Web拍手 TOP幻想の主LIFEシリーズ

 IMITATION LIFE〜第3章・岐路 4話 

  賑やかな商店街をキョロキョロと見まわしながら歩く。
  バイト募集とか、求人なんかの張り紙をしている店は結構あった。
「さて、どこにするかな」
  選んでる余裕なんぞあるのか? というツッコミが入りそうな気もしたが、二人とも何も言ってこなかった。
  羅魏は、半分は自分の責任とは言え外に出ていられる時間が減ったことで、ぶすっと拗ねてしまっている。
  水龍は姿を消しているので、声をかけてくれねば今どんな様子なのかはよくわからない。
  ぐるっと商店街を一周し、そのうちのいくつかに目星をつけた。
「よし、行くか!」
  自分で自分に気合を入れ、店巡りが始った。
  それは思った以上に早く決まった。最初の一軒目で雇ってもらえたのだ。
  ラシェルはこの世界のことをまだほとんど知らない。それはこの世界では常識知らずということだ。向こうとて使えない者を雇ったりはしないだろうから、この世界の常識を知らないイコール雇ってもらえる率が下がると思っていたのだが・・・・。


  最初に突撃した宿屋兼食堂の張り紙には白い紙に赤い太字で”宿屋従業員募集”とシンプルに書かれていた。
  とりあえず扉を開けると、まだ昼飯時といえる時間だったせいだろうか。中は人でごった返し、大変な混雑だった。
「あら、いらっしゃい。ごめんねぇ、いま満席なのよ。少し待っててくれる?」
  ウェイトレスのお姉さんが、忙しそうに動きながらもラシェルに声をかけてくれた。
「いや、そうじゃなくて。表の張り紙見て―――」
「まぁぁっ! 本当♪ あれねぇ、二ヶ月くらい前から貼ってあるんだけど誰も来てくれなかったのよ」
  ラシェルの言葉は途中で遮られてしまった。最後まで言う前に、ウェイトレスのお姉さんがラシェルの腕を引っ張ってカウンターの方へ向かったからである。
(二ヶ月も前から・・・・・?)
  多少の不安を感じはしたが、とりあえずおとなしく引っ張られておく。
「ケリアさ〜んっ♪」
「どうしたんだい?」
  浮かれた声に、カウンターの中にいたおばさんが疑問の言葉を投げかける。
「やっと来てくれたのよ、働きたいってコが」
  紹介されて、ラシェルはペコリと小さく頭を下げた。
「張り紙から二ヶ月にしてやっと一人目かい」
  そういっておばさんは苦笑した。ウェイトレスのお姉さんはそれに対して苦笑で返す。
「もう、ケリアさんがあんな書き方するから」
「ねーちゃん。注文頼むよ!」
  会話の途中で客からの呼び声がかかった。
「あら、いけない」
  ウェイトレスのお姉さんは慌てて注文を取りに行く。
「今忙しい時間だからちょっと待っててくれるかい?」
  そう言っておばさんは、カウンターの隅の開いていた席を指した。
「ああ」
  ラシェルが頷くと、おばさんはにっこりと笑ってジュースの入ったコップを差し出した。
「え?」
「これでも飲んで待ってな。後三十分くらいで暇になるからさ」
「ありがとう」
  礼を言って、開いている席に座る。
  こういった店に入るのはずいぶん久しぶりな気がした。
  祖父と二人で旅をしていた頃やフィズと旅をしていた頃を思い出して、どこか寂しくなってしまうから入らないようにしていたのだ。
  特にすることもなく、周りの様子を眺めていると、なんとなく頭に浮かんでくる。
  ――生まれを知らなかった昔のこと・・・サリフィスを出てからの旅のこと・・・・・・。
  サリフィスを出て以来、あまり人と関わらないようにしてきた。他人と”ただの通りすがり”以上の関係になるのが怖かったのだ。水龍のように寿命を持たない者は別として・・・・・・。




「お待たせーっ。どうしたの、ボーっとしちゃって」
  明るく声をかけてきたのは、さっきのウェイトレスだった。
「あたしはミリナ。この食堂で働いてるの」
「宿じゃなくて?」
「そう。だ・か・ら、宿の方の従業員探してたのよ」
  ミリナはにっこりと笑った。
「一応張り紙してたんだけどなかなか人が来なくてねぇ。困ってたんだよ」
  カウンターの中からおばさんが会話に加わってきた。
「でも男の子でしょ。家事は苦手なんじゃない?」
  ミリナがちょっと心配そうにおばさんの方に視線を送った。
「オレ家事全般得意だから大丈夫。料理はよくわかんないけど」
  平然と答えるラシェル。嘘は言っていない。掃除洗濯ならともかく、料理は地方によって結構違うものだ。まして世界が違ってしまえば味覚だってどのくらい違うものやら・・・・。
  おばさんはそれでもまだ心配そうなミリナの背をバンッと叩いて豪快に笑った。
「大丈夫だって。出来なきゃ仕込むから。あたしはケリア。間違ってもおばさんとは呼ばないように。で、あんたは?」
「オレはラシェル」
「これからよろしく、ラシェル。それじゃ早速働いてもらいましょうか」
「今、これから!?」
「ああ」
  おばさん・・・・・・ではなく、ケリアは、当然だとでも言うようにおおきく頷いた。
「あ、あたしそろそろ帰るね。ケリアさん、ラシェル君。また明日ね♪」
  いつのまにか外は暗くなり始めていた。
「ミリナってもしかして夕方までなのか?」
「ああ。だから昼間は宿の方で、夜はこっちの手伝いよろしく」
  こりゃ人も来ないはずだ。
  ラシェルはそう思った。ラシェルのようなよそ者が、街で長期になりそうな仕事を探すことなんてほとんどない。ケリアを知っているこの街の人間ならば、その大半はここで働きたいとは思わないだろう。昼間だけならばともかく一日中なんて特にだ。
  昼間も大変な混みようだった。が、この店の立地条件からしても夜はもっと混むだろう。
「ケリア・・もしかして今まで夜は一人で切り盛りしてたのか・・・?」
「あんまり忙しい時は、常連泊り客にお願いしてたんだよ。毎日お願いしてたようなもんだけどね」
(やっぱり・・・)
  ラシェルは苦笑した。
「あ、先に聞いときたいことが――」
  ラシェルの言葉を最後まで聞かず、ケリアはさっと答えてくれた。
「うちで働いてる間は部屋代タダの飯代半額。そのかわり給金はちょっと低めだけど・・・」
  そう言って提示してくれた額はそれでも充分なものだった。一月しっかり働けばあのブレスレットを買い取れる。
「充分だよ。じゃ、まずは何をすればいい?」
「そうだねぇ・・・・」
  そうして、ケリアは遠慮なく大量の仕事を言いつけてくれたのだった。
  が、驚いたのはケリアの方。
  とりあえず頼まれたのは部屋の掃除と洗濯。もちろん宿屋なので部屋は大量にある。
  それをラシェルは、そこらの主婦よりもずっと手際良くやって見せたのだ。
「凄いじゃないか」
  素直に感心するケリアに、ラシェルはにっこりと笑った。
「オレじーちゃんと二人暮しだったんだけどさ。家事は全部オレの仕事だったんだ」
  なんだか久しぶりに笑ったような気がした。
  羅魏と水龍。二人と一緒に旅をしていた間で笑ったことなんて何度もあったはずなのに・・・・・。


  その後もケリアは遠慮なく仕事を言いつけてくれた。
  夜はしっかり食堂の方の手伝いにも駆り出されたのだ。

  店の扉が開く音が聞え、ラシェルは扉の方に視線を移した。
「あ・・・・・・」
  入ってきたのは昼過ぎ、市場で会った少女だ。
  向こうもこちらに気付き、立ち止まる。
  ケリアは少女を知っているらしい、少女を見つけるとラシェルのことを紹介してくれた。
「ほら、前からそこに張り紙してただろ。やっと見つかったんだよ♪ ラシェルって言うんだってさ」
  が、少女の方にその言葉はあまり耳に入っていなかったらしい。それはこちらも同じだが。
  まさかまた逢うだなんて思ってもいなかったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
  二人の沈黙も意に介さず、ケリアは一人楽しげに言葉を続ける。
「こっちはうちの常連さんでシン。ま、年の近いもの同士仲良くしておくれ」
  未だ沈黙を保ったままの少女――シンにラシェルはどう反応してよいものやらわからず、シンの反応を待っていたが、シンはげんなりとした様子で二階に上がっていってしまった。



「またあやつか。まったく、リム殿もあんなののどこがよいのやら。わからぬわ」
  ラシェルが仕事をしている間ずっとどこかに行っていた水龍が、いつのまにか戻っていたらしい。
  シンを見て嫌悪を露にして言うと、水龍の気配はまたどこかに消えてしまった。
『水龍さん、何しに戻ってきたんだろ・・・』
『さぁ、あいつの悪口言いたかっただけじゃないのか?』
  リムと言うのが誰なのか。
  多少気になったものの、今はそれをよく考える暇はなかった。
  食堂はまだ、満員御礼状態だ。ほんの少しの時間だったが水龍の消えた後を見つめていたラシェルは、ケリアに呼ばれた。
  しかたなく、考えるのは後回しにして今は仕事のほうに集中することにした。

前へ<<  目次  >>次へ

Web拍手 TOP幻想の主LIFEシリーズ