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 IMITATION LIFE〜幕間2 3話 

  一度妖魔に遭遇したが、その後はさしたる問題もなく町につくことができた。
  町の人に話を聞いて、訪れた宿屋の一室。
  青葉は、ノックはしたものの、返事を待たずに扉をあけた。
「鈴音ちゃんっ、やぁっと見つけたぁ♪」
  中に居たのはポーニーテールに束ねられた黒髪を持つ、十三、四歳くらいの少女。
  青葉は勢いに任せて鈴音に抱きついた。突然のことに、鈴音は困惑の表情で青葉と秋夜に目を向けた。
「え? 青葉おねーさん? 秋夜おにーさんも・・・どうしたの?」
「久しぶり。えっと、鈴音さんにお願いしたいことがあって追いかけてきたんだ」
  秋夜のその言葉を皮切りに、青葉と秋夜は互いに互いの言葉を補いながら風龍の町の状況を説明した。
「そんなことになってるの!?」
  二人がほぼ同時に頷いた。
「えっと・・・で、あたしは何をすれば良いのかな?」
  鈴音は突然の訪問に気を悪くするようなふうでもなく、小さく首をかしげて問いかけた。
「世界地図、持ってたら見せて欲しいんだ」
  鈴音の問いに答えたのは青葉でもなく、秋夜でもなく、ラシェルだった。
  微妙にこの雰囲気にそぐわない、心から龍探しを楽しんでいるかのような口調に、秋夜がため息をつく。
「世界地図? 持ってるよ」
  鈴音は明るい声で言って、荷物の中から地図を出してきた。
  青葉と秋夜は、珍しそうにそれを覗き込む。
「へぇ・・・・風龍の街って結構大きいと思ってたんだけど・・」
  青葉は感心したように言った。
「確かに風龍は大きい方だけど、世界全体と比べちゃぁね」
  そう言って鈴音は苦笑した。
  地図を床に置き、しゃがみ込んで地図を見つめる二人の後ろで、ラシェルは立ったまま上からその地図を見つめた。
  案外簡単な作業だった。
  どうやらこの世界は大半が樹海に埋まっているらしい。
  その中で条件に合うものはほんの数個しかなかった。
「ねぇ、どぉ?」
  振りかえって訪ねた青葉に、ラシェルはいくつかの泉と湖を指差した。
「このどっか・・だと思う。ただこれは青葉に見せてもらった文献の文章に地形を無理やり当て嵌めただけだからなぁ・・・」
「でも手がかりゼロよりはずぅっといいわよ♪」
  青葉はにっこりと笑った。
  そこに鈴音が多少控えめに口を挟んだ。
「そういえばさ・・・このおにーさんは誰?」
  鈴音の一言にその場の空気が一瞬固まった。
  直後、ラシェルを除いた三人が笑い出した。
  一人わけのわからないラシェルを余所に、三人はしばらく笑いつづけ、事態が落ちついたのは数分後。
  やっと話が再開された。

「この人は羅魏って言うの。月峰で会ったんだ」
  青葉が短くラシェルのことを紹介してくれた。そして言葉を続ける。
「ね、鈴音ちゃんは月峰に行った後どうしてたの?」
  青葉の問いに、鈴音はきちんと順序だてて説明してくれた。
  鈴音が月峰についた時にはすでに里には誰もいなかったらしい。鈴音はしばらく月峰を調べた後、これ以上ここにいてもなにもわからないと判断して月峰を後にしたのだそうだ。
「鈴音ちゃんが行った時にはすでにあそこには誰もいなかったんだ・・・」
「うん・・・・でも青葉おねーさん達が行った時は人いたんでしょ?」
  そう言って鈴音はラシェルのほうを見た。
  青葉は秋夜と顔を見合わせる。
  そんな三人の態度にラシェルはかすかに眉を寄せた。
「まぁ、一応」
  歯切れの悪い二人の返事に鈴音が首をかしげた。
「羅魏だけだったけど」
  そう切り出して、秋夜はラシェルと会った時の経緯をすべて説明した。
  全てを聞き終えると、鈴音はチラリとラシェルのほうを見た。青葉と秋夜の視線もラシェルに向かう。
  目が合ったが、ラシェルはそんな三人の様子よりも、自分の考えに没頭していた。
「らーぎっ!」
「えっ!?」
  いきなり言われて、ぱっと意識を青葉たちに向けた。
「もうっ、さっきから声かけてんのにどうしたのよ」
「え・・・あ、ああ。悪い・・・・」
  答えるものの、ラシェルの思考はいまだ別の方向に向かっていた。
  この世界の術の使い手であるらしい鈴音ならば――同じような術の使い手である月華にかけられた封印を解けないか、と。
  そんなラシェルの様子に、青葉はため息をついて問いかけた。
「鈴音ちゃんもいっしょに来てくれることになったから、羅魏もそれでいいよね?」
「ああ」
  返事を返すが、意識の先には青葉ではなく鈴音が居た。
「ねぇ、鈴音ちゃんになにか用でもあるわけ?」
「え? あ、ああ・・・・うん・・・・」
  頷くもののそれ以上何も言おうとしない羅魏に、とうとう青葉がキレた。
「もぉぉっ! 鬱陶しいわねぇ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!!」
  突然の大声で言われて、ラシェルは目を丸くして青葉を見つめた。鈴音も驚いたのかぽかん、とした表情で青葉を見つめている。
  秋夜だけは、慣れていたためか予想していたのか、平然としていた。
「・・・ん・・・前、青葉たちには言ったよな。オレが今名乗ってるのはオレの本名じゃないって」
「うん、聞いた。相方の名前って言ってたよね」
「まぁ、兄貴みたいなもんなんだけどさ。それで・・・その、さ。そいつが封印されちゃったんだ」
  そこまでの説明を聞いて鈴音が納得したように頷いた。
「あたしにその封印が解けないかと思ったんだ」
「ああ。・・・・無理、かな?」
「それは見てみないとなんとも言えないけど。その人どこにいるの?」
  鈴音の問われ、ラシェルは自らを指差した。
  その行動に三人は疑問の表情を向けてくる。
「どういうこと?」
  秋夜が問う。
「二重人格って、わかるか?」
  ラシェルは静かな声でそう聞き返した。
「? なにそれ。どういうこと?」
  鈴音と秋夜はすぐに理解してくれたらしい。二人は納得したような表情で頷いた。
  が、青葉にはその単語の意味がわからなかったらしい。秋夜に向かって質問の言葉を投げかける。
  秋夜はふぅとため息をついて、優越感を含んだ笑みを見せた。
「だから勉強しろっていつも言ってるのに。二重人格ってのは・・・・・・・・・簡単に言えば一つの身体に二人分の心が存在するってことかな」
「んーー・・・・・なんとなくわかった」
  しばらく考えた後、青葉も頷いた。
「つまり、羅魏おにーさんのもう一つの精神が封印されちゃったんだ」
「ああ」
  鈴音の問いに短く答える。鈴音は、続けて問いかけた。
「誰に?」
「月峰月華って女の子。オレより二つくらい下だったかな」
「ちょっと・・・難しいかも・・・・。あたし、他人の精神に入りこむような術は使えないから、干渉できるかどうかわからないの」
  申し訳なさそうな表情を見せた鈴音に、ラシェルは小さく笑って返した。
「そんなに気にするなよ。それに、今は龍探しの方が先だしさ」
「あ!」
  鈴音が突然、声をあげた。
「青葉おねーさんたちが探してる龍だったらなんとかできるかも。龍は水の術が得意だもん」
  いきなりの発言に全員が疑問の表情を浮かべたが、鈴音はすぐにその言葉の意味を説明してくれた。
  術には大きく別けて風火水土の四属性に分けられるのだと言う。そのなかで例えば移動は風属性とか、攻撃は火属性のものが多いとか・・・そういう法則みたいなものがあり、水属性は回復と精神に干渉する術が多いのだそうだ。
「じゃ、なおさら龍に会わなきゃね♪」
  ガッツポーズを作って青葉は気合を入れた。
  三人はその言葉に頷き、龍探しのための話し合いが再開された。
  鈴音の世界地図のおかげで一応目的地が五つにまで絞れた。が、その場所が問題だ。
「どこから行く・・・?」
  多少落ち込んだ口調で秋夜がつぶやいた。
  その五つの湖、泉は各地に散らばっていて、全部を回ろうとしたらゆうに二、三年はかかるだろう。
  最初に行った場所が正解ならばここから一番遠いところでも三ヶ月で着く。そこから風龍まで二ヶ月ほど。
「でもこれ以上は絞れないぞ」
  ラシェルの言葉を聞いて、青葉と秋夜は顔をつき合わせて相談を始めた。どこから回るかについてだ。
  これはもうギャンブルみたいなもの。どこから行ったって確率としては同じ。あとは全部回ることになった場合、どこから行くのが要領がいいかということくらいだろう。
「ねぇ、ちょっといい?」
  鈴音はラシェルがつけた丸印を見て、その中からひとつの湖を指し示す。
「この中だったらここだと思う」
  そう言って三人の顔を見た。
  ラシェルは、どうしてそこまで断言できるのかわからず、疑問の表情を浮かべた。それはほかの二人も同じだったらしく、同じように不思議そうな顔をしている。
「龍ってね、霊力・・・あたしたちが術に使う力ね。それを食料にしてるの。この湖は聖域って呼ばれてて、湖自体が霊力を放ってるの」
「つまり食料のあるところに住んでる確率が高いって事ね」
  青葉がそう結論付けると、鈴音は静かに頷いた。
「じゃ、とりあえずそこから行ってみるか」
  こうして行き先を決定した四人は、その翌日に町を出発した。






  鈴音と会った町を出てから一月ちょっと。四人は目的地の湖に到着した。
「うわぁ・・・・・・」
  青葉は感心したように溜息をつく。
  声にこそ出さなかったものの、ラシェルも似たような心境だった。
  湖はぐるっと周囲を歩こうとすれば一時間ぐらいかかるだろう。湖の周りには木々が広がっている。湖自体が放っている柔らかい不思議な雰囲気が、とても心地よかった。
「結構広いな」
「とりあえずぐるって歩いてみよっか♪」
  言うが早いか、秋夜を引きずりつつ歩き出す。
  ラシェルはそんな二人に苦笑して、少し遅れて歩き出した。
  最初に予想したとおり、湖を一周するのに一時間ほどかかった。しかし湖に生き物の気配は無い。
  青葉が、大きく息を吸い込んだ。
「・・・・龍さーんっ、いたら出てきて下さーい! 龍さんにお願いがあるんですーーーっ!!」
「・・・・・なんか青葉らしいって言うか・・」
「それで出てきてくれたらなんの苦労も無いんだけどな」
  単純明快な青葉の行動に、秋夜とラシェルが苦笑した。
「でも何も行動しないよりはずっといいよ♪」
  鈴音だけが青葉の行動に賛同していた。
「そぉだよねーっ、なんにも行動してない人に言われたくないよね」
  鈴音の手を取り嬉しそうに言いつつ、言葉の後半にはギロリとこちらを睨み付けていた。
  秋夜はその勢いに気圧されて一瞬青葉から目をそらした。ラシェルは青葉の視線に、楽しげな笑みを浮かべた。
  怒っているのに笑って返されたのが気に入らなかったのか、青葉はもう一度ラシェルを睨み付けて、それからもう一度湖を見つめた。
  先ほどと変わった様子は見られない。湖面が太陽に照らされて光っているだけだ。
「やっぱり普通に呼んだだけじゃあ出てきてくれないのかな」
「それとも本当に居ないとか」
  鈴音と青葉の会話に秋夜が控えめに口を挟む。
「・・・・・それ、どうやって確認するの・・・?」
「方法はあるよ」
  その言葉に、全員の視線が鈴音に集中する。
「青葉おねーさんが探してるのは水龍なんでしょ? 水龍って限定するなら召喚できるかも」
「なんでそれ最初にやらないんだよ」
  鈴音の話にラシェルは拗ねたような口調で言った。しかし鈴音は召喚という行為に抵抗があるらしく、弱気な雰囲気で言い返してきた。
「だって、召喚って強制みたいなもんなんだもん。龍に機嫌損ねられたら意味無いでしょ?」
「でもまずは会わないと話にすらならないわけだし」
  秋夜がもっともな意見を述べた。それで鈴音も考え込む。
「そうなんだよねー・・・・・・・やってみる?」
  その言葉に三人はしっかりと頷いた。
  それを確認すると、鈴音は湖のほうに向き直った。懐から剣を取り出す。
  鈴音は、剣を正面に構えて、静かに湖面を見つめていた。
「・・・・・・水の龍よ、そなたがこの地に在るならば、我が召喚の声に応え、我らの前にその姿をを現わせ」
  鈴音の声に応えるかのように水面が揺れる。
  湖の中央に漣が立ち、波紋が広がった。
「おぬしら、何の用があってわしを呼びつけた」
  湖の中央に青っぽい緑色の身体と、蒼い鬣を持つ龍が居た。
  鈴音はすでにその龍に気圧されてしまっている。答えられない鈴音に代わって、青葉がその問いに答えた。
「突然呼びつけちゃったことは謝ります。でも、どうしてもあなたの力を貸して欲しいの」
  龍の瞳がこちらを見る・・・・・・――龍の瞳は、身体の色と同じ青緑だった。
  龍は目を細めてけだるそうにこちらに目を向けた。
「力・・・? なぜわしがそんなことをせねばならぬ」
  そう言うと、龍はぷいっと横を向いてしまった。このまま姿を消してしまいそうな感じだ。
  青葉は龍を引きとめようと慌てて声を出す。
「ちょっと待ってよ! 話ぐらい聞いてくれたっていいでしょ?」
  龍は振り返りすらせずに答えた。
「先ほど聞いたであろう? おぬしらはわしに力を貸して欲しいと言ったが、わしはそれを断った。それで話は終わりじゃ」
「ひっどーーーーーいっ!! 何それっ!」
  今にも龍に掴みかかりそうな青葉。鈴音は慌てて青葉を止める。
「青葉おねーさん、ちょっと待って」
「何?」
  青葉の表情というか気迫というか・・・怒りと不機嫌なその雰囲気にだろうか、鈴音がちょっと怯え気味に説明した。
「あのね・・・あたし、大変なものを呼んじゃったみたい・・・なの」
  その言葉に、龍が小さく感嘆の声を漏らす。
「ほう、わしが何者なのか理解しておるようじゃな」
「どういうこと?」
  問い掛けたのは青葉ではなかった。青葉はしっかりと龍を睨み付けていた。
「龍は風火水土の属性があって、龍と龍神がいるの。普通の龍はその辺の妖怪とそんなに変わらないんだけど、それとは別に龍神って呼ばれる特に強い力を持つ龍がいるの」
「つまり鈴音が呼び出したのはその龍神ってやつなわけか」
  ラシェルの言葉に鈴音は小さく頷く。しかし青葉は納得しなかった。
「だから何よ。せめてちゃんと話聞いてから断るかどうか決めてくれたっていいでしょ!? こっちは死活問題なんだから」
  青葉は、どうあっても諦めないつもりでいるらしい。そんな青葉の雰囲気が龍にも伝わったのだろうか。
  龍は小さく息を吐いて、根負けしたように呟いた。
「わかった。聞いてやるからとっとと話せ」
  四人の間の緊張感が少しばかり緩む。
  鈴音に説明したときのように青葉と秋夜、二人が風龍の街の状況について話した。
  風龍の名を聞いて龍の表情が少しだけ変わった。
  ・・・・なんだか、焦っているような気がする・・・。
「あ・・・ああ、まさか・・・風の龍神の住まう地のすぐそばにあるのか? おぬしらの街は」
「え? はい、そうですけど・・何か?」
  龍が視線をそらした。バツが悪そうに、一語一語言葉を切りながら話した。
「昔・・・な、風のと喧嘩したことがあっての・・・・。ちょっとした嫌がらせにあれが住む地の雨が止まぬようにしてやったのじゃよ・・・」
「ええええええぇぇぇぇーーーーーーーっ!!!!?」
  四人の声が見事に重なった。
  龍の話はまだ続く。
「周囲の土地に被害が出ぬ程度の雨量になるようにしてあったはずなのじゃが・・・・ほれ先日の流れ星、わしの術もそれに影響されたんじゃろうな」
「ちょ・・・と待って・・・じゃ、あの伝説は・・・?」
「伝説? その事象に合わせて、人間があとからこじつけにも近い伝説を作り上げる。よくある話じゃろう」
「青葉ぁ〜〜。論点ずれてるよ、それ」
  秋夜は狙い違わずしっかりと突っ込みを入れた。
  青葉はしっかりと秋夜を睨み返し、秋夜を黙らせてから龍との交渉を再開した。
「ってことはもともとあんたのせいなのよね。これは協力してくれないとね♪」
「・・・まぁ、よかろう。もとはわしの撒いた種のようじゃしな」
  龍は苦々しげな口調――表情はよくわからなかったが――で承諾してくれた。
  青葉立ちがホッと息をついたのも束の間、龍はさらに言葉を続ける。
「しかしまだ問題がある。わしはこの地を長く離れること叶わぬ」
「ここから離れられないのにどうやって風龍の土地に術をかけたの?」
  龍の言葉に、青葉は眉根を寄せて疑問の言葉を口にした。
「昔、妖魔が今ほど強くなかったころは近くの街・・・水龍(すいり)という街でわしを信仰しておった。
  月に一度、祭りを開いておったのじゃ。その祭りはわしに霊力を送るものでな。そのおかげで昔は自由に飛びまわることが出来た。だが、街のものがわしの存在を忘れ、祭りが行われなくなってからは常に霊力が放出されているこの地から離れにくくなったのじゃ。まさか辻斬りのように辺りの人間から勝手に霊力を貰うわけにもいかぬしの」
  龍は遠くを見るように空を見上げた。まるで、昔を懐かしんでいるような瞳だった。
「それじゃ、あたしの力使って良いから一緒に来てくれませんか?」
  今まで聞くだけだった鈴音が、まだ龍に多少の怯えを見せつつも口を開いた。
  龍は鈴音を一瞥しただけで、呆れたような雰囲気を漂わせた。
「おぬしの力ではわしを支えるのは無理じゃ」
「オレは?」
  魔法を使えるか否かは置いておいて、それでもラシェルは魔力だけは高い。なにせ最強と呼ばれた羅魏と同じ身体を使っているのだから。
  言われて、龍はしばらくラシェルを見つめたあと、小さく感嘆の息を漏らした。
「ほう・・・・おぬし、珍しい属性を持っておるな」
「属性?」
「力の属性じゃよ。たいていは自分の属性系統の術は他に比べて威力が上がるだけなんじゃがの、強い力の持ち主ならば術を使わずとも自分の系統の事象を動かせるのじゃ」
「へぇー・・・・で、羅魏の属性ってなんなの?」
「時空じゃ」
「時空!?」
  鈴音が声を張り上げた。目を丸くして、ばっとラシェルのほうを見つめる。
「ねね、鈴音ちゃん。それってすごいの?」
  その問いに答えてくれたのは鈴音ではなく龍だった。
「この者ほどの能力ならば、時を操ったり、空間を創り出すことも可能じゃろう」
  その言葉に青葉、秋夜、そして当の本人――ラシェルまでもが驚きの声を漏らした。
  龍のほうはそんなものかまわず、楽しげな声音でラシェルに語りかけた。
「おぬしなら大丈夫そうじゃの。おぬしの力、少々貰い受けるぞ」
  その直後、龍は湖の上空から離れ、ラシェルの目の前に降りてきた。
「あ、それとオレからも頼みがあるんだけどさ」
  ラシェルは、隣に現れた龍を見て声をかけた。
「頼み?」
「オレの相棒が封印されちゃって――」
  ラシェルが最後まで言い終える前に、龍が口を挟んだ。
「ああ、つまりこの者を起こせば良いのじゃな。少々待っておれ」
  まるで羅魏を目の前にしているかのような物言いに、ラシェルは驚きの表情を隠せなかった。
  だが龍はそんなラシェルをまったく無視して、ラシェルの身体(なか)に消えていった。
  龍が完全に姿を消したのとほぼ同時、ラシェルは自分の中に龍の気配を感じることができた。
  羅魏の周囲にあった壁が、硝子が壊れていくかのように音を立てて割れる。
  だが、羅魏が目覚める気配はなかった。

  現実の時間にしてほんの数分。
  龍は現実に戻ってきた。
「封印は?」
  青葉の問いに、淡々とした口調でだが、きちんと答えてくれた。
「封印は解いた。じゃがいつ目覚めるのかはわからぬ。まぁ、おぬしほどではないにしても”相棒”もかなりの能力の持ち主のようじゃから、すぐ目覚めるじゃろう」
「はぁ? 逆だろ? あいつのほうがオレより強いんだぞ」
「魂と身体は別物じゃ。おぬしが弱いのはその身体の能力を使いこなせていないせいじゃ。おぬしがその身体を使いこなせれば、おぬしのほうがずっと強いはずじゃ」
「ふ〜ん・・・・」
  ラシェルはまだ納得しきれなかったが、そういえばアルテナも似たようなことを言っていたこと思い出した。
  龍も、アルテナと同じような知覚を持っているのだろうと思って、それ以上聞き返すことはしなかった。
「それじゃ、とりあえず近くの街に行こう」
  珍しく秋夜が最初に歩き出した。が、青葉は歩きかけたその直後にピタリと足を止める。そうして、龍の姿を見つめて呟く。
「目立つね・・・・・」
「・・そう言われてみればそうだな・・・・」
「あの・・・龍神様・・・その・・・もうちょっとなんとかなりませんか?」
  龍は全長十メートルほど。このまま街に入れば目立つこと間違いなしだ。
「まったく、わがままの多いやつらじゃ」
  溜息をついて、龍は小さく呟いた。みるみる龍の姿が変わっていく。
  龍の姿が完全に変化した・・・・・・――直後、周囲に笑い声が響いた。
「こらっ、おぬしらなぜ笑う!!」
  鈴音を除いた三人が大爆笑しているのだ。
  鈴音は意外そうに龍を見つめていたが、笑うことはしなかった。笑っている三人を止めようとしていたが、誰も鈴音の声を聞いていない。
「人の姿を見て笑うのは失礼じゃろう!」
「だ・・・だ・・って・・・あははは」
「ぼく、・・・あはは・・絶対、いかついおじいさんとか・・思ってたのに・・・」
「まさかこんなガキなんてな」
「ガキじゃとっ!? これでもおぬしらの数倍は生きておるのじゃぞ!!」
  龍は、目立たないようにと人間の姿に変化した。
  肩の上で揃えられた青みがかった黒い髪と、青緑の瞳の十歳前後の少女。それが、龍が変化した人間の姿だった。
「なぁ、あんたってもしかして龍神の中では若いほうなのか?」
「ああ、一番年下じゃ」
  ぶすーっとした表情で龍は問いに答えた。
  青葉は苦笑しつつも、龍を宥めにかかった。
「ごめん、拗ねないでよ。笑ったのは謝るから」
「もうよい。気にしておらぬ」
  しかしその視線は冷たい。
  これは怒りがおさまるまでしばらくかかりそうだ。
  青葉は話題を変えることにした。
「なんて呼べば良い?」
「はぁ?」
「だから龍神さんの名前。まさか龍神様って呼ぶわけにもいかないでしょ」
「わしはそれでもかまわぬが・・・・。おぬしらが呼びにくいと言うならば、わしのことは水龍(すいり)と呼んでくれればよい」
「水龍ね、わかった。これからよろしくっ♪」
  青葉は龍――水龍に右手を差し出した。
  水龍は楽しげに小さな笑みを浮かべてその手を握り返した。

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