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 IMITATION LIFE〜第3章・岐路 5話 

  あわただしい一日が過ぎ、ラシェルは朝の光に目を覚ました。
  水龍は昨日寝るときには部屋に居たのだが、起きた時にはもう居なかった。
  とりあえず着替えて部屋を出る。
  銃を取り戻すためには仕方の無いことだが、きっとケリアは今日も大量に仕事を言いつけてくれるだろうなぁ、などと思うと少しばかり気が滅入る。
  苦笑して、井戸の方へと向かった。さすがに台所などは水道があるが、個々の部屋にまでそんなものはついていない。
(・・・あれ?)
  井戸に向かう途中でシンとすれ違った。それだけなら別にどうという事も無い。とりあえず挨拶して終るだけだ。
  が、何かが引っかかった。
(えっと・・・・)
  多分彼女も井戸に行ってきたのだろう。すれ違い、離れていくシンを見つめながらもう一度頭を整理する。
  何が引っかかったんだ??
「ああぁっ!!」
  突然の大声に驚いたのかシンが振り向く。
  シンが目を丸くしてこちらを見つめている。ラシェルは早足で彼女の方へと歩いた。
  隣に来て、その引っかかりは確信となった。
「背ぇ縮んで無いか・・・?」
  シンは軽く頷いて、あっさりと肯定してくれた。
「だってこの背丈じゃ誰も十三歳なんて信じてくれないから」
  そう言ってシンはこちらを見上げてにこりと笑った。
「はぁ?」
  疑問の表情を浮かべるラシェルに対してシンは涼しげな様子で言ってきた。
「仕事の都合上あんまりガキに見られるのも困るってこと。普段は身長ごまかすために小細工してるんだよ」
「嘘ついてるってことか?」
  シンの表情が変わった。とは言ってもほんの一瞬のことだ。ほんの一瞬、シンの表情が寂しげなものに見えたのだ。
「嘘なんかついてねーよ。おれが十三歳って言ってるんだからそれがおれの年齢だ」
  シンは胸を張って自信満々に言い返すと、くるりとこちらに背を向けて歩き出した。
  あの答えでは嘘をついていると公言したようなものだ。それは本人も自覚してるようだが・・・・・・。




  とりあえず食堂の方に向かうと、そこにはシンともう一人女の子がいた。
「おはよう、ラシェル」
  ケリアはにこにこと笑って挨拶をしてくれた。
  シンはちらりとこちらを見ただけで、すぐに朝食の続きに戻った。
  そしてもう一人の女の子。年は自分とそう変わらない・・・・十五、六といったところだろう。真っ白いワンピースが印象的だった。
  それよりも驚いたのは彼女の隣。シンとその女の子の影になっていて近づくまで気付かなかった。
「水龍!?」
「おお、遅かったの。ラシェル」
  水龍は彼女の隣で楽しげに笑っていた。
「知り合いなのか?」
  水龍がこんな風に笑うなんて・・・・よほど相手のことを気に入っているのだろう。
「リム殿だ。ある意味わしと同業者と言える者じゃよ」
「同業者?」
  ラシェルはもう少し詳しく聞きたいと思ったが、ケリアの声が水龍との会話を中断させてしまった。
「ラシェル。朝飯はどうする?」
  飯代半額とは言ってくれたが、本当なら一銭たりとも使いたくはない。しばらく考えてから、台所を使わせて貰えないか尋ねてみた。
  もしかしたら材料費もただじゃないとか言われるかもと思っていたが、ケリアはそれならば台所の食材は好きに使って良いと快諾してくれた。
「よっしゃぁぁっ♪」
  思わず口をついて出た浮かれた叫び。
  ずっと旅暮らしをしていたものだから、最近まともに料理というものをしていなかった。
  ラシェルの趣味といえば料理と読書。読書なんてどこでも出来るが、料理はそうもいかない。きちっとしたものを作りたいならなおさらだ。
  うきうきと台所に向かうラシェルを、羅魏は呆れたように見つめていた。すでにラシェルの目には入ってなかったが、シンやケリアも呆れるか驚くかしてラシェルの行動を見ていたかもしれない。


  さすがに食堂だけあって、食材は豊富だった。
  見たこともない食材のほうが多かったが、肉ならばサリフィスの物とそんなに変わらないだろう。それ以外のものにしたって、わからなければ味見して確かめればいいだけのことだ。
  ・・・その日以降、厨房の方の手伝いも頼まれるようになったのは言うまでもないことだった・・・・・・。



  それからしばらくの間は毎日が忙しかった。
  ケリアのところで働くようになってから十日後、ケリアが休みをくれた。
  羅魏は、十日ぶりに自由に動ける状態になって大喜びだ。
『頼むから外見に見合った行動してくれよ』
  呆れた様子で言うラシェルに、羅魏は拗ねたような口調で言い返す。
『なにそれ、見合った外見って』
『これまではどうせすぐに立ち去るから気にしてなかったけどさ、今回はそうもいかないんだ。あと二十日はここにいなくちゃならないんだからな』
  そう。羅魏の行動は子供っぽい部分が多々見られるが、その外見は十五歳前後の少年だ。
  羅魏が何かやらかした場合、あとのフォローをするのはラシェル。無敵と言われてきた羅魏だが、戦闘以外ではまるで常識知らずなのだ。
  むすっと仏頂面で言うラシェルに対して、羅魏は子供っぽい笑みを浮かべた。
『外見に見合えば良いんだね♪』
  言うが早いか姿が変化する。十五歳前後だったその外見は十歳ほどになっていた。
  驚きに目を丸くするラシェルだったが、羅魏は平然と言ってのけた。
『もともとこれはラシェルのための機能なんだよ?』
『えっ!?』
  これが羅魏の魔法だというのならばラシェルもああそう、と聞き流すことが出来ただろう。しかし、これが自分のための機能とはどういうことだろう。
  ラシェルが唖然としているのを見てか羅魏が詳しく説明してくれた。
『ラシェルはもともと出来るだけ人と近い状態で成長できるように造られてる。そうすると外見がずっと同じってのはおかしいでしょ?』
『あ、ああ』
  いまだに放心状態から抜け出せない曖昧な返事に気を悪くする風もなく、羅魏は言葉を続けた。
『だから人格プログラムが動き始めてからの数年間だけでも普通に成長出来る様に、十歳くらいから十五歳くらいまでの外見のデータがあるの。僕はそのデータを勝手に引き出して利用してるってワケ』
(そんな風になってたのか・・・)
  時々羅魏は自分の身体のことについて説明してくれる。そのたびに、ラシェルは自分がいかに自分のことを理解していないのか知る。
  それらは、知っておかなければいけないことなのかもしれない。けれど、知りたくないとも思う。知ってしまえば、知ってしまった分だけ離れてしまうような気がするから・・・。
  何と? と聞かれるとよくわからない。ただ、そんな気がするだけだ。
  説明が終ると羅魏はもう、市場を見てまわることで手一杯のようだった。
  浮かれた様子で市場を楽しむ羅魏を、ラシェルは仏頂面で眺めていた。
『ったく、呑気で良いよな。羅魏は』
  ぶすっとした口調で言ったその言葉は、羅魏の楽しい気持ちに水を差すには充分なものであった。
  楽しそうな羅魏を見ていてつい出てしまった一言。まずいと思ったが、出てしまった言葉はもう止めれない。
  ラシェルはてっきり羅魏が怒り出すかと思っていた。
『・・・・・ラシェル、この前からなんか変だよ。いつも不機嫌だ』
  俯いて、少しばかり寂しそうに羅魏は呟いた。
  ラシェルは何も答えない。羅魏は言葉を続けた。
『ねぇ、何かあったの?』
『別に。何もない』
  突き放したような口調で答える。羅魏は今にも泣き出しそうな顔だ。
『だったらなんでそんなに怒ってるの』
『怒ってなんかないっ!』
  再度問いかけてくる羅魏を鬱陶しく感じて、思わず怒鳴り返してしまった。
『怒ってなくても不機嫌にはなってるでしょ。ねぇどうして?』
  しつこく同じ問いを繰り返す羅魏に、ラシェルはとうとう爆発した。
  言わずにおいた事。
  言っても仕方ないこと。
  本当は羅魏のせいなんかじゃない・・・・・・そんなことはわかっていた。
『羅魏のせいだっ!!』
  羅魏の動きが止まる。一度溢れ出した言葉は堰を切ったように流れ出ていく。
『・・・・・羅魏のせいだよ。羅魏が銃をスられたりしなけりゃ・・・あのブレスレットを発動させたりしなければ、オレはここも素通りできたんだ!』
  銃をスられたのも、間違って魔法の品を発動させてしまったことも。
  羅魏に原因が全く無いとは言わないが、羅魏を責めるようなことではない。けれど、誰かのせいにしてしまいたかった。
  ・・・・・・その方が楽だったから。
  誰とも関わりたくなかった。その方が楽だから。
  誰かと親しくなって、それから何百年もが経ってから、ふとその人を思い出した時のことを考えると怖かった。
  思い出した時に、その人はもう死んでいるだろうことにも気付かねばならないことが怖かった。
  生まれた地。そこで出会った人々。すべて忘れることが出来たらどんなにか楽だろうと考えたのは一度やニ度では無い。
  羅魏は動かない。表情すらも凍りついたままだった。
  ここから離れたかった。けれどそれは叶わない。二人は同じ身体を共有しているのだから。
  せめてここがサリフィスならば・・・・・・。
  そう思った時だ。遠くで流れている通信電波に気付いた。この距離ならば跳べるだろう。
  いや、跳べなくても試すつもりだ。今は、羅魏と居たくなかった・・・・。

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