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 IMITATION LIFE〜幕間2 最終話 

  水龍の湖から風龍の街までは二ヶ月ちょっと。現在地はその半分を過ぎた辺り。
  何度か妖魔と遭遇したものの、水龍のおかげであっさりと撃退できていた。
  旅の夜の大半は森の中で、その日も、野宿だった。

  ラシェルはぶつぶつと文句を言いつつ、水を探して青葉たちと離れていた。
  他者から見えないよう姿を消しているが、水龍も一緒だ。
「・・・料理の方が好きなのにさぁ、なんでいっつも水探しばっかりなんだよ」
「当然じゃ。わしらが行くのが一番確実で早いのじゃからな」
  言われて、ラシェルは拗ねた表情で水龍を睨みつける。
  水龍は水の術を操る龍神。水場を探すなど造作もないこと。
  そして水龍は、他人の霊力――サリフィスの言葉で言うならば魔力を――生きる糧としているため、大きな魔力を持つラシェルの傍にいる必要がある。
「わかってるよ、そんなの」
  だがわかっていても納得できない事だってあるのだ。
  いつまでもぼやいているラシェルに、水龍は呆れたような視線を向けた。
「ほれ、河までもう少しじゃ。いい加減諦めい」
「諦めてるからここまで来て――」
  一瞬だった。
  踏み出そうとした地面が盛り上がり、行く手を塞ぐ壁へと変化した。
「なんだぁっ?」
  慌てて周囲を見渡すも、それらしき姿はない。
  だがこんなことをしそうな人物の心当たりは一人だけだ。
  彼女の名を呼ぼうとしたが、その前に水龍が姿を現して一点を指差す。
  開きかけた口を閉じて水龍の指差した先を見ると、森から飛び出してきた月華の姿が目に入った。
  宙を飛んで来る月華の周囲で炎が踊っている。
  彼女の指がただ一点を――ラシェルを、指し示した。
  踊っていた炎が指向性を持ってラシェルに向かってくる。
  避けようとしたラシェルを、水龍の手が止めた。空いている手を、炎に向けて翳したその瞬間、炎はあとかたもなく消えてしまった。
  炎が消えたのと同時、月華はそのまま空中で動きを止めた。
  攻撃で返すつもりはなかった。
  ラシェルは、まっすぐに月華を見据えて一つの問いを投げ掛ける。
「月華! どうしてオレを殺そうとするんだ?」
  月華もまた、まっすぐこちらを見つめ返してくる。
「大事な人がいるの」
  即答、だった。
  強く短い言葉を放ったその直後、また炎の術をラシェルに向ける。
  だが、向かってきた炎は先ほどと同じように、水龍の術でかき消された。
「なら、これでどうっ? ――大気を揺らす風たちよ、汝が前に集いて凝固せよ!」
  周囲に、強い風が吹き荒れた。ほんの数瞬、辺りを荒らした風は、すぐに一つの位置に向けて収束する。その中心にいたのは水龍。
  しかし水龍は、落ち着き払った様子で風を切り払うように手を振った。
「わしも甘く見られたものじゃな。人間の術など効かんというに」
  収束しかけていた風は一瞬にして散らされた。
  月華の動きが止まる。
  水龍も、月華に攻撃をしようとはしなかった。
  ラシェルの意図を汲んでくれている水龍に小さく礼を言って、ラシェルは月華の方へ一歩踏み出した。
  直後、後ろから焦ったような水龍の声が聞えた。
  慌てて振り返ると、そこにはすでに見えない壁があった。
  壁の中に水龍。
  そして、壁のすぐ傍に見慣れない少年が一人・・・・・・。
  だがラシェルは、その気配をよく知っていた。二度と顔も見たくないと思っていたヤツ。
「これで一対一」
  彼は――レオルは、ニッと口の端を上げて、相手に嫌な感情しか与えない笑みを浮かべた。
  声は、出なかった。
  それより先に体が動いた。
  だが、
「違うだろ? 君の相手は月華」
  その言葉と同時、レオルの周囲も結界の壁によって阻まれてしまった。
  魔法の扱いが苦手なラシェルは、これを破る方法を持っていない。
  レオルを睨みつけ、そして・・・・・・月華を見つめた。
「・・・・どうしても戦わないといけないのか?」
  月華は、酷く遅い、ゆっくりとした動作で頷いた。
  そして――月華が動き出す。
「風よ、全てを切り裂く疾風となりて吹き荒れよ!」
  向かってきたかまいたちを避けようと横に飛ぶが、術によってコントロールされている風はまっすぐにラシェルを追いかけてくる。
  衣服が裂け、身体のあちこちに裂傷ができる。
  月華が、ラシェルの正面へと降りて来た。
「月華・・・・・・」
  ラシェルの呼びかけに、月華は答えなかった。
  月華が、静かな声で言葉を紡ぐ。
「炎よ、我が意に従い我が示せしすべてのものを焼き尽くせ」
  言葉が終わると同時、月華の周りで炎が揺らぐ。
  それでも、ラシェルは動かなかった。
  月華はしばらくそのまま立ち尽くし、そして・・・・・・炎が動く。
  怪我を負うことはあっても死ぬことはないだろう――ラシェルは自分でも不思議なくらい冷静に、そんなことを考えていた。
  だが。
  目の前で、炎が消えた。
「・・・・・・え?」
「くっ」
  月華にとっても不測の事態だったらしく、小さな声を漏らして再度術を唱え始めた。

(誰だ・・・・・・?)
  レオルでもない、水龍でもない。かと言ってアルテナの気配でもない。
  だが確かに覚えのある、誰かの視線。
  ――・・・・・・視界が、赤い色に染まった。
  それが月華の放った炎だったのか、まったく別の物だったのかはわからなかった。




「こんにちわ」
  にっこりと微笑む、誰か。
  赤い瞳と赤い髪。
  無邪気な表情に似合わない――めちゃくちゃに絵の具を混ぜたような、不安定な空気を纏った瞳。
「・・・・・・誰?」
  言った後で、もしかしたら言葉を間違えたかもと心配になって、教えてもらった知識を思い起こす。
  フォレスと――祖父と出会ってから一年ちょっと。
  言葉も常識もいろいろ覚えたが、やっぱりフォローしてくれる祖父がいないと心細かった。
  村の外れにある自宅から、村とは反対方向に離れた森の中。こんなところに人が来るとは思っていなかったのだ。
  彼――多分、彼だと思う――は、ラシェルを見つめてクスクスと笑った。
「キミに贈り物があるんだ」
  彼の手に、淡い光を放つ何かが現れた。
  光は、ふわりと空中を滑ってこちらに向かってくる。
  何故かそれがとても怖くて、ラシェルは後ずさりをした。
  だが、
「無駄だよ」
  言われたと同時、身体が硬直した。
  どんなに力を入れても、身体が言うことをきいてくれない。
『お兄ちゃんっ!』
  恐怖に駆られて叫んだのと同時、羅魏の意識が――この時はまだ名前を知らなかったけれど――表へと浮上する。
  そこでラシェルの記憶は途切れていた。
  怖くて・・・・・・。何故だか、とても怖くて、視るのを止めてしまったのだ。




  目を開けると、すぐ横に水龍が立っていた。
  横を見ると、呆れたような表情の水龍と目が合った。
「えっと・・・・すい、り?」
  まるで責めているかのような視線で見つめられ、ラシェルは小さな声を零した。
「あの者、また来ると言っておったぞ」
「・・・・・・あの者?」
  瞬間、思い出されたのは赤い瞳、赤い髪の――。
  言ったきり止まってしまったラシェルの様子を見て、水龍が怪訝そうな顔を向ける。
「夢、見てたような気がする」
「は?」
「・・・いや、なんでもない」
  もう、思い出せなかった。
  だがしっかり印象に残っている赤一色の瞳と髪。そして――無邪気な笑顔と、それに見合わぬ暗い瞳。
  あれは誰だっただろう。
  ただの夢――そう言いきってしまうには、あの色の印象は、強く残りすぎていた。
  そしてやっと、水龍の言った”あの者”が誰だったか思い出せた。
「月華、か・・・・・。そうだな」
  早く風龍の街に行かなければならない。
  青葉と秋夜を、巻き込まないために。





  水龍がいた湖を出発してから数週間。
  青葉たち一行は、風龍の街へと辿り着いた。。
「へぇ、結構大きな街なんだな」
  ここまで通ってきた町が小さかったのかもしれないが、想像していたよりはずっと立派な街だった。
  生まれ故郷を誉められたのが嬉しかったのか、青葉はにっこりと笑って答えた。
「大きいだけじゃないんだから。すっごく良い街なんだよ♪」
  そんな青葉の態度に対してだろうか、隣を歩く秋夜の忍び笑いが耳に届いた。
  青葉はもちろん秋夜の方に向き直り、しっかりどついてからラシェルの手を引いて街の奥へと歩いていく。
  そうして青葉は、一軒の家の玄関の前でピタリと足を止めた。
「ただいまーっ」
  ガラっと勢いよく開かれたその扉の向こうに居たのは、怒りを通り越して無表情となった女性の姿。
  青葉にしては珍しく、弱気な声で言う。
「た・・・ただいま・・・・」
  女性が、にこやかな笑みを見せた。
「おかえりなさい」
  その言葉を聞いて、青葉はもう一度元気良く言った。
「ただいまっ、おねーちゃん」
「後ろの人は?」
  女性の視線はラシェルの方に向かっていた。
「水龍さん連れてくるのに協力してくれた人。羅魏って言うんだ」
  青葉は少し横にずれて、女性の位置からラシェルの姿が見えやすいよう移動した。
  紹介されてラシェルはぺこっと小さく会釈する。
「あ、初めまして」
「初めまして。大変だったでしょう、この子のお守りは」
  女性が冗談めかした口調で言う。青葉はぷうっと頬を膨らませて反論した。
「どういう意味よ」
「そのまんまの意味でしょ?」
  いつのまにか戸口に入って来ていた秋夜が、答えた。
  青葉はぶすっとした表情で振りかえって秋夜を見る。秋夜は、小さな笑いを漏らしていた。
「っもう、秋夜だって人のこと言えないくせに!」
  バコッと秋夜を叩いて、女性の方へ振り返った。
「おねーちゃん、ちょっと行って来る。すぐ帰るから」
「はいはい、いってらっしゃい」
  女性は、笑いを隠そうともせずに青葉を送り出した。
  何に対しての笑いなのかは見当がつく。見ると鈴音も笑っていた。忍び笑いではあるが。
「もーっ」
  青葉はわざとらしく腰に手を当てて拗ねた表情を見せた。






  四人は水龍に連れられて、街の北にある小さな谷に来ていた。
「この辺りじゃ」
  水龍の言うことには、この辺りに風龍が住んでいるのだという。そして、昔水龍が術をかけたのもこの辺り。
「解くのは簡単じゃからすぐ終わる」
  水龍が人の姿から龍の姿へと変化していく。
  龍神は、空を翔けて雲の上へと消えていった。




  ――−−--‐‐・・・・・・

  水龍が雲の向こうに消えてから数分が経った頃。
  ザーザーと勢いよく降り注いでいた雨が、ポツリポツリと弱くなってきた。
  少しずつ雲の間から陽が射しはじめ、その光は、まるで空を靡く絹のように見えた。
  そうして最後には完全に雨が止み、雲の隙間から太陽が完全な姿を見せた。
  時間と共に雲が減っていき、灰色の空が清んだ青へと変化する――。
「うわぁ・・・・」
  あっという間の変化に、青葉と秋夜が感嘆の声をあげる。
  この街はずっと雨が続いてたというから、余計なのだろう。
  声には出さなかったものの、その美しい光景にはラシェルも少しばかりの感動を覚えていた。
  だが、あまりのんびりもしていられない。
  いつ月華がやってくるかわからないのだから。
  ここでの役目はもう終わった。
「さて、行くか」
  言うが早いか、ラシェルははくるりと青葉たちに背を向けて歩き出した。
「え? 羅魏っ、ちょっと待ってよ。どうしたの、いきなり」
  慌てて青葉が呼びとめる。
  秋夜は落ち着いた口調でラシェルに問い掛けた。
「月峰の人のこと?」
  図星をさされて、ラシェルの体が一瞬、ビクっと震える。
  ラシェルは振り返らないままで秋夜に答えた。
「ああ。月華に言われたんだ、次は青葉たちがいても気にしないって」
「会ったの!?」
「・・・ん」
「・・・・・一人で大丈夫なの?」
  鈴音が心配そうに尋ねてくる。
「あいつはまだ起きてない。でも、そのうち起きるだろ。そうしたら、あいつは誰にも負けないさ」
「それまでの間は?」
  青葉の問いに答えたのは水龍だった。
「わしがおる」
  その言葉に一番驚いたのはラシェルだ。
  水龍ともすぐに別れるつもりだった。
  ・・・・・・月華がやってこないうちに。
「おいおいっ、何考えてんだよ」
「それはこちらの台詞じゃ。おぬしが居らねばわしはどうやって生きろと? 少なくともわしの棲家までは一緒に居てもらわねば困る」
「あ・・・そっか。そうだな」
  そんなことすっかり忘れていた。
  どこか呑気な口調で答えると、後ろで小さく笑う青葉たちの声が聞えた。




  風龍の街の雨を止めたその日の内に街を出て、行きの半分くらいの時間で水龍の湖に戻ってきた。
  旅慣れない二人が居ない分、早く進めたのだ。
「んじゃ、これでお別れだな」
  湖を前にラシェルが言うと、水龍は何故だか鬱陶しげな瞳で見つめ返してきた。
「・・・・・・なんだよ」
「わしも行く」
「は?」
「まだおぬしから離れる気がないと言っておるのじゃ」
「何言ってるんだよ!」
「おぬし一人で月華とあの少年、二人を相手にできるのか?」
  痛い所を突かれて黙り込むと、水龍は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「用があるのはあっちじゃ。しばらく待っておれば来るじゃろう」
「だからってなぁ・・・・・・」
  言いかけて、ガクっと肩を落とす。
  確かに水龍は強い。そしてラシェル一人で月華とレオルの二人を相手にできるとは思えない。
  ――わかったよ。
  そう言おうとして、口を開きかけた時。まったく別の方向から、覚えのある声が響いた。
「こんにちは。お久しぶりです・・・羅魏様、水の龍神様・・」
  いつの間にやって来たのだろうか・・・・・・。
  ラシェルからほんの数メートル先――そこに、月華が立っていた。
  どこか苦しげな月華の表情を見て、水龍は小さく息を吐いて呆れたような眼を向けた。
「やはり止められぬのか?」
  月華が頷く。
  戦うことは月華の本意ではないのだろうに――それなのに、ラシェルには止められない。
  見つめる瞳に、月華は感情を押し殺した冷めた瞳で返してきた。
  そして、口を開く。
  ラシェルと水龍、二人は警戒態勢をとって月華の次の行動を待った。
  月華の周囲に炎が現れる。以前水龍に止められてしまった術だ。
  そして今度も、同じように水龍が炎を消した、
「もしかして僕に期待してたわけ?」
  ニヤリと嫌な笑みとともに少年が姿を現わす。
「またおぬしか!」
  水龍が叫び、月華を相手にする時とはまったく違う緊張感を持って少年を見つめた。
  ・・・・・・水龍は気付いているのだろうか・・・。少年の中に居る、レオルの――強い力の存在に。
「炎よ、彼の者を焼き尽くせ!!」
  月華の声が響く。
  振り向いたときにはもう、炎が目前に迫っていた。
  慌てて横に飛ぶが、炎もラシェルを追って軌道を変える。
  避けきれないと判断して、少しでもダメージを減らすために手でガードをした。
「羅魏!!」
  こちらの戦いも目に入れていたのか、水龍の声が聞こえる。
「ふーん。余所見できるなんて余裕だね」
  続いて淡々とした少年の声。
  思わず視線が少年に――レオルに向かう。
  近づいてくる気配に気付いた時、目の前には刀を手にした月華がいた。
  振り下ろされた刀は、あっさりと止められた。
  当たる寸前に目を覚まし、ラシェルの意識を押しのけて表われた羅魏の手で。
『羅魏!』
  パッと、ラシェルの表情が明るくなる。
  封印は解けたというのに眠りっぱなしで、ずっと心配していたのだ。
  だが羅魏は、ラシェルの声には答えてくれなかった。
「久しぶり、月華さん。それと・・・・はじめましてかな、水龍さんは」
  一歩、二歩。月華は後ろに下がった。
  その様子を、羅魏は平然と身つめていた。
  羅魏は、月華を無視して少年の――レオルの方に、走った。
「くっ!」
  レオルは慌てて水龍から離れ、羅魏から離れようとした。が、羅魏の魔法がそれを赦さなかった。
  いつのまにかこの領域に結界が張られていたのだ。
  突如レオルの周囲に風が巻き起こる。ただの風ではなく、かまいたちの風だ。
  レオルの衣服がそれに破られるが、レオル自身には傷一つついていなかった。
「ふむ・・・もうわしらの出番は無いようじゃな」
  水龍が呟き、月華の方に向かって歩いていった
  レオルがどんどん不利になっていく。
「だめぇっ!!」
  月華の叫び声が辺りに響く。
  一瞬にして、月華の姿が羅魏とレオルの真中に移動する。
  だが羅魏の攻撃は止まらず、月華に直撃した。
  羅魏はそんな月華に目もくれず、再度魔法を放った。
『おい羅魏、やりすぎだ!』
『どうして?』
  慌てるラシェルとは対照的に、羅魏は平然とした口調で答える。
『あのままじゃ月華が死んじまうだろ!?』
  放ちかけていた魔法が止まったのを機に、ラシェルの意識が表に浮上する。
「月華っ!」
  倒れた月華に駆け寄り、その横にしゃがみ込む。
  その頃には月華は、怪我のほとんどを術で回復させていた。
「羅魏様・・・お願い、陸里を殺さないで・・・・」
「わかってる」
  月華の言葉に一言で返して、レオルの方に向き直った。
「羅魏、出てくるなよ」
  ラシェルは小さく呟いて、武器を手にした。
  使い慣れた魔法銃。引き金を引くと、銃身から白い光が放たれる。
  月華が一瞬青くなったが、レオルはあっさりとそれを避けてみせた。
  続けて攻撃をしようとしたラシェルの行動を、月華の言葉が止めた。
「どこがわかってんのよ!! あんなのに当たったら陸里が死んじゃうでしょ!」
  ラシェルは一瞬眼を丸くしてこちらを見たがふっと笑って大丈夫だと言った。
「心配するなよ、あいつはあの程度じゃやられないから。これはただの時間稼ぎだ」
「え?」
  その言葉の意味がわからず聞き返す月華に答えを返さず、ラシェルは武器をかまえなおした。

  これだけ大きな力を使っているのだ。
  アルテナは、レオルの存在に気付いているはず。
  ラシェルの考えを後押しするかのような羅魏の呟きが聞こえて、それから十数分後・・・・・・。

  何もなかった空間に、唐突に人影が現われた。
「こんにちはですの、レオルさん」
  レオルに向かって言ってから、ラシェルに笑みを向けた。
  すぐに真剣な表情に戻ってレオルを見つめる。
  そして――
「さよなら。もう戻ってこないでくださいな」
  言うと同時、レオルの気配が、消えた。
  それとほぼ同時、アルテナも姿を消す。
  一応、普通の人間には正体を見せないように気をつけているらしい。

  ・・・あとに残ったのは、身体を乗っ取られ、操られていた少年・・・・・。
  倒れた少年を見つめ、ラシェルは安堵の表情を浮かべた。
「思ったより早かったな、あいつ」
「あの、羅魏様・・・」
「え?」
  言われて、やっと月華が傍まできていたことに気付いた。
「よかったな」
  ――大事な人が戻ってきて。
  何故だか、言葉の後半は声にできなかった。
  胸に何かが突っかかっているような、そんな気がしたが敢えて無視して笑顔を作る。
「私、謝りません。私のしたことは正しいことではありませんけど、でも一番大切な者を守ることを最優先するのが悪いことだとは思いませんから」
「あははっ、いいよ。気にしてないから」
「おぬし、これからどうするのじゃ?」
「行くよ・・・・・新しい場所に」
  あまり一所(ひとところ)に長く居る気はしなかった。
  キリもついたことだし、ちょうどいいだろう。
「わしも行く」
「はっ?」
  唐突な水龍の言葉にラシェルはぽかんと口を開けて聞き返した。
  確かに一緒に居るといってはいたが、月華のことが解決するまでの話だと思っていたのだ。
「わしも行くと言うとるのじゃ。おぬしはどこか危なっかしく感じるのでな」
  ラシェルは返す言葉を見つけられず、呆然と水龍を見つめ返した。
「なんじゃ、その顔は。わしが一緒では不服と言うのか!」
「え・・・・・? あ、そういうわけじゃ・・ない、けど・」
  今だショックから立ち直ることができずに、途切れ途切れな言葉で返す。
  返答に困って視線を漂わせると、今にも吹き出しそうになるのを必死に堪えている月華の姿が目に入った。
「月華・・・笑いたかったら笑えよ。そう言う風に忍び笑いされるほうがなんかムカつくんだけど」
  ラシェルは、不機嫌そう・・・というよりは拗ねた子供のような表情で文句を言った。
「クス・・・あははははっ。それじゃそうさせていただきますわ♪」
  月華はわざとらしく、必要以上に丁寧に言うと大爆笑したのであった。
  そんな月華にラシェルだけではなく水龍までもが不機嫌そうな、でもどこか楽しそうな顔を見せた。

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