を振って二人を呼んだ。
「うんっ、今行く」
そうして三人がやってきたのは居酒屋だった。
宿屋の主人の話だと、この町の人間のほとんどが常連となっている評判のいい店なんだそうだ。
時間的にまだ人が少ない可能性は高かったが、三人はとりあえず入ってみることにした。
中は予想以上に混雑していた。お昼はとっくの昔に過ぎており、夕食にはまだ早い。そんな時間にしてはずいぶんと客が多い。
しかし三人にとっては好都合だ。まず店の主人に話をし、それから他の人達にも鈴音のことを聞いて回った。
鈴音のことは意外に簡単にわかった。
ほんの数日前までこの町にいたというのだ。
一週間ほど前にこの町に立ち寄り、結界を張りなおしてくれたのだそうだ。
町を出たのは三日前。どの町に向かったのかも聞けた。
「・・・・・どうする?」
宿屋に戻った青葉の第一声がこれ。
今すぐ出発するかどうか聞いているのだ。三日前なら急げば次の町で追いつける。
「今すぐ出発するに決まってんだろ」
ラシェルは即答した。
が、秋夜は不満そうだった。
「もうすぐ夕方だし、今出たら野宿になっちゃうよ」
「それは明日出発したって同じだろ」
旅慣れない二人がいる分こちらのほうが足は遅い。
どっちにしても野宿が必要ならば、できるだけ早く出た方が良いと思ったのだ。
青葉はラシェルの言葉に大きく頷き、サッと荷物を持って立ち上がった。
「じゃ、行こっか♪」
青葉に続いてラシェルもその場に立ちあがる。
最後まで渋っていたのは秋夜。だが最後にはゆっくりと立ち上がった。
せめともの抵抗なのか、思いきり青葉を睨みつけて。
鈴音が向かったらしい町まで五日の行程。平和に済めばそれにこしたことはない。が、やはり途中で一度妖魔――この世界では怪物のことを妖魔と呼んでいるのだと、青葉に聞いた――に遭ってしまった。
敵はニ体。
「羅魏、そっちよろしくっ」
言うなり青葉は妖魔の片方に向かって駆け出した。
「え、ちょっ・・・・・・ま、いいけどさ」
走っていく青葉の背中を見送り、ラシェルはニ体の妖魔に目を向けた。
妖魔と、目が合う。
突進してくる妖魔を前に、ラシェルはその場を動かない。
後ろで、悲鳴に近い秋夜の声が聞えた。
目前まで迫ってきた辺りで、ようやく動きだした。妖魔が繰り出した拳を上半身だけ軽く動かして避ける。体を傾けた反動を利用して蹴りを叩きこんだ。
たまらず妖魔が大きくよろめく。
だがどうやら妖魔は人間よりもずっと耐久力があるらしい。なかなか倒れてくれない妖魔に苦戦していると、
「なにやってんのよ」
いつの間にやら戦闘を終わらせたらしい青葉の声がかかった。
「そう思うなら、手伝えよ。そっち終ったんだろ?」
妖魔の攻撃を避けながらが言い返す。
が、青葉は手伝うつもりはないらしく、冷たい言葉を言い放つ。
「一対一でしょ、そのくらい一人でなんとかする! 武器持ってないの?」
言われて、ラシェルは荷物の中に持っている銃に意識を向けた。この世界では知られていないようだから、使わずにおいたのだ。
だが素手で勝てそうにない敵であるのは確かで、ラシェルが使うもう一つの武器――鞭は、こんな怪物相手にできる程の腕はない。
仕方なくラシェルは、銃を取り出して妖魔に向ける。
慣れた動作で引き金を引く――直後、銃身から放たれた光は妖魔を貫き、妖魔はサリフィスの怪物と同じように霧散して消えた。
「・・・・・・なによ、できるんじゃない。なんで最初から使わなかったの」
青葉が呆れた声で言う。
「え? ここは銃って無いみたいだから・・・・」
「へぇー。じゅうって言うんだ」
驚かない青葉に戸惑いつつ答えたラシェルのその横では、秋夜が好奇心一杯の表情で銃を眺めていた。
ラシェルは二人の行動に意外そうな表情を向けた。
「どうしたの?」
「いや・・・別に・・」
「・・・ま、いいけどね。妖魔も倒したし、さっさと先に進みましょ」
物事を気にしない二人に苦笑しつつも、ありがたく思うラシェルであった。